◆なびきの独り言
久しぶりに実家。
あたしがこの家を完全に出て、そろそろ二年経つかしら。
おんぼろ道場付きの約二百坪の日本家屋。今の東京じゃあ税金だって馬鹿にならない敷地だけはあるボロ屋。
そこを出て、都内のマンションの気ままな一人暮らし。
どうして家を出たのかって?
妹が結婚したから。というのが大きな理由かな。まあ、その前からマンションを借りて、実家と半々の暮らしをしていたのだけれど。
二年前、妹のあかねの結婚をきかっけに、きっぱり、すっぱりと家を出たってわけ。
さすがのあたしも、新婚ほやほやの妹たちと一緒に一つ屋根の下は願い下げだったわ。
そりゃあ、誰だってそうでしょ?
妹のあかねとその旦那の乱馬君。許婚という時代が長く、彼が私の家で長く居候していたとはいえ、結婚完了したら「新婚さん」だもの。
父さんたちは、別に気にしてはいないようだけれど、年頃の娘が新婚さんと同じ屋根の下、だなんて、ねえ。
え?家を出ると親のすねをかじれなくなるから、金銭的にはちょっとダメージだったろうって?
そんなことはないわよ。
こう見えてもあたし、今、注目を浴びている、通販会社の創業経営者なの。そ、つまりは、必要経費って奴で賃貸料は落としちゃってるわ。税金対策にもなるしね。
そりゃあまあ、家族と一緒のわいわいの生活からは離れて寂しくないって言い切ったら嘘になるのだけれど、きままな独身貴族を謳歌しているわ。
妹の旦那はちょっと変わってて、呪泉郷という訳のわからない中国の修行場の泉の呪いで、長い間「変身体質」というものを煩っていた。半分男で半分女。便利といえば便利な面白い体質。水とお湯で入れ替わる日々。
突然やって来て「我が家の許婚だ。」とお父さんに紹介された。
かすみお姉ちゃんは年上じゃなきゃ絶対嫌だと前から言ってたから却下。当然ね。我が家に居候して厄介になろうなんて話だったから、彼ん家、小金なんて持ってそうになさそうだったし、それに彼本人にも甲斐性なんてありそうに見えなかったし、あたしも速攻パス…。
だから、男嫌いのあかねに押し付けた「許婚」。
彼の周りはいつも賑やかで、エキセントリックだった。もう、毎日、毎日、それは刺激的な生活をしていたわ。
ところが、高校を卒業して或る日、彼、我が家を飛び出して行った。修行をするんだってあかねに言い残して。
長い放浪の末、その体質とおさらばして来たみたい。
元々、格闘技をやるために生まれてきたような男の子だったけれど、帰国してきたときには、本当に驚いた。
いい男漢(おとこ)になってたから。
いや、本当。一瞬だけど、この人の許婚を妹に押し付けちゃって、しくじったかなあ、なんて考えが頭を掠めたわよ。
筋肉で均整の取れた身体に、端正な顔つき。優柔不断だった高校生の頃が嘘のように逞しくなっちゃってさ。案の定、帰国早々、格闘界に颯爽とデビューしたら、途端、若い子中心に人気爆発。
でも、彼ったら、黄色い声張り上げてる若い子たちには目もくれず、純愛一直線。
あれだけ、人気があったら、当世人気のタレントや女優とだって、選り取り緑だったでしょうに。
他の女には眼もくれず、喧嘩三昧だった妹に一世一代のプロポーズ。そりゃあ凄かったんだから。
あの子たち。傍目から見ているだけで、結構、気恥ずかしいくらいの純情純愛カップルだった。
今時、あんなにプラトニックな関係が長くできるカップルなんて、そうはいないでしょうね。
ま、初めて彼が家にやって来た日に、あたしが許婚の名乗りを上げていたとしても、あの二人は惹かれあって結ばれていたんでしょうけどね。そのくらい絆は強固だったわ。
あんな純愛路線の恋愛がしたいかって問われたら、ちょっと願い下げかもしれないけどね。妹だって、彼のせいで、高校時代からいろいろ悩んでたみたいだし。
「許婚」という永い春に終止符を打ったとき、あの子たちの輝きも変わったような気がするわ。反発ばっかりしあってた二人だけれど、共鳴するように輝き始めた。喧嘩三昧の日々。それも今では過去の話ね。
結ばれた時は、待ちに待ってたお父さんたち、はしゃいじゃって。三日三晩、ドンちゃん騒ぎ。結婚式もそりゃあ、大変だったわ。今度は絶対、高校の頃のように反故にはしないってね、父さんたちも頑張っちゃって。双方とも、たいそうもてたから、思い込みの激しい連中が乱入して、それはそれで大変だったわね。
それに、彼は世間的にも有名な武道家になっていたし。マスコミにも追い掛け回されてた。あたしの完璧なマネージメントがなかったら、無事に結婚式を終えることができたかどうか…なあんてね。
その後あたしはこの家を出た。そして二年。
あたしはちょこちょこ実家へ戻っているの。近いからね。
今日もそう。ちょっと薮入りに。
でも、今回はいつもとはちょっと様子が変わっているのよ。わかる?
ほら、これを持って来たの。手にしているのは「お祝い」のぽち袋。
何のお祝いか聞かないの?
ふふふ、それはね「出産祝い」なの。
あの子たちに念願の子供が授かったのよ。それも、いっぺんに男の子と女の子、二人も。
先に結婚していたかすみお姉ちゃんに、子供ができていたから、初めて「おば」になった訳ではないのだけれど…。妹に子供、これって結構姉としてはきついものがあるのよ。あ、何も出費が重なるっていう意味じゃないわよ。
あら、あたしだって、ケチ言ってるんじゃないわ。きちんとその辺りはわきまえてるつもり。
だって、あたしはまだ独身なんですもの。複雑な気持ちになるのもわかるでしょ?
あたしもこのところ忙しくって、出張三昧で東京に長い間居なかったものだから、あかねと乱馬君の成した甥っ子姪っ子とは今日が初顔合わせなの。
赤ん坊ってぎゃあぎゃあ泣くのが仕事みたいなものだから、わずらわしいだけだって思っていたけれど、これが結構可愛いものなのよね。
二人とも、良く似た顔をしちゃってさ。並んでちょこんと寝ているところなんて、思わず頬擦りしたくなるのよ。
「どっちが龍馬(りゅうま)君でどっちが未来(みく)ちゃんなの?」
って、乱馬君に訊いたら
「俺に似て逞しい方が龍馬で、あかねに似て可愛いのが未来だよ。」
ですって。
あんたさあ、独身時代、散々あかねに向かって「かわいくねーっ!」って腹の底から叫んでたくせに。……。結婚した途端、甘々の旦那になっちゃって。もう。
ま、実際、甥っ子も姪っ子も可愛いから許す。
この子たち、本当に良く似ているの。二卵性双生児なのにね。容姿も性格も父母のそれぞれ「良いところ」だけが似ていたらいいのだけれど。じゃないと、苦労するわよ。年頃になって恋愛したら。特に性格が似ちゃったら、あんたたちの両親みたいにさあ。
お爺ちゃんたちが、競い合うように抱っこ抱っこってうるさいわね。乱馬くんのお父さんなんて、またパンダになって気を引こうとしているし。ふっ!お爺ちゃんたちには似ない方がいいわよねえ。ルックスも性格も。
あ、そっか…。この子たち、あたしと同じ血も入ってるんだっけ。何たってこの子たちの母親はあたしの妹だからね。
あたしに似ることもあり得るかなあ。
乱馬君にそんなこと言ったらきっと思いっ切り嫌な顔されるだろうな。
「んなわきゃねーよ!」
ってね。
にしても、乱馬君。始終にっこにっこしているの。鼻の下でれーって伸ばしちゃってさ。世界一の格闘家の顔じゃないわ。
「そんなに可愛いものなの?自分の血を分けた子供って…。」
って訊いてみたら
「あったりめーだろ。」
と即答。
はいはい、良くできました。
「そりゃあ、自分が心から愛した女性(ひと)と結ばれてできた云わば愛の証たちなんだからな。」
はあ…。良くぞまあぬけぬけと。
「おめえも、人を愛するようになったらわかるって…。な、あかね。」
あっそ…。
訊いたあたしが馬鹿だったか。
あかねも良い顔してたわね。母親になりたての女性って、神々しい美しさに満ち溢れるって誰か言ってたけど、まさにそれね。医療技術が進んだとはいえ、お産は命懸け。一身に受けた愛情を、命を賭して吹き込むんですもの。
あの天邪鬼な二人は、もう、居ない。互いの愛情もきちんと交換できるようになった二人がここに居る。乱馬くんの穏やかな微笑みは、子供たちだけにではなく、きっちりあかねに向けられている。
この二人はいくつになっても、「恋愛」をし続けるのだろう。きっと。
帰り道、ちょっと羨ましくなったあたし。
まだ「結婚」も「出産」も全然考えてはいなかったのだけれど。二人の熱に当てられて、そういうごくありふれた普通の家庭の幸せもいいなっと不覚にも思ってしまったわ。
「久しぶりに、呼び出してみるかな…。」
取り出したのは携帯。指先は知った番号をなぞる。
「あ、もしもし、九能ちゃん?ね、たまには食事くらい行こうか。どうせ暇なんでしょ?え?…割り勘かって?そんなの、あんたのおごりに決まってるでしょう。」
受信機の向こう側で、がなっている彼の声。
あたしは了解を取り付けた携帯を、親指でピッと切った。
さて、たまには可愛い女でも演じてみるかな。
暮れてしまった街がイルミネーションに輝いている。夜空の向こうにはまだ見ぬ明日が待っている。
あたしの極上の明日と可愛らしい甥っ子、姪っ子に乾杯っ!
完
なびき視点、突発的に二時間弱で書き下ろした未来編。
お師匠さまに某所でログを付き合わせたときに、「秘的会党四周年」ということを聞き及びましたので。
う〜ん…。内容的には気に入ってるんです。でも、ご希望の「ほのぼの」からはかけ離れているような気も。
これまた「ほのぼの」からはかけ離れそうな長編のプロットだけは組んであるんですが・・・。書き出す暇がなく、まだ手付かずの私をお許しくださいませ・・・お師匠さま。
半さんとのコンビネーション作は見事に暗礁に乗り上げてます・・・どうしよう(汗
ゆっくりやります・・・(と居直る。)・・・まだ書けていない(逃避)
(c)Copyright 2000-2005 Ichinose Keiko All rights
reserved.
全ての画像、文献の無断転出転載は禁止いたします。