五、理由
「なあ、何で爺さんは大怪我しちまったんだ?」
俺はそれとなく爺さんに聞いてみた。
俺が入院したのは九月二日。最後に爺さんに会ったのは、俺が宿題地獄に投函される前だから一週間ほど前になるか。
試合のない昼間は比較的平穏な病室。
学校がある間はあかねも居ないし、その他お邪魔虫もあまり来ねえ。まあ、昼前頃、シャンプーが頼みもしないラーメンを岡持ちに入れて持ってくるくらいだな。俺は一応ギブスで固定されているし、怪我人だから、さすがのシャンプーも手荒な真似はしない。それに、昼飯時は飲食店は戦場だから、持ってくるだけで、まあ、あっさりと引き上げる。
俺は怪我人で決して病人じゃねえから、食欲はいたって旺盛。ここの病院食も不味くはないが、それだけで足りる身体ではない。
とかく、体力回復には食べ物が一番重要な部分になるわけで。
観察したところ、爺さんの身内はそうしょっちゅう、ここへ足を運んでくるわけでもなさそうだ。
そこら辺はあかねがこそっと耳打ちしていたな。
「寅吉さんのご家族は、皆それぞれ忙しいみたいなのよねえ…。」
あかねも、最近は「寅吉さん」と爺さんを呼び習わすようになっていた。本名は「中村寅蔵」と言うんだそうだが、大の虎縞球団贔屓の上にいつでも虎ルック。この球団のフリークのことを「トラキチ」と呼び習わすことから、いつのまにか、本名の「寅蔵」が「寅吉」とすりかわってしまったというのが真相らしい。
天道家はあかねに俺のことは任せきりのようで、あまり親父やあかねの姉たちは覗かねえが、それでも、全然という訳じゃねえぞ。このところ、野球の応援で、寅吉爺さんに遅くまで引き止められることが多いし、いつもこの接骨院に泊まるわけにもいかねえからと、かすみさんや早雲おじさんが迎えに来る。夜道を一人で歩かせられねえから、その辺は安心なんだが。
俺が入院して三日目だったか。その週末に、爺さんの息子が来た。
たまたま俺は、松葉杖を突いて、上半身だけでも鍛えようと、東風先生に借りた鉄アレイで中庭に出てトレーニングしていたんだ。あまり無理しちゃあ駄目だと先生に言われていたので、人汗かいたところで病室に引き上げて来たのだ。
「もう、お父さんっ!わがままもいい加減にしてくださいよ!」
病室の前に立つと、いきなり怒声が耳に入ってきた。
どうも雲行きがいきなり怪しい。病室へ入るのが躊躇われた。
「十八年ぶりの優勝なんじゃぞっ!その雰囲気を関西で味わいたいと思うんが人情っちゅうもんやっ!」
「そんなこと言われても、…第一、この大怪我でどうやって帰るんです?」
どうやら、爺さん、息子さんに関西へ帰りたいとわがままを言っているようだ。
怪我のことを持ち出されたら、爺さんは黙ってしまった。
「ええわいっ!おまえは帰れっ!」
といきなり布団にもぐりこむ。
気まずい雰囲気のところに俺が顔を出しちまったようだ。
息子さんは俺の顔を見ると、ぺこんと頭を下げて帰っていった。
その晩の爺さんは覇気を欠き、虎じま球団も意気消沈したように負けてしまった。
「なあ、寅吉さん。夕方来てたの、息子さんなんだろ?」
俺はそれとなく肩を落とした爺さんに声を掛けた。
「あんな奴…息子なんかやないわいっ!ただの同居人やわいっ!」
そう言うと寅吉さんはさっさと布団にもぐりこんでしまった。
それから沈黙が続いた後、ふつっと言った。
「なあ、乱馬君よ…。あかねちゃんは大事にしたりや…。あんなええ子、なかなかおらんで…。」
いきなり何かと思って思わず、向こうを向いたままの背中を見詰めちまった。
「手放しとうなくても、運命っちゅう奴には逆らえんのかもしれんけどな…。でも、大事にしたくても居なくなってしまってからでは遅いんやから…。」
それだけ言うと、寅吉さんは黙ってしまった。
何か暗示的なことを感じたが、切なげなその言葉に、俺の胸はドキンとした。正直、あかねのことをとても大事にしているとは言い切れねえ、自分だったからだ。いや、そんなこと、今まであんまり意識したこともなかった。
次の日曜、あかねが俺のトレーニングに付き合ってくれた。
と、また息子さんが階段を上がっていくのが見えた。
「また来たな…。あの息子さん。」
年の頃は親父たちよりちょっと上くらいだろうか。寅吉さんより上背はあったが、線がか細そうだった。
「寅吉さんってね、好きで東京へ出てきたんじゃないんですって。」
あかねがポツンと言った。
「そういや、おめえ、寅吉さんのこと、俺なんかより前から知ってたみたいだけど…。」
鉄アレイを胸の前で止めてあかねを見た。
「実はね、あたし、結構前から寅吉さん、知ってたんだ。…たまたま、知り合ったっていうのかな。」
「へえ、初耳だなそりゃ。何で知り合ったんだ?」
あかねは暫く黙っていた。どこまで話していいか、躊躇していたのかもしれねえ。
「ちょっと嫌なことがあってね、この接骨院で黄昏てたときに、声をかけてもらったのよ。」
と目が合った。
「嫌なことって?」
何の気なく、俺はあかねを見返した。と、視線を外して誤魔化しやがった。
「ま、いいじゃない。たまにはあたしにだって落ち込むことくらいあるんだから…。でさ、いろいろ話し込んだのよ。夕暮れになると必ず寅吉さんはそこに居たわね。トランジスタラジオ持ってそこに長らく佇むの。そこで、どちらからともなく落ち合ってさ、三十分くらい話し込むのが日課になってたのよ、あたし。互いに愚痴みたいなの言い合ってたの。」
へえ、知らなかったな。そんなこと…。
あかねは時々、自分の厄介ごとを溜め込むと、昔から、この接骨院へ気分転換に来ている。それも俺は良く知ってる。東風先生はあかねの初恋の相手だからな。
もしかして、うっちゃんの店が夕方の仕込みに入る頃、寅吉さんはここへと移動していたんだろうな。この接骨院は夕方ともなると、足腰痛めたお年寄りの溜まり場になる。東風先生のマッサージは素晴らしいからなあ。寅吉さんも、きっと万全の応援をするために、マッサージに通ってたってところだろうか。
でも、何であかねが毎日通ってたんだ?
ちょっと疑問に思ったが、あかねがすらっと流しちまいやがった。
「そんな中で寅吉さんの身の上を少し聞かせてもらったわ。」
「身の上?」
「ええ…。何でここへ越して来たかってことなんかをね。」
しんみりした口調であかねが知っていることを話してくれた。
それによると、爺さんはこの春先に、長年連れ添ってきた奥さんと死別したらしい。二人には一人息子が居て、独立して生活していた。寅吉さんは大阪の郊外に小さな町工場を経営していて、身を粉のように働いて、それなり小さいながらも幸せに暮らしていたんだそうだ。が、子はいつか、親元を離れ自立する。そこまではどこにでもある話。
息子は自分の後取りにしようと大学まで出させたが、地味な町工場を嫌って、そのまま大企業へと就職しちまったそうだ。その折、いろいろあったようで、息子とは根絶寸前だったらしい。
そのうちその息子は関東へ出てしまい、結婚もこっち。当然奥さんは関西人じゃない。頑固者で通っていた親父さんだから、孫さえまともに抱いたことがなかったみたいだ。
まあ、それでも、奥さんが生きている間はそれで良かったみてえだ。
だが、奥さんがいきなり病に倒れて、そのまま返らぬ人に。奥さんは、寅吉さんに隠れて、息子さんとその奥さんと連絡を取っていたそうで、死ぬ間際に言い残したそうだ。私が死んだら関東の息子さんの所へ世話になりなさい、と。ああいう性格の人だから、末期の時に、約束させたそうなんだ。一人ぼっちに残して死んでしまうのが、その奥さんには忍びなかったんだろう、きっと。
寅吉さん自身もそろそろガタが来ていたので、奥さんの言い残したとおり、仕事はすっぱりやめて、こちらへ来たんだそうだ。
江戸っ子とは対照的だが、芯の部分では同じような下町の関西人。頑固なところだけはあのまんま。自然、同居した息子さん夫婦と馴染めるわけもなく、どことなくよそよそしく時が過ぎていった。そんなところか。
「大阪から出てこなきゃ良かった…そんな弱音は言わなかったけど、心はいつも関西に向いていたんだと思うわ。」
なるほどね…。あの正確じゃあ、頑固極まりなく、自分から家族と溝作っちまうタイプかもしれねえな。
俺はふっとこの前の寅吉さんとのやり取りを思い出した。
野球の応援をしながらふつっと吐き出した言葉だ。
「寅吉さんの家族も虎ファンなのか?」
って聞いたときの返答だ。
「息子は昔は虎ファンだったけどな…。今じゃあ、すっかり変わっちまったよ。仕事が忙しすぎて、野球なんか興味なくなっちまったんだろうさ。孫は野球よりサッカーだとよ。興ざめだな。トラキチの息子はトラキチを見限って、その孫は話にもならねえっ!」
もしかしたら、寅吉爺さんの虎三昧は、そんな己の境遇への寂しさの表れなのかもしれねえ。勿論、根底から虎じま球団を愛しているのだろうが、それ以上に熱中させる何物かがあるのかもしれねえ。そう思ってしまった。
人間満たされないと、逃げ道を求めることがあるからな。
「でね、寅吉さんのあの怪我もどうも、その関西恋しさ、奥さん恋しさに原因があったみたいなの。」
「へ?」
あかねがふつっと言葉を吐いた。
そういえば、怪我の理由、訊いてもいつもはぐらかされてたな。年だからなとか何とか言ってよう。
「あたしにはいつも言ってたんだ。晴れて月が綺麗な夜は、経営していた町工場の屋根瓦の上に乗っかって、野球放送を聴いてたんですって。亡くなった奥さんと一緒に。…でも、息子さんの家は、一戸建てじゃなくってマンション団地で、瓦屋根はないからって…。」
「あん?」
「どうも、人ん家の屋根に上って月を眺めながら野球放送聴いてたみたい。」
ああそういうわけか…。
「なるほど…それで、見つかって咎められて真っ逆さま…で大怪我しちまったっていうのか。」
こくんと揺れるあかねの首。
「きっと亡くなった奥さんの魂と語らいながら、月を見て、野球の実況中継を聞いてたんだと思うわ。この東京で住んでる家には屋根がないってよく愚痴っていたから。ベランダじゃあ、奥さんと語らってる気持ちになれなかったのね。」
わがままと一言で片したら簡単な言葉だが、何となく寅吉さんの気持ちがわかるような気がした。
働いて働いて大きくした息子は、自分の町工場には見向きもせず、で、連れ合いには先立たれて…。自分から殻を作るような頑固な性格は直らないだろうし。きっと、おやっさんには屋根の上の時間が貴重な癒しの場だったんじゃねえだろうか。で、足を踏み外して大怪我ってわけか。
あかねの話についしんみりとした気持ちになっちまった。
でも、待てよ…。何でおまえはそこまで知ってる…。
と思ってはっとしてしまった。
昨晩、搾り出すように言った寅吉さんの言葉を思い出したからだ。
『なあ、乱馬君よ…。あかねちゃんは大事にしたりや…。あんなええ子、なかなかおらんで…。』
という言葉を。
もしかして、おめえが愚痴ってたのは俺のことなんじゃねえのか?
夕方前いつもおまえとこの接骨院の待合室で話し込んでたって言ってたよな。その時間って俺を探しあぐねて肩を落としていた時間帯だったのか?もしかして。食ってもらえなかった昼ごはんを持て余して…。
俺の心、一緒にズンっと沈没してしまった。
多分、そうに違いないと確信を持ったからだ。
次の週明け、俺は晴れて自宅療養へと切り替わった。
まだギブスは取れねーんだけど、後は通ってればいいと東風先生がお墨付きを出してくれたんだ。
「若いというのはいいのう…。」
俺が引き上げる日、寅吉さんは寂しそうに言った。
そうなんだ。俺はまだ成長盛りの十七歳。骨の作りも通常のやつらとは鍛え方が違うんで、東風先生言うところの「驚異的な回復力」でみるみる回復していった。
ぴょんぴょん跳ね回るのはまだできねーみたいだが、あと半月もしたらトレーニングに耐えられるまでの力が回復できるだろう。
「そんなに寂しそうな顔すんなって。」
俺は寅吉さんを見た。
「寂しそうな顔なんてぞしてへんわいっ!」
と強がって見せる。年寄りは得てして孤独だからな。
「毎日、応援にきてやっからよ。寅吉さんが退院するまでは、な。」
ま、俺もまだ本調子じゃねえし、東風先生のところへ通わなきゃならねーし。東風先生のことだから、年寄りの部屋へも通うなとは言わないだろうからな。
「一人で応援するより、俺やあかねが居た方が、気合入るだろ?違うか?」
「ちょっと、何であたしもなのよ、勝手に決めちゃって!」
横からしゃしゃり出てくるあかね。
「ほお…あかねちゃんは寅吉爺さんを見放すんですかねえ…。そんなに冷たい奴だったのかあ?」
とからかい調子で言ってやった。
「んなことないわよっ!付き合いますっ!こうなったら虎じま球団が優勝するように、応援の方もつきあってあげようじゃないのっ!!」
「おっ!力強い見方やなあ…。あかねちゃんが応援してくれたら、勝利の女神もはよう微笑むかもしれんしなあっ!」
案の定、爺さんの目が輝いた。
やっぱ、寂しいんだろうな。
それから毎日、野球があろうとなかろうと、俺とあかねは揃って学校から小乃接骨院へ直行した。俺はまだ、松葉杖だったから、あかねの補助なしじゃあちょっと辛かったから、俺が動くとあかねも一緒に動く。
なびき辺りが手を回したのか、今のところシャンプーも小太刀も余り俺たちに絡んで来ない。まあ、絡んできても一掃するつもりではあったが。後で聞いた話だが、小太刀は格闘新体操の試合が立て込んでいて、そっちで忙しかったらしいし、シャンプーはどうも、あの熱血トラ爺さんが苦手だったらしい。押せ押せの関西弁でまくしたてられるのが、あんまり好きではなかったようだ。そういや、病室にもあんまり顔出さなかったしな。
寅吉さんが小乃接骨院に入院していることは、今ではすっかり町中に知れ渡ってしまい、いつの間にやら病室には「虎じま球団応援団」のご隠居たちが集りだした。これも彼女たちを遠ざける要因の一つだったかも知れねえ。
あと少しで優勝だから、東風先生も特別、ドンちゃん応援合戦には目をつぶってくれたようだ。
「あまり度を越さないようにしてくださいよ。」
と念を押しながらも、飲食飲酒を黙認。まあ、寅吉さんも怪我人なだけで、身体の方は健康体だから。勿論、薬があるので、寅吉さんご本人には飲酒許可は出ていない。あ、勿論、俺やあかねもノンアルコールだ。ジュースで夜毎乾杯。
そのジュースだって、念が入ったもので、「虎じま応援」だからというので、黄色のレモンソーダ系の炭酸飲料。
はっはっは…。何だかすげえことになってんな。飲み物の色まで指定されるなんてよう…。
応援ムードが盛り上がって、押せ押せの俺たち応援団なのに、肝心の虎じま球団はもう一つ元気がない。
七日にホームで勝ってからは、からっきし勝ちに恵まれなくなっていた。
世の中ってなかなか上手くはいかねえもんだな。
でも、寅吉爺さんたちはすこぶる元気だった。
チームが勝てなくても、他試合で負ける球団によっては「マジック」は減る。
勝たなくても、負けてもマジックが減ったら減ったで大騒ぎ。はしゃぎまわるんだ。
東風先生のところに診療に来る患者さんも巻き込んじまう。夜毎のドンちゃん騒ぎ。
寅吉さんの息子さんはあれ以来顔を出さなくなったが、そんなことなど、何処吹く風かと、俺たちの前では気にする素振りも見せていなかった。
あかねが連れて来た、P助に向かって、
「ほお、この黒豚ちゃんは虎じまの特性スカーフなんかしとるやんか。こらおもろいっ!」
何のことはない。P助の正体は良牙なのだから、奴の愛用のバンダナが偶然虎じま模様なだけであった。だが、上機嫌なご隠居たちは、P助も交えて、応援歌。
いや、俺は寅吉爺さんに出会うまで、野球観戦の面白さをわかっていなかったかもしれねえ。選手一人一人に応援歌があるなんて、全然知らなかった。
高校野球なんかに使われている応援曲なんかに、勝手に歌詞をつけて、選手一人一人を猛烈に応援するのだ。
その選手がバッターボックスに入ると、決まった応援歌が飛び出すと言う仕組み。
テレビ放映が或る日はチャンネルを合わせる。放映がないときはラジオの実況放送。
だから、球場の様子も良くわかるのだが、本当に、今シーズン、虎じま球団は強いので、そのファンたちも熱狂している。虎じま教なんてあったら、全員、間違いなく信者だろう。
虎じまのはっぴを着て、応援旗を振り回して、で、メガホンを打ち鳴らす。それと同じ光景が、ここ小乃接骨院でも繰り広げられているという凄さ。
多分、日本中のあちこちで、同じような光景が繰り広げられてるんじゃねえだろうか。十八年間ずっと溜め込んでいたファンの力が爆発しているような気がする。
中には俺みたいな俄かファンも居るんだろうが、それはそれで熱狂できて楽しいかもしれねえ。
こりゃ、優勝が決まれば、皆して卒倒するんじゃねえかと本気で心配しちまうぜ。ま、一応ここは診療所。内科ではないが、外科に近い。ほねつぎなら任せておけというところ。手当てする人間には不自由しねえから、皆安心して応援三昧しているようにも見える。
「結局、神宮では胴上げが見られへんかったなあ…。」
神宮戦が引き分けの接戦で終わったとき、皆は溜息を吐いた。
「何、次のナゴヤドームはいただきやっ!」
だが、九月に入って、疲れが出てきたのか、なかなか勝てない。
皆、溜息交じりで接骨院を後にする。
だが、寅吉爺さんだけは
「やっぱ、甲子園じゃあっ!あっこで勝ってこそ、ワシらファンの念願は成就されるっちゅうんじゃっ!!」
と意気揚々。それでこそ、長年本場関西で培ってきたファンなのかもしれない。
「言いにくいんじゃが、寅吉さんよ、ワシは明日は来られないで。」
「私もだよ…。」
ご隠居たちはナゴヤ戦が終わったとき、ちらっと寅吉さんを見ながらこぞって詫びを入れ始めた。
「あん?明日こそ、優勝がかかってるかもしれねーのにか?」
俺がそう言おうとしたのを、あかねが手を引いて制した。
「明日は敬老の日よっ!乱馬っ!」
耳元でこそっと、だが、きつく言った。
敬老の日?…あ…。そっか。ここに集う爺さん婆さんたちは、それぞれ息子さんやお孫さんと一緒だったり、尋ねてきたりするわけか。ということは、明日の試合は寅吉爺さんだけってことかよう。
「いいよいいよ、仕方があるまい。家族あっての野球観戦じゃからな。」
寅吉さんは笑いながら言った。
そう、家族あっての日常生活。孫や子供たちが相手では、虎じま球団観戦が後に回っても仕方あるまい。
ん…?じゃあ、寅吉さんはどうするんだろう…。
素朴な疑問はひとまず置いて、皆、明後日なら来られるから、と口々に言い置いて去って行った。
その後、寅吉爺さんにあかねが何やらこそこそと囁いていたのを俺はぼんやり眺めながら、天上に上った月を見上げていた。
「明日辺り、優勝しそうだな…。」
はからずしも、俺のこの予感は当たっていた。
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