第四話 攻防〜願い満ちる時
一、
その日は、蒸し暑い寝苦しい夜だった。
九月に入ったというのに、熱帯夜に近い。むっとこもった空気が、何か異常を思い込ませるような、そんな湿った空気が漂っていた。
空にかかる月には薄雲が棚引いていた。ぼんやりと薄気味悪い月が、煌々と空から地面を照らし続けていた。
月読神社の森。孔雀塚と呼ばれる小さな塚の辺りに、五寸釘は今までのように、祭壇を作り始めた。乱馬たち数名が遠巻きに五寸釘の動作を見守っていた。
乱馬、伊吹、大和、早雲、玄馬、ムース、良牙、シャンプー、そしてあかね。いずれも腕に覚えのある連中ばかりだ。彼らが集合して暫くすると、コロン婆さんが杖をつきながら現れた。
「婆さん、来たのか?」
乱馬はコロンを顧みながら言った。
「いや、ワシは、呪泉郷のガイド殿から連絡のあったことを伝えに来ただけじゃ。おぬしら誰も携帯電話を持っておらんじゃろう?」
高校生ではあったが、乱馬もあかねも携帯電話は持たずにいる。この場に居た連中には無用の長物であろう。誰一人、携帯電話保持者が居ないのも、この時代にあっては珍しいことかもしれなかった。
「呪泉郷のガイドから?何だ?その連絡って…。」
一同は作戦会議をしようと輪になっていたので、じっとコロン婆さんを見詰め返した。
「あ、いや、気になってな、さっき、国際電話をかけてみたんじゃ。そうしたら、ガイド殿がいろいろ事を教えてくれたんじゃよ。あやつは、ガイド業に精通しているゆえに、いろいろと博識でなあ。」
コロン婆さんは器用に杖を地面へ突き立てると。それにまたがったまま、一同を見渡した。
「ガイド殿は奴ら、四鬼神が、何故、呪泉郷落泉者リストを持って行ったのか、古い書物を調べていて、わかったと言うんじゃよ。」
「あいやー、リストを持って行ったのは、やっぱり四鬼神だったあるか。」
シャンプーが目を丸くして言った。
「状況から、どうやらそうだったらしい。奴らの行なおうとしている、呪法には、呪泉郷の呪いを受けた者の力が不可欠らしいのじゃ。」
「呪泉郷の呪いを受けた者の力?」
乱馬がそう反芻すると、コロンがこくんと頷いた。
「ガイド殿が調べた資料からは恐るべき事実がわかったのじゃ。奴らは「呪泉に落ちた乙女」を欲しているとな。」
「呪泉に落ちた乙女?」
「ああ、呪泉郷の泉に落ち呪いを受けた処女…そんなところかのう。」
「乙女でないといけないのか?」
乱馬はきびすを返した。
「昔から生贄は乙女と相場が決まっておる。」
「それって、シャンプーしか居ないのではないだか?」
ムースが叫んだ。シャンプーを愛しているこの少年にとっては一大事なのは言うまでもない。
「あいやー、確かに、この中で、呪泉郷の泉に落ちた乙女は私だけね。」
当の本人のシャンプーも目を丸くした。
「シャンプー。なら話は早えっ!おめえは婆さんと帰れっ!」
乱馬が怒鳴った。
「いいや、それは得策ではなかろう。」
伊吹が嗜めた。
「何故だ?ここにいたら奴らの思う壺に。」
言いかけた言葉を乱馬は制止させられた。
「これだけの面子が揃ったここに居た方が守りやすいということじゃよ。乱馬よ。」
「なるほど、婆さんと一緒に帰ったところを襲われるという可能性があるってわけか。」
良牙が腕を組んで一瞥した。
彼の言葉に伊吹はこくんと頷く。
「相手が一人なら帰った方が得策じゃろうが、四鬼神だ。四人居れば分かれることもできる。」
「ならば、ここに一緒に居た方が安全だという訳か。」
そう言った乱馬に、シャンプーはひしっと抱きついた。
「あいやー、乱馬、か弱い私。守ってくれるか。私、大歓喜!」
「誰がか弱いのよ・・・。」
あかねは不機嫌な顔を差し向けた。シャンプーが乱馬にべたつくことは、このヤキモチ妬きの少女には腹立たしいことのひとつであることは言うまでもない。
「婿殿、頼む。シャンプーを守って欲しい。ガイド殿によれば、満月が沈むまで守り切れば、当面の危機はないという。この呪法の満願を行なえるのは彼岸前の満月夜だけだということじゃから、少なくとも次の半年後の彼岸までは安泰というものだ。」
コロンも深々と頭を垂れた。
「んなこと言われてもよう・・・。」
「シャンプー。安心するだ。オラが守るだ。」
ムースが息巻く。
「私、乱馬に守ってもらうから、おまえはいいね。」
シャンプーはムースをいつもの如く邪険に扱うようにしっしと右手で追っ払う動作をして見せた。
「あいやー、乱馬っ!私守り抜いて欲しいね。そして、半年の間に結婚するよろし。乱馬と私結ばれてしまえば、私、もう乙女でない。だから狙われること、もうない。」
「ほほほ、それが良い。婿殿頼む。」
あかねがきつい目で乱馬とシャンプーとコロンを見つめていたことは言うまでもない。バカらしいのか、反論する気持ちも失せているようだった。
「おぬしもスミに置けぬのう。あんな可愛い子を手懐けるとは。」
ぼそっと伊吹が乱馬の耳元に囁く。
「乱馬、いつの間にチャイナ美人に乗り換えた?あかねさんはどうする気だ?場合によっては僕があかねさんを貰い受けるぞ。」
反対側の耳元では大和が非難を篭めた言葉で囁いた。
「今日のところはええだ。だが、シャンプーを守り抜いたら、乱馬、オラと勝負するだ!」
ムースは涙目で睨み付けて来る。
「乱馬くぅ〜ん、うちのあかねを捨てたらどうなるか、わかっているんだろうねえ・・・。」
早雲は巨顔化する始末だ。
「だから、俺とシャンプーは、んな関係じゃ、ねーっ!」
もう好き勝手やってなさいと云わんばかりにあかねはわいわいやっている一同から少し離れた。
「ぼちぼち、時が満ちるぞ。そろそろ隠れるなりしてやつ等を迎え撃つ準備に入った方がいいだろう。」
大騒ぎが一段落したころ、伊吹が一同を促した。
見ると五寸釘の方は着々と準備が整っているようだった。
「出来る限りシャンプーちゃんの周りをさり気なく固めておけ。それから、鬼神たちは妖術を使う。ゆめゆめ油断するなよ。」
伊吹は促した。
「たく…。俺だて好きで守ってるんじゃねーからな。」
乱馬は誰彼となく、そう言葉を吐き出した。傍を通ったあかねへの牽制であろう。
「どうだかっ!せいぜい、守ってあげなさいよねっ!素敵なシャンプーのナイトさんっ!!」
あからさまに不機嫌な言葉を投げつけたあかね。
「あかねさんは僕の傍から離れなければいい。乱馬がシャンプーを守るのなら、僕があかねさんを守ります。」
これは得たりと云わんばかりに、横から大和がそう声を掛けて来た。
「そうね…。乱馬より大和くんの方がずっと頼もしいし組甲斐があるわっ!」
びーだとあかねは赤い舌を出した。
「ほほほ、若いものは良いのう。青春じゃ。」
コロン婆さんがにこにこと笑っている。
「ちぇっ!可愛くねえっ!!」
乱馬はそう吐き捨てると、まとわり付くシャンプーの隣で四鬼神を待ち構える。
五寸釘の祈祷が始まった。
ゆっくりと月は頭上へと昇りつめる。
生温かい風がふうっと吹き抜けて行った。
「来るぞっ!!」
物の怪の気配があたりに充満し始めた。
一同はごくりと唾を飲み込んでその時を待った。
二、
突然、横風がブワンと鳴った。
禍々しい気がここへ集約し始めているのが、空気の流れでわかる。
「来るぜっ!」
乱馬たちはそれぞれ、身構えながら辺りを伺う。
五寸釘は震えながら、満願の秘儀を行なっていた。
彼は、あまりに事態が急転してゆくのを、恐ろしいと思いながらも、止める手立ては知らなかった。乱馬たちに促されて、満願の秘儀を途中まで勤めるように言われたが、どこまでやれば良いのか、気の小さな彼には判断がつかなかった。もし、乱馬たちに誤算があるとすればそのことだったに違いない。
「オンバサラキジンソワカ、オンバサラキジンソワカ…。」
震える手で朱実に貰った最後の満願の青い札を手翳しながら、必死で呪文めいた経文を唱え続ける。彼の目の前に設えられた祭壇には、赤い炎が不気味に夜空に生えて美しく揺れていた。
パッと閃光がしたかと思うと、森の中央の木の上に、人影が降り立った。
腕組みをしながらそいつは五寸釘の方を見詰めていた。
「朱雀鬼か。」
彼女と対峙したことがある伊吹がそう嘯くのを、乱馬は傍で聞いたような気がした。
「ふふふふ、ご苦労なことだな。たとえ雑魚どもが何人集おうとも、我らが四鬼神には通じはせぬわ。」
木の上から清明な声が響く。
どうやら、彼女は乱馬たちが潜んで待ち受けていることを察していたらしい。
「ひっ!」
五寸釘があまりのおぞましさに、つい、呪文を読む声が詰る。
「続けろっ!」
いつの間に立ったのか、青い衣服を着た青年が彼の傍に立っていた。そして、鋭い鎌を五寸釘の首元へと這わせた。
「あわ、あわわわ…。」
動転しそうな気を辛うじて持ちこたえた五寸釘は、ゴクンと唾を飲み込む。
「おまえ、鬼神の力を得たいのだろう?」
にんまりと青龍が笑った。
「四鬼神の一人、玄武は憑依する肉体を捜しているんだ。奴は前に封印された時に、肉体を失ってしまったのでな。ふふ、貴様、その宿り主になる気はないか?」
鎌を首にあてがいながら青龍は五寸釘の傍で囁いた。
「させるかーっ!!」
飛び出したのは良牙だった。
「ふん!遅いっ!」
青龍はだっとその場を離れて飛んだ。
「わああっーっ!」「でりゃーっ!!」
良牙に続いてムースも飛び出した。
「数で勝負か。小賢しいことをっ!」
青龍はざっと後ろに飛びながら、鎌を振り上げた。
「青龍の舞っ!」
そう叫ぶと、鎌を頭上で振り回し始めた。俄かに突風が起こる。鎌の周りを轟音と共に弾け出す。
「すげえ威力だっ!」
良牙とムースは凪ぎ倒れそうになるのを堪えながら地面に立つ。
「天道開脚星っ!」「早乙女とび膝蹴りっ!!」
脇からすかさず、青龍目掛けて飛び込んだのは早雲と玄馬の二人組だった。
「手ぬるいわっ!!」
青龍は鎌をすっと振り下ろした。
「わあーっ!!」「ぐわーっ!!」
地を引き裂くような風が起こり、飛び込んできたよりもいっそう強い力で早雲と玄馬をたちどころに吹き飛ばした。
「うううっ!無念っ!」「強い・・・。」
早雲も玄馬もあえなく沈んでしまった。
「ふふ。雑魚が何人居ても、所詮はこの程度か。命知らずのバカだな。」
青龍は不敵に笑った。
「畜生っ!親父たちがやられたか。奴らとは明らかに格が違うぜ。」
「乱馬、怖いね。」
シャンプーがひしとまとわり付く。
「こらっ!シャンプー、やめろっ!」
乱馬は思わず叫ぶ。
「戦いの最中にいちゃつくなんて、舐めてくれたもんだねっ!」
今度は乱馬目掛けて朱雀の攻撃が飛んできた。
「ほっ!たっ!」
乱馬は難なく避けた。勿論、シャンプーも身軽にかわす。
「ほお、貴様、少しはできるようだね。面白いっ!」
朱雀はにたりと笑った。
「うるせーっ!でやーっ!!」
乱馬は拳を唸らせた。
「命知らずめっ!」
朱雀は手を頭に翳すと、ひゅんと振り下ろした。彼女の周りから赤い羽根が手裏剣のように降り注ぐ。
「うざってーっ!」
ドンッ!と言う音が乱馬の周りで炸裂した。乱馬は気合を入れ、一気に気の力でそれらを薙ぎ払ったのだ。だが、何本かの羽根がその気合だけでは落下せずに、乱馬のすぐ横を通り抜けた。
ピシッと彼のチャイナ服が裂ける。そして、チッと腕の皮膚が裂けた。赤い血が僅かだが空へ飛んだ。
「乱馬っ!大丈夫ね?」
シャンプーがふわりと彼の横に立った。
本来ならあかねの役割をこの少女が傍に居たということで買って出る。あかねは複雑な目を一瞬しばたたかせた。
「こんくらい平気だ。かすり傷のうちにも入らねーよ。」
乱馬はぺっと唾を吐き飛ばしながらそれに答える。
「ふふ、おまえも袋小路の血筋の者か?」
高みに居た朱雀がすうっと木の上から下りてきた。
「その血の中に、憎き一族の血の臭いがする。」
朱雀はべろりと舌を出した。
「けっ!だったらどうだってんだよっ!」
「生かしてはおかないっ!朱雀火焔激流っ!」
朱雀はそう叫んだ。
「な、何っ?」
一瞬朱雀が真っ赤な炎に包まれた。
「危ないねっ!乱馬ーっ!」
乱馬の危機を察したのか、シャンプーが横合いから飛び出してきた。
「来るなーっ!シャンプーっ!」
轟音と共に間の前の地面が炸裂した。飛び込んでくるシャンプーと共に朱雀の炎の渦に巻き込まれた。少なくともそう思った。
思わず身構えて避けようとしたが、目を見開いて見ると、彼らの前に伊吹が立ちはだかっていた。
「おいぼれめっ!」
朱雀が睨みつけた。
「ふふ、みすみす可愛い曾孫の一人を失う訳にはいかんでな。」
伊吹は真っ黒焦げになった道着を燻らせながら答えた。辛うじて彼は、朱雀の打ち放った「火焔激流」を阻止し、朱雀に向かって打ち返していたのた。
「ふん、死にぞこないが。今の技でかなりのダメージを食らったろう。馬鹿な奴だ。」
朱雀は憎々しげに言い放った。己の炎に焼かれたのか、体が燃え燻っている風だった。
「爺さん、助かったぜ。」
乱馬は顔を見上げた。
「何の…。だが、ワシが助けられるのはこれ一度きりじゃ。」
そう言って爺さんは苦しげに言葉を吐き出した。
「ふふ、まだ、この前の戦いの傷が癒えていないようじゃな。人間は不便なものよのう…。回復魔術を知らぬのだからな。」
キランと朱雀の体が音をたてて光ったような気がした。
「何っ?」
乱馬の目の前には、元通り、美しい肉体に立ち戻った朱雀の姿。
「ちっ!回復魔法までご丁寧に使えたとは・・・。」
伊吹が恨めしそうに見上げた。
「下等な貴様らとは違うんだよ。根本的にな。」
余裕の笑みで見詰め返してくる鋭い瞳。
三、
戦いは凄みを増していった。
もう一人、白虎があかねと大和の間に立ち塞がる。
大和は愛用の木刀を翳して、白虎を牽制する。
「こいつ、底知れぬくらいに強いわ。」
あかねも流れる汗を拭いながら、ぴったりと大和の傍で身構えた。
「ふふふ、そんなにいきり立たぬとも良いぞ。」
白虎は余裕があるのかなかなか攻撃に転じない。まるで誘っているようだ。
先に動いたのはあかねだった。
「いきり立っているかどうか、その目で見極めなさいっ!!」
あかねはそう言葉を投げると、流星開脚蹴りを浴びせ掛けた。
「おっと…。」
白虎はあかねの豪快な蹴りを難なく避けた。目の前の木があかねの蹴りによってバキバキと音を立てながら倒れた。
「なかなかやるね。あかねさん。」
大和はにこっと笑って見せた。
「あたしだって、無差別格闘天道流の跡取り娘ですもの。まだまだこれからよ!」
あかねは見せた。
あかねと大和は白虎と、ムースと良牙とコロンは青龍と、そして乱馬とシャンプーと伊吹は朱雀と、それぞれ並々ならぬ死闘を繰り広げた。天道早雲と早乙女玄馬は、早々とリタイアし、ゴロンと木の根元に投げ出されていた。
その間、五寸釘は、夢中で呪文を唱え続けていた。
そう、誰も彼へフォローに入らなかったのだ。
機械的にその場の恐怖から逃れたいという一心で、五寸釘は八回目満願の呪札を祭壇の火に炙りながら、ただただぼそぼそと呪文を唱え続けていたのである。
乱馬たちの誤算はここから生まれた。
彼が呪文を貫徹させてしまえば、当然来るのは満願のその時。
五寸釘には、呪文を辞める術は残されては居なかった。最後には何かにとり憑かれたように、繰り返し呪文を唱えていた。彼の傍らでは、文字通りの死闘が繰り広げられていたのにである。
異変に最初に気がついたのは乱馬だった。
空気の流れがふっと変わったのだ。
邪気が一段と増したようなそんな感覚に襲われた。
だが、考えを巡らせるには、目の前の事態が許してはくれなかった。気を抜くとやられる。
朱雀は情け容赦なく、魔術を仕掛けてきた。羽と炎が炊きつけるように乱馬たちに襲い来る。炎系の術には飛竜昇天破が一番有効なことは彼にもわかってはいたが、この狭い場所で打とうものなら、周りで闘っている連中を全て巻き込むことになる。
「畜生っ!圧倒的に不利だぜ。」
流れる汗を拭いながら、乱馬はどうやってこの窮地を打開するべきか考え続けた。
朱雀は甚振るのが楽しいのか、本気では攻撃してこないようだ。ちょろちょろと致命傷を与えない程度の攻撃を三人に加えてくる。
「シャンプーが欲しいから牽制してやがるのか…。」
最初はその程度にしか思えなかった。だが、五寸釘の呪文が耳に入ったときに、はっと鬼神たちの真意が掴み取れたような気がした。
「やべっ!五寸釘の奴!まだ呪文唱えてやがるじゃねーか!!」
「ふふ、今頃気がついても遅いわっ!!」
朱雀はにやっと笑うと、一気に攻撃を仕掛けてきた。
「五寸釘が呪文を唱えている間、時間稼ぎしてやがったなっ!!」
炎が蹂躙してくる。
「乱馬ーっ!避けるよろしっ!!」
朱雀が放った炎は、シャンプーの目の前で弾けた。
「きゃあーっ!!」
「シャンプーッ!!」
シャンプーは赤い炎に包まれた。
「冷気っ!!」
乱馬は握っていた拳から飛竜昇天破を出す前の冷気をシャンプーに向かって放った。
シュウシュウと音をたてながら、炎が凍りついた。シャンプーはにこっと微笑んで見せた。
「乱馬、謝々(シェイシェイ)!」
ぶすぶすと燻る炎を、その身に受けながらも、果敢に立ち上がるシャンプー。
「大丈夫。このくらい平気ね…。」
着ていた服がチリチリと焦げ臭い臭いを放っていた。女傑族の誇りが彼女を戦いへと駆り立てるのかもしれない。
(変だ…。もし、奴らがシャンプーを欲しがっているのなら、こんなに激しい攻撃を加えてくるか?普通、もっと手加減する筈だろ?)
乱馬は辺りを見回した。
と、やはりのらりくらりと攻撃している白虎が目に入った。あかねと大和がそれを牽制している。
(まさか、奴らの狙いって…。)
そう思った時だった。
明らかに今までとは違う気の流れが横から入り込んできた。
そればかりではない。彼らが立っていた大地が、激しい音と共に、雷同し始めた。
「な、何だっ?」
「激しい揺れじゃーっ!!」
「こ、これは・・・。」
闘っていた者たちの動きが一斉に止まった。
「始まったか。」
散っていた三鬼神が一所に集まった。
その袂には、五寸釘の姿が大きく炎に揺らめきながら映し出される。
五寸釘は榊を逆手に持って、丁度炎へ目掛けて投げ入れるところであった。
「しまったっ!満願じゃっ!!」
伊吹が唸った。
「何だって?」
乱馬は思わず声を上げた。
「大地よ裂けろっ!今、鬼門への通路が開くっ!!」
朱雀が叫んだ。
「邪神、降臨っ!!」
それに呼応するように、五寸釘が高らかに叫んだ。
ドオオーン
祭壇に向かって天空と地底から雷柱が上がった。それと共に、激しく地面が蠢いた。
両手を翳して天地を仰いだ五寸釘の影がそのまま地面へと叩きつけられた。彼はそのまま気を失ってしまったようだ。
「ご苦労だったな…。」
斃れこんだ五寸釘の傍らに降り立ったのは青龍だった。
「バカな奴だ。恐怖に煽られ、呪文を止めることができなかったのだ。ふふ、おかげで鬼門への道が開けたがな。」
「ぐっ!はなっからそれを狙って。わざと時間をかけてのらりくらりと我らを攻撃しておったのか。」
伊吹がきっと青龍を見上げた。
「おうさ、それに気がつかなかった貴様らは、愚かだ。ふわっはっはっは。」
青龍は愉快そうに嘲笑った。
「じじいっ!つーことは、魔界への結界が開いちまったのか?」
乱馬はきびすを返した。
「ああ、半分な。あと、鬼門が開けば、この世界は…。」
ぎゅうっと握りこめる拳。
「シャンプーを守れっ!!」
ムースがそう叫んで飛び込んできた。
「そうか、シャンプーさえ守り切れば、まだ扉は開けられねーんだな。」
良牙も夢中で掛けて来た。
「ふん、ここまでくれば同じこと。今更ジタバタしても遅いわっ!!」
朱雀がにやりと笑った。そして手を前にすっと翳すと、気弾をぶちまけてきた。
「後は人柱だけ手に入れれば良いっ!」
「オラの命に代えてもシャンプーは貴様等には渡さねーだ!」
ムースはシャンプーの前に立ちはだかった。
「愚かな奴めっ!」
青龍の声と共に、朱雀が放った気が乱馬たちの上で弾けた。
もくもくと立ち昇る白煙。辺りを一面に包み込んだ。
「目暗まし、煙幕かっ!小癪な真似をっ!」
むせ返りながら良牙が叫んだ。
「その髪の長い娘御には用はないっ!」
白虎の声が大和のすぐ後ろでした。
「何っ?」
白虎が大和の傍らに立った。
それから何やら手にしていた壷の蓋を開いた。どす黒い気体がもわっと大和を包むと、無防備なその鼻や口、耳の穴からすうっと引き込まれるように消えていった。
「貴様っ!大和に何をしたーっ!!」
激しく憤った伊吹が、白虎目掛けて襲い掛かったが、その動きを大和が牽制した。大和が伊吹を攻撃したのだ。
どおっと伊吹は前のめりに倒れこむ。
「ちょっと、何するのよっ!大和くんっ!!あんたの相手は伊吹のお爺さんじゃないわっ!」
傍らに居たあかねがそう声を掛けたときだった。
大和の瞳が妖しく赤く光った。えっと思った瞬間、あかねの身体はがっしりと大和に押さえ込まれた。
「きゃあーっ!何よっ!!」
あかねは急に伸びてきた大和の腕を薙ぎ払おうと身を捩ったが、間に合わなかった。あれよと言う間に彼の腕に呪縛される。
もうもうと包んでいた煙が晴れたとき、あかねの身体を大和が抱えて立っていた。
「大和くんっ!これは一体どういうことよっ!」
ジタバタと足掻くあかねに大和ははっと気合を一つ入れた。
「あかねーっ!」
乱馬が叫ぶと共に、大和の身体の中にあかねは力を失い倒れこんだ。
「乱・・・馬・・・。」
そう象るとあかねは意識を失ったのか動かなくなった。
「大和っ!てめーっ!!」
乱馬が拳を上げたとき、朱雀と白虎がすかさずなだれ込んで来た。
「ふふ、こやつの身体には玄武が憑依したわ。それから、この乙女、人柱として貰ってゆくっ!」
「させるかーっ!!」
無我夢中で飛び込んだ乱馬に、朱雀と白虎は寄ってたかって呪文を浴びせ掛けた。
「袋小路の血を受け継ぐ者は生かしてはおかぬっ!!」
乱馬の目の前で閃光が煌めいた。
「うわーっ!!」
乱馬は弾き出されて地面へとどおっと叩きつけられた。
「終わりだっ!!」
手を開いた白虎がそう言いながら倒れた乱馬へと気弾を浴びせた。青白い気が乱馬の身体を突き抜けた。
「あかね・・・。」
そう一言象ると、乱馬は動かなくなった。
「乱馬あーっ!!」
「婿殿っ!!」
シャンプーとコロン婆さんの悲鳴が空を切り裂いた。
「ふふ・・・。大和は玄武の心と共に我らと来い。それから人柱も貰ってゆく。後残ったのは老いぼれ一人。力尽きた老体では布都の御魂が手に入ったとて扱えまい。そのおさげの若者の骸と共に嘆き哀しみ血の涙を流せ。明後日の彼岸には人柱を捧げて、幽界に立ちはだかる鬼門を壊す。その時はこの世界の最後じゃ。せいぜい残り少ないこの世界を味わっておけ・・・。ははは。ははははは。」
朱雀の笑い声と共に、霧が濃くなった。そしてその霧に飲み込まれるように、鬼神たちと大和とあかねの影が見えなくなった。
赤い月が頭上から不気味に地面を照らし続けていた。
つづく
ちょこっと解説 その4
大和が鬼神の手に落ちてしまい、物語は佳境へ。
また主人公を殺してこいつはーっ!と思われた方、すいません(汗
鬼門・・・艮(うしとら)をさす言葉で、古来、病魔や禍はこの方向から出入りすると考えられていました。そして、家や都の艮方向に塚や社を建てて禍を封じたそうです。ちなみに京都の鬼門は比叡山です。
この作中の鬼門は、幽界と顕界を区切る門の名前です。
イメージは霧の中に浮かぶ、平城宮蹟の朱雀門。幻想的な朱雀門を春先、近鉄電車内から見たもので・・・
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