開けて翌日。
今までのところ、大した騒動も無く、緩やかに臨海学校のスケジュールが流れている。
時折、風間の奴が、俺を刺激するような言動をすることと、ウっちゃんが執拗に俺にまとわりついてきて、あかねの機嫌が悪いことを除けば、オールグリーンだ。
これを評して「嵐の前の静けさ」とでも言うのだろうか。
実際、俺もあかねも、互いにうっ憤が溜まって、爆発寸前である。
俺の場合は、理性が高ぶる攻撃志向を無理やり抑えているような感じだ。
俺に、感情を抑えろ…と、郁さんがアドバイスしてくれたから、我慢している…。そんな状態だ。
昨夜、部屋の皆が寝静まった後、トイレに行くふりをして、そっとロッジを抜け出して、郁さんの寝泊まりしているロッジを尋ねた俺。
「待ってたわよ。」
ニッと笑って郁さんは俺を招き入れる。
そこで語り始めた内容は、とても、信じられたものでは無かった。
「信じるか信じないかは、あんたの勝手だけど…。」
そう前置きして話された内容。
郁さんが霊のスペシャリストだということは、この夏のバイトで承知していたから、ぶっ飛んだ内容でも、信憑性はあると思った。それに、世の中には、科学では推し量れない現象が多々ある。この俺が良い例だ。呪泉の水の呪いのせいで、男と女を行ったり来たりできる体質を抱え込んじまってる。
「ま、あんたのその体質が、色々、禍事(まがごと)を招き寄せているって思っても良いんだけど…。」
「だからって、今のこの状態じゃあ、何ともできねーぞ。第一、この体質になったのは、元をただせば、親父のせいなんだからな…。」
ぼそぼそっと歯切れ悪く
「そうなのよねえ…。因縁は己の計り知れないところで、蠢くものだから…。」
「あん?」
「親の因果が子に報いってね…。」
意味深な言葉が、郁さんの口から発せられた。
郁さんによると、風間が俺とあかねの間に割り込もうとしているのも、どうやら、親父たちに関っていることらしかった。
「まあ、私は霊能者としての立場からしか、アドバイスができないんだけど…。」
と前置きして、郁さんが俺に対して、語ったこと…。
風間の体内には、奴の父親の霊魂が巣食っているという。
「どういうことだ?」
「一種の怨恨ね。彼の父親は、どうあっても、あんたたちの縁組を破棄したいんでしょうね。」
「だからって、息子にとり憑くかあ?普通…。」
「どういう経緯があったかは知らないけれど…。風間君の中には、確かに霊的な者がとり憑いてるわよ。ねえ、菅田。」
郁さんは、後ろの若者を振り返る。俺がバイトしていたときは、怪我リタイアしていたという、片棒らしい。
「ええ、確かに、あれは、人じゃありませんね…。」
でかい図体の割に、細い声で菅田は答える。
「この子、体内に巣食った、霊の影を見つける能力があるの…。彼に透視して貰ったら、風間には「得体の知れない霊」が憑いているそうよ。」
俄かに信じがたい話だったが、確かに、可能性はある。俺だって、得体の知れない影が、あいつの身体から噴き出したところを、目撃していたからだ。
「その霊の力が勝る時…。恐らく、明晩…。」
「明晩?」
「今夜はの月は月齢三。つまり…三日月…。ジャックナイフの月だからよ。」
月齢が霊にどんな影響を及ぼすかなんてこと、俺は専門家じゃねーからわからねえ。郁さんによると、各々、霊障によっても違うが、風間の発する妖気は、あからさまに、尖ったものを感じるという。
それが、郁さんの勘だったとしても、嘲笑うことはできないと思った。風間があかねを狙っている…そのことだけは、曲げられねえ事実だからだ。
一両日中に、奴の中に巣食った悪鬼は、あかねに手を伸ばして来るだろう…
何事も無く、午前のスケジュールは、平穏に終わった。
相変わらず俺は、女子に混じって、ちんたら泳いでいた。
あかねは…といと、相変わらず、カナヅチのままのようだった。それでも、浮輪、ビート板、様々な道具を駆使して、何とか、バタバタと前進できるようにはなって来たらしい。
ゆかやさゆりたちに、嬉しそうに言ってやがった。
「さて、お昼休憩を挟んで、二時からはお待ちかね、遠泳大会を開催したいと思いまーす。良い子の皆さんは、レベルに合わせて、装備して、砂浜に集合してくださーい!」
相変わらず、ガキの総大将のような、ひな子先生が、昼食前に、そんなことを言った。
予め、決められていた遠泳大会だ。
多少、ざわついたとはいえ、皆落ちついたものだ。
「離れ小島に着いたら、スイカ割りをします。。帰りはポンポン船でこっちに帰って来ます。今晩はバーベキュー大会が待っていますよー。だから、皆さん、頑張ってね。」
バーベキュー大会…。俺たち腹ペコ世代にとっては、充分、魅力的な言葉には違いねー。
俺たちは、ひな子先生に言われた通り、二時ごろ、浜辺へ集合した。
俺は当然、装備無しだ。
あかねはというと、救命胴衣に浮輪、それから、ビート板。俺から見たら、重装備だ。第一、そんなに装備して、前に進めるのか?
苦言を呈したかったが、あまり刺激するのも気が引けて、黙って彼女の傍に立つ。
彼女の専属コーチと化している、風間がにこにこと反対側に立っているのが、気に食わねえー。
ひな子先生は、担任らしく、小舟に乗って、えい航することになっていた。その船には、大学生が二人ほど、櫓を携えて乗っている。
「じゃあーみなさーん!行きますよー!」
ピーっという笛を合図に、一斉に海へ向かって駈け出す。遠浅の海だが、波があり、軽い流れがある。
我先にと、目的地目指して泳ぎ出す奴もいれば、マイペースにバタバタやっている奴も居る。
一キロメーあるかないか…いや、それ以下か…といった距離感だから、早い奴は数十分。ダメな奴でも、二時間もあれば、辿りつけるだろう。
俺はというと、あかねの傍で泳ぐことに決めていた。
風間の野郎も、多分、一番、後方を行く、あかねに張り付くことに決めていたろうからだ。
昨夜、郁さんにいろいろ吹き揉まれたせいもあったが、あかねから目を離すのは危険だと、俺なりに判断していた。いくら重装備で泳いでいたとしても、あの不器用さだ。危なっかしくて、一人で海の中へ放り出せるか!
俺くらいの達人になると、同じ場所で留まったまま、プカプカ浮いていることが難なく出来る。修行のためだとバカ親父に引っ張られて、泳いで大陸まで渡ったことがあるくれーだ。多少なりとも、泳ぎには自信があった。
身体は女化しちまっているが、そんなことは関係無え。
にしても…。バタバタと脚力全開で、何とか進んでいる。沈まないようになったことだけは、褒めてやっても良かろうが…。相変わらず、不器用な奴だぜ…。
「おっ!サマになって来たじゃねーか。」
ついつい、軽口が口を吐く。
「うるさいわね。集中できないから、黙っててよっ!」
プンと横を向かれちまった。
「乱ちゃん、あかねちゃんはトレーナーの風間さんに任せて、うちらは先に行こうな。」
俺の脇で、ウっちゃんがせっつく。
勿論、スル―だ。
「いや、面白れーから、しばらく、こいつの傍でバタバタやってるわ。何ならウっちゃん、先に行けよ。」
とにべもなく答えた。
ここであかねから離れるのは危険だ。俺なりに、そう思ったからだ。
俺と反対側には、風間が泳いでいる。奴も、水泳部員だけあって、自在に止まったり、泳いだりを繰り返している。俺から奴の表情は確認できねーが、周りをうろうろする俺に対して、敵愾心を抱いているに違いねえ。
奴をあかねと二人きりにしてたまるか…。俺の許婚としての自負だった。
ウっちゃんは暫く俺の周りでバタバタやっていたが、飽きたのか、付き合うのが馬鹿らしくなったのか、諦めて、先に行ってしまった。
ゆるりと己のペースを無視して、漂うように泳ぐのは、案外、辛気臭い。根気負けしたのだろう。
「ウチ、先に行って、お好み焼き、バンバン焼いて待っとくわ!」
そう言い残して、俺たちの傍から離れて行った。
右京を見送ると、
「あんたも、先に行っていいわよ。」
あかねはムスッとしながら、吐き出した。もちろん、俺の方向を向く余裕は無く、まっすぐに海の果てを見据えている。かなり強引に泳いでいる感じだから、息も上がって来ている様子だった。
だが、こいつは、簡単には音を上げない。無差別格闘天道流の跡目としてのプライドも矜持しているからだ。…ま、そこら辺が、余計っちゃあ余計なんだが…。
「疲れてんなら、引っ張ってやろーかあ?」
などと、畳みかけて見る。
「余計なことはしないでよっ!」
と吐き捨てられた。
ちぇっ…相変わらず、可愛げのねーやつだ。
「天道さん。無理しちゃだめだよ。自分の能力を考えて、リタイアしたいときは、遠慮なく手を上げてね。」
風間の野郎は、優しくあかねに声をかけた。
「そーだぜ。武道家は己の能力を知ることだって、大事なんだからな。おめーはただでさえ、カナヅチで出遅れてんだ。周り見てみろ。おめーがビリッ尻だから、遠慮はすんなよ。」
どーも、一言も二言も多くなっちまう俺。
バシャンッ!
力強い脚力で、俺の頭越しに、水飛沫をぶっかけて来やがった。
「ぶはっ!こらっ!わざと水ぶっかけんなっ!」
俺のテンションはダダ上がりだ。
「うるさいっ!水飛沫がかかるのが嫌なら、とっとと、先に行きなさいよねっ!」
お互い、喧嘩腰だ。
無我夢中で前に進もうとするあかね。周りに人が居なくなると、ススーッと風間が俺の傍に回り込んで来やがった。
「そんなに、許婚のことが気にかかるのかい?君は…。」
いきなり、語調が変わりやがった。
いや、それだけじゃねえ。潮の流れにも変化があった。海水が、いきなり、ひんやりと冷たくなった。そろそろ馬脚を現すつもりか…。
あかねは、俺たちの前方で、懸命にバタ足を続けていやがる。
「気にかけちゃ、いけねーってか?」
俺もけん制しながら、言葉を投げつける。
「なかなか殊勝な心がけだね…。だから、奪うのが楽しみだよ。」
さああっと、冷たい流れが俺を囲う。
「へっ!そう、易々とはいかねーぜ。」
俺も勝気に吐き付けた。
「てめーが一体、何を狙ってやがるかは知らねーが、俺は負けねー。」
「ふふふ…。せいぜい、奪われないように注意することだね。」
至近距離で冷たく言葉を投げつけると、また、スイーッと俺から離れて行った。
ちぇっ!いちいち感の触る奴だぜ。
「天道さん、ファイトッ!あとちょっとよー!」
前方から、ひな子先生が乗ったボートがこっちに向かってやって来た。手には赤いメガフォンを持って、懸命にバタ足で進むあかねへ、エールを送っている。
ひな子先生も、あかねと勝に劣らない「カナヅチ」だ。あかねは、苦笑いを浮かべていた。恐らく、ひな子先生にだけは、ガンバレと応援されたく無いに違いない。
「ほらほら、皆、先に上陸しちゃったから。後は天道さんだけよ。頑張って、スピードを上げて、完走してねー。」
別に、水の上を走ってる訳じゃねーから、この場合、完走というより「完泳」と言った方がしっくりくると思うんだが…。それに、スピードを上げろって簡単に言うがなあ…。おめーも、泳いでみろっつーの…。
俺は、無言でひな子先生を見上げた。
結果的には、ひな子先生の、ガンバレというお節介がいけなかったように思う。勝気なあかねだ。俄然、頑張り出したのである。
こいつは、優れた格闘センスを持った闘士だ。最初から負けたと思って手を抜くと、格闘界では生き残れねえ。負けん気が強いから、余計に我武者羅に突っ込んで行く性質がある。…まあ、勝負事の世界に生き残りたいのなら、当り前だなんだろーが…。
こいつの場合、ひとたび闘志に火が灯ると、周りが見えなくなっちまう傾向が強い。周りだけならともかくも、己自身も見えなくなっちまう。
いい意味でも悪い意味でも、力任せに突っ走ていくのだ。
「おい…。そんなに飛ばして、大丈夫なのかよ。」
「バカにしないでっ!大丈夫よっ!」
俺もつい、余計なことを口走っちまう。あかねを抑止しようとしたのだが、かえって煽っちまった。
バシャバシャと海水を叩く足の動きが、一層、激しくなった。
「あかねちゃん…。もっと力をセーブしないよ、最後までもたないよ。」
反対側で、風間の野郎も声をかけた。
「あたし、体力だけは自信がありますから。」
こらっ!そんなにムキになるなっ!
そう言葉を継ごうとしたが、辞めた。そんなことを言おうものなら、もっと頑張っちまう。あかねとはそんな奴だからだ。
俺たちの心配をよそに、我武者羅に小島へ向かって泳いで行く。
何がそんなに、おめーを駆り立てるのか。俺に対するライバル心か。それとも、武道家としての意地なのか…。
(不味いな…。)
並行して泳ぎながら、俺はしかめっ面をした。というのも、水温に変化があったからだ。
さっき、風間が俺に近寄った時、少し水温が低下した感じがしたが、今はその時の比じゃねえ。急に冷水が流れ込んで来やがった。
自然界の中で泳ぐ者の大敵と言えば、急激な流れや水温の変化だ。
急にあかねの動きが止まった。
「えっ?」っと思った瞬間、あかねが水中に引き込まれて行くのが見えた。
「やべえっ!」
異変を察知した俺は、慌てて海中へと身を投じた。
どうやら、急激な水温の変化に、頑張り過ぎて疲労した足が、吊ったようだった。
溺れかかっている人間に、不用意に近づくのはかえって危ないが、その辺りは心得ているつもりだ。がっしりと背中からあかねをひっつかむと、無我夢中、水の中からあかねを引き上げた。
その有様を見ていた、ボートの大学生たちも、まずいと思ったのだろう。一斉に、海中へと飛び込み、俺のフォローに回る。
数人がかりで。ボートへ引き揚げたので、あかねは直ぐに我に返った。
バサッとタオルを上からかぶせる。
「ほら…言わんこっちゃねえ…。」
ほおおっと大きな溜息を吐きだして、ボートにチョコンと腰かけてうなだれているあかねに、海中から声をかけた。
あまりのショックに、唇は真っ青だ。だが、水を飲んだ風でも無えし、大丈夫だろう。
「もう、これ以上泳ぐなよ…。」
そんな俺の言葉に、コクンと揺れる、力無い頭。
「我武者羅に泳いだから、足が吊ったようだね。」
風間もあかねへと声をかけていた。
「え…ええ…。」
あかねは力なく答えた。
その時俺は、あかねの異変に気付くことができなかった。
あかねが溺れたのは、決して足が吊った訳ではなかったのだ。意図的に仕掛けられた罠。それを知るまでには、少し時間がかかったのだ。
「あかねちゃん、溺れたんだって?」
スイカ割りがたけなわになった頃、郁さんが物影からこそっと俺に囁きかけてきた。丁度俺は、スイカ割り会場から意図的に離れて、簡易便所へ来た。そこから出て来たところで、声をかけられたのだった。
「郁さん…ホントに、神出鬼没だな…。バーベキューの準備に先に戻ったんじゃねーのか?」
また、気配を読めずに、俺は後ろにのけぞりかけた。
武道など、やっちゃいねーのに、郁さんは気配を断つのが得意なようだ。
「バーベキューなら菅田に任せて来たわ。私が残ったのは、スイカ割りの後片付けもあるからよ。」
にっと郁さんは笑った。
「で?あかねちゃんは、どの辺りで溺れたんだい?」
「ゴール目の前だよ。あと、五十メートルも泳いだら、背がつくところまで来ていたんだけどよー。急激に水温が変化したから、疲れて足が吊っちまったんだろうー。」
陸に上がって、しばらくすると、あかねも落ち着きを取り戻した。
今は、ゆかやさゆりたちと、ワイワイと機嫌良く、スイカをしゃぶりながら、歓談している。
もうしばらくすれば、ポンポン船が俺たちを迎えに来るだろう。
「気にくわないわね…。」
郁さんが苦い顔をしながら、俺に囁きかけた。
「あん?」
「それって、本当にタダ足が吊っただけなのかしら…。」
俺と郁さんの上に、沈黙が流れた。
「おーい、乱馬ーっ!片づけが始まるぞーっ!」
「いつまでションベンしてんだあ?」
「もしかして、大ちゃんかあ?」
砂浜でひろしと大介が俺を呼びながら、こっ恥ずかしいことを叫びやがった。
「うおーい、今行くーっ!」
「せいぜい、気をつけなよ…。あんたたちの周りを、嫌な気配が漂い始めていることだけは、確かなんだから。」
郁さんは念を押すように言い放つと、すっとその場から離れた。
「おい、乱馬、おまえ、なんてあられも無え格好してんだよ。」
ひゅーひゅーとひろしが口笛を吹き付けた。
そう言うのも仕方ねーな。
実は俺、トイレで着替えてきたのだ。…っつーか、女物の水着を脱いできたのだ。もちろん、すっぽんぽんじゃ無え。予め、持ち込んで貰っていた、トランクスを履いている。
つまり、トランクス一丁の、胸剥き出しだ。
まだ、女のままだったから、たわわな胸が揺れている。
と、背後から、あかねにペシッと頭を小突かれた。
「あんた、何て格好してうろうろしてんのよーっ!」
鼻息が荒い。
「うるせー。男に戻るんだ。文句あっか?」
「だったら、とっとと戻りなさいよっ!目のやり場が無いわよっ!」
「おめーに言われなくても、とっとと戻らあーっ!」
俺はあかねに小突かれたところを撫でながら、すぐ傍のたき火にくべてあったやかんへと手を伸ばす。飴湯を作るために、湧かされていたものだ。
煮えたぎった白湯をカップに少し注ぐと、波打ち際まで駆けて行き、そいつに海水を混ぜた、白湯に海水を入れて人肌に冷ましたのだ。
そして、そいつを躊躇することなく、頭からブッかぶった。
散々、海の中を泳いで来たのだ。塩っ気が少しくらい混じっていても、気にならねー。帰りは船だから、水に気をつければ良い。そう思って、男に戻った。
いや、もう一つ、男の姿に戻りたかった訳がある。さっきから、嫌な気配が、この小島の上を漂い始めていたからだ。
もし、風間と闘うことになるのなら、女の身体では不利だ。…小島に上がった時から、考えていた。
奴は…そろそろ、本気で俺と闘うことを考えている筈だ。じゃねーと、この邪気…説明がつかねー。
ぎゅんと、手足が伸び、目線が高くなる。さすがに、女物の水着って言う訳にはいかねーから、トイレに入って、先にトランクスとTシャツに着替えていた。
そろそろ、日没が近い。辺りは急激に光を失い始める。
生徒たちは、まかないの郁さん達が持って来たジャージやTシャツを水着の上から羽織っていた。
生ぬるかった風が、急に冷たくなり始めた。
片づけ終わって、浜辺へ集合した時に、異変に気がついた。
さっきまで、すぐそこに居た、あかねの姿が見えなくなっていたからだ。
ゆかによると、トイレに一緒に立ったらしいが、待っていても出て来なかったので、先に戻ってきたという…。
勿論、クラスメイトたちは騒然となった。
「困ったわ…。」
担任のひな子先生が考え込んだ。
この後の予定もある。
「先生、俺、ここに残って、あかねを探します。だから、皆と先に帰ってください。」
そう進言した。
「あ、僕も一緒に残って探します。」
風間も俺に同調した。
「でも…。」
「何なら、私も残りますよ。判断力がある大人が居ないと、不味いこともあるでしょうから。その代わり、バーベキューの手伝いはできませんから、生徒諸君に頑張ってもらわないといけませんが…。」
にゅっと郁さんが横から割り込んで来た。
「藤代さんが残ってくださるなら…。いいでしょう。天道さんを見つけ出したら、携帯で連絡してくださいね。」
「ええ、任せてください。」
頼もしい限りだ…。
そう言いたいところだが、そんな甘いものではないことは。一目瞭然。
迎えに来たポンポン船に乗って、対岸へと帰って行く、クラスメイトたち。
船影が小島の簡易船着き場を離れて行くのを確認するや否や、俺は、ゆっくりと、水際から離れた。
そして、にこりともしないで言った。
「なあ…そろそろ、おっ始めようぜ…。おめーらも、闘いたくて、うずうずしてんだろ?」
そう投げかけた。
一気に、辺りを囲っていた妖気が、濃度を増したように思う。
行方が知れないあかね。俺にあからさまな敵意を燃やす風間駿。そして、便利屋経営者にして霊能力者の藤代郁美女史。
役者は揃った…。
「そうだね…。そろそろ日没だ。闘いの狼煙を上げる、刻限だ。」
ニッと風間は、嘲るように笑った。
奴の向こう側に、沈みゆく夕陽が真っ赤に燃えていた。
もうすぐ、闇が降りて来るだろう。
闇が完全に降り切ると、多分、俺には不利になる。
はああっと丹田に力を入れて、力をみなぎらせ始めた。
もう、後戻りはできない。闘いに勝つまでは。
ぎゅっと拳を握りしめ、気合いを入れた俺の後ろ側で、奴はクスッと笑った。
闘いが始まる。
が、まだ、俺は、この闘いの真意を知らないままだった。
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