二月十四日。セイント・バレンタイン。
チョコレート会社の陰謀で、瞬く間に日本中に広がったというとってもお節介な一日。
少女たちにとっては、一大イベントの日。それと同時に、男の子たちにとっても重大な日。
とにかく、己のもて方の度合いが、チョコの数で試される日である。
「乱馬はいいよなあ・・・。」
大介がふつっと言う。
「んだ、んだ。おまえはさあ、日頃からもてるから、チョコの数だって半端じゃねーよなあ。」
ひろしも横目を流す。
「あのなあ・・・。こっちだって苦労してるんだぜ。」
あちこち破けた服をさすりながら不機嫌な乱馬。
登校時からあの三人娘たちにチョコレートを無理矢理押し付けられるのに追い掛け回されたらしい。
「優柔不断が招いた結果じゃねーのか。」
大介がふんと鼻を鳴らす。
「しかし、中国娘のシャンプーちゃんといい、久遠寺といい、九能先輩の妹といい。みんな、それなり基準以上の美少女ではあるよなあ・・・。こんな、格闘バカ男の何処がいいんだか。」
「女っていうのは強い男に憧れるもんなんだろうよ・・・。」
とナルシストらしい乱馬の発言。
「言ってくれるじゃねーかっ!」
実際、乱馬はもてる。
二年生に上がって、そのもて方は加速しているように思う。
とにかく彼は学園内でも目立つのだ。
愛用している制服代わりのチャイナ服で目立っているのではない。それもあるのかもしれないが、スポーツ万能ときている。高校生離れした運動能力。
走っても、サッカーボールを蹴っても、バスケットゴールしても、鉄棒しても、ラケットを握っても。向かうところは敵なし。同学年はおろか、下級生、上級生にもファンは居る。
「ほら、またおまえにチョコだってよっ!」
羨望の眼差しを掻き分けて、また、下級生が団体でお目通りを願って、教室に入ってくる。
「あ、あのぅ・・・。これ、受け取って下さいっ!!」
朝からずっとこの調子だ。
「せめて、一人くらい、俺たちにまわせよな・・・。」
友人たちの溜息が聞こえてくる。
「神様は不公平だよな・・・。あかねっていう、逸品の許婚まで居てよう・・・。吐けっ!あかねからはどんなチョコを貰った?え?お返しは熱いベーゼか?」
「うるせえっ!貰ってないよっ!!」
途端不機嫌になる乱馬。
マジかと言うような視線が飛んでくる。
「それに、あいつの手作りチョコなんか、食う勇気は俺にはねーっ!」
そう言いきってからはっとした。後ろに気配を感じたからだ。そう思ったときには、既に彼女の拳の餌食に。
「あたしだって、あんたなんかにあげるチョコはないわよっ!」
後頭部を一発、バコンとやられた。
「いってーっ!何しやがるっ!!」
「大もて乱馬君でよかったわねっ!!」
鼻息が荒いあかね。
「おまえも苦労するよな・・・。」
「でも、あの言い方はないぜ・・・。本当にあかねのチョコ貰ってないのか?」
大介とひろしが意外だという顔を見せた。
「俺たちでも、義理チョコ貰ったっていうのにさ。」
(何っ?)
声にはならなかったが、乱馬の心が一瞬揺らめいた。
「五寸釘だって貰ってたようだぜ。ほら・・・。」
促す視線の先には、五寸釘がわなわなと小さな袋を握り締めてわなわなと震えていた。
「あかねさんから義理でもチョコを貰えるなんて・・・。くふふ・・・。嬉しい。生きていて良かった。」
と何度も呟いているのが聞こえてくる。
それから先、乱馬が上の空になったことは言うまでもない。
それとなく探りを入れてみると、クラスの男子の良く口を利く連中は、あかねに小さなチョコを貰ったという。いや、正確にはあかねだけではなく、他の女子からも義理チョコは貰っているという。
(お、おいっ!どういうことだよ・・・。俺には無しかあ?)
授業だって耳に入らない。ずっとあかねの背中を凝視する乱馬。
結局、放課後まで何のリアクションもなかった。
こうなると乱馬はだんだんといじけてくる。
相変らず、休み時間はチョコレートラッシュだったにも関わらず、本命と銘打っているあかねからは無しのつぶて。
「あかねに素直に謝ったらどうだ?この際、手作りだって、貰いたいんだろう?」
大介が気の毒そうに顧みる。
「うっせーっ!別にチョコレートなんか・・・。」
と言いながら、動揺は隠せないらしい。
「わかりやすい奴・・・。」
ひろしが大介に囁いた。
夕刻、天道家の庭先でブツブツ言いながらのの字を書いている乱馬が居た。
結局、あかねからは何のリアクションもない。
それどころか、帰りは友人たちとどこかへ立ち寄って帰ったらしい。いつもの帰り道も一人とぼとぼ帰って来た。
「あかねのバカ・・・。」
ひゅうーっと木枯らしが彼の傍を駆け抜けてゆく。
「もうそのくらいにしといてあげたら。」
なびきがひょいっと顔を出す。
「だって、乱馬の奴・・・。」
あかねが口を尖らせる。
「乱馬くん、さっきからいくつ、地面に「の」の字を書いては消してることか。それに・・・。あんたのヤキモチも少しは入ってるじゃん。」
なびきはケラケラと笑い出す。
「そんなことないわよ・・・。」
「そお?の割には、乱馬がチョコを貰うたびに顔をしかめてたじゃない。証拠だってあるわよ。」
とデジカメプリントの写真をサッと出す。
「あーっ!お姉ちゃん。隠し撮りしてたの?ひどいんだ・・・。」
「そろそろ渡してあげたら?あかねのチョコのありがたみが、今ならわかるってものよ。夫婦喧嘩も、本命チョコも犬は食わないってネ。さてと、お邪魔虫は退散しますか・・・。」
「そうね・・・。そろそろ、渡してあげるか・・・。あたしのチョコのありがたみ、少しはわかってくれるわよね。」
さっき買ったばかりのチョコレート。
のの字を書いて拗ねている乱馬から、笑顔が零れるのは、時間の問題。チョコレートは甘い恋の味。
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