7月30日(水)
波乱の予感
 
 二週間の補習授業もあと三日。いよいよラストに近くなった。
 授業自体は、明日で終わる。
 後一日の来週月曜日は確認テストの日。言うなれば、追試の日だ。
 この追試に一発で合格できねー科目は、特別宿題がどっかりと与えられるというおまけまで漏れなくついて来る。

 冗談じゃねー!

 一学期の成績表を見たオフクロが、怒り心頭、そのテストに全教科受からねーと、切腹だ…とか物騒なことも言ってやがるし…。
 あのオフクロのことだ。多分、冗談ではなく本気だろう。
 証文まで取られている。…子供の頃、男らしく育てるという証文を親父と俺に交わしたが、あれと同じようなもんだ。
 当然、抵抗したが、後ろから切っ先で脅されてみろ。…抗うのは無理だ。
 
 そんな訳だから、俺なりに毎日、頑張っていると思うぜ。
 一応、命がかかってるもんなあ…。
 それに、あかねが個人指導して、手伝ってくれているから、その労力に報いるためにも…。
 毎度、彼女が作ってくれる確認テストにも精を出す。キスのご褒美はまだ一度も貰えていないけど、この頃、正解率が上がって来たように思う。後一問…というのも結構あったりする。(それはそれで、残念だ。)


 昼間近。補習が終わって帰り道。
 今日も脳天の上から照りつける夏空。
 息をするのもためらわれるくれー、ギンギンぎらぎらと、太陽が照りつけて来る。
 熱気の逃げ場が無いアスファルト。もわっと、熱気の煙が立ち上る。
 暑さで思考力も低下している。
 そんな最中、後ろからドンと背中を叩かれた。

「よっ!乱馬っ!」
「おはよー。」
 ひろしと大介だ。
 風林館高校の同級生。いわゆる、マブダチだ。
 このクソ暑いのに、二人とも、にこにこと…いやにご機嫌で笑ってやがる。
「あんだ?朝っぱらから、その元気さは。暑くて遂にいかれちまったか?」
 と問い返す。

 ひろしと大介は、二人、顔を合わせて首をかしげた。

…何だ?そのリアクションは…。

「乱馬、おめーあかねから何も聞いてねーのか?」
 不思議そうにひろしが問いかけてくる。
「あん?」
 訳もわからず、言葉を返した。
「ってことは、勉強会のこと、聞いてねーのか。」
 二人で納得してやがる。

「勉強会だあ?」
 当然の疑問を、二人に投げ返す。
 気になったからだ。

「ああ。昨日、補習授業の帰りに、二人で商店街を歩いていたらよー、ゆかとさゆりとあかねに行きあったんだ。」
「それが、どーした?」
「で、あかねがおめーの個人教師をしていることを聞かされたんだよー。」

 なっ!…あかねの奴、余計なことを…。

 俺の顔は一瞬、焦った。
 当然、あかねに勉強を教えて貰っていることは、誰にも話して居なかった。っつーか、そんなこと、話す必要も無かったからだ。

「このこの…許婚の立場を悪用しやがってー。」
「頭を突き合わせて、毎晩、楽しくお勉強ってかあ?」

 首や肩を二人につかまれて、引き回される。

「うるせー!俺は真面目に勉強してんだっ!てめーらにとやかく口を挟まれる言われなんてねー。」
 別に許婚の立場を悪用してる訳じゃねー。
 オフクロの脅威から逃れるために、勉強を見て貰ってるだけだ!こちとら、命かかってんだっ!
 
 うざってー目で二人を見返すと、また、ニッと笑いやがった。

「まあ、聞けよ。」
「続きがあんだ、この話には。」
 にんまあっーと二人は俺を見詰める。

「続き?」

「ああ。うらやましーって思い切り吐き出したらよー。」
「だったら、皆でお勉強する?…ってな方向で話が進み出したんだ。」

「おい…まさか。」
 お勉強会…その言葉に、俺の耳は点になった。

「その、ま、さ、か…だ。乱馬君。」
「週明けのテスト勉強の面倒を、あかねたちに見て貰えるんだ。」
「しかも、さゆりやゆかたちも手伝ってくれるんだとー。」

 その言葉に、俺のテンションはもっと上がる。嫌ーな予感が、背中を通り抜けて行く。
 照りつけて来る太陽の熱なんて、忘れてしまいそうだ。

「天道あかねとさしつさされつ…。」
「俺たちにも分けてもらうからなあ…その幸せ。」

「おいっ!こらっ!どーゆー意味でい?」

「どういう意味もこういう意味も…。」
「天道道場で、明日から、この週末は…。」

『二泊三日のお勉強合宿だあーっ!』
 ひろしと大介。二人の声が調和した。

「何ぃっ?」

 思わず、大声を張り上げた俺。
 通学路に怒声が響き渡る。


 昨日の昼間は寝ちまったから、夜は結構、真剣に教えてくれたな。
 苦手を克服とか何とか言って、数学が中心だった。
 ま、何となく変だとは思っていたんだが…。
 裏側でそんな話になってたとは…。




「くぉらっ!あかねーっ!」
 帰宅するや否や、俺はあかねの元へと、駆け上がる。

「何?血相変えて…。」
 昼食の準備を手伝っていたあかねへと食ってかかる。

「おめー、大介やひろしたちとお勉強会する気なんだって?」

「ああ…その話ね。」
 特に気にも留めずにあかねが吐き出す。
「だから、どういうつもりで…。」
「昨日さー、ゆかやさゆりたちと商店街へ出かけてたときにさー、いろいろ話してて、そんな話にまとまったってゆーか…。
 大介君もひろし君も、あんたと同じ立場だって言うし…。折角の夏休みだから、高校生らしいことをしよーか…って、ゆかやさゆりたちとも、合意して…。」

「で?何で天道家(ここ)なんだよっ!」

「だって、ウチって部屋多いでしょ?あんたは知らないだろーけど、結構、中学生のころはゆかとかさゆりとか地元の友達と集って、ウチに集まって勉強会してたのよ。」
「へえ…って感心してる場合じゃないっ!おめーわかってんだろーな?月曜日のテストに一発合格しねーと…。」
「ああ、切腹しろっておばさまに迫られてるのよね?大丈夫よ。可愛い息子に切腹だなんて。おばさま、あんたに発破かけるために、大げさに言ってるだけよ。」

 …あのなあ…。おめー、わかってねーな。オフクロは本気だぜ。絶対に、点取れなかったら、切腹させる気でいるぜ…。

「何で、昨日のうちに俺に教えてくれなかったんだよっ!」

「かすみお姉ちゃんとかお父さんの許可が居るじゃない。お父さん、昨日、夜遅くまで早乙女のおじさまと出かけてたから…。でも、安心して。ちゃんと許可は取ったわ。」
 くるっと後ろを振り向くと、かすみさんがにこにこしていた。
「お友達がたくさん来るんですもの。ちゃんと腕によりかけて、お食事の世話は私がするから、乱馬君たちは勉強に集中して頂戴ね。」
 かすみさんの菩薩の一言。

 …いや、だからー…俺が言いたいのは、飯とか場所の心配じゃなくって…。


「ゆかとさゆりにも手伝って貰って、追試の傾向と対策はばっちり練ってあげるわ。だから、大船に乗った気分で一緒にお勉強会しようね。」

 ……。

 何つー、屈託の無え笑顔を手向けて来やがんでーっ!

 結局、それ以上、突っ込めなかった。


 次の嵐がやってくる…。

 俺の思いもしなかった場所から…。




 


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