第六話 対決
一、
その日も五月晴れ。
抜けるような青空が天に広がって穏やかな朝であった。
夕べのうちに、九能家から退散してきた乱馬は、天道家へ帰ると、死んだように眠った。
一週間の修業の疲れがどっと出たのであろう。何しろ、爺さんの不用意な言葉のせいで、九能はのべつ間なしに、交際しようと乱馬に襲い掛かっていたからである。ほっと息を吐く暇もなかった。
夜はそんなで熟睡は出来なかったし、昼間は激しい修業に身を焦がしていた。精神的にも肉体的にも極限に近かったのである。
勿論、天道家の人々は、乱馬に修業の成果を聞きたがったが、のどかがやんわりと抑えていたために何も聞き出せずに終わってしまった。乱馬は暖かい蒲団の中で眠りこけ、勝負に供えて回復と英気を養っていた。
翌朝、朝ご飯を食べ終わるころ、袋小路家から迎えが寄越された。
「たく・・・。何考えてるのかしらね・・・。袋小路のボンボンは・・・。」
なびきは招待状を見て唖然としていた。
「何がだよ・・・。」
起き抜けのぼさぼさ頭を引っかきながら乱馬がそれを覗き見た。
「何だ?こりゃ・・・。」
招待状は結婚式の案内状も兼ねていたのである。
「袋小路家の流儀にのっとって先の者、祝言を執り行う。よって、正装されて来られるべし。」
そんな文面が書かれていた。
「ふざけやがってっ!!」
乱馬はその紙をぐしゃぐしゃと握りつぶした。
「ま、せいぜいがんばりなさいよ。あたしとしては、別にあかねの相手が大和くんでもかまわないんだけどね・・・。」
なびきはふふんと鼻先で笑った。
「何だと?」
乱馬がきっと見下ろすと
「だって、大和くんち、金持ちじゃない。あかね、一生食うに事欠かないでしょうに。それにあたしにだっておこぼれが回ってくるかも・・・。」
この無責任で守銭奴のあかねの姉は、凡そ人の価値を金の有る無しで判断してしまうことが多かった。
「なびきちゃん、そんなことを言うもんじゃありませんよ。」
脇からかすみがのほほんと注意する。だが、そのかすみとて、
「祝言を挙げるんなら、やっぱり振袖を着ていった方がいいかしら・・・。」
などと返す口で言っているのだから呆れたものだ。
早雲とて、あかねや無差別格闘流の行く末を案じているという割には、紋付袴を着用していた。
「早乙女君はいいよね。パンダになれば、白と黒の正装モードで・・・。」
「ぱふぉぱふぉぱ〜。」
そんな調子である。
「みんな、どんな神経してるんだよ・・・。たく・・・。」
乱馬はスチャラカな家族に向って溜息を吐いた。
(こいつら、俺が真剣勝負に臨む意味がわかってんのかよ・・・。)
そんなやりきれなさとあほらしさを感じていると、のどかがこそっと耳打ちした。
「みなさん、あなたにリラックスしてもらおうと、それなりに必死なのよ・・。乱馬。」
そう言ってのどかはふふっと笑った。
「そっかあ?俺にはそんな風にはとても見えねえな・・・。」
乱馬は小さく返事すると、
「ま、いいや。俺が勝てばことは済む。」
と付け加えた。
「いつまでもお迎えを待たせるわけにもいかないわ。乱馬、あなたも早く支度なさい。」
のどかに促されて、乱馬は渋々と支度にとりかかる。
乱馬は洗濯されたての真っ白い道着に袖を通した。
武道家の正装。即ちそれは道着姿であろう。黒帯を握ってぎゅっと締める。と、途端、気持ちが落ち着いた。それから髪を軽く解いて、簡単にすくと、慣れた手つきでおさげをしっかりと編みなおした。今のこのスタイルが乱馬には一番似合っている。
『やっぱり乱馬にはおさげがなくっちゃね!』
あかねがそう言ったのを頭の中で反芻してみる。
つい最近、あかねは進級した乱馬にそんな言葉を投げた。
『乱馬って大和くんに似てるわよね。大和くんみたいな髪型の乱馬くん、あかねはどう思う?』
という友人たちが投げてよこした命題に、あかねが切り替えした言葉だった。
『乱馬は乱馬よ。喩え背格好や容姿が似ていようと、彼にはおさげがトレードマークみたいなものだから。彼は切ることもおさげを解くこともしないわよ。』
『あかねは大和くんより、おさげ髪の乱馬くんに惚れてるわけね・・・。』
『何言い出すのよっ!そんなことっ!』
真っ赤になって言い返していたあかね。すぐ後ろでやりとりを聞いていただけだが、思わず微笑んでしまいそうになった己を思い出していた。今、そのあかねは傍らに居ない。
(そうだ・・・。俺にはおさげ髪が一番だ。待ってろ、あかね。絶対、おまえを再びこの腕に取り戻してやるからな!!)
乱馬はあかねのことを思い出しながら、帯を結びながら一緒に気合を入れた。
「たく・・・。もっと洒落た格好はないの?」
なびきが乱馬を見やった。
「てやんでいっ!俺は勝負をつけに行くんだぞ。これでいいんだ。これで!!」
乱馬はぐっとなびきを睨み返した。
武道家の井手達だ。
「それにしても・・・。生傷だらけね。」
なびきが肌から覗いている打ち身傷を見ながらぽつんと吐き出した。
「修業の褒賞でいっ!」
乱馬はそう言い返した。
「ほら、支度できたのなら行くわよ。」
のどかがのほほんと声を掛けた。
天道家の連中はそれに付き従って、玄関先に待たせてあった、袋小路家からの送迎車に乗り込んだ。
二、
「ほお・・・。良く似合ってますね。」
大和は鏡越しにあかねを覗きこみながら言った。
あかねはそれには答えないで、ただ、じっと、女中たちのなすがままにされていた。
そう、起き抜けに湯浴みさせられて、鏡の間に連れてこられて、あれよあれよと言う間に着付けされてしまった。否は言える雰囲気ではなかった。
ここへ捕らわれてからずっと感じている激しい気の渦。それは、全て己に注がれている。そう思った。
袋小路家の使用人たちは、すべからく全員、格闘剣道の使い手、それもかなりの手だれらしい。武道家のあかねは、使用人たちから発せられる気をひしひしと身に感じ取っていた。逃げ出そうとするならば、何をされるかわからない。そんな得体の知れない恐怖があった。それは、なまじあかねに格闘の心得があるからに他ならない。
「支度はできましたかえ?」
ほのかが静々と部屋へ入って来た。
「ええ、もうすっかりでございます。奥様。」
女中頭なのだろうか。六十前後の老婆がはっきりとした声で答えた。
「ご招待の皆様がお見えにございます。」
女中が乱馬たちの来訪を告げた。
「いよいよですね。あかねさん。」
大和は穏やかな視線をあかねに投げた。だが、あかねは始終無言でそれを受け流していた。
不機嫌。
端的に言えばそうなる。
「晴れてこのまま祝言にもつれ込めるように、全身全霊を尽くして、早乙女乱馬と闘いましょう。そして彼を沈めたら、あなたは僕の妻だ。」
大和はあかねの機嫌など興味がないのか、すらっとそれだけを言い含めた。
ほのかに促されて思い腰を上げた。
籠の鳥だ。
「逃げようとしても無駄どす。この屋敷に居る者は客人以外は皆、免許皆伝の腕を持った袋小路流の使い手ばかりですからなあ・・・。無事に出ようやなんて思ったら火傷しますえ・・・。あかねはん。大人しく勝負を見極めて、大和の嫁になりなはれ。ちゃんと入籍の書類かて作ってありますさかいになあ・・・。」
ほのかはそう言って笑った。
あかねは強い少女だ。
普通の神経の持ち主ならば、このような立場に追い込まれると、動揺するのだろうが、彼女は追い込まれても平静を保っていられた。
(乱馬、信じてる。勝って!こんな訳のわからない人たちの言いなりなんかになるもんですか!!)
心は凛と前を見詰めていた。
大広間とも、道場とも区別がつかない、広い板張りの部屋へ通される。
そこには一週間ぶりの父や姉たち、居候夫婦、そして許婚の乱馬が座していた。
あかねはほのかに促されて部屋へ入った。
ざわっと招かれた人たちがあかねを見て思わず息を呑む。
そう、金襴緞子に身を固めさせられたあかねがそこに居たからだ。
乱馬はみるみる険しい表情へと変化した。得も云えぬ不快感が彼を突き抜けたようだ。
(ふざけやがってっ!!)
乱馬は心底から吐き出した。
あかねの傍には、不敵な笑みをたたえるほのか、そして柔らかに笑う大和が居た。
「これはこれは、ようこそおいでくださいました。これから先、天道家の皆さまにおかれましては、親戚づきあいさせていただきとうございます。どうぞ、ごゆるり、勝負の行方を見守ってくださいまし。大和が勝った暁には、ここにてすぐに祝言を挙げさせていただきとうございます。」
当主のほのかが甲高い声で挨拶をした。
「勿論、祝言は大和さんが勝たれたときのみでございますわね?乱馬が勝った暁には、あかねさんを連れて帰りますので、そのおつもりで。」
その横から凛とのどかが問い掛けた。
「ほほほ・・・。万に一つも大和が負けるようなことはおへんですがなあ・・・。勿論、乱馬はんが勝たれましたらお好きにしおくれやす。」
異父姉妹たちの火花は既に飛び始めていた。激しい気性のほのかに、静かながら厳しい気性ののどか。その芯の強さは流石に血が濃い似た者同士だと乱馬は思った。
「無制限一本勝負。どちらかが戦闘不能、もしくは負けを認めるまで戦い抜く。競技方法は、各々の流儀により自由。使える武器は、竹光または木刀一本のみ。」
立会いの審判がすっくと立ち上がった。
「格闘剣道、袋小路流、次代当主、袋小路大和、前へ!」
大和がまずすっくと立ち上がった。紺色の剣道着を着込んでいる。後ろに束ねられた髪がゆらゆらと肩で揺れていた。
「挑戦者、無差別格闘早乙女流二代目、早乙女乱馬、前へっ!」
乱馬も無言で真っ直ぐに立ち上がる。
「ほお・・。これは面妖な。乱馬くんが二人居るようじゃな。」
早雲は今更ながらに感心していた。
そうなのである。本来この二人は「いとこ同士」になる。同じ血を身体の中に受け入れているのだから、似ている部分はあってしかりだろう。が、本当に、遠巻きに見ると区別がつかないくらい似通っていた。
目鼻立ち、髪型、体つき、姿勢、上背。どれをとっても似ている。
「双子って言ったて通用するわね。」
かすみも見比べながら目を丸くした。
だが容姿は似ているが、全く違う気質。
あかねは身を持って体験していた。
(まあ、二人とも度を越したナルシストっていう部分だけは性質もそっくりだけど・・・。)
対峙を見ながらあかねはふっと溜息た。
頭の上には角隠しと鬘。どっしりと重く、米俵か何かを頭に乗っけているような感じだった。
「はじめっ!!」
立会い人の合図と共に二人は静かに刀を合わせた。
「良く出来た竹光だな・・・。真剣のようにも見える。」
早雲はじっと二人を見比べた。
乱馬は無差別格闘流の道着を着用しているので、少し大和とは様相が違った。
「容赦はしませんよ。」
大和が先に乱馬を挑発した。
「けっ!おとといきがやれっ!!」
乱馬は気合を込めると、だっと大和へと刀を振りかざした。
バチンッ!!
激しい音がして、二人の竹光が噛みあった。
ぎりぎりと押し込む力は拮抗している。
ぱっと青い火花が散ると、再び二人は一定間隔を開けて対峙した。
「凄い、どっちも互角だわ。」
あかねはじっと二人の手合いを見た。
「さあ、それはどうどすやろ・・・。大和の力はあんなもんやおへん。」
隣りで余裕の笑みを浮かべる大和の母、ほのか。
「短時間とはいえ、相当修業したようだね・・・。でも、所詮、付け焼刃は僕には効かない。」
「それはどうかな?」
乱馬は再び竹光を大和へと繰り出した。
「遅いっ!」
大和は叫んで一歩引く。そして今度はダッと駆け出して乱馬の正面から突いて来た。
「おっと・・・。」
あらかた予想していたのだろう。乱馬は横へ飛んでその切っ先を軽くかわした。
「まだまだ・・・。」
大和は続け様に乱馬を執拗に攻撃した。
「くっ!」
乱馬も必死でその動きから逃げた。
(流石にじじいより体力がある分だけ、動きも速いっ!)
乱馬は避けながらも、大和の隙を伺った。
(よしっ!)
流されるまま逃げ続けた乱馬は道場の壁際に追い遣られた。
「後はありませんよ・・・。」
にやっと大和が笑った。
そして右手を突き出すと、
「はあっ!!」
と気合を入れた。切っ先が鈍く光った。
「あれは?」
あかねが息を飲んだ時、大和の切っ先はまるで生きているかのように前へと伸びた。
「おっと!」
乱馬はその動きも予想していたのだろう。右足で背にした壁を思いっきり蹴って宙へと飛んだ。
「ふふ、浅はかな。空へ逃げるとは。」
大和は乱馬をきっと見上げると、手にしていた竹光を今度は前から上へと掬い上げた。切っ先がまた伸びる。
「させるかっ!」
空に飛んだ乱馬は竹光を右手だけに持ち返ると、空いた左手で気弾を打った。
ドオンッ!
乱馬の気弾が炸裂した。
二人の若者は互いの気に押されるように、背面へと飛ばされた。大和は地面で歯を食いしばり、乱馬は空中で宙返りをしてダンと降り立ち爆風を避けた。
「なかなかやるじゃないですか。面白い。」
爆裂が去ると、大和はにっと乱馬を見て楽しそうに笑った。
「おめえもな・・・。」
三、
それから暫くは様子の見合いというのだろうか。互いの動きを牽制しあうような闘いが続いた。
乱馬が切り込めば大和は下がり、大和が攻撃に転じれば乱馬が避ける。
そういった闘いの繰り返し。誰の目から見ても二人は互いに引けを取らず、真剣に対峙していた。
「なかなか楽しそうに勝負をしているのね・・・。乱馬。」
のどかが目を細めて言った。
「ふん、付け焼刃の修業といえ、ここまで大和の攻撃を凌げたことは褒めてつかわそう。でも、大和の力はこんなもんやおへんで・・・。」
ほのかが涼やかに言い放つ。
乱馬は己の動きが軽いのに驚いていた。
どんなに激しく動いても、今のところは息も上がらず、至って冷静、かつ平静に戦い続けていた。
(爺さんの言うように、女体でずっと修業をしたことが効いてるんだな・・・。女体であれだけ動いて力技を使えたんだ。男に戻ってもスピードは衰えねえし、力は返って湧いてくる。)
大和の動きを余裕で避けながら、乱馬は何故女体でわざわざ修業をさせられたのかわかるような気がした。
慣れない剣裁きも、動きも、女体に慣れたからだから男に変化すると、途端、軽やかなになった気がした。勿論、破壊力も上がる。
乱馬は実際、大和の剣を良く避けた。そして、負けずと打ち返した。
「へえ。なかなかやるじゃない、乱馬くん。」
普段あまり感情を表に出さないなびきも、感心してその動きに見惚れた。
だが、あかねは一人合点がいかぬという顔をしていた。少しだが剣の心得が有る彼女が、大和の動きがわざとらしく見て取れたのである。
(大和くん、何か策でもあるのかしら。彼ならもっと、鋭敏に、そして獰猛に攻撃できる筈なのに。乱馬が疲れるのを待っているとか・・・。)
そのように穿ってしまうのである。
だが、あかねの心配を他所に、乱馬の動きは軽やかだった。女体の時の半分程しか体力を使わないのだから当然であろう。
大和の仕掛けてくる剣を、器用に受け、そして打ち返していた。
(おかしい・・・。やっぱり何かある・・・。)
あかねはじっと二人の動きを見比べた。
どのくらい、そうやって拮抗した攻防が続いたろうか。
大和はある時点で、トンと地面へと足をつけて止まった。
「どうした?もう終わりか?」
乱馬は言葉を畳み掛ける。
「いや・・・。これからだよ、早乙女くん・・・。君に秘剣を受けてもらう・・・。ふふ。」
大和は楽しそうに笑って見せた。
「秘剣?」
乱馬は大和を見返した。
「ようし、打ってみろ、絶対に防いでやる。」
そう強気で言い返した。
「はあああっ!!」
大和は気合を腹へと溜め始めた。
身体中の闘気が大和へと巡り始める。
「はああああああああああっ!」
大和は気をまさぐるように体内からじわじわと刀剣へと集め始める。
「あれは・・・。」
あかねは大和の竹光が、真剣のように蒼白い炎をあげているのを見て取った。
「雷同春光斬剣よ・・・。」
隣りでほのかがにやりと笑った。
「雷同春光斬剣?」
あかねは思わすほのかの顔を見詰め返した。
「そう・・・。袋小路流の奥義剣法の一つ。この剣を受けたものは無事では済むまい。」
ほのかは自信ありげに満面の笑みで答えた。
「乱馬・・・。」
あかねは心配げに彼を見詰めた。
気が溜まり切ったところで、大和はにいっと乱馬を見て笑った。不敵な笑みを浮かべたのだ。
「行くよ、早乙女くん、覚悟はいいかい?」
そう言いながら剣を後ろに引いて、上段に構えた。
彼の背が、身体が、一回りも二回りも大きく見えた。
「来いっ!受けてやる。」
乱馬もじっとそれを見やりながら、中腰で身構えた。
大和の剣は不気味なほど蒼白く光っていた。身体中から集められた気がそこへ集中しているのだろう。
ごくんと勝負を見守り人々は、一様に唾を飲み込んで、二人の勝敗の行方を見詰めた。
大和は口で何やらごもごもと呪文のようなものを唱え始めた。目を静かに閉じて、一心不乱で気を集中させているのだろう。乱馬の額から汗が滴り落ちた。
(絶対に受けてやる。)
彼もまた必死であった。
「雷同春光斬っ!やああああっ!!」
くわっと目を見開いて、大和は前へと思い切り竹光を振り下ろした。
バシッ!
竹光と竹光が激しくぶつかる音がした。
「乱馬っ!!」
あかねは思わず彼の名を叫んでいた。
目の前の彼は、大和が打ち下ろしてきた剣を必死で下から支えていた。ぎりぎりと竹光がしなりながらぶつかり合っていた。力技とそして、全身の闘気が二人を激しく包んでいる。歯を食いしばってお互い、一歩も引かぬと渡り合っている。
「ぬおおおおおっ!!」
大和の気が少し乱馬よりも勝った。
いや、正確には、大和の手にしていた竹光の方が、乱馬のそれよりも頑強だったと言うのが正解だろうか。
ピシッ!
ひび割れる音がして、乱馬の刀剣が真っ二つに折れた。そして、どっさと床へと弾けとんだ。
「し、しまったっ!!」
乱馬は瞬時に後ろへ飛んだ。
逃がすまじと、大和の切っ先が唸る。
「くっ!!」
ビリッと音がして、乱馬の道着が胸の辺りから破れてはだけた。微かに血が飛ぶ。
「乱馬っ!!」
あかねの声が大きくぶつかる。
「大丈夫だっ!このくらい・・・。」
乱馬は辛うじて大和の切っ先を紙一重で交わしたのである。
「ちぇっ!避けられちゃいましたか・・・。」
大和はにやっと乱馬を見た。
乱馬の手には、折れて役に立たなくなった竹光が握られたままだ。
(奴はこっちの竹光の方が弱いって気がついてやがったのか・・・。それで、その切っ先を折れやすくするように、余裕で勝負を仕掛けてやがったのか。くそう・・。姑息な手段を使いやがって・・・。)
「その剣ではもう、闘えますまい。」
大和は余裕で乱馬を見下していた。
「さあな・・・。まだ俺は負けたわけじゃねえからよ。」
圧倒的に不利なのは一目瞭然だ。
「ふん、負け惜しみもいつまで続くことか。」
そう吐き捨てると、大和は乱馬へと強健に襲い掛かった。
「くっ!」
乱馬は打ち込まれる剣を必死で交わした。
剣を失った乱馬にはただ、逃げの一手しかない。切っ先の餌食にならないように、逃げて逃げて逃げ惑う。
「いいざまだな。」
剣を繰り出しながら大和は冷たく言い放った。
大和は乱馬が疲れ切ってしまうのを待っているかのように、剣を繰り出して弄ぶ。
「ほうら、おたおたしていると、この剣で君を突きますよ。」
大和はいたぶるのを楽しんでいるようにも見えた。
(くそっ!このままじゃ、いつかはあの切っ先に捕まる。何か手はないか・・・。)
乱馬は必死で交わしながら、打開策を考えた。
汗で身体はベトベトとしている。
足が汗で滑った。そこへ打ち込まれた剣を、転がってなんとか逃れた。
「どうです?ぼちぼち降参しては・・・。」
大和はちらっとあかねを見やって言った。
「けっ!誰が降参なんかするものかっ!!」
乱馬は唾を吐き捨てた。
「往生際が悪いんですね。いいでしょう・・・。その方が僕も容赦なく、あなたを叩きのめすことができますから。」
大和は再び気を集中させ始めた。防御する武器がない乱馬を、次の一撃で粉砕しようというのだろう。
「くそう・・・。」
額から乱馬の汗が滴り、床へとぽとりと落ちてゆく。その一粒が乱馬の折れた剣に当たってはじけた。
ふと乱馬は持っていた折れ剣を見やった。さっきの気のやりとりで折れた根元は焼け焦げたような黒い傷がくっきりと付いていた。
そのときだった、乱馬は一つの妙案が頭に過ぎった。
「気・・・。そうだ、気を使えば・・・。」
乱馬はぎゅっと柄を握り直した。
「ふふ・・・。無駄なあがきを・・・。力の差を思い知るが良い。早乙女乱馬っ!!」
大和は充満しきった気を剣に込めると、右の方へ剣を流して構えた。
「この刃でおまえを沈めてやるっ!!」
ゆらりと大和の身体が揺れた。
「来いっ!」
乱馬は逃げるどころか、きっとそれを睨みつけて牽制した。
次の瞬間、二人の若者の身体が激しく空でぶつかった。
「乱馬ぁーっ!!」
あかねは思わず手を握り締め、許婚の行く末を見守った。
つづく
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