8月21日(木)
黒猫、六文。
 で、昨日は特に何事も無く、無事に一日を終えた。
 りんねの契約黒猫の六文は、小さいながらも、結構優秀な奴みてーで、あかねがトイレや風呂に立つときは、決まって、目隠しをあかねに取り憑いている幽霊に、装着させた。
 もちろん、幽霊はそれなり抵抗をしようと足掻くのだが、その辺りは俺が鍛え上げたこの強靭な肉体で、ガッシと取り押さえ、有無も言わせず、強制執行した訳だ。
 目隠しシートも、一枚三百円かと思ったら、五枚で三百円ということで、六文はぼったくることもしなかった。結構、良心的というか…儲け心ゼロのバカ正直者というか…。
 俺も、六文には慣れて来た。怖いのが完全に抜け切った訳ではないが、少なくとも、人間の幼児顔をしている時は、、ちょっとは恐怖心は緩和されていた。

「一枚三百円じゃなくて、良いのか?儲からねえーだろ?」
 俺が疑問を投げかけると、
「一応、死神組合の中では、実費って決めたら、フッかけちゃいけないことになってるんですよ。じゃないと、嘘をつくことになりますからねー。死んだ時、閻魔様に舌を抜かれたくないですし…。」
「おい…死神の黒猫でも死ぬのか?」
「そりゃあ、死神だろーが、契約黒猫だろーが、寿命はありますしね…。ちゃんと、寿命が来れば、りんねの輪に乗って、転生されますよ。」

 何か良くわかんねーシステムだが、幽霊の奴も昨日は、じっと、にやにやとあかねを見下ろしていただけだ。存在感が薄いというか、ただの、ストーカー霊というか。

 りんねは結局、昨日は帰って来なかった。

「お盆も終わったところなので、夕食が振る舞われたのかもしれませんね。」
 かつぶしがたくさん乗っかった、ねこまんまを食べながら、六文がそんなことをポツンと言った。
「いわゆる、タダ飯って奴か?」
「ええ…。りんね様は苦労なさってますし…。」
 もしゃもしゃとメザシをかじりながら、しんみりと言う。
「タダ飯食らいは、あんただって一緒じゃないの。」
 隣であかねがツンとしながら吐き出しやがった。

 そんなにはっきり言うなよ…。かわいくねーな。

 で、夜は…。りんねが居ない分、布団が窮屈じゃなくて、良かったが…。

「乱馬…あんた。何、いそいそとあたしの部屋に居る訳?」
「何って…幽霊がいるからに決まってるだろ?今夜はりんねもいねーし…。六文と二人、ほっておけるかよ…。」
「だったら、変身してよねっ!」
 ばっしゃんと頭からぶっかけられる水。
 当然、次の瞬間、女化する俺。
「こらーっ!水ぶっかけるにしても、もっと、静かにやれーっ!」
 びっしょびしょになりながら、あかねを睨みあげる。
 廊下だって、水浸しだぞ。後始末が大変だぞっ!
「あらあら…水浸し…。」
 かすみさんが、おっとりと言葉を吐き出して、雑巾をかけてくれるから、良いものの…。

 あかねの背中の上で、六文が、変化した俺を見て、目をくりくりさせて驚いた。
「乱馬さん…。あなたも悪霊に取り憑かれているんですか?」
 六文が目を丸くして問いかけて来た。
「俺のは、呪泉の呪いのせいだっ!取り憑かれてる訳じゃねー。」
「呪いも、ある意味、霊的な取り憑かれと同じ現象ですが…。」
「俺のは霊的現象じゃねーの。呪泉郷の呪いのせいなの!」
「あっ、聞いたことがあります。呪泉って…確か、特別な性能の泉で、最初に落っこちた人の姿に入れ替わりが可能になる、変態な泉ですよね。」
「変態な泉じゃねえっ!変身の泉だっ!」
「どっちだって、同じじゃないのっ!」
 あかねまで口を挟んで来やがった、
「意味が全く違うんでー、同じじゃねーっつーのっ!」
 思わず声が上ずっちまう。

 …たく…。この女は…。初対面の時から、変態変態と…しつけーぞっ!いい加減、変身と変態の語彙の違いを理解しろっつーのっ!


 ってことで、俺は女化して、あかねの部屋で眠った訳だが…。
 夜中、ふと目が覚めて、ドキッとした。
 幽霊の野郎…。何か、恨めしそうに俺の方を見詰めてやがる…。そんな雰囲気を悟ったからだ。敵意というか、そんな感情を持った目で、じっと見据えて来る視線を感じてしまったのだ。
 薄気味悪かったから、瞳をしっかりと開いた訳じゃねえが…。というか、何か
 …あれ?っと思った。
 だって、そーだろ?こいつは、あかねに憑依しているから、俺に対して敵愾心を燃やす必要なんて、無えじゃねーか…。
 何でだろ…。女化しているから、余計にそういう微妙な空気を読めるようになったのか、それとも…。

 ま、りんねが施してくれている、何らかの霊捕縛グッズが有効な間は、こいつは手も足も出せないらしいから…。それに、黒猫も居るし…。

 恨めしそうな瞳を受けていることは、あんまり気持ちの良いもんじゃねーが、くるりと背を向けて眠りに入った訳で…。



 で、目覚めて見ると、手に何か柔らかい物が当たった。
 ふわふわでもこもこで…。
 んっと思って、瞳を開いて…どったまげた。
 俺の目の前に…六文が…猫化して眠っていたからだ。
 猫嫌いの俺が、そいつを後生大事に抱え込んでいたから溜まらない。

「ぎええええええーっ!」
 甲高い悲鳴を上げちまった。
 そんな俺を見て、六文は、「みいー。」と猫の声で啼く。
 俺は、涙目になりながら、あえなく、撃沈。つまりホワイトアウト。

「たく…情け無いんだから…。」
 次に瞳が開いた時は、あかねが、苦笑いして俺を見下ろしていた。
「だって、しゃーねーだろっ!苦手なもんは苦手なんだから…。」
 女化したまま、見上げるあかね。

 りんねの奴。
 こいつが、なかなか帰って来なかった…。
 アルバイトに出て、帰って来ても、まだ音沙汰が無え。
 六文に詰め寄っても、
「色々、りんね様にも都合があるんでしょう…。盆明けはいろいろ遅刻霊のせいで、忙しいですからねえ…。」
 猫まんまを食らいながら、六文がほつっと言った。

「まさか、このまま…なんてことは…。」
「無いと思いますよ…。確かにりんね様は少しセコイところがありますが…。責任感は強いです。それは僕が保障します。
 まあ、仕事で忙しいのじゃなければ…魂子様が何かをおごってくださるとか…ガールフレンドのさくらさまが絡んでいるとか…。そんなところなんでしょーが。」
「ガールフレンドねえ…。死神にも、色恋沙汰はあるのか。」
「ええ…。そりゃあ、思いっきり。祖母の魂子さまなんて、人間と結婚までしちゃった方ですから。」
 そんなことをくっちゃべってると、あかねが間に入って来た。
「ホント、あんた、六文ちゃんが猫化していない時は、平気なのに…。猫化した途端、怖がって。いい加減、慣れたらどーなの?」
「慣れるかーっ!んなもんっ!」

「あの…一つ聞いても良いですか?」
「あん?」
「乱馬さまとあかねさまって、どういう関係なんです?」
「いや、別に、そんな特別な関係は…。」
 と、口ごもったところで、
「許婚よ。この子たち、この道場の跡取なの。揃ってね。」
 なびきが、さらっと言って通り抜けやがった。

「えええ?いいなずけなんですかあ?」
 ませガキのように、六文の瞳がキランと輝いた。
「ああ…。親が勝手に決めた許婚だけどよ…。」
 ムスッとして俺は言い放った。
「そーゆーこと。ホント、迷惑してるのよ、こっちは…。」

 お互い、まだ、わだかまりがあって、素直になりきれねえ、俺たち二人だ。

 と…幽霊が、何やらブツブツ言っているのが耳に入った。

『やっぱりこいつか…。こんな、中途半端な男が…あかねさんの許婚だったなんて…。』

 聞き間違いじゃねえ…。こいつ…、やっぱり、あかねとわかって、取り憑いてるんじゃねーかって…。
 嫌な予感が過って行く。

「たく…今日もあかねの部屋に泊まり込むか…。」
 フッと吐き出すと、
「乱馬さまはあかねさまのベッドに寝ますか?僕変わっても良いですよ。」
「変な気を回すなーっ!そーんなことやってみろ、あかねにぶっ飛ばされるぞっ!あいつ、めちゃくちゃ凶暴なんだからな…。」
「誰が凶暴ですってえ?」

 ドッカン、ガラガラ…。また、水を思いっきり浴びせかけられた俺。

「ぼくにはよくわかりませんが、何か…いろいろ複雑そうですね…。」
「ああ…まーな…。」
 ずぶ濡れになって、溜息を吐き付ける。
「おめーも、あんまりあいつを刺激しねー方がいいぜ…。瞬間湯沸かし器だからな…。」
「ホント、女の人ってわかりませんよねえ…。りんねさまも振り回されてることが多いです。」
 何か思うところがあったのだろう。六文は、はあっと溜息を吐きだした。
 まあ、お子ちゃまのこいつには、つかず離れずの俺たちの関係なんて、わからねーだろーがな…。

 とにかく、あかねにとっついた幽霊が、俺に敵愾心を持ったことは、確かだろう。
 成仏させるのも、一筋縄ではいかねーだろーな…。
 俺は、グッと気合いを入れた。


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