#5 一枚の写真 あかね編



 バージンロード。
 それは女の子にとっては永遠の憧れ。
 しずしずと歩く傍らに、この先の人生を共に歩く伴侶が居る。
 それが恋焦がれてきた相手ならば、言うことはない。

 永すぎた春と人は言うけれど、ごく当たり前の時を重ねてきた。

 出会ったのは十六歳。それから優に六年という年月が流れていた。
 隣を歩く新郎の乱馬も、今日ばかりはガチガチに緊張しているようだ。でも、随分と大人になったと思う。背丈だけではない。精神的にもだ。
 出会った頃は己の気持ち一つ言い表せなくて、随分遠回りしてきたと思う。あたしもそうだった。
 本当は甘えたいのに甘えられない。乱暴な言葉の裏に隠された彼の気持ちを汲み取ることが出来なくて、何度も傷付き、思い悩んだ。
 そんな優柔不断な日々を薙ぎ払うように、告げられたプロポーズの言葉。
 ただ「結婚しよう。」という一言だったけれど、それが彼らしいと思った。
 ずっと傍に居て欲しい。それがたった一つの我がまま。
 
 同じ屋根の下に住み、同じ空気を吸い。そして、同じ高校で過ごした思い出の日々。その後、長い修業に出た彼は、さらに逞しさを増して帰って来た。その時の戸惑い。
 大人になり、精神的にも成長した彼。でも、その瞳の奥にある、輝きも何一つ変わっていなかった。
 あたしはというと、何も進歩していないかもしれない。
 相変らず不器用で、台所へ立っても、掃除していても、失敗ばかり。それでもかすみお姉ちゃんが東風先生のところへお嫁に行ってしまってからは、必死でやってきた。人の倍以上の時間と労力を使うあたし。
「それがあかねらしくていい。」
 とぼそぼそと告げた。本当はもっと器用な女の子の方がお嫁にするには良いに決まっているのに。

 祭壇の前に立って誓いをするとき、ほろっと零れ落ちた涙。
 
 ずっとこの瞬間を待っていたかのように、降りてくる熱いベーゼ。永遠を塗りこめる二人の誓いは、この先を共に生きるためのスタートライン。
 彼の大きな手があたしの頬に触れて、じっと見詰め合う。降りてくる彼の淡いグレーの瞳の中に自分の願いが全て写りこんでいるような気がした。その向こうに広がる果てしない二人の宇宙。
 身を委ねるように目を閉じたとき、一縷の涙が頬へと伝った。その涙を拭うように重ねられた誓いの唇。
 一瞬が永遠に感じられるその時間。
 二人の世界が胎動し始めたような気がする。

 目を転じると、傍で父が涙ぐんでいた。その横で、いつもはお茶らけている乱馬の父もじっと黙って頷いている。

 結婚式は乱闘になると思っていた。
 でも、結局は波風もなく、儀式はすんなりと通り過ぎる。

 だが、その後に伏兵が潜んでいた。

 
 記念写真を教会の入口で撮った後、
「腐れ縁も潮時ね。」
 なびきお姉ちゃんが、そっとあたしたちに手渡しした物。
 ご祝儀袋とは別の水引のある封筒に仰々しく入れられている。
「え?」
 何かというように見返すと
「見てみなさいな。」
 と悪戯っぽい顔。
 ごそごそと封を切って、開いてみる。中から出てきたのは一枚の写真。

「これって・・・。」

 そう言ったままあたしは固まった。

「いつの写真よ・・・。いつ撮ったのよっ!」

 顔はもう真っ赤。あたしの異変に気がついた乱馬がひょこっと覗き込む。
「くおら、これは!」
 彼の顔もみるみる真っ赤に染まってゆく。

 そうなのだ。そこに写っていたのは、身に覚えがない、二人並んだ就寝写真。それも身体をくっつけて、ほんわりと眠っている。
 被写体が自分たちではなければ、冷静に「いい写真ね。」と告げられそうな構図であった。

「何って、写真よ・・・。あんたたちの。」

 なびきお姉ちゃんは余裕で言葉を返す。あたしと乱馬の動揺を愉しんでいるに違いない。
 何時の間にか、ギャラリーたちがワイワイと取り囲んできた。殆どが高校時代の共通の悪友達。そして、九能先輩や良牙くん、あかりちゃんといった面々。
 覚えがないというほど恐ろしいものはない。記憶に全くないのだから。
「今頃なんでこの写真だよっ!ややこしいスナップを持ってきやがってっ!」

 えっとなって彼を見る。
 もしかして身に覚えがあるの?

「さすがね。あかねは忘れちゃってるみたいだけど。そうよ、高校生の頃のあんたたちよ。」
 意味深な言葉を姉は重ねてくる。あたしの頭に点灯するのは「クエッションマーク」だけ。
「怪しいって思ってたけど、やっぱ、あれはてめーが仕組んだことの一つだったのかよ!」
 だんだんテンションが挙がる乱馬。

「乱馬、貴様、純情極まるふりして、あかねちゃんをちゃっかりこうやって高校生の頃から・・・。」
「これは言い逃れは出来ませんぜ・・・。乱馬くん。」
「後は披露宴の方でたっぷりと・・・。」
 ひろしくんや大介くんたちがにじり寄る。
 仕方がないだろう。身に覚えは全くないが、向かい合って気持ち良さそうにお昼寝しているあたしたち。

「わたっ!よせっ!俺は無実だーっ!」

 とうとう始まってしまった乱闘騒ぎ。

「大丈夫よ・・・。あたしが仕組んだことにあんたが巻き込まれただけで、乱馬くんは無実だから。本当は女乱馬ちゃんを撮ろうと思って仕組んでいた睡眠香を、後で部屋に入ったあんたまで吸引しちゃって眠り込んじゃっただけだから。乱馬くんには覚えがあったようだけどね。うふふ。」
 だって。

 うーん・・・。随分前の冬の日に、乱馬の部屋に入り込んで、何時の間にか寝ちゃってたってことがあったっけ。でも、あの時は確か、乱馬は居なかったわ。こんな写真の風ではなかった。

 後で乱馬が白状したのだけれど、あたしより数分前に目覚めて、自分の置かれている状況に度肝を抜いたそうだ。それから家族に見つからないように、そしてあたしに悟られないように、自分の部屋を抜け出して、後は何にもなかったようなふりをしていたらしい。
 それで、一人であたしが彼の部屋へ行って、取り込まれた蒲団の上でついうたた寝していたように、振舞ってあたしや周りの人たちに偽りの情報をすり込んでいたというわけだ。
 あたしも、お香のせいで寝込んでしまったとは思わなかったし、起き上がったときは完全に寝ぼけていたので、乱馬がいたのはきっと夢の中でのこと、もしくは己の願望だったとずっと思っていた。それに、そう心に引っ掛からなかったので、記憶からもこそげ落ちてしまったようだった。
 乱馬もあの当時はなびきお姉ちゃんの仕業だということにも気がつかなかったらしい。いつもなら詮索してくるお姉ちゃんが確かに不思議と静かだったようだけれど。
 乱馬も何であたしが横に寝ていたのか、分らなかったみたい。

 でも結局、乱馬は大介くんたちにこの写真を肴に二次会、三次会まで延々と追求されたそうな。
 ご苦労さま。


 
 今は誰彼と憚ることなく、同じ寝床に就く。
 ふと夜中目が覚めても、いつも傍に彼が居る。
 このぬくもりは離さない。
 なびきお姉ちゃんから貰った写真は結婚式の写真と共に、大切に保管している。あたしと乱馬の柔らかい思い出の写真として。
 




結婚式の後の宴会では、新郎新婦が餌にされて、根掘り葉掘りってことも(笑
で、もう一本、話は未来へ続く。



(c)2003 Ichinose Keiko