で、昨日は特に何事も無く、無事に一日を終えた。
りんねの契約黒猫の六文は、小さいながらも、結構優秀な奴みてーで、あかねがトイレや風呂に立つときは、決まって、目隠しをあかねに取り憑いている幽霊に、装着させた。
もちろん、幽霊はそれなり抵抗をしようと足掻くのだが、その辺りは俺が鍛え上げたこの強靭な肉体で、ガッシと取り押さえ、有無も言わせず、強制執行した訳だ。
目隠しシートも、一枚三百円かと思ったら、五枚で三百円ということで、六文はぼったくることもしなかった。結構、良心的というか…儲け心ゼロのバカ正直者というか…。
俺も、六文には慣れて来た。怖いのが完全に抜け切った訳ではないが、少なくとも、人間の幼児顔をしている時は、、ちょっとは恐怖心は緩和されていた。
「一枚三百円じゃなくて、良いのか?儲からねえーだろ?」
俺が疑問を投げかけると、
「一応、死神組合の中では、実費って決めたら、フッかけちゃいけないことになってるんですよ。じゃないと、嘘をつくことになりますからねー。死んだ時、閻魔様に舌を抜かれたくないですし…。」
「おい…死神の黒猫でも死ぬのか?」
「そりゃあ、死神だろーが、契約黒猫だろーが、寿命はありますしね…。ちゃんと、寿命が来れば、りんねの輪に乗って、転生されますよ。」
何か良くわかんねーシステムだが、幽霊の奴も昨日は、じっと、にやにやとあかねを見下ろしていただけだ。存在感が薄いというか、ただの、ストーカー霊というか。
りんねは結局、昨日は帰って来なかった。
「お盆も終わったところなので、夕食が振る舞われたのかもしれませんね。」
かつぶしがたくさん乗っかった、ねこまんまを食べながら、六文がそんなことをポツンと言った。
「いわゆる、タダ飯って奴か?」
「ええ…。りんね様は苦労なさってますし…。」
もしゃもしゃとメザシをかじりながら、しんみりと言う。
「タダ飯食らいは、あんただって一緒じゃないの。」
隣であかねがツンとしながら吐き出しやがった。
そんなにはっきり言うなよ…。かわいくねーな。
で、夜は…。りんねが居ない分、布団が窮屈じゃなくて、良かったが…。
「乱馬…あんた。何、いそいそとあたしの部屋に居る訳?」
「何って…幽霊がいるからに決まってるだろ?今夜はりんねもいねーし…。六文と二人、ほっておけるかよ…。」
「だったら、変身してよねっ!」
ばっしゃんと頭からぶっかけられる水。
当然、次の瞬間、女化する俺。
「こらーっ!水ぶっかけるにしても、もっと、静かにやれーっ!」
びっしょびしょになりながら、あかねを睨みあげる。
廊下だって、水浸しだぞ。後始末が大変だぞっ!
「あらあら…水浸し…。」
かすみさんが、おっとりと言葉を吐き出して、雑巾をかけてくれるから、良いものの…。
あかねの背中の上で、六文が、変化した俺を見て、目をくりくりさせて驚いた。
「乱馬さん…。あなたも悪霊に取り憑かれているんですか?」
六文が目を丸くして問いかけて来た。
「俺のは、呪泉の呪いのせいだっ!取り憑かれてる訳じゃねー。」
「呪いも、ある意味、霊的な取り憑かれと同じ現象ですが…。」
「俺のは霊的現象じゃねーの。呪泉郷の呪いのせいなの!」
「あっ、聞いたことがあります。呪泉って…確か、特別な性能の泉で、最初に落っこちた人の姿に入れ替わりが可能になる、変態な泉ですよね。」
「変態な泉じゃねえっ!変身の泉だっ!」
「どっちだって、同じじゃないのっ!」
あかねまで口を挟んで来やがった、
「意味が全く違うんでー、同じじゃねーっつーのっ!」
思わず声が上ずっちまう。
…たく…。この女は…。初対面の時から、変態変態と…しつけーぞっ!いい加減、変身と変態の語彙の違いを理解しろっつーのっ!
ってことで、俺は女化して、あかねの部屋で眠った訳だが…。
夜中、ふと目が覚めて、ドキッとした。
幽霊の野郎…。何か、恨めしそうに俺の方を見詰めてやがる…。そんな雰囲気を悟ったからだ。敵意というか、そんな感情を持った目で、じっと見据えて来る視線を感じてしまったのだ。
薄気味悪かったから、瞳をしっかりと開いた訳じゃねえが…。というか、何か
…あれ?っと思った。
だって、そーだろ?こいつは、あかねに憑依しているから、俺に対して敵愾心を燃やす必要なんて、無えじゃねーか…。
何でだろ…。女化しているから、余計にそういう微妙な空気を読めるようになったのか、それとも…。
ま、りんねが施してくれている、何らかの霊捕縛グッズが有効な間は、こいつは手も足も出せないらしいから…。それに、黒猫も居るし…。
恨めしそうな瞳を受けていることは、あんまり気持ちの良いもんじゃねーが、くるりと背を向けて眠りに入った訳で…。
で、目覚めて見ると、手に何か柔らかい物が当たった。
ふわふわでもこもこで…。
んっと思って、瞳を開いて…どったまげた。
俺の目の前に…六文が…猫化して眠っていたからだ。
猫嫌いの俺が、そいつを後生大事に抱え込んでいたから溜まらない。
「ぎええええええーっ!」
甲高い悲鳴を上げちまった。
そんな俺を見て、六文は、「みいー。」と猫の声で啼く。
俺は、涙目になりながら、あえなく、撃沈。つまりホワイトアウト。
「たく…情け無いんだから…。」
次に瞳が開いた時は、あかねが、苦笑いして俺を見下ろしていた。
「だって、しゃーねーだろっ!苦手なもんは苦手なんだから…。」
女化したまま、見上げるあかね。
りんねの奴。
こいつが、なかなか帰って来なかった…。
アルバイトに出て、帰って来ても、まだ音沙汰が無え。
六文に詰め寄っても、
「色々、りんね様にも都合があるんでしょう…。盆明けはいろいろ遅刻霊のせいで、忙しいですからねえ…。」
猫まんまを食らいながら、六文がほつっと言った。
「まさか、このまま…なんてことは…。」
「無いと思いますよ…。確かにりんね様は少しセコイところがありますが…。責任感は強いです。それは僕が保障します。
まあ、仕事で忙しいのじゃなければ…魂子様が何かをおごってくださるとか…ガールフレンドのさくらさまが絡んでいるとか…。そんなところなんでしょーが。」
「ガールフレンドねえ…。死神にも、色恋沙汰はあるのか。」
「ええ…。そりゃあ、思いっきり。祖母の魂子さまなんて、人間と結婚までしちゃった方ですから。」
そんなことをくっちゃべってると、あかねが間に入って来た。
「ホント、あんた、六文ちゃんが猫化していない時は、平気なのに…。猫化した途端、怖がって。いい加減、慣れたらどーなの?」
「慣れるかーっ!んなもんっ!」
「あの…一つ聞いても良いですか?」
「あん?」
「乱馬さまとあかねさまって、どういう関係なんです?」
「いや、別に、そんな特別な関係は…。」
と、口ごもったところで、
「許婚よ。この子たち、この道場の跡取なの。揃ってね。」
なびきが、さらっと言って通り抜けやがった。
「えええ?いいなずけなんですかあ?」
ませガキのように、六文の瞳がキランと輝いた。
「ああ…。親が勝手に決めた許婚だけどよ…。」
ムスッとして俺は言い放った。
「そーゆーこと。ホント、迷惑してるのよ、こっちは…。」
お互い、まだ、わだかまりがあって、素直になりきれねえ、俺たち二人だ。
と…幽霊が、何やらブツブツ言っているのが耳に入った。
『やっぱりこいつか…。こんな、中途半端な男が…あかねさんの許婚だったなんて…。』
聞き間違いじゃねえ…。こいつ…、やっぱり、あかねとわかって、取り憑いてるんじゃねーかって…。
嫌な予感が過って行く。
「たく…今日もあかねの部屋に泊まり込むか…。」
フッと吐き出すと、
「乱馬さまはあかねさまのベッドに寝ますか?僕変わっても良いですよ。」
「変な気を回すなーっ!そーんなことやってみろ、あかねにぶっ飛ばされるぞっ!あいつ、めちゃくちゃ凶暴なんだからな…。」
「誰が凶暴ですってえ?」
ドッカン、ガラガラ…。また、水を思いっきり浴びせかけられた俺。
「ぼくにはよくわかりませんが、何か…いろいろ複雑そうですね…。」
「ああ…まーな…。」
ずぶ濡れになって、溜息を吐き付ける。
「おめーも、あんまりあいつを刺激しねー方がいいぜ…。瞬間湯沸かし器だからな…。」
「ホント、女の人ってわかりませんよねえ…。りんねさまも振り回されてることが多いです。」
何か思うところがあったのだろう。六文は、はあっと溜息を吐きだした。
まあ、お子ちゃまのこいつには、つかず離れずの俺たちの関係なんて、わからねーだろーがな…。
とにかく、あかねにとっついた幽霊が、俺に敵愾心を持ったことは、確かだろう。
成仏させるのも、一筋縄ではいかねーだろーな…。
俺は、グッと気合いを入れた。
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