第六話  雪女と氷女


「ゆきえさん。」
 あかねがにっこりと微笑んで近寄ろうとしたとき、乱馬が右手を出してそれを制した。
「乱馬?」
 あかねは乱馬に行く手を遮られて、きょとんと彼を見返す。
「何しにここまで降りてきた?」
 乱馬は唸るように低い声でゆきえに問い掛けた。
「お夕食をお持ちしましたのよ。」
 ゆきえはにこっと笑って二人を見返した。
「夕食は要らねえっ!ちゃあんと爺さんから糒をもらってっからな。」
 乱馬は警戒を緩めようとしなかった。
「ちょっと、乱馬どうしちゃったのよ…。」
 あかねが焦ったほどだ。
「それ以上前へ出るなっ!あかねっ!!」
 乱馬は更に激しく言葉を放った。
「乱馬?」
 乱馬は低く腰を落として身構えた。
「おめえ、感じねえのかっ!この尋常でない妖気。」
 あかねは乱馬が睨みつける先を見た。
「ふふふ…。気がついてしまったようだね。ならば仕方あるまい。左程苦しまぬようにお前たちの生玉(いくたま)を喰ろうてやろうと思ったが…。」
 ゆきえは不気味な笑みを浮かべて着物の袖を口へと当てた。
「ゆ、ゆきえさん?」
「あかねっ!俺から離れるなっ!!」
 乱馬はあかねの肩を抑えて己の方へと引き付けた。
 ゆきえの身体から異様なまでの妖気が立ち上がり始めた。
「お、おめえ、やっぱり、妖怪かっ!!」
 乱馬の叫びと共に、ゆきえの身体がいつしか凍りつくような妖気に包まれ始める。
「我が名は雪女(ゆきめ)。その昔、其処に眠るお雪に封じ込められし我が御魂、この身の中へ返して貰おうぞ…・。」
 くわっと見開いた赤い目はおどろおどろしく二人を見下ろしていた。優しげなゆきえの髪は逆立ち、この世のものとは思えぬ蒼白い妖しい輝きに満ち始めた。
「けっ!正体現しやがったな!!」
 乱馬はきっと雪女を見詰めた。
 雪女の妖気は結界の外を激しく舞い始める。
「けっ!妖怪が…。通りで寒い筈だ。だけど、おめえ、どうやってここまで侵入してきやがった。上では爺さんが結界を張ってたろ…。」
 乱馬は雪女に向かって叫んだ。
「ふふん。他愛のないものよ。奴は今頃、分厚き氷の中で息絶えておろうぞ…。我らに仇なす、にっくき神技など、尽く踏み倒してくれるわっ!!」
 鋭い目がギロッと見返した。
「ってことは、上で結界を守ってた爺さんはやられちまったってわけか…。だが、俺たちは簡単にはやられねえぞ…。お前たちが何を企んでいるかは知らねえが、この結界とあかねだけは守ってやるっ!!」
 乱馬も気を解放する。熱い気の炎が乱馬の女体へと漲り始める。
「ふふふ…。威勢だけは良いのう…。だが、それが何処まで通じるか…。」
 雪女はそう声を荒げると、ふうっと雪の欠片を吐き出し始めた。
「うわっと、雪の刃かっ!!」
 乱馬はあかねを床へと倒しこんでその雪の刃から身を守った。雪の刃は乱馬たちの目の前でカラカラと音を立てながら下へと飛び落ちる。見れば結界からこちらへは入れないようだ。
「へっ!そんな頼りげ無い綱でも、結界は結界って訳か。効いてるみたいじゃねえか。こっちは全然痛くも痒くもないぜっ!」
 乱馬は煽るように声を荒げた。
「今度はこっちから行くぜっ!」
 溜めていた左手の気を雪女に向かって解放した。
 どおーんっ!!
 赤い炎の気が雪女の方へはじき出される。
「うわっ!!お、おのれえっ!!」
 雪女の左腕にその気砲はヒットした。
「けっ!やっぱりな、てめえの弱点は燃える闘気だ。雪は炎に弱いから当然だな…。」
 雪女の左半身がジュウジュウと音をたてて燻っている。苦しげに歪んだその表情を恨めしそうに二人へと差し向ける。
「あかねっ!おめえも気を飛ばせっ!おめえの気でも充分奴を牽制できるっ!」
 乱馬は後方のあかねに向かって叫んだ。
「ちょっと、それ、どういう意味よ。」
 あかねが怒鳴る。彼女が熱せられれば、かなりの気炎を上げられると乱馬なりに判断したのだ。
「文字通りだっ!怯むなっ!一気にいけーっ!!」
 乱馬は怒鳴りつける。
「偉そうに、言わないでよねーっ!!」
 あかねも負けじと気砲を放った。
「ぐ…。おのれえっ!結界さえなければ簡単におまえたちなどこの腹の中へ収められようというに…。」
 あかねの気炎もまともにくらい、雪女が唸り声を上げる。

「たく、情けないことよのう…。何をあたふたしておるのじゃ…。」
 雪女の更に奥からもう一つ、皺枯れた声が響いた。
「誰だっ!!」
 乱馬が牽制すると、もう一つの影は反対側から現れた。
「セツ婆さんっ!!」
 あかねが声を上げた。そこに立っていたのは雪見荘の女主、セツ、その人だったのである。
「けっ!もう一人いやがったかっ!そうだな・・雪女が居るんだ、氷女が居るってわけか…。」
 セツはふふんと微笑を返すと、俄かに変化し始めた。ゆきえと同じく、物凄い妖気をそこへはき付ける。ごごごっと洞窟全体が揺らめくような気が渦巻き始めた。
「そうだ、我が名は氷女。憎き人間どもめ。我らが平穏に住みし山を乗っ取り、更には得体の知れぬ霊木を守り神だなどと丁重に扱いよって…。今こそ我ら甦り、その積年の恨み晴らしてくれようぞ…。!」
 セツの身体も蒼白い妖気に包まれてゆく。老婆の皺は妖艶なほど美しい光を放ちはじめた。
「二人がかりってことか…。」
「お主らも二人、我らも二人…。公平にいこうではないか…。」
「何が公平でいっ!ちっ!あと一押しで雪女を倒せたのによ…。」
 乱馬は直感した。こいつは、この氷女は雪女の比ではない。妖気の桁が違いすぎると思った。
「それは気の毒であったな…。ふふ…。」
 氷女は不敵な笑いを浮かべた。
「こっちには結界もある…。あかねっ!落ち着いて気砲を放つんだ…。いいな…。」
 乱馬は後方のあかねに目配せする。
「う、うん…。」
「気を無駄打ちすんなよ…。できるだけ狙うんだ…。」
「わかったわ…。」
 あかねは頼りになる相棒を見て微笑んだ。
「ふふふ…。結界か…。そんなもの、中から打ち崩せば他愛なく破れるぞ…。」
 氷女がにやりと笑った。
「なんだとぉ?」
「雪女っ!」
 氷女が合図を送ると、雪女は気砲で傷ついた身体を苦しげに歪めながら、かっとあかねを見た。そしてにやりと笑うと何か念を送り始めた。
 キンっと耳元が震えるような空気の微動。
「そうだっ!赤巫女を操れっ!!」
 くくっと氷女が嘲るように笑った。
「操るだと?」
 乱馬がそう叫んだのと、あかねが身悶えし始めたのはほぼ同時だった。
「あ、あかねっ!?」
 あかねが苦しみ始めた。
「な、何だっ?き、貴様っ!あかねに何をっ!!」
 乱馬の表情は厳しくなる。
「何をって…。ふふん、昨日の湯殿に秘薬を仕込んだだけだよ…。ほうら…。こっちへ出ておいで…。可愛い傀儡(くぐつ)よっ!」
 あかねは何かに操られるように、足を踏み出した。
「い、いくなっ!!あかねっ!!」
 乱馬はあかねを止めようと身を呈した。
「それっ!結界をお切りっ!!」
 雪女の声が響いた。と同時にあかねは持っていたカンザシで結界の縄を切った。古い縄で張られていた結界は、あかねの一振りではらりと切れてしまった。
「し、しまったっ!!」
 と乱馬が叫んだ。雪が俄かに荒巻き始めた。目を開けていられないほどの猛吹雪が乱馬の周りを取り巻き始める。ごおっと音をたてて妖気とともに舞い上がる。
「くっ!」
 乱馬は必死で手を前へ突っ張って襲い来る氷の刃から身を守る。それが精一杯だった。
「さあ、封印を解けっ!赤き巫女っ!!」
 手を上げて雪女はあかねへと合図を送った。
「あかねーーっ!」
 乱馬の絶唱虚しく、操られたあかねは、後ろの祭壇へと下がりはじめた。そして、つかつかと一段上に設えてある棺へと手を伸ばす。
 彼女の目的は、突き立てられた刀にあるようだ。
「抜くなっ!!あかねーっ!!」
 雪に阻まれて自由が利かない乱馬は叫ぶのが精一杯だった。
「抜けっ!一気に、その封印の刀をっ!!そして我らの力を解放させよっ!」
 あかねは刀の柄に手を掛けた。そして、一気にそれを引き抜いた。

 カアッと刀が光を放った。
 目が一瞬きかないくらいの光が方墳から溢れ出した。何かが中から飛び出してくるのが見えた。白と蒼の人魂みたいな気の塊がヒュンヒュンと三つ音をたてて飛ぶのが見えた。

「封印が解ける…。これで我らも復活できるのだ…。この時をどれだけ待ち遂せたことか。六百年…。ふふふ。これで瑞々しい妖気が力が我らに戻る…。」

 声が空気の中で嬉しげに響いた。
 中から現れたのは、蒼白い妖艶な妖気に包まれた、妖怪女が二人。一人は真っ白に、一人は真っ青に肌を不気味に光らせていた。長い髪を後ろに靡かせて、そいつらは冷たく乱馬とあかねを睨みつけていた。
「本性現したってわけか…。」
 乱馬はきっと睨みつけた。

 
「ふふふ・・形勢逆転といったところかのう…。白巫女よ。おまえは私がじきじきに相手してやろう…。赤巫女は雪女に任せよう…。いくら深手を負ってはいても、彼女を倒し、生玉を食らうだけの力は残っていようぞ…。それに、あの子もおまえもいい身体をしている…。次の憑依体にぴったりじゃからなあ…。この老体から抜け出て、生玉を喰らったら、おまえたちへ憑依して、この世を雪と氷で覆い尽くしてやろう…。はっはははははは。」
 氷女は愉快そうに笑った。
「させるかあっ!」
 乱馬は全身へと闘気を湧き立たせ始めた。身体の奥から湧き出る闘気。
(あかねっ!俺がこいつを倒すまで、耐えろよっ!喰らわれるんじゃねーぞっ!!)
 乱馬は強くあかねへと念じた。
「ふふふ…。この亜空間の中では全ての闘気は我に微笑むことを知らぬな…。」
 氷女は乱馬の前へと手を翳した。
「な、なにっ?」
 乱馬の燃える闘気は炎から氷へと変化を遂げる。
「自らを凍てつかせて沈むがいい…。」
 彼を取り巻いていた闘気は尽く氷へと吸い込まれてゆく。
「うわっ!!」
 氷は容赦なく乱馬の全身へと纏わりつく。ピシピシと音を立てながらその腕や脚、そして胴へとまるで生きているかのようにへばりついた。そして乱馬の身動きを完全に塞いでしまった。
 丁度伸びてきた氷に捕えられたように、空間の中で乱馬は大の字に貼り付けられた。
「畜生っ!動けねえっ!!」
「ふふん…。いいざまよなあ…。」
 氷女が乱馬の元へとつつっと降りてきた。
 そして、まだ包まれていない顔へと手を伸ばす。彼女の手は冷気に覆われ、ぞくっとするくらい冷たく乱馬の頬をなぞった。それから氷女はにっと笑うと、張りついて動けない身体へと手を伸ばす。
「この辺りに持っているのだろう…。」
 もぞもぞと胸元を掻き分けて氷女は襟元へしまい込んでいたカンザシをまさぐりだした。白いカンザシの先についた玉が冷ややかに光を放つ。
「ふふ…。取り出したぞ…。これさえ手に入れば、おまえを喰らってやれる…。覚悟をしっ!!」

 氷女の顔が裂けてくわっと獣のような大口を開いた。

「くっ!ちっきしょーっ!!」

 乱馬は動かない身体を必死で捩らせる。

「わめけっ!叫べっ!誰も助けは来ないがな…。ふふん。おまえが益荒乙女などと、誰が占のうたのだろうなあ…。占った奴を恨むが良い…。」
「お、おめえが占ったんじゃねえのか?」
 乱馬は張り付いて動かない身体を氷女に向けて問い掛けた。
「ふふん…。大方あのじじいが占ったのであろう。いつもあいつが巫女を占う。」
「あの爺さんがか?おまえらが焚きつけて占わせていたんじゃねえのか?」
「違うさ。いつもあいつが占って巫女を差し出していた。」
「巫女を…。てめえ、じゃあ、もしかして…。」
「ああ、そうだよ。巫女の身体に憑依して六百年を耐えてきた。元の身体に戻るためにな…。愚かな人間どものせいで分かたれた御魂を宿しなおすためだけに、ずっと選ばれし巫女へな…。残った微かな妖気だけを転生させて生き長らえてきたのじゃ…。」
「巫女が変わるたびに憑依してたわけじゃねえな…。じゃねえと、婆さんとゆきえさんじゃあ、巫女になった代が違うからな…。」
「ふふん…。勘がいいようだな。人知れず憑依を繰り返してはいただけじゃ…。細々とな…。大願を成就させるために、この時を待つために、じっと耐え抜いたのじゃ…。」
「で、婆さんの娘のサエさんはどうした?てめえが殺ったのか?」
「さてな…。わらわではない…。」
「てめえらが殺したんじゃねえのか!?へっ!俺はてっきりてめえらが手を下したと思ったんだけどよ…。」
「ふん…。大方、我らの力を利用しようとした人間どもが殺したのではないかのう…。何、その企ても我らが元の身体に戻れば跡形もなく消してやるさ…。我が一族を封印せし恨み、尽くこの世界を氷で覆ってやる。」
 乱馬は合点がいかないという表情を差し向けた。
「やっぱり、別の陰謀が渦巻いてやがるのか…?」
 苦しい息の下で喘ぎながら思考を巡らせる。何か得体の知れない別の陰謀が渦巻いている。そんな考えが脳裏を掠めた。まさかとは思うが、この氷女たちを利用しようとする別の企みを持つ奴が居るのではないのか。ひょっとしてこいつらもそいつに踊らされているのではないかと。昔話といい、合点のいかないことが多すぎた。だが、まずはこの事態を打開しなければ、先へは進めない。
「くそっ!自由がきかねえっ!!」
 乱馬は力いっぱい氷を割ろうとあがいたが、びくともしなかった。
「ま、どの道、そんなこと、おまえには関係ないさ…。これから生玉を喰らわれるのだからな…。ふふ…。長くお喋りしすぎたかのう…。ぼちぼちおまえの身体から生玉を抉り出して、喰らってやる。巫女の清純な身体から放たれた生玉は最高の妖気を得られるからのう…。そして、その穢れを知らぬ無垢な身体へ新たな憑依体にして、甦る。そして、再びこの里を、いや、この世界を氷と雪で閉ざされた世界に戻してやる…。」

(くっそー、か、身体が上手く動かねえ…。)
 手足をばたつかせるが、どうにもならない。凍りついた体はしっかりと空間の中へ抑えられてしまっている。
(こ、これまでか…。あかね…。あかねっ!!)
 心で愛しき者の名を呼びながら、乱馬は観念して目を閉じた。


「あかね…!」

 耳元で愛しい人の声を聞いたような気がした。
(ら、乱馬?)
 あかねははっとして目を見開いた。確かに呼ばれた。
 目の前で空間が歪み始めた。
 あかねははっとして己の置かれた状況へと思考を巡らせ始めた。

(あ、あたし?)

 見ると手に、大きな刀を握り締めていた。

(こ、これって…。)

 そのとき、頭上を何かがかすめた。
 痛いと一瞬思った途端、腕から鮮血が飛んだ。
「くっ!外したかっ!!」
 雪女がよろめきながら睨みつけてくるのを見つけた。
「あんたは…。」
 頭がなんとなくズキズキと唸っている。一気にもやが晴れたような気分だった。
「ふっ!正気に戻ったか…。気の毒に。戻らなければ、楽に死ねたものを…。」
「死ぬ?あたしが?」
「そうさ…。生玉を抉り出して喰らってやるのだ…。覚悟をし…。」
 不敵に笑う雪女。
 
(そうだ、あたし…。雪女と闘ってたんだ。乱馬…。乱馬は?)
 あかねは周りを見渡した。
「白巫女なら、今頃お姉さまが生玉を取り出している頃だろうよ…。」
 にっと雪女が笑う。
「お姉さま?氷女ねっ!!」
 全ての記憶が繋がった。
「乱馬たちは?何処に居るの?」
 あかねは刀をつうっと中段に構えると、雪女を睨みつけた。
「ふふふ…。こことは違う、別の空間さ…。お姉さまは多次元空間を操れるんだ。大方、時空の裂け目へ引き込んで戦ってるんだろうよ…。そして、あんたの相手はこのあたしってわけさ…。覚悟をしなっ!!」
(空間の裂け目…。)
 あかねは周りを見渡した。ゆらゆらと蝋燭の炎が二人を照らしつける。
(あたしたちは、この洞窟のままって訳か…。)
 あかねはじっと雪女を睨んだ。汗が着物を通って流れ落ちてゆく。

(乱馬っ!!)

 心で愛しい名を呼んでみた。

(あんたなら、この場をどうやってすり抜けるの?)
 
 武道家として尊敬する彼へと問い掛ける。
 狭い空間の中で妖怪と対峙している。余裕を見せている雪女。不敵な笑いを浮かべている。戦慄が身体を駆け抜けた。
 怖い。
 だが、闘わなければ、誰も助けてくれない。乱馬の気配もない。

(情けねえなあ…。相手の気をもっと読まなきゃ…。おめえの攻撃は直線的過ぎるぜ…。)

 耳元で彼の声が聞こえたような気がした。
 そう、いつも道場で合い稽古してくれるとき、彼が言う言葉。気を読むこと。そして、相手の動作を予想して動くこと。それが苦手だと散々言い叩かれる。
(気…。)
 呪文のように言葉が反芻される。
 きっと睨み返して、あかねは気を読み始めた。
 研ぎ澄まされた感覚の中でなければ気は読めない。湧き上がる雪女の妖気を集中して探り出す。
(こいつ…。気が弱ってる。叩きつけてくる気はただのこけ脅し…。)
 汗が額をついて流れ落ちる。
 微かに雪女の右腕の力が弱っている。
(そうだ、確か乱馬が彼女に気砲を放ってた…。あたしの気砲も命中したはず…。こいつ、燃え上がる炎に弱いんだっけ…。なら、あたしにも勝機はある。)
 必死にまさぐる相手の気。飲まれればお終いだ。
 ちらりとまた脇を見た。蝋燭の頼りなげな光が揺らめく。

「おまえが動かないなら、こっちから行くよっ!!」
 
 雪女の冷ややかな妖気が飛んだ。雪女の左手が伸びて、氷の刃が煌いた。つんとした冷気が立ち込める。
 あかねに向かって真っ直ぐに下ろされる氷の刃。
 辛うじてその切っ先を交わしたあかねは後ろへと飛び退いた。
「馬鹿めっ!逃げても無駄なことっ!!」
 雪女は左の刃をちろりと舐めると、飛び退いたあかねを目掛けて突き出してきた。腕が勢いでにゅっと伸びてくる。氷のゴムだ。
「死ねっ!!」
 そう叫んだ雪女目掛けて、あかねは蝋燭を手にとって投げつけた。
「な、何?」
 一瞬、雪女がたじろいだ。攻撃の手を緩めたのだ。
「だあーっ!!」
 あかねはその機を逃がさなかった。握り拳に秘めていた気砲を蝋燭目掛けて撃ち放った。

「ぎゃーーっ!!」

 雪女は一瞬のうちに燃え盛った
 そう、あかねの放った気は、先に投げつけた蝋燭の炎を捉えて、瞬時に燃え上がったのだ。雪女は炎の気に弱い。乱馬がそう最初に示唆してくれたことを土壇場で思い出したのだった。
「おのれーっ!わらわがこんな小娘に…・。」
 断末魔の叫びが洞窟の奥にこだました。
 雪女は燃えながら床をのた打ち回り、最後に御魂を体内から吐き出した。
 ひゅるるとそれは床に転がっていた真っ赤な赤巫女のカンザシに飛び込んでいった。しゅうしゅうと音をたてて、御魂はカンザシへと吸収されて同化したようだ。煙が微かに上がっている。

「か、勝った…。」
 
 あかねはどさっとその場へ腰を下ろして脱力した。



つづく



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