8月13日(火)
迎え火

「乱馬、何、その趣味の悪い腕輪…。」
 朝ごはんのとき、怪訝な顔であかねが俺の左腕を見詰めた。

「ああ、これか?バイトだよ、バイト。」
 箸でご飯をかっ込みながら、その質問へと答える。
「アルバイト?」
「宣伝か何かしとるのかね?」
 早雲おじさんが問いかけてきた。
「どれどれ…。」
 親父まで、眼鏡で腕輪をしげしげと眺めて来やがった。
 俺の左腕にはまっている、腕輪。石に穴を開けて、繋いである、どこにでもあるような数珠型の腕輪だ。色は緑色。

「モニターか何か引き受けてるの?」
 あかねが、不可思議な顔で尋ねて来た。
「依頼なんだよ…。」
「依頼?」
「ああ…。」
 ムスッとして俺は答える。説明するのも、面倒なんだよなー。俺も、まだ、依頼の本質がつかめてねーし…。
 俺の武道家の第六感が、警鐘を鳴らしてやがるし…。

「そっか…郁さんところのアルバイトね。」
 なびきは思い当たったらしく、腕輪を見てニッと笑いやがった。
 まあ、こいつからあっ旋されたアルバイト…だからな。本当は、ここで色々なびきに問い詰めて、この依頼の目的を聞きたかったんだが…辞めた。
「郁さんのところのアルバイトって?」
 ほら、あかねが好奇心をたぎらせてやがる。
「あたしがあっ旋した便利屋のアルバイト。」
「便利屋って?」
「色んな依頼を受けて仕事する、まあ、何でもやります…って仕事よ。」
「その仕事で、そんな数珠まがいの腕輪をしているのかね?」
 早雲おじさんも、親父も好奇心の瞳で俺を見る。
「まあ、何でも良いだろ?とにかく、これが仕事なんだからよー。」
 さすがに鬱陶しくなってきたので、バクバクッとご飯をかっ込むと、早々に茶の間から退散した。


 そう…いくつか預かった、健太郎さんの遺品の中から、こいつを選んで身に付けたのだ。
 ゴム状の腕輪だから、サイズを厭わないし。万が一、女に変化しても、大事に至るまい。水や湯につけても平気だろうから…。
 それに、他の物…と言えば、古着だ。制服にTシャツなどなど。下着なんかはさすがに却下だ。消去法でいろいろ吟味して、一番、無難な線に辿り着いた訳だ。
 何の変哲もないただの腕輪だ。

 今日は八月十三日。
 お盆の解釈はいろいろあるようだが、一般的に、八月十三日から十六日の四日間をさすことが多いようだ。主要な第二次産業の企業は、この四日間は休日となる。で、みな、こぞって故郷へとUターンする。
 至る所で、先祖供養や墓詣でモードとなるのが、慣例だ。

 その地域や家々によって、行事の進め方は違うが…天道家も早乙女家も、どうやら十三日に墓詣でする習慣がそれぞれあるらしかった。
 従って、俺と親父はオフクロを伴って、ちょっと遠出して海の端へ…天道家は比較的近くの菩提寺へ、墓参り。
 今日もあかねと別行動になる訳で…。

 朝早く、オフクロに叩き起こされて、俺と親父は、天道家を出た。
 電車に揺られて、ガタゴトと墓詣で。
 考えたら、去年、オフクロと本当の意味で再会を果たしたのは、この時期だっけ…。ぼんやりと、車窓を眺めながら、思い出す。
 あの頃俺は親父と共に、オフクロから逃げ惑っていた訳だ。男らしく育たなかったばっかりに…刀の露と消えるのが怖かった訳で…。
 仕掛けだらけの変な墓だったよな…。誰があんなふざけた墓を建てたのか…。
 考えてみたら、俺、早乙女家の詳細は全然知っちゃいねーんだ。
 親父が嫡男なのかさえ、わかんねー。…ま、いちばんわかんねーのは、何でオフクロみてーな器量良しが、ブサイクパンダと一緒になったってことなのだが…。恐らくこれが、早乙女家最大のミステリーだろう…。

「ご先祖様を大切にしていたら、良いこともあるからね…。」
 久々に詣でる墓は、少し雑草にまみれていた。そいつを丁寧に清掃しながら、オフクロは笑う。
 確かに…去年、この先の海でオフクロと再会できたのも、ご先祖様の見えない力が働いたのかもしれねーが…。
 だが、こういう墓詣でも、親父が絡むと、争いごとになっちまうのも、早乙女一家の性だった。
 水を墓石の上から注ぐのに、誤って、親父の頭にぶっかけちまったからだ。

「あ…ごめん。」
『何をするっ!』。咄嗟にそう書かれた看板でパコンと殴られる。
「痛えっ!何しやがんでーっ!」
 突っかかったところで、頭から冷や水を親父にぶっかけられた。
「こ…このやろー!水浸しじゃねーかっ!」
 案の定、お次は、醜い争いへと転じて行く。墓石を掻きわけて、それぞれ、拳や蹴りを炸裂させるのだ。

「二人とも、おやめなさいっ!」

 俺たちの不毛な争いに、終止符を打ったのは、オフクロだ。それも、いきなり、日本刀を振りかざす…。
「墓場で争うなどとは、言語道断っ!あなたっ!乱馬っ!」
 思わず、へへーっとひざまずく。

…たく。墓参りに日本刀を持ち歩くのかよ…オフクロは…。

 苦笑いが零れるが、ここは言うことをきいて、争いごとを収めるのが上策だ。
 じゃねーと、命が足んねー、足んねー。
 親子三人、雁首並べて、ご先祖様に手を合わす。

「今年は天道家にお邪魔していますから、ご先祖様もそちらへお渡りくださいね。」
 そんな言葉をオフクロは神妙に語りかけていた。
 この盆は、ご先祖様も、天道家に居候かあ…。形見狭いだろーな…。
 などと思いながら、墓苑を後にする。
 本来なら、墓場でつけたろうそくの火を提灯などに移して、持ち帰り、それで迎え火をたくらしいが、さすがに、電車に長時間揺られて種火を持ちかえる訳にはいくまい。
 オフクロは、墓に供えたホオズキを一つ、袖に入れて持ち帰った。
 よくわかんねーが、火が使えない時は、赤いホオズキで代用できるのだそうだ。後でオフクロが教えてくれた。



 とんぼ返りで天道家に帰る。
 天道家の面々はそれぞれ迎え火の準備をしていた。
 家に広い庭があるってーのは、良いもんだよなあ…。ちゃんと迎え火だってたける。

 この家では先祖と共に、三姉妹のおふくろさんも迎えるんだ。

 ナスやキュウリに割り箸をさして、馬に見立てる。ご先祖様、これに乗ってお帰り下さい…という故人を迎えるための優しさに満ちているじゃねーか。
 と、脇に目を転じると、ナスを片手に、奮闘している奴が一人…。
「あーん…また、割れちゃったーっ!これじゃあ、お母さんに乗って貰えないわ…。」
 とか、嘆いてやがる…。…んっとに、不器用な奴だなあ…。
「あら、お母さんは、キュウリに乗って来るわよ。」
 なびきがすかさず、茶々を入れる。
「違うわよ、あたしが作るナス馬に乗って帰って来るのっ!」

…何、ムキになって争ってやがる…。ガキじゃあるめーし…。

「ああ、またしくじったーっ!」
 とため息。
「割り箸辞めて、爪楊枝にしたら?」
 クスクスとなびきが笑う。
「ほらっ!貸してみな…。」
 見るに見かねて、手を出した。
「ダメ…あたしがやんなきゃ、意味が無いの…。」
「だからって、おめーに任せていたら…ナスの馬、全滅するぜ。…たく、ほれ、俺の手におめーの手を添えてみな…。共同作業なら良いだろ?」
 すっとあかねの手を俺の手に添えた。
「うん…。わかった。」
 小さく頷いたあかね。
「おめーは余計な力入れるなよ…。馬鹿力で突き抜けちまうから。」
「わかってる…。」
「って、言ってる先に、力入ってるぜ…。肩上げて息吐いて力抜け。」
 すうっと息を吸い込んで力を抜く。
「そら…行くぜ…。おめーは添えてるだけで良いからな…。」
 神妙な顔つきをしながら、あかねは俺の手にそっと触れている。いつも、こんくれー素直なら、俺だってもっと優しくなれるんだけどな…。
 仲良く並んで、ナスへと足をつけていく。
 集中して、何とか、四本、足がついた。
「ねえ、乱馬、これもつけて。」
 あかねは徐に、小さな紙切れを差し出した。
 その紙を見て、思わずぷっと吹いちまったぜ。
「何が可笑しいのよ…。」
 ぷくっと膨れた頬。
「いや、別に…。」
 そう言いながら、爪楊枝を手にっとって、その馬のヘタの方へとその紙切れを付け足した。

『お母さん専用』
 そんな文字が小さな紙切れに書かれている。

 幼いころに母ちゃんと別れたんだもんな…。
 毎年こうやって、母ちゃんを迎えて来たんだな…。

 別れて以来、お盆はきっと、こいつには特別な意味を持っているんだろう…。
 見えなくても、母ちゃんと触れあえる…そんな特別な数日。


 天道家の面々は迎え火を見上げながら、祖霊が降りてくるのを出迎える。
 火が消えた後、皆は母屋へと入ってしまったが、俺とあかねはそのまま、静かに夜空を眺めていた。

「お母さん…今年も降りて来たかなあ…。」
「きっと降りて来たさ…。」
「誰の馬に乗って来たのかな…。」
「俺たちのナス馬…に決まってるだろ?ちゃんと特別仕様にしたんだから。」
「そーよ…。そーよね…。」


 星が数見えなくなって久しい都会の空だけど…。どこからともなく、数多の祖霊たちがそれぞれ縁深い場所へと戻って行くのだろう…。
 きっと、あかねの母ちゃんだって…。

 俺たちの傍で、一緒に作ったナス馬が笑ったような気がした。


 
 


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