十年目の恋



「うおーい、帰ったぜ。」

 トトトトトと足音が複数。
「お帰りなさいーっ!!」
「父ちゃんっ!!」
 両腕にしがみ付く子供たち。その後ろからエプロン姿の母親。
 何処にでもある親子の風景。 
 ただ違うのは、出迎える父親がスーツではないということくらいだろうか。

「わあ、たっくさんの包み紙。」
「全部チョコレート?」
 龍馬と未来が目を輝かせて父親を見返した。
「ああ、みてえだな。」
 その影であかね一人は溜息。浮かぬ顔を一瞬。
「なんだよ?俺がもてるからご機嫌斜めなのか?」
 雪駄を脱ぎながら乱馬が言った。
「そんなんじゃないわよ。」
 
 続いて入って来たのは早雲と玄馬。
 二人とも紙袋にやはり贈り物の山。
「おじいちゃんたちもいっぱい貰ったんだ。」
 龍馬が目を輝かせる。
「僕もね、幼稚園でいっぱい貰った。」
 ちょっと嬉しそう。
「おじいちゃんたちも、今日は乱馬と一緒に駅前のカルチャースクールで稽古つける日だったものね。」
 あかねがこれまたむっつりと答えた。
「茶の間は暖かいし、台所の隅っこじゃ邪魔になるから、納戸にでも置いておいてくださいね。」
 と心なしか貰い物の扱いまで邪険だ。
「あ、こらっ!龍馬、未来っ!あんたたちに貰ったんじゃないんだから、勝手に包みを開かないのっ!!」
 ごそごそとやっている子供たちにすかさず、母親としての注意喚起が飛ぶ。
「いいよいいよ。わしらは甘いものよりはこっちの方がありがたいからなあ。わっはっは。」
「そうだねえ…。今夜もいっぱいやるかね。早乙女君。」
 玄馬と早雲が右手をオチョコのように口元へ持っていった。
「勝手な言葉ばかり言っちゃって。こら、ダメだって言ってるでしょう?」
「じいちゃんがいいって言ったもん。」
「そうだよ。」
 口を尖らせる子供たち。

「機嫌が悪いなあ、あかねくんは。」
 玄馬がふっと顔を緩めた。
「乱馬君がもてるのが気に入らないのかな。」
 早雲も相槌を打つ。

「だからそんなんじゃ、ないんですってばあっ!!」
 聞こえたらしく。台どころから大きく反論する。



 一日が終わって、寝室。
 子供たちは先に寝てしまった。チョコをいっぱい食べている夢でも見ているのだろうか。龍馬の枕元には赤い包み紙が一つ。これだけは開けようとしないで、後生大事に持っている。
 それにふと目を落としながら乱馬が言った。
「これは、さしずめ、良牙んところの若菜ちゃんから貰ったもんだな。」 
 ふと顔を緩める。
「そうよ、よくわかったわね。」
 あかねは蒲団を直しながら答えた。
「わかるさ。これだけは特別って感じだもんな。」
「これ貰うのに、すったもんだあったみたいだけどね。」
 あかねはくすくすと笑った。
「若菜ちゃんもけっこうもてる女の子だし、あの子からチョコを貰おうって男の子たちが幼稚園で取り巻いていたそうよ。それから龍馬。この子もけっこう女の子には人気があるのね。我先にってチョコレートを持って女の子たちが追っかけてくるものだから、若菜ちゃんもヘソ曲げちゃって…。結局、夕方、あかりちゃんが一緒に届けに来てくれたって訳。その後の龍馬ったら、ずっとにやにやして…。」
「ふうん、そっか。これが本命って訳だな。これに手をかけようものなら、命はねえだろうな。」
「本命ねえ…。」
 母親としては複雑な胸中らしい。

「で、俺にはないのかよう…。」

 ぼそっと一言。
 あかねからはまだ貰っていない。

「さあね…。」
「さあねじゃねーだろ?あー、また手作りで懲りもせず挑戦して自爆したとか…。」
「し、失礼ねっ!もう懲りたから今年はやってないわよ。」
「買い忘れたとか?…。」
「乱馬は格闘家として大もてだから、要らないのかと思ってさ。甘いものは嫌なんでしょ?」
「あんなあっ!他のは全部、俺にとったら義理チョコなんだぜ?本命からは貰えないのかよぅっ!!」
 ちょっと言い方が拗ねている。
「もお、わかってるわよっ!はいっ!」
 無造作に取り出したのは、赤い小箱。丁寧にラッピングされたチョコ。

「サンキュー!やっぱ、おめえから貰わねーとな…。」
 途端ニコニコ顔。
「もお、子供みたいに…。」
 互いに見詰め合ってにっこりと微笑む。
「ようやく機嫌が直ったか、あかねちゃん。」
 乱馬が鼻先をツンとやった。
「何よ、別にあたしは機嫌が悪いなんてこと…。」
「嘘付け、帰ってきてからずっとむっつりしてたくせに。」
「そんなことないっ!」
「はあ、かみさんがこんなにヤキモチ妬きだと、守(もり)する方も大変だぜ。」
「言ったわねっ!」
「悪いかっ!」
「はあ…でも、お返しの方が大変よ…。二倍返し、いえ、最近は三倍返しだって言うし。来月のお小遣いはなしよ。」
「それはないんじゃないの?あかねっ!」
「ダメッ!」

 あかねはくすくす笑い転げる。 
 もてる夫への小さなしっぺ返し。

「百年の恋がさめるようなこと言わないでくれよぅ…。」
「十年目の恋よ。」
「たく…。理屈っぽいんだから、あかねは。」
 オデコがこっつんこ。
 それから自分の元へと引き寄せる大きな手。
 その後は…。チョコレートも蕩けるような口づけと熱い抱擁。
 十年経っても色褪せない恋。暖かで柔らかで、そして甘い。



 

文 一之瀬けいこ


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