#1 冬のまどろみ
幸せはいつも傍にあると思う。
探し出してつかむものではなく、ごく自然に感じられるもの。
例えば今ここにある、恋。
冬は陽射しが緩い。そして太陽が照っている時間は短い。
でも、よく晴れた日は、蒲団を広げて太陽に当てる。
目いっぱい太陽を吸い込んだ後の蒲団は、ふわふわ、ぬくぬく。
「乱馬、自分のお蒲団くらい、取り込むお手伝いなさいね。」
のどかが下から声をかけた。
「ほいよー。」
長く返事してベランダに広げられた蒲団に手を伸ばす。
パンパンパンと埃を叩きだして、それからどっこらしょっと持ち上げるのだ。
ここに干してあるのは早乙女一家の敷布団とあかねの敷布団。
両手にふかふかになった蒲団を持ち上げて、まずは父と母の部屋へと二枚運び入れる。それから取って返して自分の蒲団を叩く。それから自分が使っている奥の部屋へどさっと下ろす。
最後にあかねの蒲団。
特に意識した訳ではないが、何となくくすぐったい。
「ま、いいか、ついでだから。これだけ残しておくのも何だ。」
誰に告げるわけでもないが、言い訳めいたことを口にする。いや、自分に向かって言っているのかもしれない。全く複雑な性格である。
力を入れるついでに吸い込んだ空気。目の前の蒲団には太陽の匂いが染みとおっている。温かい匂いだ。あかねのいい匂いも混じっているような気がして、少し赤らむ純情少年。
「うおーい、蒲団、取り込んでやったぜ。」
ドア越しに声を掛ける。
気配があるから部屋に居る筈だ。ノックしようにも両手は蒲団で塞がっているので、ドンドンと足で軽くドアを叩く。
「待って、開けるわ。」
中で声がしてドアがゆっくりと開く。
ベランダほどではないが、南向きのあかねの部屋にもカーテン越しに太陽が柔らかく差し込んでいる。蒲団を運び入れると、ふうっと息を吐いた。抱えていた蒲団をベッドに敷いて広げると、クンと伸び上がる。それから何気なくあかねのベッドに腰を沈めた。
時々彼女の部屋へ入っては、宿題だの、テスト勉強だのをねだる。同じ屋根の下に居る許婚とは言え、そうしょっちゅう彼女の部屋に入り浸っているわけではない。
あかねは宿題をやっていたようだ。机の上に教科書やワークブックが広げてある。
「数学の宿題か?」
乱馬は何気なく声を掛けた。
「うん・・・。あと一問、計算すれば終わるから。」
「あとで頼む。」
と手をすり合わす。
「しょうがないなあ・・・。自分でやらないと身につかないわよ。」
「だって面倒くせーもん。」
そう言いながら、傍らにあった雑誌を手に取った。旅行ガイドの雑誌だ。
何気にぺらぺらとめくり出す。あかねのベッドの上に身を投げ出して仰向けになっていた。
「なあ、これ・・・。」
折り目がついてあるところに目が行く。
「ああ、ゆかやさゆりたちと行こうって言ってた春休みの一泊旅行の最有力候補地よ。」
「ふうん・・・。そう言えば、んなこと言ってたっけ。女同士のきままな旅かあ・・・。」
「羨ましい?」
あかねはにっと笑って見返した。
「んなわけねーだろ・・・。」
少しむくれっ面。
「一緒に行きたいって言ってもダメだよ。女同士なんだからね。」
あかねは駄目押し。
「だから、言わねえって!」
ちょっと怒った声。
でも本当のところは気になる。友人たちと一緒とはいえ、この不器用極まる己の許婚は、何をしでかすかわかったものではない。いや、標準以上に可愛い容姿をしているので、変な虫が寄って来ないか、それが彼としては一番気になるのである。
あかねはまた数学の計算に集中し始めた。会話はそれっきりで止まる。
乱馬はあかねをじっと待ちながら、ぺらぺらと旅行ガイド誌を眺めていた。彼なりにチェックしている。そんな感じ。
だが、すぐさま、睡魔が襲ってきた。ふわあっと生欠伸。
昨夜、あんまり寝ていなかったので、そこで意識が途切れた。
蒲団はふわふわ、陽だまりはぽかぽか。何より、頭にあたった枕に太陽の匂い。何の憂いもない柔らかな昼下がり。
本を広げたまま眠りに落ちた乱馬を見て、あかねは教科書を鞄に仕舞いこみながらふっと微笑み返した。
何と気持ち良さそうに眠ってしまったのだろう。
「虚勢を張っていても、寝顔は子供みたいね・・・。」
ちょっと悪戯心が働いたあかねは、眠っている乱馬の胸に顔を近づけてみた。規則正しい呼吸が厚い胸板から伝わってくる。
「武道家のクセに無防備なんだから・・・。」
そう心で吐き出す。と、瞬間、彼の左手が伸びてきた。
「え・・・?」
彼の左手はあかねを包み込むように回されてきた。そのまま、あかねは乱馬の右手を腕枕に、彼の胸に顔を埋めるような形になっていた。
彼の左腕は無意識とはいえ、あかねを捕えて放さない。手に入れた極上の温もりを放さないぞ、とそんな事を言いたげだ。
「ちょっと、乱馬・・・。」
焦ってそう声を掛けてみたが、反応はなし。代わりに左手はもっとあかねをぐっと引き寄せた、そんな気がする。
彼の腕の中は太陽の匂いがする。その向こうに、彼の匂いもする。柔らかで温かくて気持ちがよい。
伝わる彼の鼓動。まるでこのままここに居てくれと言っているようだった。
「ちょっとだけなら良いわよね。」
あかねは目を閉じる。
陽だまりのぬくもりを楽しむように、あかねもいつか、まどろみ始める。彷徨い始めた意識の下で、太陽の匂いと乱馬の匂いが重なってゆく。
幸せはいつも傍にあると思う。
探し出してつかむものではなく、ごく自然に感じられるもの。
例えば今ここにある、愛。
妄想作品その1
最初に文章化したものです・・・。
(c)2003 Ichinose Keiko