バレンタイン ノベルス 2001・・・番外編その2
◆絆
「ほら、ぼやぼやしてたらバレンタインの一日なんて、すぐに終わっちまうぞっ!」
そう言うと天使ミッチェルは見習い天使のポールに声をかけた。
「俺たちの許された時間は日没までなんだから。それまでに一人でも多くの人間たちに恋の赤い糸を打ち込まなきゃあならないんだから・・・。」
ミッチェルはそう言うと、小さな羽をばたつかせた。
ミッチェルとポール。
二人は天界から降りてきた愛天使、エンジェルだった。
エンジェルらしく、人間の赤ん坊くらいの体と顔つきだった。背中には小さな鳥のような羽。二人とも手には弓と矢を携えていた。
今日はバレンタインズデー。彼らエンジェルたちには特別な一日でもあった。
聖者バレンタインの愛の一日にちなんで、いつの頃からか、地上に降りてきて、自由に愛の矢を放ち、恋の仲介をするのが近年の慣わしになっているのであった。
ただ単に仲介するだけでなく、それを競うのである。いわば、彼らの狩の競技会といったところだろうか。二人一組で地上に降りてきて数を競うのである。
その組み合わせも、不公平が生じないように、天界の神が毎年組み合わせを決めるのだ。連携でやるもよし、個人技に走るもよし。最終的に二人の射抜いた総計で優劣が決まるのであった。
ミッチェルはベテラン中のベテランのエンジェル。
対して、ポールは地上に降りてくるのが初めての新米エンジェルであった。
「今年は優勝はいいさな・・・。新人育成に努めてくれって言われているようなものだから・・・。だからって気を抜くなよっ!!新米の意地を見せるんだぞっ!!」
そう言いながら意気揚揚と地上に降りてきたのである。
「はい、先輩。」
慣れない地上に目を見張りながらポールはミッチェルに付いて降りてきた。
「さて、ぼちぼち始めるかな・・・。おまえみたいな新人は、そうだな。子供を狙うといい。子供は得点は低いけれど、繋がる繋がらない、切れる切れないなどのややこしい赤い糸が絡まっていない。それに、赤い糸も大方の奴らにはまだはっきり見えていないからな・・・。矢が刺さりやすいんだ。」
ミッチェルはベテランらしい見解を示す。
「おまえ、実地は初めてなんだろ?」
「はい・・・。先輩。だから不安で不安で・・・。」
「じゃあ、俺のやることを見て真似してればいいさ。さて、公園にでも行くかな。あそこには子供がたくさんいるだろうし・・・。」
二人は東京の上空へと降りてきた。
都会の方が人口も多く、物になる子供が多いだろうと判断したからだ。
彼らが放った矢は必ずしも当ったからといって「命中」となるわけではない。運命の赤い糸をまだ持っていない者を見つけて射抜かねば、矢は刺さらないのである。また、赤い糸を持っていても確実に結ばれていなければ出会う前に切れてしまうこともある。元々持っている糸を切れば、喩え命中しても、幾らか減点されてしまうシステムになっていた。
「ねえ、先輩。赤い糸の有無ってどうやって見分けるんです?」
ポールが後ろから飛びながらミッチェルに尋ねた。
「よく見ろよ・・・。ほら、たとえば、あそこの夫婦。小指と小指に赤い綺麗な糸が光ってるのが見えないか?」
促されて目を凝らすと、確かに男と女の間に綺麗な赤っぽい糸が光っていた。
「わあ・・・。あれが赤い糸ですか・・・。」
ポールははしゃぎながら答えた。
「見ておけよ・・・俺はあそこの子供を狙うからな・・・。」
公園の片隅で遊んでいる五才くらいの女の子めがけてミッチェルは狙いを定めた。
「あの子の小指にはまだ糸がないだろう?だからこうやって狙うんだ。」
ミッチェルは弓矢をなれた手つきで引き絞った。そして、右腕を後ろに引き、充分狙いを定めるとパッと放した。
ピシュっ!
弓矢は勢い良く飛んでいって、子供の身体に命中するとそのまま身体に取り込まれていった。そして次の瞬間、小指から美しい糸が湧き上がるのが見えた。
「わあ・・・。当った・・・。」
ポールは目の当たりにしてはしゃいでいた。
女の子から端を発した糸はどんどん伸びてきて、見えなくなった。
「あの先に、あの子が将来出会う相手に絡みつくんだよ。」
弓矢をしまいながらミッチェルが言った。
「ふうん・・・。そういうもんなんですか・・・。」
「そう、そして、その相手と幸せになるっていう寸法だ。」
ミッチェルは笑った。
「たまに、出会えずに沈下する糸もあるっていうが、あとはあの子の心がけ次第だよ。さあ、今度はおまえがやってみな。」
公園を一巡りすると、一人の少女を見つけた。
「あの子なんてどうだ?糸もまだ持っていないみたいだし・・・やってみるか?」
「はい、先輩。」
ポールは狙いをすました。ポールが狙う子供は、クセッ毛で長髪だった。ちょっとすましていて、胸をずんと張りながら公園内を闊歩していた。
「良く狙いを定めるんだぞ・・・。」
ミッチェルは後輩を丁寧に指導した。
じっと構えて、狙いを定めるとポールは女の子を打った。
バシンッ!!
その時、異常が発した。折れることなど滅多にない弓矢が、打った拍子に折れて途中で落ちてしまったのだ。
「そんな・・・馬鹿な。」
ミッチェルも目を見張ったほどだ。
「なんでだ?」
二人は顔を見合わせた。
「小太刀っ!早く来いっ!!」
少女を呼ぶ声がしてた。
「はい、お兄さまっ!」
弓矢を射掛けられなかった少女はつんとすましたままその場を離れていった。
「長年弓矢を射掛けてきたが・・・あの少女、余程根性が捻じ曲がっていると見える。弓矢が拒否して折れるとは・・・。」
気を取り直して二人はまた公園内を物色する。
「今度はあの子なんてどうでしょう?」
下界にはショートヘヤーの少女がベンチに腰掛けて焼いもを頬張っていた。
「動かなかったら狙いやすいな・・・。糸もまだ持っていないみたいだし・・・。」
ポールは今度こそと気負いながら身構えた。
シュンッ!
勢い良く音をたてて、矢は少女めがけて飛んでいった。
「今度は当ったみたいだな。」
ミッチェルは笑いながら言った。
じっと観察していると、少女を射抜いたあと、手から糸が伸びてきた。
「何っ!!?」
糸は一つだけではなく、次々と伸びてくるではないか。
そして、伸び出した糸は少女を男ではなくなんとお金に導き始めた。
「あら・・・。ラッキー。小銭見つけちゃった。」
糸がくっついた先には、100円玉が・・・。
少女はほくそえみながら公園を去っていった。
「ははは・・・。余程、業ツクバイと見えるな。男ではなく金と縁を結ぶなんて・・・。きっと伸びた無数の糸の先にはああやって金がくっついてるんだろうな・・・。」
ミッチェルはそう言いながら笑った。
「で、今のは・・・点数になるんでしょうか。」
ポールはおそるおそる訊いてみた。
「無理だな・・・。金とすぐ繋がるような糸なら・・・。」
ミッチェルは苦笑しながら言い含めた。
「女の子は止めにして・・男の子を狙ってみるか・・・。」
ミッチェルは思考を変えようと話し掛けた。
「ほら、あそこで竹刀を振り回している、元気な男の子はどうだ?」
公園のど真ん中で竹刀を振り回している、剣道着の男の子が居た。
「武道に興じる子なら健全だ。大丈夫ですよね・・・。」
そう言いながらポールは男の子の傍へと近寄っていった。
「良く狙いを定めるんだぞ。一人にワンチャンスしかないんだからな。」
そう促されてポールが弓を構えたときだった。
「うりゃうりゃうりゃーっ!!そこの者!退けっ!!」
何を思ったのか、男の子がポールの方へ向って突進しはじめた。人間から天使など見えるはずはないのにだ。
「わあーっ!!」
次の瞬間ポールは弾き飛ばされて宙へと舞い上がっていた。
狙っていた弓はばったりと落ちて駆け抜けてきた男の子に踏みにじられてしまった。
「帯刀さまっ!お見事っ!」
背後で声がした。
それを宙で聞きながらポールはボロボロになって浮かび上がっていた。
「何だ?あいつは・・・。大丈夫か?ポール・・・。」
傍で見ていたミッチェルも気の毒そうに駆け寄ってきた。
「イテテテ・・・。何で私が狙っているのが分かったんでしょうか?」
「偶然だろうな・・・。ああいう動物じみた奴には時々我らの気配を感じる奴がいるからなあ・・・。」
「気を取り直して・・・次に行くぞ・・・。あの子はどうだ?」
指差す方向には、バンダナを巻いた一人の男の子。きょろきょろと辺りを見回していた。親とはぐれたのだろうか?
「母さん・・・父さん・・・。一体ここはどこなんだーっ!!」
そう叫びながら辺りを徘徊していた。
「今度こそっ!!」
ポールは弓矢を構えた。
「えいっ!」
弓矢は飛んだ。勢い良く彼に向って・・・。
「な・・・?」
ところがである、普通に飛んでいたはずの弓矢が迷走を始めた・・・。定まらなかったのである。真っ直ぐに飛べばそのまま男の子に命中間違いないと思われたのにである。弓矢は方向を変えるとぐるぐる徘徊し始めたではないか。あれよあれよという間に今度は男の子が居なくなってしまっていた。
「珍しいな・・・。弓矢が途中で迷子になるなんて・・・。」
ミッチェルは思い切り溜息を吐いた。
「このままじゃあ埒があかんな・・・。よし、ばらばらに行動しよう。夕刻ここへ舞い戻ってくる。守備は分かっていると思うから、自由に獲物を見定めて頑張れ。俺はおまえと離れて、一人でたくさん射抜いてくる。いくら新人と一緒でも、恥ずかしい数字に甘んじるのは俺のプライドが許さんのでな・・・。気の毒だが・・・。」
ミッチェルはポールにそう言った。
「いいですよ。度重ねた新人研修で弓の扱いや獲物の狙い方は一通りできるようになってますから。先輩は先輩で数を稼いで来てくださいな。」
ポールは言った。
「よく言った。それでなければ、凄腕にはならんからなあ・・・。それにしても、この辺りはのろわれておるのかなあ・・・。こんなにかするのは珍しいんじゃがなあ・・・。」
二人は公園で落ち合うことに決めて別れていった。
その後ポールは子供を狙って公園近辺を徘徊していた。
何度も果敢に挑戦してみるものの、あまりたいした成績を上げることは出来なかった。狙った獲物を見逃したり、寸でのところで当らなかったり。
新人の苦悩を舐め尽していたのである。
それでも、夕刻迫る頃には十人ばかりの子供を射抜くことができた。
約束の夕刻が迫ってきた。
さっきまでたくさん遊んでいた子供たちは一人去り二人去り。
「あと一人打てればいいところかな・・・。」
「最後に・・・あの男の子にしよう・・・。」
ポールは一人孤独にブランコに揺れている男の子を見てそう思った。
男の子は道着を着装していて、髪を後ろに束ねていた。凡そ、それまでに狙い定めた子供とは風体がまるで違っていた。硬く結ばれた口からは笑みはなく、ただ、しんと空を見詰めてブランコを漕いでいた。
「一人ぼっちには慣れているのかな・・・。」
孤独な影にポールは少し心を痛めていた。
「赤い糸・・・。あんな子供にこそ必要なのかもしれない・・・。」
ポールはそんなことを思っていた。
木の上からそっと狙いを定めていると、そこへ犬にじゃれつかれて追われる女の子が乱入してきた。
思わず狙った弓を引き離すとポールはその方向を見やっていた。
犬は逃げ惑う女の子が余程面白いのだろう。からかうようにじゃれ惑う。
「いやーっ!あっち行ってっ!!」
半べそをかきながら女の子は逃げる。
ブランコに揺られていた男の子は、たっと飛び降りると、そちらへ向って駆け出していた。身体を鍛えているのだろうか?目にも止まらぬ速さで砂煙を上げると、女の子の前へと割って入った。
うーっ!
犬は少年に向って唸り声を上げた。
男の子はひるむことなく犬を睨み付けると、そのまま突進していった。
ポールが舌を巻いて感心してしまうほど、男の子の動きは俊敏で勇猛だった。とても、子どもとは思えぬ身のこなし。
次の瞬間、男の子の身体は犬を虚空に投げ上げていた。
きゃんきゃんっ!!
犬は悲鳴を上げてその場から退散していった。
「大丈夫か?」
男の子は女の子を真っ直ぐに見詰めていた。
「うん・・・。ありがとう・・・。」
女の子は涙目をうるうるさせて頷く。
ポールは弓矢をとって、静かにまた男の子に狙いを定めていた。
チャンスだと思ったのだ。
「待てっ!!」
そう言って弓を止められた。
振り返るとミッチェルが立っていた。
「先輩?」
引いていた弓を下ろすとポールは訝しげにミッチェルを見上げた。
「弓を無駄にしちゃあいかんよ。」
ミッチェルはポールを嗜めていた。
「良く見なさい・・・。あの二人を。」
促されて男の子と女の子のほうを見てポールは驚いた。
「赤い糸が・・・。」
それは見たことがないような綺麗な糸だっだ。男の子と女の子の間に光を放ちながら揺れているではないか。
「あの子たちは生まれながらにして結ばれている糸を持ってるんだろうな。おそらく今日初めて出会ったんだ。運命の荒波に揉まれても、消え果ぬ美しい糸の絆・・・か。久しぶりに見たな。」
「ひょっとして、あれが、絆の糸ですか?」
「普通、絆の糸はもっと成長しないと見えてこない筈なんだが。あの子たちは余程強い運命で引き合っているんだろうな。また、ここで別れて行っても再び巡り合う。彼らが再びめぐり合うそのときは、ますます輝きを増すだろうよ。・・・いいものを見せてもらったな・・・。ポール。」
そう言ってミッチェルは笑った。
それから十数年後。
再びポールは天界から東京界隈に降りてきた。
すっかり狩に慣れた彼は、今ではベテランも驚くほどの腕に育ち、早々と新人とペアリングできるまでになっていた。
「ほら、ぼやぼやしてると一本も矢が当らずに終わってしまうぞ・・・。」
新米の天使にそう言うと上空を展開する。
自分が新米の時と同じようにマンツーマンをしながらそしてある程度突き放しながら。
夕暮れがきて帰る際に、一際美しい糸を見つけた。少女に結ばれた美しい糸。
「ほら、ご覧。人間たちの中には、生まれながらにしてああいう綺麗な絆の糸を持っている者がいるんだ。」
「うわあ・・・。綺麗な糸。」
新米天使は目を輝かせた。
良く見るとその少女の横に腰かける少年に繋がっている。
「あれは・・・。」
ポールは自分が新米の頃に見た、美しい糸を思い出していた。年のころも丁度彼らと合致するだろう。
『彼らが再びめぐり合うそのときは、ますます輝きを増すだろうよ・・・』
ミッチェルが言った言葉を思い出した。
「そうか・・・彼らは再び時を経て巡り合ったんだ。」
「幸せそうなカップルを見ると、こちらまで暖かな気分になるな・・・。」
そう言うと彼はふふっと笑った。
「いつまでも幸せに・・・。」
はにかむ少女に優しくキスした少年を眺めて天使たちはそっと囁いた。
「さて俺たちも天界に帰ろう・・・。」
そう言って二人は暮れ始めた空へと帰っていった。
天使たちの帰った空からは、舞い降りてくる白い雪。
完
一之瀬的戯言
異色作品・・・あおいさんから頂いたリクエストの過去ネタと合わせてみました。
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