◆チョコと犬夜叉



「ちぇっ!何しに国へ帰ってたんだよ!」
 犬夜叉は不機嫌そうにかごめを見た。
「うっさいわねえ!私にだっていろいろと都合ってものがあるのよ!入試も始まったし・・。」
 骨喰いの井戸から抜け出しながらかごめは答えた。
「今度はちったあ長くこっちへいれるんだろうな・・・。」
「居れるわけないじゃないっ!私立が終わってもまだ公立が控えてるんだからっ!トンボ帰りよ、トンボ帰りっ!」
 かごめは怒鳴り気味に答えた。
「何だよ・・・。その「しりつ」とか「こうりつ」とか・・・。」
 言っても無駄かとかごめは思った。犬夜叉にいくら数百年後の社会の受験システムについて説明したところで理解できる訳が無かった。徒労に終わるのが関の山だ。それに時間がもったいない。
「とにかく、私はこれを渡しに来ただけなの!」
 かごめは重そうにリュックを持った。
「何が入ってんだ?」
 犬夜叉は膨らんだリュックを見て不思議そうに言った。
「いいからいいから。さあ、早く皆のところへ行きましょう!」
 かごめは村を目指して歩き始めた。

「おお。かごめさま。お帰りですか?」
 弥勒が笑いながら出迎えた。
「かごめちゃんが居ない間中、犬夜叉の奴、ふてくされててさあ、なだめるの大変だったんだから。」
 珊瑚も笑いながら出迎えてくれた。
「そうじゃ・・・。ずっと苦虫を噛み殺したような顔をして、井戸の周りをウロウロしておったんじゃぞ。」
 七宝が珊瑚の背中からひょこっと顔を出した。
「うっせえっ!!」
 その言葉に反応した犬夜叉は、七宝をポカリと殴りつけた。
「いってーっ!かごめ、犬夜叉はいじめっ子じゃあ!!」
 七宝は非難してかごめに抱きついた。
「もう、犬夜叉。大人しくしてないと、お土産あげないんだから。」
 楽しそうにかごめが笑った。
 無味乾燥な現代より、こちらの世界の方が落ち着くと最近思うようになってきた。きっと、受験の為、机に噛り付く生活をあちらで過ごしてきた反動だろう。よどんだ都会の空気より、こちらのほうが何倍も美味しい。
 ・・・ま、束の間の休息なんだけどね・・・。
 帰ったらまた、受験戦争が待っている。
 こんもりと茂った木立から太陽の影が柔らかに降り注いできた。
「お土産ってなんじゃ?」
 かごめの言葉に反応して、七宝が興味深げにリュックを覗き込んだ。
「これよ・・・。はい、七宝ちゃんの分。」
 かごめはそう言うと、リュックから赤い包みを取り出した。
「わあー。綺麗な包み紙じゃなあ・・・。こんなの見たこともないぞ。なあ、犬夜叉。」
 七宝は目を輝かせてその包みに魅入った。
「これが弥勒様の分。・・・と、それから、珊瑚ちゃんのと、雲母のと・・・。」
 それぞれ包装された包み紙をかごめは目の前に広げてゆく。
 あちらの世界では、今日はバレンタインデー。チョコレートを渡す日だ。
 あちらでは女の子から男の子に日頃の気持ちを渡すのであるが、女の子の珊瑚にも気を回したかごめであった。
「わしのはないのかのう?」
 雲母の背中からピョンと冥加じいが跳ね出してきた。
「ちゃんとあるわよ。はい、じいちゃんの分。」
 かごめはチョコシロップの小瓶を差し出した。蚤妖怪の冥加じいには、固形のものより液状の物の方が喜ばれるだろう。かごめはそこまで気を回していたのだった。
 各々かごめから渡された包みを広げて、興味深げに覗きこんだ。
「これは一体なんじゃ?」
 七宝が包みの中からまた包まれた小さな欠片を取り出して、尋ねてきた。
「チョコレートっていうカカオでできた甘いお菓子よ。」
 かごめはにっこりと答えた。 
「ほうほう。これが南蛮で長寿の妙薬と歌われたカカオ豆のチョコラートルたらいうものですかな・・・。」
「知ってるの?冥加じいちゃん。」
 かごめは冥加を覗き込んだ。
 「あいや、そういうものがあるという噂だけは耳にしたことがありますじゃ。何でも南蛮の貴族でも口にするのは難しいと言われる高価な代物だそうで・・・。それにしても美味じゃ・・・。」
 冥加じいはうっとりと味見しながらそう答えた。
「かごめさまの国では当たり前にこんなものがあるんですか?」
 弥勒が訊き返した。
「ん。私の時代じゃあ、別段珍しいものではなくなってるけどね・・・。」
 かごめは笑いながら言った。
「けっ!それが何だっていうんだよ!」
 犬夜叉が不機嫌そうに言い放った。
「かごめ。犬夜叉の分は?こいつ、自分だけもらえんのですねとるぞ!」
 七宝が口を挟んだ。
「うっせえっ!」
「おすわりっ!」
 また七宝をポカリとやりそうになったのでかごめは慌てて制した。
「いってえ。何しやがんでー。」
 犬夜叉は地面に叩きつけられながら牙を剥く。
「じゃあ、あっちで頂きましょうか。」
 弥勒はかごめと犬夜叉に気を回して、一同に話しかけた。
「あ、なら、楓ばあちゃんたちにもまとめて持っていってくださいな。」
 かごめはリュックを弥勒に渡すと愛想笑いをした。
 
 皆が居なくなったところで、かごめは犬夜叉と二人きりになった。
 犬夜叉はヘソをすっかり曲げてしまって、不機嫌そうに大木の根っこに座っていつものように腕を組んでいた。
「何ふてくされてるのよ・・・犬夜叉ったら。」
「別に、何でもねえよ・・・。」
 相変わらず膨れっ面だ。
「はい・・・。犬夜叉の分よ。」
 そう言ってかごめは一回り大きな包みを犬夜叉に差し出した。
 本当は皆の前で犬夜叉の分を差し出すのが躊躇われたのだ。それが少し大きかったせいもあったが、何か照れ臭かった。戦国時代に生きる皆には、バレンタインに込められた女の子の心理など知る由もなかったろうが、少しはにかんだのである。
「食べてみて・・・。」
 かごめは微笑んで犬夜叉を振り返った。
「お、おう・・。」
 犬夜叉は恐る恐る、包みを開けてみた。そこには、さっき七宝が持っていたものと同じような金の紙にくるまれた欠片。金紙を手で開けると、土より焦げた茶色の物が現れた。
「なんか・・・ウサギなんかの糞みたいな形だなあ・・・。」
「ちょっと何てこと言うのよっ!!バカ・・・。」
 犬夜叉は正直にその茶色いものの形について表したのだが、かごめはデリカシーの無い犬夜叉に一喝した。
「そんなこと言うなら返してもらおうかな・・・。」
「嫌だ。貰ったものは俺のだ・・・。」
「じゃあ食べなさいよ・・食べてから文句言ってよね。」
 犬夜叉は促されておそるおそるその欠片を口の中へ入れてみた。
 一口頬張ると、今まで口にしたこともない甘さが広がってゆく。それは初めて体験する不思議な味だった密のような深い味。噛み砕くのがもったいないほど、溶けて染み出すまろやかな甘味。
「美味えや・・・。」
 かごめは傍らで微笑みながら犬夜叉を見詰めた。
 戦国時代の暦は旧暦だから、今日はあちらみたいに2月14日ではない。それも重々承知していたが、そんなことは問題外だった。
 妖怪たちとの激しい戦いの中に命がけで飛び込む犬夜叉と自分。それが運命の絆だとわかっている。命の炎を燃やしながら戦い続けるそんな繋がり。
 でも・・・。
 それを離れれば、かごめも恋する只の女の子。
 
「なあ、なんで俺のだけ、外の奴らのより大きいんだ?」
 犬夜叉はチョコを頬張りながらやんわりと訊いた。
「だって、本命だから・・・。」
 かごめは呟くように答えた。
「本命・・・?ってなんだ?」
 犬夜叉はきょとんとして問い掛けた。
「いいの、なんでも。」
 かごめは笑った。
 ・・・本命・・・。
 何だか良くわからなかったが、いい響きの言葉のように犬夜叉には思えた。
 ・・・俺はかごめの本命なのか・・・
 それもいいかと思った。
「おまえも一緒に食うか?」
 犬夜叉はチョコレートの欠片をかごめに差し出した。
「うん。」
 かごめは明るく答えた。
 

 さわさわと木々の枝が風に揺れた。
 まだ、吹き抜ける風は冷たい。木々の間から差し込む木漏れ日が二人を優しく包んで輝いた。
 犬夜叉にとってはじめてのチョコはちょっと甘い恋の味。束の間の休息陽だまりの中で、かごめと食べる暖かい味。
 枯葉の間から小さなふきのとうが硬い芽を覗かせている。
 もうすぐ、春。



 完




犬夜叉的小説処女作品
らんま小説WEBの方針は変えるつもりはありませんが、たまには・・・
バレンタイン特別おまけです(笑
多分、犬夜叉オンリーの小説はこれ以降書かないでしょう・・・らんまを主体にしたものは一本プロットは組んでありますがいつ始める気になるのやら(笑


(c)Copyright 2000-2005 Ichinose Keiko All rights reserved.
全ての画像、文献の無断転出転載は禁止いたします。