第二話  母と息子

一、

 大和が風林館高校へ転入して一週間が過ぎた。
 彼が剣道部の主将と九能を倒した事はその日のうちに全校へ知れ渡り、有名な存在になっていた。だが、彼は物腰が柔らかく、また、人あたりも良く、その上、成績も抜群で、この前の実力テストではクラス一の秀才ぶりであった。人気者にならぬ筈がない。
 あれよあれよという間に女生徒達の話題をかっさらう存在になっていた。 

「ねえ、大和君って南の高台の洋館に住んでるんだって。知ってた?」
 ゆかがあかねたちに囁いた。
「南の高台って豪邸が立ち並ぶ一等地の?」
 さゆりが後ろから覗き込む。
「ええ。たまたまあたし、この前さ、おじさんの家に行ったとき、大和君に会ったのよ。」
 ゆかが得意そうに答えた。
「へえ・・・。お金持ちのボンボンかあ・・・。あたし狙っちゃおうかな。」
「でさ、大和君ちの家って、でっかいのよ!セキュリティーもしっかりしててさ・・・。白亜の豪邸なの。」
 きゃぴきゃぴと女生徒たちはゆかの仕入れてきた情報に耳を傾けた。
 大和の暮らしている豪邸は、敷地がとんでもなく広く、堂々と高台の一番上に聳え立っていると言うのである。
「そうよね・・・。だって、登校はいつも運転手つきの外車だし・・・。」
 はあっと溜息を吐く女生徒たち。
「あかねさあ、大和くんと親しいでしょ?」
 ゆかがちらっとあかねを見た。
「親しいって言ったって。転校早々、ひな子先生に世話してあげてって言われて、人より多めに話してるくらいだわよ。」
 あかねは弁当箱を仕舞いながらそう言った。
「そおかな・・・。だってさ、あかね、最近乱馬くんに冷たいんじゃない?」
 ゆかが意味深な言葉を投げた。

 そう、実は、あかねは乱馬と険悪なムードになりつつあった。
 発端はいつもの痴話喧嘩といえばそれまでなのだが、ここ二、三日、ロクに口を利いていないのである。
 
 おとといのこと。たまたまあかねは大和と日直を共にする事になり、放課後長い間学校に残っていた。日直の雑用がてら、国語科の先生に副教材の製本を手伝っていたのである。これが結構時間を取ってしまい、作業を終えるとすっかり夕暮れになっていたのである。
「送っていくよ!」
 大和は遠慮するあかねに気軽に声を掛けた。
「そうしてもらいなさい。」
 国語科の教諭もあかね一人を帰すのが躊躇われたのだろう。大和の申し出をあかねに勧めた。
 そして、あかねは大和のあの運転手付きの外車で天道家まで送ってもらう事になったのである。
 只でさえ黒塗りの外車だ。目立つ。
 さらに悪い事に、あかねの帰りを心配した乱馬が天道家を出ようとしたところに帰宅がかち合った。あかねは下り際、大和に丁寧に礼を述べると、颯爽と車から降りてきたのである。乱馬は自然むっとした表情を向けた。
「へっ!ちゃらちゃらした野郎に外車でお見送りかよ・・・。」
 車が去ったあと乱馬は氷の言葉を差し向けた。
「何よ・・・。その言い方。あんただって、さっさと帰宅しちゃったじゃない。心配して送ってくれたのよ。大和君は。」
 これまた乱馬の言いようにカチンときたあかねはきつい口調でそう返す。
 それが、いつもの調子で喧嘩へと発展するのに、時間はかからなかった。
 気がついたらお互い、口も利かず、視線も合わそうとしなかったのである。

「原因は大方、乱馬くんのやきもちにあるんじゃないの?彼ってあれでいて独占欲強そうだから。」
 流石に親友である。ゆかはずばっと言ってのけた。
「し、知らないわよ・・・。そんなこと。」
 あかねは焦りながら比定に走る。
「相変らず素直じゃないのね・・・。」
 ゆかが笑いながら付け加えた。
「いっそのこと、乱馬くんから大和くんに乗り換えたら?」
 無責任な言葉であった。
「あのねっ!怒るわよ・・・。そんなこと、大和くんに迷惑よ!!」
 あかねはそう言葉を継いだ。
「そっかな・・・。大和くん、あかねに気があるとあたしは思うんだけどな・・・。」
 ゆかがにっと笑ってそう言った。
「何にしてもさあ、たまには乱馬くんをやきもきさせるのもいいかもよ。だってほら、乱馬くんってさあ・・・。」
 そう言いながらゆかは乱馬の方へと視線を投げた。
 その先では、乱馬と右京が仲良さそうに話し込んでいるのが見えた。
 あかねは面白くない顔を向けた。
 右京にベタベタされても、はたまたシャンプーが擦り寄ってきても、乱馬はガンとした態度は取らない。いつもそれなりに流してしまう。そしてそれに対してやきもちを妬いているのはいつも己の方だ。それを思い出してあかねはふうっと息を吐いた。
 相変らず進展しないカップル。それが乱馬とあかねであった。
 元来のへそ曲がり者は、あかねに対してはっきりと己の思いを口にすることはなかった。優しい言葉一つかけられずに空回りする。
 乱馬の気持ちを察知できはするものの、それだけで進展はない。キスのひとつもまともに交わすことなく、ずるずると時間だけが過ぎてゆくのである。

(そうよね・・・。あたしばっかりいつもやきもきさせられて・・・。いつも乱馬は優柔不断続けてるんだから!)
 そんな心の不満が、とんでもないことを引き起こそうとは、まだあかねは想像だにできないでいた。


二、

 放課後、あかねは乱馬と別々に帰宅した。
 宿題忘れの罰としてあてがわれた補習を受ける乱馬をほったらかして、さっさと教室を出たのである。
「天道さん!」
 校門を出て、あかねが一人とぼとぼ歩いていると、後ろから声を掛けられた。
 振り返ると大和が立っていた。
「あれ?今日はお迎えが来ないの?」
 あかねは不思議そうに彼を見詰めた。
「ええ・・・。本当は一人で登下校したいんだけど、母がなかなか許してくれなくて・・・。」
「今日はどうしたの?」
「たまには冒険がしたくって、まいて来ちゃいました。」
 と楽しそうに笑っていた。
「あかねさんもお一人ですか?」
「ええ、一人よ。」
 あかねは愛想良く笑って答えた。
「もし良かったら、放課後の散歩に付き合ってもらえませんか?」
 大和はそう申し出た。
「御用時がおありなら無理にとは言いませんが・・・。」
 と付け加える事も忘れない。女の子はこのような気遣いには弱いものだ。
「ええ、いいわよ。」
 あかねは特に用事もなかったのであっさりと承諾した。
「嬉しいなあ・・・。僕ね、東京に出てきてから、ウロウロすることもなかったんですよ。いつも運転手が一緒で、登下校も自由がきかなくって。それに、あかねさんみたいな人が一緒なら尚更、気分は最高だな。」
 大和はさらりとそう言って笑った。彼がいうと自然に聞こえる。
「大和くんってどこから来たの?」
 あかねは興味深々に尋ねた。あれだけの剣道の使い手だ。武道家としての興味もそそったのである。
「京都です・・・。」
「京都?へえ・・・。でも、言葉、関西弁じゃないのね。」
 あかねは肩を並べながらそう継いだ。
「ええ。世話係の者たちは標準語を話すように育ててくれましたから。」
 大和はそう言うとにこっと笑った。
 あかねはその笑顔にどきっとした。
 彼はぱっと見が乱馬にそっくりな顔をしているからだ。そのダークグレイの瞳は、見れば見るほど乱馬のそれと似た輝きを持っていた。同じく武道を嗜むものの野性の感触を大和も秘めている。そう思った。
 それに何よりも、乱馬と一緒に歩いているような錯覚さえしてしまう自分が可笑しかった。
「今日は早乙女くん居ないんですね。」
 唐突に大和がそう言葉を継いだ。
「え?」
 あかねは真意が分からずに見詰め返した。
 このところ乱馬とは喧嘩モードにはいっていたので、一緒に帰ることもしていないのにである。
「だって、気配を感じませんよ。いつだって彼は貴方の方へ視線を投げかけてますからね。まるで僕を牽制するように・・・。」
 大和はそう言いながらふっと笑った。あかねはそれを聞くと黙ってしまった。
 乱馬が己を見守っていることをどうして彼はこうも易々と口にするのか、真意がわからなかったからである。
「あかねさんは、彼が好きなんですか?」 
 大和はごく自然にそう問い掛けてきた。
「べ、別に・・・。あたしと乱馬はそんな仲じゃないから・・・。」
 どう答えたものかあかねは分からずに一瞬戸惑ったが、いつもの天邪鬼がそう言わしめた。
「それに、早乙女くんとあかねさんって許婚の関係だって噂を聞きましたけど。早乙女くんがあなたの家に居候しているとも。」
「あいつはただの居候です。それに「許婚」と言ったって、親が勝手に言ってるだけだし・・・。」
 あかねはそう答えると黙ってしまった。
「そうですか・・・。僕はてっきり相思相愛かと思っていたんですけどね・・・。」
 大和は目を細めてあかねに言葉を継いだ。
「そんなことよりも、行きたい所があったら遠慮なくあたしに言ってみて。」
 あかねは誤魔化しながらそう言った。
「じゃあお言葉に甘えて・・・。」
 あかねは大和と連れ立って、肩を並べて歩き出した。

 特に目的地はなかったが、ここからそう遠くない石神井池公園へ出かけて、ボートに乗った。
 水がぬるむ季節となって、二人でゆったりと時を過ごした。
 あかねはずっと変な気分に捕らわれていた。
 本当に彼は乱馬に似ている。そう思わずには居られなかった。ただ、乱馬と違うことは、彼がとても優しいことだった。
(乱馬もこのくらい優しければいいのに・・・。)
 自然に普段から持っている不満があかねの心から湧き出してくる。
 彼が乱馬に似ているせいだろうか。それとも、あかねが乱馬のことを無意識にでも気にしているからだろうか。
 ボートを漕ぐ手が滑って、水がばさっと彼に掛かってしまった。
「あ、ごめんなさいっ!」
 あかねがあやまると、水を浴びた大和が
「大丈夫ですよ!」
 と微笑を返してきた。
(そっか・・・。大和くんは女に変身しないんだっけ・・・。)
 あかねはふっとそんなことを思ってしまった。乱馬ならこの場ですぐに少女へと変化するのに、彼は水を浴びても少年のままだ。当然のことなのだが、妙にあかねは感心してしまう。
(もし、乱馬が完全な男に戻ったら、きっとこんな風になれるのかな・・・。)
 喧嘩ばかりの毎日に疲れ始めている自分に対して、あかねは妙に寂しい思いに捕らわれた。
「どうしたんです?」
 大和は急に無口になったあかねを覗き込んだ。
「ううん・・・。別に。そろそろ下りる時間ね。」
 あかねはそう言って微笑みを返した。


三、

「ちぇっ!散々だっだぜ。」
 乱馬はそう独りごちながらとぼとぼと家路を急いでいた。
 あかねはとっくの昔に帰ったのだろう。気配すら感じない。
「あーっ!補習なんか受けてたら腹が減ったなあ!」
 乱馬は途中までくるとくるりと方向を変えて右京の店へと歩き始めた。こんな腹具合のときは、右京のお好み焼きやかシャンプーの猫飯店へ行くのが彼の行動パターンである。
 気が抜けていたのだろうか。
 いつもの路地裏でいきなり水を浴びせ掛けられた。
 そう、水掛ばあさんが、打ち水をまいていたのである。毎度の事ながら女へと変化し始める身体。
「くっそー。踏んだり蹴ったりだなっ!!」
 乱馬は濡れてしまった洋服を払いながらそう独りごちた。
「乱馬ぁーっ!」
 そこへ耳慣れた甘い声がした。シャンプーだ。
「今日は帰りが遅いね。それに・・・。あかねも居ないね。」
 シャンプーはニコニコしながら自転車から降りた。
「何の用だ?」
 乱馬は付け足された一言にむっとしながら答えた。
「別に・・・。良かったら私とデートするね。」
「あのなあ・・・。もう夕方だぜ。今から何処へ行くって言うんだよ。」
「猫飯店でご飯でも食べるね。」
「いいよ、遠慮しとく。」
 乱馬はくっついてくるシャンプーを牽制しながらそう答えた。
「水臭いね・・・。乱馬お腹減ってるね?だってさっきから腹の虫、クウクウ鳴いてる。」
 シャンプーは面白そうに乱馬の腹を指差す。
「うるせえっ!」
 乱馬は顔を真っ赤にして怒鳴った。 
 親子連れが二人のじゃれ合いを不思議そうな目をして通り過ぎた。若い母親と三歳くらいの女の子だった。他からすればどうみても仲の良いもの同士のじゃれ合いに映るだろう。
「いいから来るね。」
 シャンプーは半ば強制的な行動に出ようとした。

 前を行く女の子が母親の手を離れて道路の中央へと出るのが見えた。
 危なっかしいなと思ったときだった。後ろから物凄い勢いで車が近づいてくる気配を感じた。
 キキ−ッっと車の急ブレーキの音がした。目の前に幼女を見つけたのだろう。
「あぶねえっ!」
 乱馬は咄嗟に幼女を抱え込んで横へと飛んだ。
 寸でのところで幼女は車輪の下敷きになるのを免れたような形だ。
「狭い路地をそんな勢いで突っ走るなよっ!」
 乱馬は思い余ってそう叫んでいた。見覚えのある黒塗りの外車。そう、大和の送迎車だった。
 と、カチャリとドアが開いて一人の貴婦人が現れた。着物をきちんと着付けている。
「お嬢ちゃんたち、大丈夫やった?ほんにごめんどす。もっと気(きぃ)つけて走るようにきつう言うておきますから。」
 なんとも流暢な関西弁であった。
「おべべえらい汚れてしまいましたな。お嬢ちゃん、これあげよう。」
 そう言って貴婦人は乱馬が抱いていた少女に飴玉を差し出した。
「ありがと・・・。」
 幼女は泣きじゃくりながらそう言うと、まだ立ち尽くしていた母親の方へと駆け出していった。
 貴婦人は幼女が行ってしまうと、今度は乱馬に向き直った。
「それより、お嬢ちゃん、ええ動きどしたな・・・。武道か何かやってますのん?」
 貴婦人は目を細めてそう答えた。
「あいやー、乱馬は無差別格闘流の二代目ね。」
 シャンプーがにこっと答えた。
「無差別格闘流?」
 貴婦人は目を輝かせて乱馬を見返した。
「聞いたことがあるような流儀どすなあ・・・。まあええどす。それより、お嬢ちゃんたち、こんな子みませんどしたか?」
 貴婦人は写真を差し出した。そこには大和が映っていた。
「これ、乱馬そっくりあるね。」
 シャンプーは繁々と写真を眺めた。
「乱馬やのうて、大和という名前どすえ。」
 貴婦人はそう言いながら写真を見せる。
「大和なら随分先に帰ったけどな・・・。」
 乱馬はこそっと答えた。
「嬢ちゃん、風林館の学生さんどすか?」
 いきなり胸倉を掴んで貴婦人は乱馬を覗き込んだ。
「あ、ああ・・・。そうだけどよ・・・。」
 乱馬は目を白黒させながらそう答えた。
「やっぱり、一人で帰ったんどすな。あれほど一人でウロウロするなって言ってますのに・・・。」
 貴婦人は取り乱すような口調で答えた。
「へえ・・。世の中には似た人間っているもんね・・・。」 
 シャンプーは感心して写真を除きこむ。
 乱馬はその言葉を黙って聞いていた。
 
 と、そこへ見慣れた少女が乱馬に声を掛けた。
「乱馬くん、こんなところで何やってるの?」
 見上げるとゆかが笑っていた。
「またあ、シャンプーと一緒なのね。あかね見たら怒るわよ・・・。って言いたいけど。あかねもちょこっと今日は浮気してたみたいだから。」
 そう言ってくすっと笑う。
「浮気?」
 乱馬はギロッとゆかを見据えた。
「うん、石神井公園で大和くんとボート乗ってたってさっき、C組のゆきえに教えてもらった。」
 ゆかはにやっと笑って乱馬を見返した。乱馬の表情は一瞬強張る。
「それ、ほんまどすか?」
 傍らの貴婦人は怒鳴った。そして今度はゆかの胸倉を掴んだ。
「どこぞの馬の骨の女の子にたぶらかされたんどすか?」
 貴婦人は真剣にそう聞いた。
「おめえ、さっきから何だよ。」
 その勢いに飲まれながらも乱馬は貴婦人をたしなめた。
「私は大和の母どす。まだ家に帰って来ないんでこうやって探し回っているんどす!」
 そう言って唾を飛ばした。
「で、大和は?その女子(おなご)に何かされたんどすやろか?」
 おろおろ状態である。
「あかねに限ってそんなことしないと思うけど・・・。それに大和くんって強いから。」
 目を白黒させながら、胸倉をつかまれたままのゆかが答えた。
「あれほど、女子(おなご)には近寄るなって言うてあるのに・・・。あの子は。」
「何か不味いことでもあるのかよ?」
 乱馬が上目遣いで見上げて大和の母に尋ねた。
「もうすぐあの子は一八になる大切な身どす。この前から縁談たくさん持ち込んでいたのに、そんな子には見向きもせずに、ああ、母の選ぶ娘さんのどこが嫌やと言うんどすやろか・・・。」
 母は今度は乱馬の胸倉を掴みかかる。なんだか良く事情が飲み込めなかったが、取り乱し続ける大和の母だった。
「お、おいっ!そんなこと俺に聞かれても・・・。」
「普通の少女にうつつをぬかすやなんて、言語道断どす!弱い女子は我が袋小路流は継げないどす。尻の大きい、そして強い、そうあんたはんみたいな女子やないとダメやというのに・・・。」
「お、俺は女じゃねえっ!」
 乱馬がそう叫んだとき、母親はぱっと手を離したものだから溜まったものではない。
「うへっ!」
 そのまま後ろに尻餅を付いた。
「何しやがるっ!」
 そう言って上体を上げた途端、彼の目に大和とあかねが飛び込んできた。

「大和っ!!」
 そう言って貴婦人は大和の身体にひしっとしがみ付いた。
「か、母さん。」
 大和が苦笑いしながらそう声をかけると母はおいおい泣きながら言葉を継いだ。
「この子はっ!心配したどすえっ!何してましたんや?」
 なんとも仰々しい母子対面だった。
「ちぇっ!何だってんだよっ!」
 あかねが大和と現れたことも手伝って、乱馬は不機嫌になった。
「母さん・・・。大袈裟なんだから。」
「何が大袈裟なもんですか。この子は。今日のお見合いすっぽかしてから・・・。」
「お見合いはしないって前から言ってるだろ?」
 何やら込み入った話をしているようだ。
「水大路家のお嬢さんかんかんになって帰りはりましたえ。このお嬢さんのどこがいかんのどす?」
 そう言って母親が懐から差し出した一枚の見合い写真。
「ちょっと見せてね・・・。」
 シャンプーはひょいっとそれを摘み上げた。
 あかね、ゆか、乱馬と好奇の目がその写真を覗き込む。そこに写っていたのは、どう見ても「美人」とは言い難いぶてっとした少女。
「随分個性的な顔立ちね。」
 シャンプーが言った。
「これじゃあ、嫌がるぜ・・・。普通。」
 乱馬ははあっと溜息を吐いた。

「あとお誕生日まで十日しかないのよ!どうするつもりどすか?大和っ!」
 母は構わず息子に追い縋る。
「母さん、その話はゆっくり家で・・・。それより、あかねさん、良かったら明日、僕の家に遊びに来ませんか?」
 大和は唐突に話し掛けた。
「え?」
 あかねはきょとんと彼を見返した。
「今日付き合っていただいたお礼もしたいし・・・。是非。ね、母さんいいだろ?」
「まあ、何を言い出すのん。大和。気は確かかえ?」
 母は狼狽しながら息子を見た。
「わかった、大和。あんた、この小娘はんに交際を迫られてるはるんやね。」
「なっ!」
 あかねはカッと紅潮した。
「そんなんじゃないですっ!あたしと大和くんはただのクラスメイトですっ!」
 あかねは思わず声を荒げた。
「そおかな・・・。」
 横から乱馬がむっとして声を継いだ。
「まあ、小生意気な。」
 母はあかねを睨みつけた。
「まあまあ、母さん。これでもあかねさんは天道道場の娘さんなんだ。結構強いそうだよ。それに、転校してからずっと世話になったんだ。母さんはいつも言うじゃないか。武道家は頂いた恩義をちゃんと返せって。」
 大和はそう言って取り成した。
「あかねさん、いいだろ?」
 そう言って大和はあかねを見た。
「でも・・・。」
 母がまだぶつくさ言おうとしているのを見てあかねは躊躇した。

「奥さま、差し出がましいかもしれませんが、坊ちゃまには坊ちゃまのお考えがあってそう言われていらっしゃると思いますよ。それに、確かに、あかねお嬢様は、ずっと坊ちゃまのお世話をしていただいたのは事実であります。」
 運転手の男が降りてきて大和の母に耳打ちした。
 大和の母は暫し考え込んだが、ふうっと息を吐いて言った。
「いいでしょう。遊びにいらっしゃいな・・・。」
「ありがとう、母さん。お許しも出たし。ね?あかねさん。」
 大和は怒り狂う母とは対照的に静かだった。
「いいじゃねえか。行けば。」
 乱馬はそう吐き出した。
「いいね、それ。あかね彼の家にいってる間に私乱馬と仲良くデートする。これ、万事うまくいく。」
 シャンプーがニコニコ笑いながらあかねに大和の家に遊びに行くよう、勧めた。
 あかねは乱馬の腕に縋ったシャンプーをギロッと眺めると静かに言った。
「わかりました。お招き受けます。でも、あたし一人じゃ不味いから。ゆかと一緒ということで。大和くん、それならご招待を受けます。」
 あかねはゆかを見て言った。
「ゆかさん、如何ですか?」
 大和はゆかを流し見た。
「いいわ・・・。」
 ゆかは自分にお鉢が回ってきたことに少し躊躇ったようだが、好奇心もあったので二つ返事で同行を承知した。
「決まったね。明日、十時に風林館高校の前に迎えに来るから。よろしく、お嬢さんたち。」
 大和は愛想よくそういうと、あかねたちと別れを告げた。


「全く、どういうつもりやの?大和っ!勝手に決めて。」
「ごめんよ・・・。母さん。」
「おまえまさか、本当にあのあかねとかいう娘に気があるんじゃあ・・・。」
「ふふ・・・。まあね。」
「袋小路家の嫁は由緒正しい武家の娘じゃないとダメだって口がすっぱくなるほど言ってあるやないのっ!」
 母親はボルテージが高い。
 走り続ける車の中で二人は会話し続けた。
「それは大丈夫。ちゃんと調べてある。さっきも言ったけど、あかねさんは無差別格闘流の相当な使い手だよ。そんなに腕が心配なら母さん自ら確かめればいいよ。」
「もちろん、そうするつもりや。遠慮のう確かめさせてもらいますさかい。その上で花嫁候補の一人として考えますえ。」
「まあ、確かめることもなく母さんならきっと良いと言うと思うけど・・・。あの子、天道あかねは、奴の許婚だからね・・・。復讐するにも適した相手なんだから・・・。」
「大和?」
 母は不思議そうに息子を見上げた。
「そう、彼女は、早乙女乱馬の許婚さ・・・。」
 低い声で大和はそう告げるとふふふと不気味な笑みを浮かべた。



つづく





登場人物メモ
袋小路 ほのか
大和の母。
京都弁らしき言葉を駆使している。上方人間。
格闘剣道、袋小路流の十七代目当主代理として相当な腕も持っている。
婿養子を取って婚姻し、大和を生んだ。その辺りのいきさつは謎(というか創作はなし・・・笑)
何やら早乙女家とは因縁があるらしく、のどかや乱馬に対し激しい憎悪を持っている。


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