8月12日(火)
不思議な依頼

 アルバイト四日目。

 今日も朝から、お盆モードの墓掃除部隊。
 昨日は一日、墓場に居たから、結構、肌も焼けている。
 女と違って、UVクリームなんかをペタペタ塗っている訳じゃねーから、露出しているところは、少し小麦色になってきたかも…。とはいっても、首から上と手先だけだけどな…。
 基本、作業着は長袖長ズボンだ。そして、お約束の麦わら帽子に首タオル。
 外で仕事している人たちは、偉いと思う。

 今日も一日、天日にさらされて、墓掃除かあ…とか思っていたら、昼前、ポンと郁さんに肩を叩かれた。

「今日は、昼から別の依頼に行って貰うからね。」
 郁さんが、俺にそう告げた。
「別の依頼?」
「ああ。お盆ならではの依頼…。で、乱馬君に来て貰ったのも、この依頼があったればこそなんだ。」
 何だか意味深な言葉を投げて来る、郁さん。
「俺…ですか?」
「ぴちぴちの若者。で、ガタイが良ければなお良し…。君にぴったりだろ?」

…何だ?この違和感。

 正午を過ぎると、清掃していた公園をそのまま、後にした。いつもなら、木陰で配られたお弁当をぱくつくのだが…それすらなかった。

…もしかして…昼飯は抜きかな…。

 ぐうっと鳴るお腹を持てあましていると、
「大丈夫だよ。時間は少し遅くなるけど、たらふく食べられるから。」
と、郁さんが言った。

 事務所に帰ると、
「これに着替えてくれるかな…。」
 と言って、差し出された服。
 クリーニングタグのついた、白いカッターシャツ。それから、黒いズボン。察するに、どこかの高校の男子用の制服だ。
「これに…ですか?」
「依頼に必要なんだ。お願いねー。」
「あ…はい。」

 渋々、袖を通してみる。

「良かった、ぴったりで。」
 郁さんが笑った。

 ま…袖丈も、違和感は無えし…。胸も弾けないし…。のり付けもされていて、古びていても、丁寧に扱われているのがわかる。
 こんな服を着せて、どういうつもりなんだろう…。
 疑問符が点灯する俺を引きつれて、郁さんは軽トラックで依頼場所へと向かうようだった。
 ごとごとと軽トラックの助手席で揺られて、連れて行かれたのは、これまた、墓苑。また、墓がらみなのかと思っていたら、その駐車場で待ち受けていたのは、五十代中ごろの夫婦だった。

「郁さん。今年もお世話になります。」
 などと、おじさんがぺこんと頭を下げる。
「毎年、ありがとうございます。」
 おばさんもぺこんと頭を下げた。
「そんなに固くならなくても…。」
 チラッと俺を見て、手招きする。
「こちらが、今年の子です。ほら、ぼさっとしてないで、自己紹介。」
「あ…はい。早乙女乱馬です。」
 促されて、慌てて名前を告げた。

 依頼人のおじさんとおばさんは、俺を頭の先から足の先まで見詰めた。

「どうです?去年の子よりは、随分マシでしょう?」
 郁さんが言った。
「そーですね…。乱馬君…とか言いましたね。歳はいくつかしら?」
 おばさんが俺に尋ねた。
「えっと、十七歳です。」
「ということは高二かね?」
「はい…。」
「どこの学校へ通っていらっしゃるの?」
 おばさんの問いかけに、
「風林館高校です。」
 きっぱりと答えた。
「風林館…。」
「まあ…。ということは、健ちゃんの後輩ね。」

「部活は?」
「結構いい、身体しているから運動部かしら?」
「いえ…どこの部にも所属していません。」
 そう答えると、
「無所属か…。スポーツをしている訳じゃないのか。」
 おじさんが少し溜息を吐きだした。
 ちょっとムッとしかけた俺をけん制するように、郁さんが口を挟んでくれた。
「あ…運動部じゃないけど、体力や腕力は相当、高い能力ですよ。彼、こう見えて、武道家の卵ですから。ほら…。」
 そう言いながら、やおら、俺の着ていた長袖制服の袖をガッと上までまくりあげた。そこに、あらわになる、筋骨隆々の腕。

「ほう…確かに。」
「鍛え上げている腕ですわ。」
 二人の目の色が少し変わった。

「腹筋だって、ほら。」
 後ろから、ビラッと制服をまくしあげられた。

…おいっ!こらっ!いきなり腹をめくるなっ!今は男姿だから良いけど…女化しちまってたら、犯罪だぞっ!

「これは見事だ…。」
「六個も割れてるわ。」

…あんまりじろじろ見ないで欲しいぜ…。

「相当鍛えこんでるんでしょ?乱馬君。」
「え…ああ。一応、これでも、ガキの頃から修行で野山を駆け巡ってますし…。」

「あなたなら、きっと、だったら、大丈夫ね。」
 おばさんはにっこりと笑った。
「多分…。」
「去年の大学生みたいなことにはならないだろう。」
「まあ、あの子の場合は、ひ弱すぎましたから…。」
「今年こそなんとかなるかも…。」

 俺の見事な腹筋を見た三人は、ぼそぼそとそんな言葉を吐きつけている。

…何なんだ?…
 疑問符が点灯する俺。

「じゃあ、乱馬君、後で迎えに行くから…。」
 郁さんはそう言って、そこから軽トラで引き返して行った。
 俺はポツネンと依頼人夫妻と共に残される。
「我々も行くかな。」
 そう言うと、傍に留めてあったセダンに乗せられて、そのまま夫妻の家に連れて行かれた。ごく普通の二階建の一戸建て。

 家に入ると、お姉さんが出て来た。見たところ、二十代後半の女性だった。

「今年はその子が健ちゃんの役割を演じてくれるの?」
 と、好奇心むき出しで俺を見詰めて来る。

…演じる?…
 釈然としない言葉が、耳を刺す。

「まあまあ、それは置いておいて…。乱馬君、入りなさい。」
 おじさんに促されて、見知らぬ家庭へと上がり込む。
 廊下を奥へ通って、座敷へ。
 お約束通りの仏壇が、ドンと据えられている。仏壇のノウハウは俺にはわかんねーが、結構、いろんな物がお供えされていた。
 果物かごにご飯、水、ろうそく、線香やりん…。その中央に掲げられた仏様の遺影。
 その遺影を見て、少しばかりドキッとした。若い…。
 多分、同世代の男子だ。…もしかして…。

 複雑な表情を浮かべると、依頼人のおじさんは静かに言った。

「私たちの息子でねえ…。もう、十年にもなるかな…。事故でそのまま…。」

…まあ、お盆だから、そういう展開もあるんだろーが。

「毎年、年恰好が似ている男の子を連れて来て貰っているの。」
 奥さんが間髪入れずに言った。
「毎年…ですか?」
「ええ…毎年です。」
 そそとおばさんはハンカチに目頭を当てた。どうやら、息子のことを思い出したのだろうか。
「じゃあ、俺は、息子さんの代わりに、お盆の間中、この家に居るとかですか?」
「そこまでしていただかなくても、大丈夫です。」
 泣いていたおばさんが顔を上げた。
「何、お盆の期間中、君は健太郎の遺品を身につけていてもらうだけで、良いんだ。別に、ずっとこの家に通ったり泊まったりしなくても、良いんだ。」
「は…はあ…。遺品をですか…。」

 なるほどね…。だから、この制服なのか…。
 少し納得しかけた。

「ということで、明日から三日間…お願いしたいのだが…。」
「勿論、給金ははずみますわ。一日、税込一万五千円。四日間で六万円…。郁さんを通さないであなたに即金でそれだけお払いします。」

「一日…一万五千円…。」
 いや、金の亡者なびきではないけれど、高校生の身分からすれば、かなりの高給だ。だが、金の裏には何かある…。
 天道家にはなびきという金の亡者が居るだけに、その辺りの恐ろしさは、俺も身にしみてわかっている。

「お盆を安穏に暮らすためには、そのくらい…。」
 ビシッと平伏されてしまった。
「ちょっと…そこまでやらなくても…。わかりましたって…。俺も男です。郁さんとの契約もありますから、引き受けますよ。」
 苦笑いしながら、言ってしまった。

「ほ…ホントですか?」
「良かったわ…。去年の今年だから、ダメかと思っていたから。」

「去年の今年?」
 思わず怪訝な顔を差し向けると、奥から声がした。

「お父さんー、食事の準備が出来てるわよー。」
「そ…そうね。折角だから、乱馬さんもご一緒にどうぞ。」
 ナイスタイミングというか…。その一声で、俺の疑問はそのまま置き去り。
 おまけに、午前中目いっぱい働いたから…お腹はぺこんぺっこん。さっきから、勢いよく鳴ってやがるし…。
 背に腹は代えられねえ…いや、この場合、腹は背に変えられねえかな…。

 台所のテーブルに並んだ、ご馳走。
 揚げ物やらお寿司やら、煮物やら、サラダやら…。

「ほらほら、遠慮なく…。」

 良くわかんねーけど、いいか…。俺も武道家だし…。男に二言はねーか。




「二つ返事で受けてくれて嬉しいよ。」
 俺を迎えに来た郁さんがニッと笑った。
「でも、何か腑に落ちねえーんですけど…。その…俺、盆明けまであの家に行かなくて良いんでしょ?」
「ああ、その件ね。詳細はなびきちゃんが良く知ってるから。」
「なびきが…ですか?」
 その時の俺、もっと、怪訝な顔をしていたに違いねー。

「あとそれから、これ。」
 と言って、郁さんは車から降りしなに、俺に紐にくくったお守りを渡してくれた。
 どこの神社にあるようなお守りだ。「恋愛成就」とか書かれている。故に、毒々しいピンク色のお守りだった。
「これ…何です?」
「見たまんま、お守りだよ。」
「だから、これをどうしろと?」
「首からつり下げな。」
「はあ?」
「ほら、とっととつり下げなさい。」
 郁さんは間髪入れず、俺の首へとそのお守りをつり下げた。
 俺としたことが、全く反応出来なかったのだ。それほど、郁さんの行動は迅速かつ隙が無かった。

「それから…お盆が開けるまでそのお守り、決して身から離しちゃダメよ。」
「はい?」
「もっとも、離したくても無理でしょうけど…。」
 俺はお守りの紐を掴むと、首から引き抜こうとした。

 ビリビリビリビリ…。

「わっ!」
 いきなり電流みてーのが走った。

「な…何なんです?これ…。」
「だから、恋愛成就のお守り…。」
「恋愛成就のお守りが、引き抜けない筈ないでしょーが…。」
「いいから、いいから。」
「良くねーって…。これっ!」
 うーん、うーんと引っ張ったが、無理。
「それから、乱馬君…あんた、彼女が居るのよねえ?」
 いきなり、脈絡のない問いかけ。
「はい?」
 何を唐突にと言葉を投げ返したら。
「なびきちゃんはその辺も心配ないって言ってたから、あんたを使命したんだけど…。」

 やっぱ、何かある…。こいつは、ただの依頼じゃねーな…。

「ま、居なくてもあんたくらい強ければ、何とかなるかな…。」
 トンと背中をまた、叩かれた。

「それから、依頼主さんの言ってたように、健太郎さんの遺品…どれでも良いから、身につけておきなさいよ。」
 そう言いながら、風呂敷を俺に差し出した。
「これは…?」
「遺品がいろいろ入ってるから…。その中から適当に選んでね。それから、明日から盆明けまで、事務所にも来なくて良いから。」
「はい?」
「一応、うちも盆休みに入るから…。盆が開けて、十七日に迎えに行くから、それまで、出勤はしてこなくてよいわ。」

…もう、何が何だかわかんねーぞ…。

 何だか、寄ってたかって、上手く丸められたような気もしねえーでもねーが。
 気がつくと、天道家の門の前。そこまで軽トラで送って貰った形になる。

「じゃ、そういうことだから、頑張ってねーっ!」


 バロロロロ…とエンジン音を上げながら、郁さんの軽トラックが遠ざかる。
 疑問符だらけの顔を巡らせながら、俺は車影を見送った…。

 引き戸を開けて、玄関を入ると、
「おかえりー。」
 そう言いながら、なびきが意味深な笑顔を手向けて、俺を出迎えやがった。
 一体全体何なんだ?…と問い質そうと思ったが、辞めた。
 どーせ、こいつのことだ。問い質そうものなら、てっと手を差し出してくるに違いねえ…。優良な情報にはそれなり見合った報酬を…とか何とか言って。

 ま、四日我慢すれば、破格なバイト料も手に入る訳だし…そう思って、俺はグッと拳を握った。



 
 


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