バレンタイン ノベルス 2001・・・番外編その1
◆忍ぶれど・・・



 なびきは、食卓についた妹とその許婚を見比べて、こう思った。

・・・乱馬くん。お腹大丈夫なのかしらねえ。

 喧嘩するほど仲が良い。
 誰が言い出した格言かは知らないけれど、この二人ほど、それを地でゆくカップルもないだろう。
 端からはただの「痴話喧嘩」にしか見えないが。本人たちはいたって真剣に口喧嘩しているらしい。
 喧嘩は二人の愛のコミュニケーションだと断言しても良かった。
 が、今日の夕食の団欒は平和だった。

 なびきはしげしげと乱馬の方を眺めた。
 昨日、一心不乱にあかねが作っていたチョコレート。あかねと言えば筋金入りの味音痴。彼女が作ったものは食べられた代物ではない。今まで何度、家族たちが犠牲となってきたことか。
 チョコを彼が口にしていれば、とっくに症状があらわれてもいい頃合だろう。しかし、一向にその気配は無かった。彼は黙々と箸を動かし続けていた。
 
「そのセーター、似合ってるわね。乱馬くん。」
 ご飯をよそいながら、かすみがふと言葉を継いだ。

・・・そう言えば、いつものチャイナ服じゃないな。

 なびきはそっと彼を垣間見る。

「でしょう?たまにはこんなスタイルも似合うんじゃないかしらって、私が見立てたの。」
 のどかが乱馬の代わりに、嬉しそうに答えた。

・・・なんだ、買ったのはおばさまか。

 箸でご飯を口に運びながらなびきは乱馬の方を顧みた。 

「ねえ、あかねちゃんも似合ってるって思うでしょ?」
 のどかは言葉をあかねの方へも投げかけた。
 あかねはちょっと言葉を詰まらせた。
「え、ええ・・・。」
 ちらっと乱馬を一瞥すると、あかねは詰まりながら小さく頷いた。

・・・やけに、素直だわねえ。

 なびきは妹の方をちらっと見やった。いつもなら、そんな問いかけには無視するか、悪態をつくのが彼女の相場だと決まっているのに、すらっと流そうとしているではないか。
「おばさま。今日の煮物美味しいですよ。新しい味付けですか?」
 あかねは話題を反らしにかかった。
「わかるかしら?ちょっと上方の味付けにしてみたの。薄口醤油を使ったのよ。ね、かすみちゃん。」
 のどかは微笑みながら答えた。
 あかねが、わざわざふり直した話題に、会話は別の方向へと流れてゆく。
 
・・・見事にはぐらかしたわね。やっぱ、乱馬君との仲、一歩前進したかな。

 なびきは味噌汁椀をすすりながら二人を見比べてみた。
 あかねも乱馬も気の無い素振りをお互いしているものの、なんとなく浮き足立っているように見えた。確実に心の距離は近づいている。

・・・許婚同志だから、今更って気もしないでないけど。乱馬くん、思い切ってあかねにキスでもしたかな・・・。

 奥手の二人が大人の愛を語らうにはまだまだ時間がかかるだろう。独占欲は強そうだが、結婚してしまうまで、乱馬は多分あかねに手は出さないだろう。いや、出せないだろう。
 少しずつ溶け込むように染み入る二人の愛情。二人とも純粋で素朴な恋をしているのだ。

・・・バレンタインデーの中でも一番、幸せなカップルかもしれないわね。

 なびきはそう思いながら椀を下へ置いた。
「ごちそうさま。」
 そして思わずそう呟いていた。
「あら?まだご飯はたくさん残ってるわよ。なびきちゃん。」
 かすみがなびきに声をかけた。
「あ・・・。違う違う。」
 なびきは焦りながらかすみに言葉を返した。なびきが「ごちそうさま」を言ったのは、あかねと乱馬に対してそう言ったのである。
「何が違うの?」
「気にしない、気にしない。」
 なびきは頭を掻きながら、再び箸を持って食事を続けた。
「変な奴・・・。」
 乱馬がこそっと言葉を継いだ。

・・・言ったわね。よーし・・・

 なびきは反撃に出た。
「乱馬君はバレンタインの守備どうだったの?あかねから貰えた?」
 乱馬はご飯を喉に詰まらせて、咳き込んだ。
「お、大きなお世話だっ。」
 乱馬はほっとけと言わんばかりに胸を叩きながら答えた。相当動揺しているようだった。
「あかねは?ちゃんと乱馬君からキスのお返しも貰ったみたいね・・・。」
「ちょっと、お姉ちゃんっ!」
 あかねは真っ赤になって、叫び返した。

・・・図星か・・・。ほんとに純情なんだから。

 まだまだこの二人をからかう余地はありそうだ。そう思うと何故か愉快な気分になっていた。
「忍ぶれど、色に出にけり我が恋は、ものや思ふと人の問ふまで・・・。なんてね。」
そんな和歌を口にする、となびきはまた茶碗を持ってご飯を掻っ込みはじめた。







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