7月29日(火)
昼寝

 空は快晴。腹立たしいくれーに、夏の空が広がる。
 
 あかねは朝から出かけているみてーだ。
 ゆかやさゆりと、どっか行ってるんだと…。

 二階は暑いから、一階の茶の間で、勉強道具を広げる。
 エアコンがある訳じゃないから、扇風機がウゴウゴと熱風を送り込んで来る。
 親父とおじさんは、涼を取りにどっかのスーパーに行っちまった。
 この暑さだ。そうでもしなきゃ、身体が持たねえんだろー。
 この夏一番の猛暑日だそうだ…。

 こう暑くちゃ、道場で動く気にもなんねー。…昨日の今日だ。猫化して暴れた道場はあのまま放置だし…。片すのも暑くて気が引ける。


 あまりに汗がだらだらだったので、昼食後、シャワーを浴びた。
 愛用の黒のタンクトップにズボン。
 水を飲むために、台所へ行くと、水仕事をしているかすみさんが居た。

「乱馬君は、今日も昼からはお勉強するんでしょ?」

「え…ええ。まあ…。」
 コップに水を注ぎながら、愛想良く答える。

「暑いと集中できないでしょうから、あかねの部屋で涼みながらやりなさいな。」
「でも、あかねは不在なんじゃあ…。」
「それなら大丈夫よ。ちゃんとあかねちゃんの許可も貰ってるから。」
「許可…ですか?」

 半信半疑でかすみさんへと問いかける。
 黙って留守中に部屋に入ろうもんなら、後でシゴキが待っている。あいつは、凶暴だから、理由聞く前に殴ってくるもんな…。

「ええ。ちゃんと勉強するなら、乱馬君の部屋は熱気が籠ってるだろうから、自分の部屋を使っても良いって。」
「ほ…本当ですか?」
 俺は一応、かすみさんへ念を押した。
 後で殴られるのは嫌だからな…。

「乱馬君も本腰入れないと、困ったことになるんでしょう?切腹とか…。」

 切腹…。

 そうだ。思いだしたぜ。確か、再テストを一回でクリアしねーと切腹だ…なんて、物騒なことをオフクロが言いだしてたんだっけ。

「ホントに、あかねの部屋を使わせて貰って大丈夫なんですよね?」
 しつけーほど、再度確認。
「ええ。」
 にっこりとほほ笑むかすみさん。
 ま、かすみさんがそこまで言うなら、大丈夫なんだろう。俺だって、涼しい部屋で集中してー。
「じゃ、お言葉に甘えて、あかねの部屋を使わせて貰います。」

 トントントンと二階へ上がって行き、あかねの部屋へと入る。

 部屋はこぎれいに清掃されている。他の部屋と一緒で、掃除機をかけるのはかすみさんが主だが、あまりごちゃごちゃしてねー。
 女の子の部屋らしく、ぬいぐるみとか、飾り時計とか置いてある。それから、あまり女の子の部屋には用が無い、剣道の竹刀や鉄アレイとかいうのも、さりげに置いてある。
 エアコンのスイッチを入れて、窓を閉める。
 カーテンも引いておくと、ちっとは節電になるそーだ。
 それから、持ち込んだ勉強道具を広げて、鉛筆を動かし始める。

 俺って、最近、本当に良く机に向かってるよなあ…。学生みたいだぜ…。って学生か…。

 あまり勉強をしつけてねーし、あかねも居ねえー。だから、どうしても、停滞気味になる。
 半時間もすれば、飽きて来た。

「ちょっと休憩…。」
 クンと伸び上がると、あかねのベッドへと身を投げ出した。 
 枕にまで顔を埋めたら、変態になっちまうから、敷布団にゴロンと、俯(うつむ)きに転がった。
 朝方、かすみさんが布団を干したのだろう。太陽の匂いがフンと香る。少し熱が籠って、ふかふかだ。
 それに、何となく、あかねの匂いがする…。


 ちょっとだけ横になるつもりだったのに、つい、眠りこけちまった。
 暑さのせいで疲れてんだろーな。
 朝早く起こされるし…。真面目に補習に通ってるし、やりつけない勉強を夜遅くまでやらされてるし…。


 ふと、傍に感じた気配。
 誰かがドアを開けて入って来た。
 俺は、夢うつつ。起き上がる気にもなれず、じっと、目を閉じたまま、動かなかった。

 入って来たのがあかねなら、きっと、思い切り背中をピシャンとやられるだろう…。でも、いいや…それでも…。

 回らない頭でうつらうつら考える。

 でも、いつまで経っても、平手打ちも蹴りも繰り出されなかった。


 かわりに、ふっと和んだ気配を感じた。

 えっと思ったが、そのまま寝たフリを続けた。


「ホント…猫の時と、眠っている時だけだよね…。憎まれ口を叩かないのは…。」
 そう言いながら、そっとお下げに触れて来る細い指先。

(あかね…。)

「もうちょっと寝かせておいてあげるわ…。」
 そう言いながら、ベッドへと腰かける。
 きっと、俺の寝姿を、微笑みながら見詰めているんだろう…。
 ギシッと音を発てて、ベッドがひずんだ。
 二人分の重みが加わったもんな…。
 本当は、腕を引き寄せて、抱きしめてーが、辞めにした。


 この、柔らかな空気を、もう少し味わっていてえ…。

 そう思ったからだ。
 俺は再び、眠りの淵へと落ちて行く。


 もうしばらく…このまま…プラトニックな関係のままで良いか…。



 夏の午後が溶けて行く。
 俺たちの熱にほだされて…。

 夕刻、再び瞳を開いた時は、あかねの吐息がすぐ傍から聞こえてきた。



 


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