前置き

 いなばRANAさんのサッカー熱に炙り出された一之瀬けいこです。
 日韓共催のワールドカップ開催中、RANAさんとは某所でこのひと月というもの、毎度熱いサッカーログをつき合わせておったのでありますが…。
 本当はRANAさんに描いてもらおうと、ネタを振りました。
 ところが「それは、言い出した方が書かないと…。」と恐ろしいご返答。
 で、思い出したのは「言い出しっぺが書く」というRNR(Ranmatic Novel Rangers)の厳しい掟。しまったと思ったものの、時既に遅し。
 こうやって「後日譚」を任されてしまいました。

 始めにお断りしておきますが、こちらの作品は、RANAさんが私のイラストからイメージして描いてくださった「W杯応援企画小説」と同じ妄想プロットからの作文です。原案者のいなばRANAさんには了承を頂いた上で、好き勝手に妄想して書かせていただきました。
 従って、両人とも、一切の苦情申し立ては受けませぬゆえに、どうか宜しくお願いいたします。

 二人の妄想の淵…底なしです。







◆青い夏の思い出


 日本を青い熱風が通り抜けて暫くたった。
 あの熱い熱病のようなサッカーの日々は過ぎ去りはしたものの、人々の口には健闘した各国のイレブンたちへ賞賛が飛ぶ。
 感動の中に迎えたグランドフィナーレ。次の大会までは遠い四年の月日を待たねばならない。
 まだ、どこかに興奮が残っている梅雨明けの青い空。


「もお…。乱馬ったら。全然連絡も寄越してこないんだから。」

 少女は、熱波が過ぎ去った後のサッカー雑誌を姉から受け取りながら、不服そうに口を尖らせた。
「許婚が居なくって寂しいのっかなあ?」
 少女の姉は、にっと笑って見せた。
「そんなんじゃないわよっ!」
 と吐き出す。鼻息も荒い。。
 少女の名は天道あかね。ショートカットの似合う十七歳。
「ツンケンドンしちゃっても仕方ないでしょ。乱馬くんだって、それなりに気合を入れるために山篭りしてるんだろうし…。まあ、連絡が途切れてるって言ったって、直に帰って来るわよ。」
 あかねとてそのくらいのことは心得ている。
 あの熱いサッカー大会の後、彼は少しだが変わった気がする。どこがどういう風に変わったと、具体的には言えないのだが、これまでより真剣に修業に取り組み始めたように思った。何より気迫が違って見えた。
 あかねも武道を志す者。
 常日頃、組み合う許婚の乱馬の変化は手に取るようにわかるというもの。今までが決して不真面目という訳ではなかったが、あの、熱いサッカーの日々からこちら、取り憑かれたように、激しい修業をこなしていた。
 学生の領分である「期末考査」が終わるや否や、さっさと何処かの山へ修業の場を求めて駆け出して行った。
 彼はそれで良かったのかもしれないが、後に残されたあかねは、そろそろ乱馬の不在に心が騒ぎ始めていた。
 この、女に変身してしまうくせに、女心の一つも理解できていないらしい彼女の許婚は、飛び出したが最後風来坊と化す。電話一本寄越してこない。今頃何処でどうしているのやら。残されたまんまの彼女には皆目見当もつかない。
 それがイライラとなって伝わってくる。
「やっぱ心配なんだ…。」
 なびきは分ったような口を利く。
「違うって言ってるじゃない。」
 あかねは気を紛らわせるために、パラパラとクラビアをめくりながら不機嫌に答えた。
 手にしたのは、前からなびきに購入を頼んでいたW杯特集記念のサッカー専門誌。どこの本屋でも売り切れ続出の人気雑誌。情報通のなびきに頼んで、買ってきて貰ったのだ。
 なま返事しながら、吸い寄せられるように読むのは、オールジャパンの特集記事。
 実際にフォールドへ応援しに行った体感は、あかねの心を時めかせていた。
「随分熱心ね…。乱馬くんの居ないウップンを雑誌で晴らすのかな?」
「もお…。しつこいわよっ!お姉ちゃん!」
 と、あかねの手が止まった。目がとある記事に吸い寄せられてゆく。
「どらどら…。」
 なびきがあかねの横から記事を覗きこむ。あかねの変化に気がついたのだろうか。

 『盛り上がった予選リーグ第三戦』。記事にはそんな文字が明々と躍っていた。

「予選リーグ第三戦かあ…。そっか、あんたたち、この試合見に行ったんだっけ。」
 なびきがちらっとあかねを見返した。それからまた、記事へと目を落とす。
「何々、方々で試合後は大人しいと黙されていた日本人サポーターたちのドンちゃん騒ぎが見られた。若者たちはそれぞれ、大人たちとは違った応援を見せた。中には勝利のキスをするカップルも…へえ、やるもんね。」
 ドクンとあかねの心臓が一つ唸った。
 思わず雑誌を落としそうになったが、何とか耐えた。
 あの熱いイタリア戦の賭けを思い出したのだ。
 そうなのだ。その雑誌のそこに写っていたのは乱馬とあかねの決定的瞬間らしいのである。
 幸か不幸か、そこに写り込んだ写真は、輪郭がぼやけていて、辛うじて己たちと特定はできない。
 「何か、写り具合が悪い写真と思ったら…。素人投稿の写真じゃん。読者が見たワールドカップのシーンかあ…。」
 なびきが指摘した。あかねはドキドキしながら己たちが写ったページを眺めた。
 あかねとしてはその記事を即座にパタンと閉じてしまいたかったが、なびきの手前、それができなかった。
 確かに、写りが悪い。肝心な顔の部分はぼやけていて、ぱっと見これでは、誰と誰がキスを交わしているか特定できない。だが、下手に反応すると、勘の良いこの姉に、そういった行為一つからも何か穿ったことを言われそうで堪らなかった。彼女に悟られたらお終いである。口止め料などと銘打って集(たか)られるのは必定だ。
 だから、あかねは素知らぬふりをするしかない。そう思った。
 幸い姉は気がつぬらしい。
 もし、顔がわかる写真が写り込んでいたら…。好奇心旺盛な家族はまだしも、乱馬を巡るライバルたちが黙って居まい。
(良かった…。お姉ちゃんが気付かないんだもの。誰にもあたしと乱馬ってことはばれないわね…。)
 何はともあれほっと胸をなでおろした。

「あ、そうそう、かすみお姉ちゃんが呼んでたわよ。あんたに手紙が届いてるって。」
「手紙?」
「うん…。国際郵便だって言ってたわね。あとそれから朗報よ…。」
「朗報?」
「さっき、早乙女のおじさまから電話があって、今日の夕方、帰ってくるそうよ。勿論。乱馬くんも一緒にね。嬉しいでしょ?」
 とウインクした。
「べ、別に…。嬉しくともなんともないわ。」
「無理しちゃって。」
「もお、お姉ちゃんったらあっ!」
 これ幸いと、雑誌をパタンと閉じる。
「ま、いいから、手紙取ってらっしゃいな。」
 なびきの進言にあかねは従うことにした。一体誰から手紙がきたのか。気になったからだ。
 あかねは雑誌をベッドの脇に置くと、手紙を取りに階段を下りていった。

「積極的ねえ…。乱馬くん…。ふふ。私がわからない筈ないじゃないの…このおさげ髪の男の子。ま、あかねをあんまりからかっちゃあ寝覚めが悪いから…。集(たか)るのは乱馬くんにしよっと…。」
 というすぐ上の姉の独りごとは聞こえなかった。

 
「かすみお姉ちゃん…。郵便ってどれ?」
 台所へひょいっと顔を出した妹に、かすみは持っていた包丁を止めた。
「えっと…。これよ。エアメール。一つはあなたに、もうひとつは乱馬くんにそれぞれ来てるわよ。」
 手渡された封筒に目を投じると「フランチェス・トッツィオ」と書かれていた。乱馬の封筒には「マルコ・トッツィオ」とある。
「これ…。あのときの、イタリア人からだわ。」
 あかねの目がぱっと輝いた。
 あの地区予選のときに、勝利のキスを巡って賭け事をした二人のイタリア人たちである。フランチェスは王子様スマイルの好青年。マルコはその叔父さんということだった。
 試合の後、意気投合したからと、サイン帳に記帳してくれとマルコさんに頼まれて気安く応じたのをあかねは思い出していた。写真を送るからとマルコさんには住所の記載もねだられた。特に断わる理由もなかったので、あかねは彼のサイン帳に住所地を記載した。

 部屋に返るとなびきはもういなかった。あかねはざくっとはさみで封書を開いて見た。
「イタリア語…読めるかなあ…。英語すらおぼつかないのに…。」
 そんな心配事はすぐに払拭された。封書の中にはイタリア語で書かれた文面と共に、流暢な日本語で書かれた書簡が入っていたのである。まずは日本語の方を手に取った。

「はじめまして。私はフランチェスの叔父、マルコのワイフ、のり子です。彼に頼まれてフランチェスの手紙を和訳しましたのでどうぞお読みください。」
 冒頭部にそう書かれていたのだ。
 至れり尽せりの邦訳つき書簡であった。
 夏の思い出が零れ出す。
 ふっとあかねが微笑んだ時、「ただいまあ。」と階下から、懐かしい元気な声が響いてきた。







「たく…。まさか、あのおやっさんとにやけた色男から手紙が来るなんてな…。」
 少年はふっと溜息を吐いた。
 風呂上りの身体からは石けんのいい匂いが漂う。まだ、髪の毛はしっとりと濡れていて、身体も火照っているのだろうか。少し赤らんで見える。
 夕闇までにはまだ時間がある、ここは道場の屋根の上。
 時折二人は、ここで夕陽を見ながら佇んで話し込むことがあった。家族の好奇心の目も、ここまでは追ってこないし、何より開放的な気分に浸れるこの場所がお気に入りだった。
 灼熱の太陽の余韻が残っている瓦は、ほこほこと暖かい。太陽は、赤く遥か向こうの西の方へと暮れてゆく。夕暮れの風が、さわさわと二人を包んで流れてゆく。うちわを片手に風を送り込みながら乱馬はあかねから手紙を受け取った。
 黙って読む姿をあかねは微笑みながら見詰める。久しぶりに会う許婚は、少し肌の色が浅黒く日に焼けたようだ。逞しい身体は修業の疲れを癒すようにその肩を少しだけあかねの方へ寄せる。
 一通り目を通すとふっと漏れる溜息。
「おめえのは何て書いてあったんだ?」
「気になる?」
 ちらっと視線を見送りながら悪戯っぽく笑う。
「べ、別にそんなわけじゃねえけど…。あの色男。どうせろくなこと書いてこなかったろう?」
「そうでもないわよ…。」
 くすっと笑ってみせる。それから、乱馬へ己に来た封書を差し出した。
「読んでもいいわよ…。」
 彼は手紙を受け取ると、さっと開いた。

「なあ、何か匂うな…。この手紙よぅ…。」
 くんくんとやっている。
「コロンの香よ…。あっちの人は手紙にちょっと香をつけて送ってくれるのよ。」
「マルコさんから来た手紙は匂わなかったぜ…。」
「そりゃあ、男の人が男に出す手紙だもの…。フランチェスさんはあたしが女だから気を遣ってくれたのよ。」
「へっ!そりゃあよござんしたねっと…。」
 このヤキモチ妬きはそうごねるのを忘れない。
 少し不機嫌な顔つきになると、あかねの手紙を開いた。
「趣味の悪い花柄の便箋だなあ…。」
 と原文にうそぶきながら、声を出して日本語訳の書簡を読み始めた。

「何々…。親愛なるあかねへ…・いきなり呼捨てかいっ!」
「仕方ないでしょう?あっちには「ちゃん」とか「さん」とか言った敬称をつける習慣ないんだし。」
「これ日本語訳だろ?訳す側がつけたって…。」
「文句言わないの。マルコさんの奥様が直訳してくださったのよ。」
「えっと…。日本戦では君にとてもお世話になりました。おかげで楽しいひとときが持てたよ。
 あの後、両チームとも残念な結果に終わったが、四年後は絶対にイタリアチームが優勝を飾ってみせる。もし、そのときは、是非、君から勝利のキスを頂きたいものだね…」
 乱馬の声のトーンが思わず上がった。ふざけるなとでも言いたげだ。
「ちゃんと先読んでから文句言ってよね…。」
 あかねは宥めすかす。
「それにしても、君からのキスを貰えなくて、僕は残念だったよ。君はキュートだし、僕の好みのタイプの素晴らしい女性だったから。おじさんのマルコのワイフも日本人。日本の女性は素晴らしいから、僕もそんな女性に巡りあえたと一瞬でも喜んだのだけれどね…。おめえ、こんな歯の浮くような台詞に、にやついてやがるのか?」
「失礼しちゃうわねっ!あっちの人は表現がストレートなのよ。はっきりと物を言うの。わかる?」
「君のフィアンセは少しばかり乱暴な少年だったけれど…大きなお世話だ…それでも、君のことを大事にはしているようだったね。あのキス、素晴らしかった。日本の男性ももっと積極的に女性に愛を語るべきだと僕は思っているよ。もし、君が乱暴なフィアンセに飽きたら、今度は僕が君のフィアンセに立候補するつもりだ。だから、いつでも、手紙を待ってるよ。君が来いというなら、また日本へ行っても構わないと思っている。彼に見切りをつけて別れたら、いつでも呼んでくれたまえ。…ふざけんなっ!俺は別れる気なんかねえからよ…。」
 ぷりぷりと言葉を吐き出す乱馬を見て、あかねはくくくっと笑って見せた。本音がちらりとこぼれたことに本人は気がついていないらしい。
「おめえ、こんな手紙貰って嬉しいのかよ…。」
 とぶつぶつ文句を垂れている。
「そりゃあ、あたしだって女の子だもん。このくらい、ストレートに表現してもらえるのも、悪い気はしないわよ…。」
「ちぇっ!それって当てこすりかよ…。」
「そんなんじゃないわよ。」
 少し雲行きがあやしい。
「で、他には?写真入ってたんだろ?おめえにも…。」
「まあね…。」
「見せろよ…。」
「乱馬も手紙を読ませてくれるならね。」
「嫌だ…。」
「何よそれ…。あたしの読ませてあげたのに…。」
 何かを躊躇うように乱馬はマルコからの手紙を見せることを嫌がった。
「嫌なもんは嫌だ。」
 ヘソを曲げた。
「じゃあ、あたしも。写真見せてあげない。」
「何でだよ?あ゛ー、おめえ、何だ?俺に見せられない写真でも入ってたのかあ?」
「そんなの入ってないわよっ!」
「隠し立てするのは疑わしいぜ!」
「馬鹿ッ!とにかく、あたしに来た手紙をあんただけが読むなんて、バッカみたいじゃん。あんたがマルコさんの手紙を読ませてくれたら、見せてあげる。」
 交換条件を出してきた。
「笑わねえか…?」
 あかねの条件に乱馬はぼそっと言葉を継いだ。
「笑わないわよ…。そんなに変なことマルコさんだって書かないだろうし。いい大人でしょ?」
「絶対守れるか?」
「しつこい。」
「じゃあ、読ませてやらあ…。」
 歯切れ悪く、そう言いながら差し出す手紙。



 親愛なるラッキーボーイへ。
 君たちと知り合えて今回のワールドカップ観戦は、とても有意義な時間を持てたよ。
 特に、君の勝利の女神は素晴らしい。後で彼女に訊いたら、君は武道家を目指して修業を積んでいるそうじゃないか。その身体を見ればどのくらい鍛えこんでいるか、わかるというものだ。
 勝敗は時の運。だが、君には勝利の女神が付いているようだね。それも素晴らしい魅力に溢れた。
 彼女を手放しちゃいけないよ。
 実は、ここだけの話、君と賭けをしたフランチェス。彼女のことをまだ諦めてはいないらしい。
 この手紙と同じ頃に、彼からも彼女へ手紙が舞い込んでいる筈だ。
 僕のワイフも日本人だから、日本女性の素晴らしさは分っているつもりさ。(この手紙を訳してくれているのだけれどね。)
 君のフィアンセも素晴らしい女性になるだろう。飛び切りの美人になるよ。
 彼女も君が好きなようだ。それもよくわかった。
 だからと言って、油断しちゃあいけないよ。
 女性の心理は万国共通。男の逞しさは勿論だが、優しさを期待している。それは日本の女性も同じだろう。
 一年に一度でもいいから、ちゃんと愛する人には意思表示するべきだろう。愛しているという言葉、伝えるべきさ。家内安全のためにもね。
 言葉や態度にしないと伝わらないこともある。
 日本人はその辺りが苦手な民族らしいからね。
 口下手でも、彼女に愛を囁きたまえ。たとえベッドの中でもいいからね。いや、まだ君たちはプラトニックな関係なのかもしれないが…。
 ちゃんと僕の言うようにしないと、フランチェスのような色男に勝利の女神を奪われかねないよ。勝利の女神は万人に愛されるからね。
 君の勝利の女神がいつまでも微笑んでくれるように、お守りをあげよう。他の誰も君たちを侵せないよう、「魔除け」にね。
 何年かして君たちが結婚するときは、是非とも青いイタリアへ遊びにおいで。いや、来て欲しい。そのときはワイフと大歓迎するさ。
 また、会おう。日本の親愛なる少年よ。

 マルコ・トッツィオ

 追伸
 君の青い勝利の女神さまに宜しくな。幸運を祈る。



「へえ…。イタリア人って本気で女は口説かないと失礼だ…なんて思っているらしいから。」
 あかねは手紙をたたみながら言った。
「たく…。イタリアの色男はおめを諦めてないようだしな…。」
 と嫌味を言うのも忘れない。
「そうね…。」
「ちゃんと読ませてやったんだから…。色男から来た写真、見せろ…。」
 と要求も忘れない。
「いいわよ、ほら。」
 あかねはひらりと数枚の写真を出した。
「これ、もしかして…。」
「フランチェスが撮ってくれたんだって。良く撮れてるでしょ?」
「いつの間に、こんなもの撮影してやがったんだ。あの色男。」
 鼻息が荒くなった。手にした写真には、あかねの輝く笑顔。
「妬いてくれてるのかな?」
「けっ!己惚れんなよ…。」
 あからさまに面白く無いという顔を示し、写真を突き返す。あかねはおもわずぷっと吹き出した。
「何だよ…。」
「別に…。」
 さわさわと風が通り過ぎた。
「ねえ、乱馬のは?マルコさんも一緒に送ってきてくれたんでしょ?」
「あ…。お、俺のはいい…。見なくていい。」
 もぞもぞと歯切れの悪い答え。
「どうしてよ…。見せてくれたっていいじゃない。」
「見んでいい。見るほどのものじゃねえっ!」
「あー、ずるいっ!自分だけ。」
 あかねは乱馬の手からひょいっと手紙を剥ぎ取った。
「くおらっ!返せっ!勝手に見るなあっ!!」
 真っ赤になって反撃してくる乱馬。
 だがここは、道場の屋根の上。案の定、バランスを崩した。

「きゃあっ!」
「あぶねえっ!!」

 思わずあかねを引っ張って、しっかりと腕に抱き締める。
 瓦がカタンと鳴った。
 沈黙が二人の上を通り過ぎた。どこかで家路を急ぐ烏が鳴いた。

「たく…。気をつけろ…。命がいくつあっても足りねえぞ。」
 そこへ落ちてきた写真が一枚。
 あかねはそれをひょいっと右手に掴んだ。
「この写真…。」
「わたっ!!見るな…。」
 あかねは写真を見て固まってしまった。
 そこに映し出されていたのは、決定的瞬間。
 今日だけだからとスタジアムの歓声の中で交わした口付け。
 二人して動きが止まった。客観的に見るキッスはやっぱり恥かしい。
 小粋なイタリア叔父さんの贈り物。
「これが魔除け…なの?」
 こそっと見上げながらあかねが言った。
「ああ…。そうみてえだな…。」
 写真を持つあかねの手にふっと触れ合う乱馬の手。
「絶対離さねえから…。」
「え?」
「勝利の女神は誰にも渡さねえ…。」
 そう言いながら閉じる柔らかな瞼。

 二人の時が静かに揺らめいた。




「ねえ、あんたたち。いつまでそんなところで夕涼みしてるのよ…。夕飯、先食べちゃうわよ…。」

 下からなびきの声がした。

 はっと気がついて再び見詰めあう。下からは死角になる場所だから、今のは見られなかったとは思うが、少しドキドキと波打つ心臓が二つ。
「お、下りるか…。」
 乱馬の言葉にあかねはふっと微笑んだ。
 見上げる空は夕暮れに包まれて真っ赤に燃え上がる。
 熱いフィールドの思い出を照らすように。
「きっとあしたも晴れるわね…。」
「ああ、真っ青にな…。」


 その後、乱馬は雑誌片手にしっかりなびきに集(たか)られたらしい。
 写真はそっと二人のアルバムの中へしまいこまれた。手紙と一緒に。
 魔除けの写真は熱い夏の思い出。大切な秘密の宝物としていつまでも。








一之瀬的戯言
 魔除け…だったんでしょうか?
 RANAさんからプロットをいただきました〜それを一之瀬流で味付け。
 とっても楽しい水無月…また次回のワールドカップ開催に合わせて、こんな企画をやりたいものです。妄想と時間が許す限りは。


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