◆二人の帰り道


 初夏の陽射しが輝く昼下がり。私は家族たちとバーベキューへ出掛けた。
 広い川原の中島でそれぞれ石ころで竈をこしらえ、楽しげに火を囲む。
 我が家の家族は私の父と、二人の姉、居候の早乙女のおじさまとおばさま、その息子乱馬、そして八宝斎のおじいさんとペットのPちゃん。
 それに、招かざる客のシャンプーと右京、ムース、コロン婆さんに九能兄妹…。
居候の早乙女一家だけならまだしも、トラブルメーカー達が勢揃いしていると、何かとややこしい小競り合いが起 きる。お肉の取り合いに始まって、喧(やか)しいことこの上ない。
賑やかな方が楽しいからと、かすみお姉ちゃんは始終にこにこしている。お姉ちゃんはつくづく人格者だと思う。 私なんか、そんな風にはいかない。
 乱馬の動向ばかり気にしてしまう。 乱馬…。彼は私の親が勝手に決めた、許婚。
たいそうの自信家で、かっこつけたがり屋でナルシスト。実際、彼は強いし、頼りになる…けど、何を考えているのか私には捉えどころがない。
 優しいのか冷たいのか、私のことを好きなのか嫌いなのか…はっきりしない。
 おまけに優柔不断で、常にシャンプーや右京、小太刀に追い掛けまわされている。そんなに嫌だったら面と向かって断わればいいのに。 今だって、シャンプー達に追い回されている。
 川原を一緒にお散歩しようと最初に誘ったのは私なのに…。 バカ…。 溜息混じりで息を一つ吐き出したら、なびきお姉ちゃんに
「悩める乙女心は辛いわね…。」
 なんて言われてしまった。そんなんじゃあないよ…。 乱馬は強いから、彼の周りはいつも格闘三昧になる。
女の子との追いかけっこすらも格闘になる…。私もムキになって加わることがあるけれども、今日はいいわ。一緒に走りまわるのも何だかバカみたい。
 乱馬は追い掛けられて、何処かへ行ってしまった。 乱馬のいなくなった後の川原は、私には無味乾燥地帯に思えてきた。
 散々飲み食いした後だから、お父さんや早乙女のおじさまも満足げに日陰で語らっている。
 かすみお姉ちゃんと早乙女のおばさまは後片付けにかかる。
 乱馬は逃げおおせたようで、シャンプーや右京、小太刀がしぶしぶ引き上げてきた。もう、ここへは帰って来ないつもりかもしれない。
 夕陽が傾き始めた頃、帰り支度を始めた。 いつまで待っても乱馬は戻って来なかった。
「大方、先に帰ってるんでしょう…。」
 早乙女のおばさまもいつものようにさらりと言って退ける。 あんまり夕陽がきれいだったから、帰ってしまうのももったいなくて、
「もう少し、夕陽を眺めてから帰る。」
 って言ってしまった。
「乱馬くんははきっと先に帰っているわよ。」
 なびきお姉ちゃんが意味深に笑う。
「先に帰った乱馬捕まえてデートさせるある。」
「デートするんはウチや。あんたらは引っ込んどき!」
「いいえ、乱馬さまは私とデートなさいますわっ!」
 乱馬を追い掛けていた3人娘たちは競い合うように川原を後にした。
「そんなにこの僕と夕陽を眺めたいのか。天道あかね…。」
 九能先輩の検討違いの言葉を拳でかわした私は、皆の後から、一人離れて夕陽を見ながらゆっくりと歩き始めた。
 川辺りを走る人や犬を連れた人達とすれ違いながら、私は一人物思いに耽る。
 Pちゃんが私の周りを歩いていたけれど、何時の間にか皆と先に行ってしまった。 独り歩く川辺リはそれはそれで風情があった。
 遠くで鉄橋を渡る電車の音が耳にこだまする。
 私は歩みをやめて、立ち止まる。
 風が私の髪を揺さぶって吹き過ぎる。茜色の中に浮かび上がる街は美しかった。私は燃え盛る夕陽の残照を追った。…くすんだ都会の夕暮れも捨てたじゃあないわね… 突然後ろで人の気配がして、長い影が私に伸びてきた。振り返ると、乱馬が其処に立っていた。
 黙ったまま彼は握った緑を私に差し出した。 四つ葉のクローバー。 小さかったけれど、白い斑(ふ)が綺麗に入っていた。
 差し出されたクローバーを受け取ると私は
「ありがとう。」
って言った。
 彼は
「どってことないさ…さっき、すっぽかしたお詫びの印だよ。」
 と宙を見ながらそう言った。
 少し微笑み返すと、彼は照れ臭そうにはにかんで笑った。
 黙ったまま、私は乱馬の大きな左手に触れた。乱馬は緊張していつものように少し固まったみたいだけれど、すぐに握り返してくれた。
 二人の長い影は一つになって、夕暮れの中に佇む。
 二人で太陽が去った都会のビルの稜線を見送った。
闇の帳が下りてきても、二人でなら大丈夫…暖かい手に触れながら私はちょっと幸せな気分になった。
「ねえ、乱馬…」
「ん…?」 …いつまでもこの手は離さないからね… 私はそう言おうとしたが、かわりに
「何でもない…。」
と笑った。
「何だよ…気持ち悪いなあ…。」
 彼は訝しがったが、
「いいの、なんでもない。帰ろっ!」
 そう言うと私は彼の逞しい腕を引っ張った。乱馬と私の帰り路。一番星が二人の空の上を瞬きはじめた。
 私の手の中には乱馬の温もりと白い斑入りの四つ葉のクローバー…



  完




一之瀬的戯言
零さまのページ(閉鎖)へ投稿させていただいた短編。

有名なドヴォルザーク作曲の交響曲第9番「新世界より」の第2楽章をイメージしながら書いたものです。
コールアングレ(イングリッシュホルン)の奏でる有名な主旋律はモチロン、トロンボーンの奏でる導入部や終焉部もいい雰囲気です。「新世界より」はベートーベン作曲交響曲第5番「運命」同様、私ですら4度ほど本番をこなしたことがある、アマチュアオーケストラには、スタンダードな曲です。
(ヴィオラは面白くない難しい伴奏形態ばかりで辛い上、3楽章のコーダーと4楽章の終盤部にパート泣かせな旋律があるので酷な曲なのですが…)
とある在奈良のアマチュアオーケストラの演奏会に足を運んで、演奏中に思いついて作文しました。
第一期ビデオシリーズのオープニングアニメーションの夕暮れバージョンといったところですね。
あのアニメのオープニングで乱馬があかねに差し出したのは多分「トルコ桔梗」でしょう。
川原で手に入るということで「四つ葉のクローバー」にしました。
三つ葉のクローバーはそれぞれの葉に「希望」「信仰」「愛情」の意味があります。四つ葉になったとき最後の1枚が意味するのが「幸福」なのだそうです。だから、見つけると幸福になると言い伝えられています。


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