#6 一枚の写真 乱馬編



「ねえ、お父さんとお母さんの記念日って何?」
 唐突に未来が訊いて来た。

「記念日?」
 何が訊きたいのかわからずに俺はきょとんと訊き返す。
「宿題よ・・・。冬休み中に三学期に生活科で取り組む授業の宿題の資料を集めておくんだって。「テーマ」は家族の記念日だそうよ。学年便りに書いてあったわ。」
 アイロンをかけながらあかねが微笑みかけてきた。
「また生活科か・・・。」
 俺は苦笑い。
「ふうん・・・。それで俺に訊いてきたのか。」
 のそっとコタツから起き上がると未来の方を眺めた。
「俺もその宿題あったっけ。」
 龍馬も便乗しようと突っ込んでくる。
 この双子たち、共に現在小学校二年生。
「くおら、龍馬。ちゃっかり未来と同じテーマで聞き出そうとしてるな。」
 じろりと息子を睨むと
「だって、俺も同じ宿題あるんだもん。それに、同じテーマ選んだって、未来とは違うクラスだぜ?かまわねーじゃん。」
 だんだん生意気な物言いになる龍馬。本人は俺の真似でもしているつもりなのだろうか。悪戯盛り、ギャングエイジ真っ只中の二年生。
「そうよね。まあ、同じテーマでも同じ発表文になるわけじゃないし。」
 あかねがくすくす笑いながらチャチャを入れる。
「まあいいか。それで、家族の記念日ってテーマなら、おまえたちが生まれた日もそうなんじゃねーか?それを選べば・・・。」
 なるだけ己に火の粉が降りかからぬように仕向けようと試みる。この手の宿題の餌食になるのは去年だけで十分だと思ったのだ。
 去年、俺はこの生活科の発表の参観授業で気恥ずかしい想いをした。「父さんは結婚前からおかあさんと同居していた。」とか「お父さんとお母さんは風呂場ではじめて出合った。」とか。嘘ではなかったが、普通の人が聞いたらあらぬ想像をしまくりという、こいつらの発表。
 担任、子供たち、父兄にあらぬ方向からばらまかれ、赤恥をかいた。
 子供は無邪気と言ってしまえばそれまでだが、父と母のなれ初めを彼らなりに解釈して発表されたものだから、教室中は爆笑の渦に囲まれた。
「ダメ。あたしたちが生まれた日の事は去年訊いた。だから、違うテーマにしたいのっ!」
 これまたこまっしゃくれた未来の答えだ。
「去年なあ・・・。確かにしたっけな、そんな話。」
 そうした。そして、恥をかいたのだ。「許婚」という言葉が上手く説明できなくて、みんなには親公認の「高校生同棲」とあらぬ誤解を受けた。
 それがあるから、なるだけ子供らの宿題には絶対に絡まないと思っていたのだ。

「で、家族の記念日って何にするんだ?」

「できれば、お父さんとお母さんの結婚のことがいいな。去年訊いたときは良くわからなかったもの。もうちょっとちゃんと調べようと思って・・・。」
 と、ませた未来が言った。
「まあ無理ないわね。許婚とか言われてもあんたたちにはピンとこないものね。」
 ハンカチにアイロンをあてながらあかねが言った。
「許婚って言う言葉の意味は何となくわかった。でも、お父さんとお母さんは自分たちで結婚するって言ったんでしょ?おじいちゃんたちの思い通りにはいはいって言って結婚したんじゃなくて。」

 確かにそうだ。
 結婚までの数年間にはすったもんだあった。一筋縄ではいかなかったのだ。
 乱馬が女に変化すると言う体質を持ち合わせてしまったことと、あかねも彼も互いに異性たちから注目を浴びるほどもてたということも事態をややこしくしていた。それと最大に影響したのは「互いの性格」だろう。
 実際は、互いに意識し合い、将来の伴侶として予感めいたものを感じたのは出会ってからそう遠くない話ではあった。周りがどうであれ、彼なら、彼女ならと互いに認めはしていた。
 だが、それをこの子たちに説明するには、まだ幼すぎる。恋というものを解する年齢にならないと、多分、細やかなニュアンスは伝わらないだろう。

「ねえ、結婚式の写真、見てみたいなあ・・・。」
 これまた唐突な未来の発言であった。
「おい・・・。んなもの。」
 別に隠しているわけではなかったが、子供達には二人の晴れの写真など見せたことはなかった。いくら年端の行かない子供達とは言え、のうのうと写真を見せて解説するほど俺は砕けた父親ではない。いや、むしろ恥かしくてできないのだ。だから一切、これまで子供たちに結婚写真を見せたことはなかった。押入れの奥にしっかりと封印して保存されていたアルバム帳。
「いいじゃない。写真くらい。見せて上げなさいな。」
 そう言いながら割烹着を着たオフクロが部屋に入って来た。
「オフクロ、それ・・・。」
 手にしているのはアルバム帳の山。
「さっき、未来ちゃんがあたしのところに来て、写真を見たいから出してって言ったのよ。あなたたち両親に言っても見せてくれないんじゃないかって危惧したみたいね。」
 とニコニコ顔だ。
 正直俺はこの場から今すぐにでも退散したい気持ちになっていた。
 しゃちほこばって二人して並ぶ結婚のときの写真。そんなものを子供らに見られるのは到底耐えられなかったからだ。
 だが、俺のそんな様子に反して、子供達の目は燦々と輝いていた。
「見せてっ!」
「俺も俺もっ!」
 と軽い興奮状態。まあ、両親の晴れ姿だ。見たいと思うのも当然だろう。俺だってオフクロとオヤジのこう言った記念物には興味がある。勿論、今の今まで見せてもらったことはないのだが。

「あ、あかね・・・。何とか言えっ!」
 すっかり困り果てた顔であかねを振り返った。
「いいじゃないの。見せたって困る代物じゃないでしょう?子供たちが見たいって思うなら、見せてあげたって・・・。」
 そう言って笑いいながらアイロンのコードを電源から引き抜いた。この恥かしがり屋の夫の躊躇している様子が面白くてたまらないのだろう。小悪魔め。
 こうなるともう、誰も子供たちを止められない。

「わあ!」
「お母さんっ綺麗っ!!」

 ギンギンに声を張り上げながら、のどかが持って来た写真に見惚れるのであった。
 そこには、普段とは全然違う、母親と父親が並んで写っている。
 感嘆の声をあげながら、食い入るように写真を眺めている。宿題のことなどそっちのけ。

「はあ・・・。たく・・・。」

 その様子を流し見ながら、俺はふうっと溜息を吐いた。

「いいな、今日だけだぞ。」
 と牽制も忘れない。

「あれ?」
 と、龍馬が声を上げた。
「ん?」
 ふと彼の視線の先に目を落として驚いた。
 アルバムの中からひらりと畳に舞い降りた写真が一枚。
「げっ!」
 目を剥いた。
 結婚の写真に混じっていた一枚の写真がひらりとめくれたからだ。

「あらら・・・。」
 オフクロがひょいっと拾い上げる。
「わあ、見るなーっ!」
 そう叫んだがとき既に遅し。
「わあ、お父さんとお母さん、一緒にお昼寝してるぅーっ!」
「お父さん、お母さんをいい子いい子って抱っこしてあげてる!」

 傍を見るとあかねも真っ赤。

「こんなスナップ、はじめて見るわ。本当、よく撮れてるわねえ。雰囲気から、高校生のころよね。」
 おふくろまでもが黄色い声をあげて一緒にはしゃいでいる。
「高校生の頃?じゃあ、やっぱり、こうやって一緒にお寝んねしてたんだ。仲良しさんだったのね。」
 ませた未来が納得したと云わんばかりに目をこちらに向けた。
「そ、それは違うぜっ!!」
「そ、そうよ。それはたまたま、なびきお姉ちゃんがっ!」
 俺ばかりか、あかねもパニくっている。
「すごい〜。お父さんとお母さんは許婚の時からこうやって並んで寝ていたんだ。今と一緒だよね。」
 ニブチンの龍馬までもがそう言いだす始末。

 はあーっと俺は肩の力を落とした。こうなってしまっては、どう説明しても、彼ら独特の解釈を下されてしまうのだろう。
 なびきの謀のせいで、こうなってしまったと、どうやって幼い子供たちに説明できようか。説明できても理解はできないだろう。

「いいんじゃないの。子供は両親が仲がいいことは嬉しいものなのだから。」
 オフクロがここぞとばかりに、また、無責任な言葉を投げかける。

 案の定、次の参観日。俺たちはまた赤恥をかくことになった。

 一枚の写真。
 振り回されながらも、楽しい我が家。「Home Sweet Home」。




 


これで6本完了です。
なお、この作品に出てくる「去年」は「風」という作品になっています。
偽頁ゴールに置いてあったのを下ろしてきましたのでお楽しみください。

本年も宜しくお願いいたします。


(c)2003 Ichinose Keiko