7月21日(月)海の日
っとどっこい…
 
 今日はあかねと一緒にお出かけ。
 
 こう言うと、聞こえが良いが、決して、デートなどという生易しいものではない。
 「水泳特訓」。そう、カナヅチ返上作戦第一日目だ。

 結局、八宝斉のじじいに贈呈された、あの露出度の高い水着を強要されちまった俺。
 抵抗したのだが、あかねの水着はどう足掻いても俺のサイズには合わねーし、かと言って、なびきやかすみさんの水着を着用するのもアウトだろーし、スクール水着ギャルもどうかと、消去していった結果、じじいの贈呈水着しか残んなかった訳だ…。

 何が哀しゅうて、ビキニなんて着用しねーといけねーんだ?

 とは思っても、他に選択肢は無え…ってことで、仕方なく俺が折れた訳だ。

 俺は、呪泉の呪いのせいで、変化する身体になっただけで、決して心まで女化してねーから、これはこれでキツイんだぜ…。はああ…。

 ため息を吐きだしたら、なびきと視線が合った。
「いいじゃない、ビキニの一つや二つ。」
 なびきがニッと笑いながら言いやがった。
「おい…女でも、ビキニを着るのは勇気が要るんだろ?…特にこーゆー露出度が高いのは、プロポーションが丸わかりだぜ。」
 水着を片手に、不機嫌に言い返す。
「乱馬君のプロポーションなら大丈夫よ。…八宝斉のおじいちゃん、直々の見立てですもの。きっと、プールサイドで目立つわよ」
「そーね。あんたナルシストだから、注目されて嬉しいんじゃないの?」
 なびきの脇で、ムスッとあかねが言い放った。
 
 こいつめ…。絶対、俺がおめーの水着が入らなかったこと、根に持ってやがるな…。何か、言葉の節々にトゲがあるぜ…。


「確かに…あかねにはこいつを着こなすのは無理だろーな…。貧相な胸じゃあ、着られるビキニも可哀そうだ…。」

 ばしっ!

 真横から鉄拳が飛んできた。
「いってーなっ!何しやがるっ!」
 睨み返す。
「このど変態っ!」
 とぬかしやがった。
「あんだと?」
 つい、喧嘩腰になっちまう俺。

「こらこら、あんたたち。今日のプールは、水着比べに行くんじゃないでしょーが…。あかねも、乱馬君に教えを乞う立場でしょ?いわば、教官と生徒の関係なんだから。」

 その教官と生徒の関係っつのは何だ?男の身体ならともかくも、俺、プールじゃ、女化するんだぜ…。
 はああ…。本当に、これが、男の身体のままで一緒に泳ぎに行けたら…。
 今のこの状況からは、夢のまた夢だな…。


 そんなことを思っていると、あかねが頭の上から、ジャアアアッと水をぶっかけやがった。

「こらっ!何すんでぇーっ!」
 いきなりだったから、文句を一つ投げつけた。
「あんたさー。プールサイドじゃ、女化するんでしょ?男のまま行く気なの?」
 と来た。
「あん?」
「男のまま行ったら、着換え、どーするの?」
「あ…そうか。」
「ほんと、デリカシーが無いんだから…。」
「おめーに言われたかねーよ。」
 と言いかけて、言葉を止めた。

「あのよ…。」
「何?」
「その…女に変身したまでは良いとしてだ…プールへ行ったら、女子更衣室を利用しても良いのかな…。」
 ぼそぼそっと素朴な疑問…だが、重大な質問をあかねに浴びせかけた。

「あ…。」
 今度はあかねが言葉を止めた。

 お湯を浴びなきゃ、男には戻らねーが…その、俺の本質は男だ。姿形はともかくも、心まで男になり下がった訳ではない。
 ということは、女子更衣室を利用することに、ちょっと問題が提起されるわけで…。

「そうよねえ…。乱馬君は、身体が女でも本体は男だものねえ…。やっぱ、女子更衣室は不味いんじゃないの?」
 となびきが笑いながら指摘してくる。
「だからって、男子更衣室に女子が紛れるって言う訳にもいかないわよねえ…。」

 真剣に思案するご両人。
 で、一つの結論に至った。

「女子トイレの個室で水着になってから、女子更衣室に入ってプールまで通り抜ければ良いんじゃないの?」
 なびきの出したアイデアだ。
「そうねえ…。女子更衣室の中では、さりげにタオルで目隠しさせて、あたしが連行するわ。」

 こら…その連行ってーのは何だ?
 …まあ、その線が妥当な妙案だな…。あかねが居なくても、他の知り合い…クラスメイトとか女子更衣室に居るかもしんねーしな…。

「更衣室の手はずが決まったところで、乱馬…行くわよ。…って、あんた何やってるのよ?」
 とあかねが目を丸くして俺を見詰めた。

「何って…水着に着替えてんだけど…。だって、先に着とけば、脱ぐのが楽じゃん。女子トイレの個室で着替えなきゃなんねーんだろ?」
 ちょっとしたアイデアだ。…というか、ガキの頃、良くやんなかったか?いち早く泳ぎたいばかりに、プールの授業がある日は、あらかじめ、水着を着ておくって奴…。で、パンツ持ってくの忘れて、大慌て…なんてヘマをやらかす奴が居たりしてよう…。

「…っと…パンツ持ってくの忘れちゃ、大変だな…。」
 と言いながら、男パンツ(トランクス)を袋に入れる。その脇で、あかねが目を点にして、俺の行動を見入っていた。

「さすがに、準備万端だわねー。乱馬君。」
 なびきがその後ろで笑ってやがる。
 そうでもしなきゃ、娑婆の荒波は上手く渡っていけねーんだよっと…。

「ほら、おめーも、パンツの換えは持ってけよー。」
「馬鹿あっ!」

 軽く言っただけなのに、また、パンチを食らっちまった…。その凶暴さ…すぐ手が出る性質…できたら治して欲しいいんだけどな…たはは。



 で、勇み足で、門を出る。



「ん?」
 空を見上げて、思いっきり、疑問に思っちまった。
 さっきまで晴れていた筈なのだが…。もくもくと入道雲が湧きあがるのが見えた…というか、空が真っ茶だ。コーヒー牛乳色とでも言うべきか。
 サーッと、門の扉の前を、ひんやりとした風が吹き抜けて行く。フッと香る雨の匂い。

「なあ…これって…。」
 言ってる傍から、大粒の雨が落ちてきた。いや、正確には雨の境界線が、こちらへ向かって、道路上を駆けて来るのが見えた。
 そうそう見られる光景じゃねーぞ。
 バタバタバタバタ…
 雨粒の怪獣がこちらへ向けて襲い来る。
「わっ!雨だっ!」
 俺とあかねは、大慌てで門戸へと逆戻り。

 ちょっとの間、外に出ただけなのに、振り出したモンスターレインに襲われて、あっという間にずぶ濡れになった。
 俺もあかねも、瞬く間に全身ずぶ濡れだ。

 玄関の引き戸を開けて、中へ入ると、なびきが笑い転げていた。

「ほんと…間が悪かったわねー。」
「うるせーっ!」
「よっぽど、普段の行いが悪いのかしら…。」
「ほっとけっつーのっ!」
「ま、最初から変身していたし、濡れても被害が少なくて、良かったわね。」
「良くねえっ!」
 そう言いながら、ビーチバックの中からバスタオルを取り出して、ごしごしと濡れた頭を拭きだした。
「ほら、おめーも拭けっ!」
 隣で目を白黒させているあかねにも言い放った。
「うん…。」

 あかねも俺も、水浸しだ。
 ほんの一瞬の間に。
 この頃の雨って、激し過ぎねーか?

 ピカッ、ゴロゴロ、ドーンッ!

「きゃっ!」
 あかねがぴとっとくっついて来た。
 ぎしっと唸る、全身の筋肉。
「…たく、ガキじゃあるめーし…。」
 照れ隠しが口を吐く。
 いや、ちょっとだけ嬉しかったかもな…。あかねが自然に俺にしがみついてきて…。
 きっと、ちょっとだけ、顔をほころばせていたろう。

 ピシッ!ゴロロロロ…ドーン。

 また、激しい稲光と共に、轟いた雷。

「いや!」
 身を固くして、また、俺ににじり寄るあかね。
「大丈夫だよ…山ン中じゃねーし…。」
 思わず差し出す右手。あかねの肩にそっと回した。

 ちょっとだけ、柔らかな空気が俺たち二人の上に流れて行く。


「あのさー…あんたたち…。」
 急になびきの声が傍で響いて来た。
「いちゃついてくれるのは、一向にかまわないんだけど…。今の乱馬くんは女化してるでしょ?何か、危ないわよ…そのシーン。」

 その声にハッとして我に返る。
 確かに…今の俺は女化していて、男じゃねえ。でも、俺の心は男だ。

 そう思って、顔を上げて、驚いた。

 なびきの後に、たくさんの影。かすみさんにオフクロに早雲おじさんに…それから、お茶らけパンダ親父。みんなの視線が一斉に俺たちに注がれている。
 
「乱馬…男らしいわ…。怖がるあかねちゃんを労わってあげるなんて…。」
 とオフクロが微笑んだ。

 だから…今の俺…男じゃなくて、女化してんだけど…。
 じゃなくって…でええっ!何、みんなしてデバガメしてやがるーっ!
 焦れば焦るほどに、身体が固くなるのは、女化していても同じだった。
 ピシッと音がして、そのまま、玄関先で石になった俺…。
 あかねも一緒に固まっている。

 ゴロゴロゴロ…

 外は大雨。雷様も暴れまわっている。
 
 どうリアクションを起こせばよいか…俺もあかねも完全に己を失っていた。
 …これが、女化した身体じゃなかったら、それはそれで、一つの図絵が出来上がっていたろうに…。生憎、俺は女化している…。

 複雑な心境を抱えたまま、皆が玄関先を立ち去っても、しばらく俺はあかねを抱えたまま、そこに立ち尽くしていた。



 


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