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☆注/こちらの作品は「Angel Drop」(クリスマス部屋収監)の続きという設定で書いております。
  あらかじめご了承くださいませ。

そのままの君でいて(大晦日編)


 もうじき新しい年が明ける。
 
 国民的番組、紅白歌合戦も終わってテレビは神社仏閣の画面へと移ろいだ。今年も残すところあと僅かな時間だけ。
 天道家の人々は、居候も含めて、挙(こぞ)って皆近くの氏神様へ年越し参りに出掛けてしまった。あかねは出掛けたくても叶わない。というのも、彼女は暮れに怪我をしてしまって、昨日やっと東風先生の接骨院から退院したばかりであった。ギブスは外れたものの、まだ、右足には包帯が痛々しく巻かれている。この真夜中に人ごみでごった返す年越し参りなど行けよう筈もなく、留守番を買って出たという訳だ。
 あかねは身じろぎもせずに、足を投げ出してじっとテレビの映像を見つめていた。
 彼女の膝の上には、嬉しそうに頬寄せる許婚の乱馬が居た。
 彼の手は丸まり、背中を屈め、あかねの膝にちょこんと陣取っている。

 そう、彼は猫化していた。

 アルバイトの帰り道、新しい年を乱馬と迎えようという野望に燃えた、右京、シャンプー、小太刀にいつもの如く追い回されたらしい。それだけならまだしも、右京が故意にシャンプにー水を放った。ライバルを一人撃滅する為に取った右京の秘策はあらぬ不幸を呼んだ。
 シャンプーは諦めるものかとむやみやたらに乱馬の背中に張り付いた。シャンプーの変身姿とはいえ大嫌いな猫に背中に乗られた乱馬がパニくったのは云うまでもない。猫シャンプーを背中に引っ付けたまま走り回、こともあろうに、猫の沢山タムロしていた空き地に突っ込んでいったという。
 只でさえ苦手な猫に囲まれ背中には猫シャンプーが乗たままのものだから、猫への恐怖心が極限に達し、乱馬は「猫化」してしまったらしい。
 こうなってしまうと乱馬に「理性」などあろう筈もなく、弾け飛んだ彼は、凶暴無比の雄猫と化してしまう。猫への畏敬、恐怖心は彼の精神を猫化することで浄化を図ろうとするらしい。こうして「猫拳」とうい迷惑極まりない荒技の使い手へと更に変化を遂げるのであった。
 彼は、全ての理性をかなぐり捨て、目に入る一切の猫や人に対して、執拗かつ狡猾な攻撃を試みる。流石の三人娘もこうなるとお手上げになってしまい、新年デートを諦めざるを得ない。
 そのままにも捨て置けず、彼女たちは乱馬を天道家まで誘導し、皆が出かけてしまったつい今しがた、あかねに押し付けて去っていったのである。
 「今晩の所は引き上げたる。」
 「乱馬さま、良いお年をお迎えくださいませ。おーほほほほ。」
 「にゃん、にゃーん」
 それぞれ言いたいことを言い切ると夜陰に消えた。

 「ホントに世話がやけるんだから・・・。」
 あかねは猫化した乱馬を見つめて、ほっと溜息を吐いて微笑んだ。
 猫化した乱馬をただ一人、大人しくさせることができるのは、彼の許婚である、あかね一人きりなのである。彼女の前に出ると、猫乱馬は途端に神妙になり、全身で甘えてくるのである。
 敵愾心を剥き出しにし、爪や牙を立てる猫乱馬もあかねにだけは心を開く。今日もいつものように、彼女を見つけると嬉しそうに身を寄せてきて、膝の上にちょこんと乗っかった。ここは俺の場所だと言わんばかりに。
 あかねも猫化した乱馬が決して嫌な訳ではない。いや、不必要な程までに悪態を吐いてくる普段の彼より扱い易いと思っていた。全身全霊を彼女に預けると、普段は決して見せない至福の笑顔を見せてくれるのだ。あかねの中に眠る「母性本能」が程よく刺激される。
 あかねは乱馬を優しく見詰め、おさげをしなやかな指に絡ませ、そっと撫でてやった。
 乱馬はあかねの膝の上が余程気持ちが良いのだろう。ゴロゴロと喉を鳴らしながら幸せそうに微笑んだ。

 遠くで鐘の音が聞こえた。
 テレビの画面を振り返ったが、そこから流れる音では無かったようだ。
 「お寺の鐘かあ・・・。近くにお寺なんてあったかしら。」
 あかねはふと手を止めて鐘の音に耳を澄ませた。
 コーン。
 高い音がまた一つ、遠くで鳴った。
 遠くから響く鐘の音に、あかねは行く年を静かに振り返った。
 「今年もいろんなことがあっわね。」
 様々な出来事が脳裏をかすめてゆく。
 人間には百八の煩悩があるという。その煩悩を清め、まっさらな新しい年を迎えるために人々は鐘の音を静かに聞き流すという。
 「私にも百八つの煩悩があるのかしらね。」
 あかねは口からそう言葉を漏らした。
 テレビ画面には来たるべく新年を厳かに迎えようと寺に集まる人々の様子をとらえていた。読経が流れる中、一際大きい鐘の音が鳴り響く。画面は徐に神社の雑踏へと移り変わった。
 『もうじき新しい年を迎えます、こちらは一番福を求めて集まる人々の熱気に包まれております。』
 女性アナウンサーの声が雑踏の中から響きだす。その賑わいは、茶の間に座るあかねには夢物語のように虚ろげに見えた。
 「新しい年を私は猫になった乱馬と迎えるわけね。」
 あかねはくすっと笑った。
 自分を支えるあかねの身体があかねの笑みに反応して小刻みに揺れたので、乱馬はきょとんとした目を見上げた。
 「あ・・・。ごめんね。乱馬。新しい一年の初めを、こうやってあなたと迎えるなんて思わなかったから、私。」
 あかねは乱馬を見下ろして、微笑みながら語りかけた。
 「ねえ、乱馬。こうやって時はずっと前に向いて流れているのね。新しい年はどんな風になるのかしらね。」
 あかねは乱馬の目を見詰めながらとうとうと話し始めた。猫化しているときの彼は人間としての意識がない。だから、彼はただ、不思議そうにあかねを見上げていた。
 「世の中はどんどん変わってゆくわ。ついこの間まで、子供だった私なのに・・・。ねえ。私たちも変わってゆくのかしら・・・。大人になって、考え方も変わるのよね、きっと。」
 あかねはほっと息を吐いた。
「でもね、もう少しこのままでいたいの。私。」 
 あかねは乱馬を覗き込んで語り掛けた。
 「大人になるためには、変わっていかなきゃならないのね・・。私も乱馬も・・・でもね・・・。乱馬。私はもう少しだけこのままでいたい。もうしばらくこのままの関係で・・・。だって乱馬が、乱馬が大好きだから・・・。」
 あかねがそう言い切ったとき、テレビの向こう側では新しい年へのカウントダウンが始まった。

 「十、九、八、七、・・・。」
 
 画面にはその瞬間を待ち侘びながら声を張り上げる人々と、数字が映し出されていた。 新年への大合唱。
 と、その時、乱馬があかねを見上げて微笑んだ。
 
 ・・・え?・・・

 あかねが目を見張ったと同時に乱馬の柔らかい唇があかねのそれに重なった。
 あまりに唐突な乱馬の行動に、我を失って固まるあかね。

 その瞬間、テレビの向こう側から人々の歓声と花火の音が割れんばかり湧き上がる。
 夢物語のように、その音があかねの耳にぼんやりとこだまする。目を閉じたのか、それともそのまま瞬いていたのか、それすら定かでないままに、あかねの時が静止した。
 重なり合った唇が離れると、乱馬はそのままあかねの膝に顔を埋めて身を屈めた。 
 「ちょっと、乱馬・・・?乱馬ったら・・・。」
 あかねは顔中を赤らめて、沈んでしまった乱馬を見つめた。
 乱馬は何事もなかったように、静かに目を閉じていた。
 「もう・・・。バカ・・・。」
 あかねはふっと笑いながら、乱馬の背中を撫でた。猫化した乱馬の本当の気持ちを慈しむように。
 
 新しい年が明けた。
 また、一つ。








「大晦日編」があれば当然どこかに「元旦編」があるわけで・・・(謎)
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ちなみに、おみくじにある小説は三本です。




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