今日も朝からジリジリと真夏の太陽が照りつけて来やがる。
日本列島、最高気温の高騰が続いている。
しかも…ここ数日は、夕立も湧いて来ないから、道はカラッカラに干からびちまっている。
今日はお弁当持ちだ。
殆ど全教科、追試が確定している身の上。
追試は、途中で休憩をはさみながら、三十分ずつ。五教科六科目だ。つまり…午後を軽く超えちまうって計算になる。
う…。考えただけでも、暑さは倍増。
かすみさんがお弁当を持たしてくれた。一応、その弁当を、保存庫へ預ける。この保存庫には、保冷剤が入っていて、腐るのを遅くしてくれる役割があるらしい。
弁当の他に、お茶入りの大きなペットボトルも持参している。この暑さだ。こまめに水分補給しねーと、熱射病になっちまうって訳だな。
唯一の慰みは、冷房がきいていることくれーだ。でも、昨今の節電ムードで設定温度は高め。
あああ…冷やっこいー…てな訳にはいかねえ。
「乱馬、あれから勉強したか?」
「ああ…少しはな…。」
ひろしに話しかけられて、返答した。
「また、あかねに教えて貰ってたのかよ?」
にんまりと大介が問い質す。
「アホ…。それどころじゃなかったわいっ!」
「ってことは…。」
「まだ思いっきり、あの夜の件を引きずってるよっ!」
「ああ。あいつの機嫌が、そう簡単に直ったら、苦労なんてしねーっつのっ!」
不機嫌に言い放つ。その視線の先に、何となくおたおたしている五寸釘が目に入った。体中、包帯だらけにしているところを見ると、飛竜昇天破の餌食になって、怪我をしたのだろう。…自業自得だぜ…。 「ってことは、まだわだかまりが解けてねーのか。」
「あれから殆ど喋ってねーよ。」
「おめーも大変だなあ…。」
「同情してくれて、あんがとよ。」
徐に教科書を出して、最後の悪足掻き。
「…の割には、色んな箇所に赤ペン引きまくってるじゃねーか。」
「線引いたところで、頭に入ってなきゃ、同じだぜ…。ったく…。とにかく、邪魔すんな。俺、一発で受からねえと…オフクロに殺されるんだ。」
「大げさな奴だなあ…。」
「おまえのオフクロさんって、温厚そうな人じゃねーか。」
…大げさで言ってるんじゃねー。今朝早く起き出したなと思ったら、白装束にアイロンあててたんだぞ…。
キンコン…と始業のベルが鳴って、担任のひなこ先生のご登場となる。
「みなさんのテストは、回収後、すぐに採点されます。そして、即日採点されて、各教科で合否を判断します。
それぞれ、空き時間がある人は、図書館で自習していてくださいね。その間、余裕のある人は部活に行って貰ってもかまいませんよ。…最終採点結果は三時にホームルームで手渡しますから、その時間には教室に戻って来てくださいね。」
簡単な説明をして、いよいよ試験。
定期テストよりも、キツイ…。まあ、定期テストを真面目に勉強しなかったツケが回ってきてるんだろーけどな…。
数学、古典…現代文は履修してねーから、丸々三十分休憩して、英作文、英語講読…。午前中はその五教科。
そして、午後、二教科。
最後の化学が終わった頃には、脳天はカラカラに干からびていた。
「どーだった?」
「多分、合否判定点、すれすれだと思うぜ…。感で解いた問題もあるし…。」
うだっと机に突っ伏して答えた。
定期テストよりは簡単で、点数をとらせてくれるような問題だと、先生たちは言っていたし、なびきのくれた過去問も役に立ったが…いかんせん…。教科が多すぎて、集中力が切れかかっていた。
情けねーことに、計算間違いだの、綴りミスだの…いろいろやってる筈だ。
「やっぱ…普段から、少しはやりつけてねーと、ダメだな…。」
「高校生の本分は勉強にあるからなあ…。」
皆、反省しきりだ。
「あーあ…。昔は、通知表を貰って来る終業式一日だけを、我慢して親に怒鳴られておくだけで良かったのになあ…。」
「一日我慢して、四十日、遊び放題だったよな…。」
大介とひろしが頷き合う。
…俺…一日も我慢なんてしなかったな…。ってか、親父に成績表なんて、見せたことあったっけか…。っつーか、休みのたんびに、長距離修行に旅立って…そのまま、その学区からトンずらこいて、転校したことも多かったよな…。
そーだ…。天道家に転がりこんで来た時も、新学期早々、高校入学して間もなく、中国修行に連れて行かれて、そのまま呪泉の水に落っこちたんだっけ…。
あれから、ろくな目に遭ってねーもんなあ…。半分、女化しちまうし…。かわいくねー女を許婚に宛がわれるし…。同じように呪泉郷で溺れた連中が、次から次へと現れやがるし…。
午後三時。
一番、空気が熱いその時間に、神妙な顔をして机に座る。
まるで、死刑宣告を受ける、罪人のよーな気分だぜ…。
もし、もう一度、追試なんてことになったら…。このまま逃げるか?
逃げたら、ますますオフクロが刀持って迫ってきそーだな…。
いや、悪いように考えるなっ!マイナス思考に走ると、余計、災いが舞い込むぞ…。
ここは、一つ、平静を装って、プラス思考で…。
「早乙女君。」
ハッとして顔を上げると、ひなこ先生がすっと試験結果の用紙を俺の元へと差し出した…。
「はい…。君の結果だけど…。残念ながら…。」
…残念ながら…って頭に付くってことは…。」
全身がくがく、足はフルフル。
その時、ひなこ先生が、ニッと笑いやがった。
…やっぱり…。
肩を落としかけた時、
「どの教科もギリギリだったけど、合格でした。」
「へ?…合格?」
「ええ…。本当は、明日からも補習に通って来て欲しかったんだけど…。」
「やったーっ!」
思わず、安堵と共に、ガッツポーズ。
「でも、英語は作文も講読も、最低点ギリギリでの通過だったわよ……ってことで、はい。これ。」
と言って、トンとプリントを俺の机の上に置いた。
「あんまりにも心配だから、私の教えている英語だけ、特別的宿題を出したから、よろしくね。」
「特別的宿題だあ?」
「そーよ。基礎単語集と構文集です。それから、講読の副読本もつけておいたから…。」
「良かったな…乱馬。」
「特別的宿題だけで、再テストは逃れられて。」
「ああ…。おめーらはどーだった?」
「なびきねーさんのおかげで、俺、英語はどっちも、八十点代だった。」
「俺もだ。感謝しねーとな。」
とにこにこ顔だ。
「あ…そう…。」
ダンと机に突っ伏した。
全身の力が抜けて行く…。
「俺って…やっぱ、バカ?…。」
俺の評点は、合格ギリギリの六十点。殆どが、単語の間違いなどだ。
「ま、切腹は逃れられたんだから、良かったじゃないの。」
帰宅早々、なびきが笑いながら、俺に言った。
「良いもんか…。夏休み中にこれを仕上げて来いって言われたんだぜ。」
俺は深いため息を吐きだした。
オフクロが白装束を再び、長持ちへと仕舞込んでやがる姿が目に映った。何故か、にこりともしないで、無表情だ…。もしかして、切腹させたかったのかあ?…などと、疑いたくなる様子だった。
「もう、手伝わないから、あんた一人でやんなさいよ。」
そんなつれない一言を、俺に投げつけて、背後を通り抜ける。
…まだ、へそ曲げてやがるのかあ?…
そう言いたいのを、グッと堪える。
下手に何か言おうものなら、油に水だ。…機嫌が直ったら、少しは手伝って貰えるかもしれねえ…という「下心」を隠し込み、じっと耐える。
「良かったら、手伝ってあげてもよいけど?」
と言いながら、なびきは、てっと手を出して来る。
「いや…いい。おめーに頼めば、完璧かもしれねーが…。俺の懐がなくなるのも辛いし…。」
「よねえ…。あと、それから、いろんな追加料金のことだけど…。」
「はああ?まだ、俺からむしり取るつもりかあ?」
「当り前よ。」
「この前、水着写真、いっぱい撮らせてやったろーが…。」
「あのくらいじゃ、まだ半分くらいしかチャラにできないわよ。」
そう言いながら、ニッと笑いやがった。
はあ…そーですか…。…今度はどんな写真を撮るつもりだ?
と見上げたら、
「はい…これ。」
と茶封筒を俺に渡しやがった。
「何だこれは…?」
怪訝な顔をしてなびきを見返すと、一言。
「アルバイト…。」
「アルバイトだあ?」
「ええ…。再補習も再々テストも免れたんだから…。暇ができたでしょ?だから、あたしが請け負ってあげたアルバイトに精を出して、そこから残りを払って頂戴ねえ…。」
そう言いながら、俺の傍を離れて行く。
その後ろ姿を俺は、ずっと、見守ったまま、呆けていた。
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