◇夢幻香   その3


七、

「本当に行くの?」
 なびきは乱馬の顔をじっと見た。
「ああ…。俺以外に行ける奴、いないだろ?」
 乱馬は無表情でリストバンドを手に付けた。
「そんな裏工作があったなんてねえ。シャンプーの婆さんも諦めが悪いわね。」
 乱馬はそれには答えなかった。自分の優柔不断さが招いた災い。彼は心でそう思っていた。あかねのことがこんなに好きなのに、愛しているのに…。言葉はいつも空回り。素直な言葉なんて吐けやしない。自分の不甲斐なさが招いた悪夢。それに犯されてあかねは…。
「で、首尾は?」
「わからねえ…。が、絶対あかねを連れ戻してくる。」
「頼もしいわねえ…。」
 なびきは笑った。
 みんなに余計な心配をかけたくなかったから、今度のことはなびきとの内緒話だった。
「もし、俺達が戻って来れなかったら…。シャンプーのところに居座ってる婆さんに言って、忘却香って言ったっけかな、それを焚いて、俺とあかねの事はみんなの記憶から消してくれ…。」
「乱馬くん…。」
 なびきは珍しく神妙に真面目に乱馬の言葉に聴き入っていた。
「そんなことしたら、あんたもあかねもこの世から消えてなくなるのよ。それでも。」
「いいさ。帰れなかったら、俺もあかねもこの世から弾き出されるんだ。きれいさっぱり無くなった方が、ここの皆に辛い想いさせねえだろうし…。」
「珍しく弱気だわね…。」
「うるせえ。気合入れてんだ。そんくらいの覚悟がないとな。今度の相手はまだ未知数だから…。」
「わかったわ。心置きなく闘ってらっしゃいな。」
 なびきはじっと乱馬を見詰めた。
 天道家に舞い込んできた「天道道場の後継ぎ息子」。或いは自分が彼の許婚でも良かったわけだが。妹のあかねに白羽の矢が当った。反発ばかりしている妹と乱馬。だが、心は強く結ばれている。妹の喜怒哀楽はすべて彼によって握られている。
 はじめは好奇の目だけで二人を眺めていたなびきだが、最近は少し羨ましいと思うようになってきた。末っ子で甘えん坊だったあかね。気だけは強く見えるものの、本当はか弱い。そんな彼女を見詰める暖かい二つの瞳を持つ少年。それがこの乱馬だ。
「乱馬くん。これ持って行くと良いわ。役に立つかもよ。あっちじゃなかなかお湯なんて手に入らないかもしれないし…。」
 なびきは小さなポットを乱馬に差し出した。
 女と男が入れ替わる体質を背負っているこの義弟。このくらいしか力になれないだろう。
「ありがてえ…。サンキュー。なびき。ここまで気が回らなかったぜ。」 
 乱馬は受け取りながら笑った。
「皆寝静まったかな…。」
「多分ね。あかねも今頃はぐっすり夢の中でしょうね。」
「行ってくるよ。後は頼んだぜ。なびき姉さん。」
 乱馬は語尾に「姉さん」という愛称を付け足した。なんとなくそう呼びたかったからだ。
「あかねのこと、お願いね。あ、お湯代は帰ってきたら貰うから…。」
「ちぇっ!ちゃっかりしてる。」
「だから、お代払えるように、絶対あかねを連れて帰ってくるのよ…。」
 それはなびきの精一杯のはなむけだった。
 乱馬は笑いながらなびきの部屋を出た。
 そして今日は廊下側からあかねの部屋の扉に立った。

「行くぜっ!」

 乱馬は己を引き締めるように気合を入れた。
 これから闘いが始まる。相手は一切不透明。どんな奴からあかねを奪還しなければならないのだろう。
 微かな武者震いが乱馬を襲った。闘いに赴く前の緊張感が全身を漲る。
 どんな奴が立ち塞がろうと、俺はあかねを連れ戻してみせる。
 悲愴なくらい硬い決意だった。

 部屋の前で立ち止まると大きく深呼吸した。
 そしてドアノブを開けて、ゆっくりと部屋へ入る。
 香の嫌な匂鼻を吐いた。煙は赤く妖しげに部屋を充満している。
 あかねは安らいだ顔つきで眠っていた。その微かな微笑は誰に向けて示されているのだろうか。
 少し複雑な思いでそれを見詰め返した。
 あかねの身体が目の前で揺らめいた。目を凝らしてみると、彼女の身体は透け始めていた。
…昨日のはやっぱり夢じゃなかったんだな…。
 乱馬はじっとそれを見詰めた。
 香の煙が一段と高く揺らめく。そして、纏わりつくようにあかねの身体に絡んでゆく。まるで、香炉から伸びて来た手のように。
…来たなっ!…
 乱馬は身構えた。そしてじっと香炉を睨みつけた。

『あかね…。あかね…。おいで…。こっちへ…。』

 香炉から声が漏れ聞こえてきた。
 その声にピクンと反応してあかねは身体をすっと起した。
「待てっ!あかね。」
 乱馬はそれに向って叫んだ。
 あかねは乱馬を振り返ろうともせず、声のする方向に向って歩き出す。
「させるかっ!」
 乱馬は必死だった。あかねを行かせてなるものかと手を取ろうとした。
 と、透明化しはじめていたあかねの手がすり抜けた。
「な?」
 空を切るように乱馬の両手はすっぱ抜けて宙を抱きしめる。

『あかね…。さあ、みんな待っているよ…。』
 
 あかねはその声に呼ばれるように香炉へ向って歩き始めた。
「あかねっ!」
 乱馬は叫ぶが、あかねの耳にはその声が入っていないらしい。何かに引っ張られるように歩みを続ける。
「行かせて溜まるかっ!」
 乱馬は必死で彼女の透き通る手を引こうとした。
(そうだ…。香炉を壊せば。) 
 咄嗟に思った彼は香炉を見た。妖しく光を放ちながら煙を吐き出す。
「はっ!」
 乱馬は香炉を飛ばそうと気を溜めた。そして香炉目掛けて気功破を放った。

 ドンッ!

 弾けるような轟音と共に、閃光が辺りを包んだ。目を開けていられないくらいの光の洪水。
 耳を劈くような金属音。
 いったい辺りはどうなったのか?
 音が静まった時、乱馬はあたりを見回して愕然とした。

「こ、ここは…?」

 自分の立っている場所が何処なのか。
 白んだ太陽と咲き乱れる花の中、ポツンと白い建物が先に見える。その周りには霧がかかっていた。
 辺りは花の香にまみれて、あの忌まわしい香の香りが薄っすらと漂っている。
 乱馬はゆっくり立ち上がると、白い建物に向って歩き始めた。
 あかねはきっとあそこに居る。
 そんな確信が彼を貫いていた。


八、

 白い建物の周りには小川がせせらいでいた。
 ちょろちょろと流れる水は透き通って美しい。
 乱馬はそれを渡ろうと足を伸ばした。
 と、何か強い力で引き戻された。
「なにっ?」
 まるで乱馬の侵入を拒むように、空気の流れが変わる。
 それでも怯まずに乱馬は押し渡ろうとする。

「ダメだよ…。お兄ちゃん。」
 傍で子供の声がした。
「え?」
 見ると、天使の羽を持ったキューピッドのような男の子がこちらを見ながら笑っている。
「見たところ、お兄ちゃん、あの子を追って来たようだけど…。そんなやり方じゃあこの川は渡れないよ。」
「なんでだ?」
「お兄ちゃんが招待状を持ってないからだよ。」
「招待状?何のだ?」
「結婚式の招待状だよ。」
 くすくす笑いながら男の子は乱馬を見下ろす。
「結婚式?」
「ほら、これだよ。」
 男の子は招待状をちらつかせた。
「貸せよっ!」
 乱馬はそれを下からさっと取り上げた。
『結婚式のご招待状』
 そう書かれた書状を見て乱馬は血相を変えた。
 名前の欄に「早乙女乱馬と天道あかね」と書いてある。
「なんだっ!これは…。」
 ふざけるなと言いたげに乱馬は男の子を見上げた。
「そっか…。ひょっとしてお兄ちゃんは本物の早乙女乱馬。あの子の本当の想い人?」
 男の子はじっと乱馬を見据えると、愉快そうに笑った。
「本当のとか結婚式とか…。何なんだ?ここは?」
 まだ、飲み込めていない乱馬は男の子を見上げる。
「ここはね、あかねの夢が描き出す幻の世界、夢幻界なんだ。彼女が思い描く理想郷。知らずに入っちゃったの?」
「夢幻界…。」
 乱馬はこそっと呟くように言った。
「もしかして、お兄ちゃん、あの子を取り返しにきたの?現世から。」
 乱馬は黙って招待状に目を落とす。
「久しぶりだなあ…。夢幻界へ香を焚き込めた本人以外が侵入してくるなんて。愉快愉快。」
 男の子は笑った。乱馬はその笑い声に少しムッときていた。
「何がおかしいんでいっ!」
「ごめんごめん。ふうん。オリジナルの彼氏かあ…。」
 男の子は悪びれる様子もなく、羽をぱたつかせて乱馬の上空を回った。
「お兄ちゃんならあの香炉を壊せるかもしれないね…。よしっ!協力するよ。」
「え?」
 乱馬は男の子を見上げた。
「あかねを取り戻したいんだろ?」
 乱馬は信じてよいものか一瞬疑いの目を向けたが、見知らぬこの世界を渡りきるには一人では心細い。この際、何でもいいからこの男の子に掛けてみるか、と決意を固めるのにそんなに時間は要さなかった。
「おめえが案内してくれるのか?」
「ううん。それはできない。だって、ここから先は僕の支配する世界じゃないから。この先はあかねの描き出した世界だから。」
「あかねの世界か…。」
 乱馬はほっと呟いた。
「ねえ、お兄ちゃん。この先の夢幻界では、苦しい現実を突きつけられるかもしれないけど、我慢できる?」
 男の子はじっと乱馬を見下ろしながら言った。
「ああ…。あかねを取り戻せるなら。」
「どんなことがあっても、連れて帰りたい決意は揺るがない?」
「揺るがねえ!」
「彼女への愛は本物だって宣言できる?」
「できる。」
「その愛の強さは誰にも負けない?」
 乱馬は頷いた。
「俺は他の誰よりもあいつのこと愛してるからな…。」
 思わず口が動いた。そして、言った後、赤面した。
(…何を気負ってるんだ?こんな子供の前で…。)
「正直なんだね…。」
 クスッと笑って男の子は続けた。
「じゃあ、あそこの門から入るといいよ。但し、門番を倒さなきゃならないよ。」
「へっ!格闘なら任せてとけっ!どんな奴でもこの拳で倒してやらあ。」
「強いよ。下手すると死んじゃうかもよ。それでもいいの?」
「望むところだっ!」
「運良く中へ入れたら、後は結婚式であかねが新郎と誓いのキスをするまでに、奪還しなくしゃいけないよ。それから香炉を探し出して壊せばいい。壊すときにはこれを使うといいよ。」
 男の子は背中に背負い込んでいた矢を数本引き抜いて乱馬に渡した。
「矢?弓がないけど…。」
「大丈夫。弓なんてなくてもいいよ。使うとわかる。」
 男の子は微笑んだ。
「サンキュ…。で、おめえなんで親切に俺に手ほどきしてくれるんだ?」
 男の子はしばらく口ごもっていた。そして、小さく寂しげに吐き出した。
「これ以上、夢に囚われて消えてゆく少女たちを見たくないから…。」
「消えてゆく?」
「うん。結婚式を挙げると、夢の相手と二人は香炉の中へ閉じ込められちゃうんだ。ずっと永遠に大好きな相手の幻影を抱きながら、香になって焚きこめられる。取り込まれる少女たちは幸せなのかもしれないけど、そんなの嘘だ。嘘っぱちの幸せに過ぎない。」
「香炉壊したらおめえも消えるんじゃねえんか?」
 乱馬は見上げながら呟くように尋ねた。
「わかんない。そうかもしれないね。でもいいんだ。こんな世界、無くなった方がいいんだよ。だから、お兄ちゃん、頑張ってね。今まで誰も一度くぐったあの門から出てきた人はいない。きっと出ておいでよ。」
「ああ…。」
「急いだ方がいいよ。結婚式は今夜、月の光がこの世界を満たす頃だから。そんなにゆっくりしてられないよ。」

 乱馬は男の子からもらった矢を手に持った。と矢はたちまち消えうせた。
「大丈夫、必要なときには現れるから。頑張ってね…。」
 男の子はそう言うとウィンクしてみせた。


九、

 乱馬は男の子と別れると、門の方を目指して走り始めた。
 小川に添って小道を走ると、男の子が言っていたように門があった。天まで届くのではないかと言う立派な門かと思いきや…。それは乱馬が見慣れた門だった。
 そう、あの天道家の門とそっくりだったのだ。
 だが、天道家と違うのは、門はしっかと閉じられていた。
 かせを外して中へ入ろうとしたところで、内側から声がした。

「我はこの門を司る番人、ケルベロス。この門から入ろうとしているおまえは誰だ?」
「俺の名は早乙女乱馬。あかねを取り戻しに来た。素直に入れてくれるならそれでいいが、抵抗するならこの拳が黙っちゃいない…。」
 乱馬は凄んだ。
「現世からの侵入者か…。笑止っ!この先は一歩も通さんっ!」
「へっ、口で言ってわからねえんなら…。」
 乱馬はきっと門を見据えた。そして一瞬で溜めた闘気を右手から繰り出した。
「腕ずくで、わからせてやらあっ!!」

 ドーンッ!と門が弾ける音がした。砂煙がそこを舞う。門は乱馬の拳の前に倒れた。そして、煙の向こうから、奴が、門番が姿を現す。

「よくも、門を壊してくれたなっ!」
 煙と共に現れたのは…早乙女玄馬、いや、玄馬パンダだった。
「げ…。親父…。」
 乱馬は驚いて門番を見詰めた。
「何を寝ぼけておるっ!ワシは貴様のような息子など持った覚えはないわっ!」
 パンダが拳を振り下ろしてくる。
…ここはあかねが作った夢の世界。親父が出てきたって不思議じゃねえか…。それにしても、こいつ、親父じゃねえな…。第一親父ならパンダの時は喋れねえはずだ。でも、こいつは言葉を喋ってる。それに…強えっ!…
 乱馬は玄馬の拳を身軽に避けながら反撃の隙を伺った。
「こそこそと逃げ回りよって…。これならどうだっ!地獄のゆりかごっ!」
 パンダは両手を広げて乱馬に抱きついた。
「うぐっ!」
 抱きつかれて乱馬は臆した。何より、本物より力が強い。
「どうじゃ、諦めてとっとと帰れっ!今なら死なずに済むぞ…。」
 パンダは抱き潰そうと腕に力を注ぐ。
 バキッ!ベキッ!と骨が砕けそうな悲鳴をあげる。
「へっ!引き返す気なんか最初っからねえよっ!…。俺はあかねを取り戻さなきゃならねえんだ…。」
 額に汗しながら乱馬はぐっと力をこめた。
「こんなところでくたばるわけにはいかねえっ!」
そう叫びながら身体の気を充満させると一気に放出させた。
 ビリビリと空気が揺れて弾けた。
 玄馬パンダの大きな図体が、乱馬の放った気になぎ倒されて地面に沈んだ…。
「無念…。」
 そう言うと、玄馬パンダは砂煙とともに消え果てた。

 乱馬は肩で息をしながらそのサマを見送った。
「チェッ!てこずらせやがって…。」
 額からは汗が流れる。
 息が落ち着いてきたところで、乱馬はあたりを見回した。
 見覚えのある風景。そこは天道道場。だが、道場の代わりにさっき見えた白い建物があった。

 何事かと門の異変に気付いた者達が、わさわさと飛び出してくる気配を感じた。
「全部を相手にしてたらキリがねえな…。よっし…。」
 乱馬は傍を流れる小川に身を投じた。すると、女に変身を遂げる。上着を脱いで、タンクトップ一枚になっておさげを解いた。
「今、こっちで凄い音がしたようだが…。」
 早雲がらんまに尋ねた。
「さっき、変な男の侵入者が…。」
「ケルベロスは?」
「倒されました。」
「男…。そうか、やはり現世から迷い込んだか。」
 ふと目を上げればすっくと立つ男が居た。
 らんまは目を見張った。
 男はおさげ髪を靡かせながらじっと壊れた門を見ていた。
(…げ…。俺がいる!)
 正直らんまは狼狽していた。目の前に立つ自分。それをとりまく人々も、一様にどこかで見たことがある人たちばかりであった。
「で、女。そいつは何処へ行った?」
 後ろから覗き込んだのは良牙だ。見ればP助が別にいる。現実にはありえないことだ。
 だが、みんなそこにびしょ濡れになっているのが「早乙女乱馬」本人であることには全く気がついていないようだった。
「私を小川に突き飛ばして逃げましたっ!」
 らんまはきっぱりと言った。
「大丈夫かい?」
 偽乱馬は微笑むと、らんまに手を伸ばした。
 らんまはその手を思い切り引いて、水の中へと落とし込んだ。
 バシャンッ!と水が弾けた。
「すいませんーっ!大丈夫でしたか?」
 らんまはわざとらしく自分の姿をした彼に問い掛ける。
「いや…。大丈夫だ。」
「まあまあ・・花婿さんに水が…。」
「水も滴るいい男さんんですわね。」
 後ろで右京と小太刀の声がする。二人とも穏やかな顔をしている。
 何より驚いたのは、乱馬が水をかぶっても変身しないという事実だった。
「さあさ、結婚式の準備だよ。花婿さんはあちらへ…。」
 コロン婆さんがにこにこしながら乱馬を誘った。
「あかねも待ちかねてるね…。」
 シャンプーが微笑んでいる。

…なんだ?この世界は…

 小川の中に取り残されたらんまはぼんやりと穏やかな光景を眺めていた。周りに居る人々は至って穏やかで優しい。あの小太刀ですら殺気がない。

…もしかして、この世界はあかねが叩き出した世界だから…。みんな穏やかなんだろうか?ひょっとするとあいつが、俺の偽者が変身しないのは女の俺は存在しないのかもしれねえな…。

…待てよっ!花婿ってことは。あかねの結婚相手って。あいつか?…

 見上げると偽乱馬は嬉しそうに部屋へと引き上げてゆくのが見えた。おさげが風に揺れている。
 らんまは改めて周りと見渡した。
 すると、なびきがらんまを水から引っ張り挙げた。
「ホラホラ…。ぼけっとしてないで。あんたも手伝ってよね。あかねの支度。」
 ぼんやりする暇がなく、らんまはたったと彼女に追い立てられた。

…ま、細かいことはいいか…。このまま女の形で暫く居よう…。その方が潜入しやすいみてえだし…。

「あんた、助けてあげたんだから…。 ]
なびきはじろじろらんまを見た。
「あんた…。お金持ってなさそうだし…。あたしの分を働いて返してね。」
なびきはこそっとらんまに囁いた。
「な…別に助けてくれって頼んだわけじゃあ…。」
「そんなんなら、あんたの秘密みんなにばらそうかしら?侵入者さん。」
 らんまの表情が硬くなった。変身を見られていたのだろうか?
「そんな怖い顔しないでよ。あたしはあなたの味方よ。さっき、紫苑さまから指令受けたもの…。本物の早乙女乱馬が潜入したからサポートしてくれって…。」
「紫苑さま?」
「あんた、さっき会ったんでしょ?羽を生やしたこの世界の本当の創造主に…。」
「って。あの男の子か?」
「ふふ…。大丈夫。報酬もたんまり貰えそうだし。あたしもぼちぼちこの世界から足を洗いたいと思ってたから。」
 なびきは楽しそうに笑った。
「せいぜい頑張って。あかねを奪還しなさいね。相手は手ごわいわよ。何しろ、美化されたあなたですものね…。」
 どういう状況下に置かれたのか、まだ全部把握しきれていないらんまであったが、こうなったら突き進むだけだと腹を決めた。

 後へは引けまい。あかねを取り戻すまでは…。



つづく


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