#4 一枚の写真 なびき編
ここに一枚の写真がある。
乱馬くんとあかねが仲良く眠っていると言うなかなかの逸品。
元々は乱馬くんで荒稼ぎさせてもらおうと企んでいた訳。
八宝斎のおじいちゃんからせしめた「睡眠香」。春眠香のバリエーション。これを焚き込めると安眠できると言う怪しげなもの。
最近、あたしが始めたネット通販。そこでの女乱馬ちゃんグッズの注目度は増すばかり。いろいろなところから引き合いがある。本人は知らないだろうけれど、ネット上では、ちょっとしたアイドル的な存在なのよね。
これに目をつけない訳にはいかないわ。
「睡眠香」を使って、乱馬くんに眠ってもらって、女らんまちゃんの写真をたくさん撮るつもりだったあたし。
最近は彼も利口になってきて、昔ほど無防備な状態で家の中をうろついてくれなくなった。特に冬場は夏ほど開放的でないから、そう美味しいシチュエーションも転がっていない。
だから、ぐっすり眠ってもらって、水を掛けて、寝ている隙にって目論んでいた。
家族が出払っている、休日の良く晴れた午後。
最大的チャンス到来、とばかりにあたしは予め仕込んでおいた香を炊き込めたの。
おじいちゃんの話では、二十分くらいで眠りに落ちてしまうと言う。それから数時間は、何をされても起きないっていう訳。用意していたコスプレ衣装をこっそり身につけさせて、シャッターを切る。それからまたお湯をかけて男に戻しておけば、夕方頃、むっくりとお昼寝から起き上がるっていう段取り。
前にもこの方法を使ったことがあるから、今度も成功するって思っていたのに。
乱馬君の私室になっている二階の六畳間の押入れ。そこにそっと香を置いた。
おじさまとおばさまが他の部屋に寝るようになって、今はこの部屋に乱馬君一人きり。でも、おじさまとしょっちゅういろいろやってくれるものだから、押入れには穴がぽっかり。
日本家屋は息をする材料で出来ているから、風通しも良い。
上手い具合に「睡眠香」は無味無臭。煙もあまり出ないように改良されているらしい。押入れにこっそりと香を炊き込めておけば、この部屋に入った彼が眠るのは間違いがない。
後は念のために、朝方、かすみお姉ちゃんが干していた、蒲団を取り入れて、これ見よがしに部屋の中央へ敷いておけばいい。
今朝は道場でずっと汗を流していたようだから、蒲団を見つければ昼からはきっとお昼寝するだろう。
ふふふ。これで良し。ばっちりね。
後は寝入ってしまった彼に擦り寄って写真を撮りまくるだけ。お香にやられないように、防毒マスクを忘れずに。完全装備して。まるで「泥棒さん」ね。
準備万端整えて、勇み足で二階へ上がったわ。
ところが、思わぬ伏兵が居たわ。
それは、あかね。
社交的なこの妹が、休日に家にいることは珍しい。
何かと友人たちから引っ張られて、本人も楽しんでいたり、運動神経が抜群だから、あちらこちらの助っ人に引っ張りダコ。あの子はお人好しな部分もあるから、頼み込まれたら断われない。
今日だってバレー部辺りの試合に引っ張られると思っていた。
なのに、家に居たのよね。正確にはお昼過ぎに帰って来たみたい。
あたしがちょっと目を放していた隙に。
不覚だったわ。負けたから早く帰ってきたなんて。考えてみれば、元々はその部に所属していない臨時雇いみたいなものだから、試合が終われば帰って来ても不思議じゃない。それに、たまたま、一回戦で当たった相手は都内最強の全国大会出場経験のあるチームだった。あかね一人が強くても、チーム全体が平均していなければ、団体競技は勝ちあがるのが難しい。そんなに甘いものではない。
あたしとしたことがチェックミス。
帰って来たあかねは、ムシャクシャした気持ちを乱馬くんにでもぶつけに行ったのかしら。それとも単に道場での手合わせを頼みに行っただけ?
まあ、この子達に限って、いやらしいことを考えている訳でもないのだろうけれど。
あかねが部屋に入った理由は謎だけれど、とにかく、乱馬くんの部屋に入ったみたい。
そこでお香を吸い込んで一緒に寝ちゃったのね。
そりゃあ、驚いたわよ。
こそっと忍び込んで乱馬くんの写真を撮ろうと思って、部屋に足を踏み入れた途端。
何であかねが居るのーって。
それもまあ、気持ち良さそうに、乱馬くんの手枕で丸くなって向き合って。
乱馬くんも、幸せそうにあかねを抱えているんですもの。
何の憂いもありませんって顔をして。
起こすのも気が引けるくらい眠り込んでいたわ。武道家のこの子たちが全然気配を読み取れないくらい爆睡しているんだもの。まあ、お香の効果だから、それ以上言ったら酷かしら。
この二人。相変らず、喧嘩三昧。悪態三昧の日々を送っている。好きなら好きってはっきり宣言したらいいのに。端で見ていていい加減にしたらと言いたくなるくらい、不器用で、純情で。
でも、本当は、心の底では繋がっているのね。
互いにこんなに気持ち良さそうに、包まれながら眠っているんですもの。
誰もこの二人の絆は切り離せない。そんな気がしたわ。
あたしは一枚だけ写真を撮ると、さっさとその場から退散した。
我ながら、いいシチュエーションで撮れたと思う。
何処へ出したって恥かしくない逸品よ。でも、撮られた当人たちは、溜まったものではないでしょうけれどね。
この写真を使って、九能ちゃんや小太刀、右京やシャンプーに売りつけるっていう手もあったけれど、辞めた。お父さんたちにとも一瞬、考えが過ぎったけれども、同様に。勿論、当人たちに提示して揺するって言う手もあったけれど、あたしと同じ小遣い環境じゃあそう多くの金額は期待できないし。
ここは諦めるのが得策だと咄嗟に計算していた。
だって乱馬君に警戒心を持たれたら、今後、女乱馬ちゃんの写真はますます撮りにくくなるだろうし。可愛い妹を敵に回すのも何だか気が引けるからね。
ま、この子たちが将来をきちんと誓い合ったら、この写真、お祝いにあげようかしらね。
ここに一枚の写真がある。
撮った自分で言うのも何だけど、なかなかの逸品。
その2へ続く・・・
なびき視点。
こういう写真を撮っていそうなので・・・。
で、続く(笑
(c)2003 Ichinose Keiko