■神有月■
第五話  神界受難


一、

 とてもとても尋常の沙汰とは思えない「鬼ごっこ」の行き着いた場所は、奈落の底だった。


「どわったーっ!!」

 バシャバシャと湯水と一緒に転げ落ちた場所。
 トロピカルな香りが漂う。香でも焚き込まれていたのだろうか。

「乱ちゃんっ!!」

 そう聞き慣れた声が背後でして、思いっきり抱きつかれた。

「ウっちゃん?」

 俺はあたふたと声の主の方を見る。
 と、何だか前開きの巫女のような衣装を纏ったウっちゃんが、ひしっと俺に抱きついていた。

「うううむ。おぬし、ここが猿田彦様の寝所と知って、上から降って来たでござるかっ!!」

 あん?と見ると、目の前に猿顔の男がこちらを睨みつけていた。

「乱ちゃん。怖かったっ!でも、絶対助けに来てくれると思っとったわ。おおきにっ!」

 その様子を見て、目の前の猿顔は真っ赤になって俺を睨みつける。

「この娘御はワシが競り落としたのでござるっ!他の男神には絶対渡さぬっ!!いざ、神妙に勝負しろっ!!」」

 ちょっと待てっ!俺には何が何だか状況がわかんねーんだぞっ!いきなり勝負と言われても…。

 あたふたする俺の耳元で、少名彦が囁いた。
「あかん、猿田彦、もうちょっとであのお姉ちゃんと寝屋を共にできたところを邪魔されて怒っとるわ…。」
「こらっ!それはどういうことでいっ!!」
 その言葉を聞いて思わず俺は少名彦の襟首へとつかみかかった。
「そらあんさん、あれですわ。あんさんかてさっき、火照に同じ目にさらされてましたやろが…。」
「火照ってさっきの、変態男…。」
 そう思いかけてはっとした。さっきの火照は俺を女だと思って、身体を求めて襲い掛かってきていた。……ということは、もしかして。

「おめえ、まさかと思うが、このウっちゃんや、他のシャンプーや小太刀も俺と同じ目にあってるとか、言いたいんじゃねーだろうな…。」
「ピンポーンっ!」

「馬鹿野郎っ!それを早く言えっ!!」

「何をごちゃごちゃ言っておるっ!貴様っ!」
 少名彦ともめていた俺の方を見据えて、猿田彦が業を煮やしていた。
 周りをじっと見渡すと、水浸しになった夫婦布団がこれみよがしに見えた。やっぱり、ウっちゃんも、この猿田彦という野郎に迫られていたに違いねえ。
「乱ちゃん。うちのために来てくれたんやなあ…。」
 傍ではウっちゃんが少女漫画のように目をキラキラさせて俺を見る。
「いや、別におめえを助けるために来たんじゃねえけど…。」
「何、照れて頭掻いてはりますんや…。そんな悠長なこと言うてる場合だっか…。」
 少名彦が俺の方を見た。

「貴様ぁ…。猿田彦さまを愚弄する気か。それならば、容赦はせぬぞっ!!」

 おっと、そうだった。目の前にはウっちゃんとのベッドインを邪魔された猿男が居たんだっけ。とにかく、降りかかる火の粉を蹴散らすのが、先だな。

 猿田彦は俺目掛けて、持っていた刀剣を振り下ろした。
 咄嗟に俺はその切っ先を避けて、横へと飛びのく。バサッと振り下ろされた剣で、目の前の布団が真っ二つに割れる。
 俺を逃したと知ると、猿田彦は身体を反転させて再び飛び掛ってくる。
 それをひょいひょいっと身軽に避けながら俺は部屋中を飛び回った。
「えいっ!このっ!ちょこまかちょこまかっ!動きくさってっ!!」
 途切れ途切れに言葉を吐きながら、猿田彦は俺目掛けて切っ先を振り下ろしてくる。しかし、微塵も当たらない。
「逃げてばかりおらんで、かかって来いっ!この小僧めっ!!」
 俺は逃げていた腰を反転させると、ぎゅっと右手に握りこぶしを作った。
「じゃあ、望みどおり…かかってやらあーっ!!」

 ドオーンッ!!

 反転一発、猿田彦に昇天破を食らわせてやった。
 さっき一緒に落ちてきた湯水によって、この部屋は湿った暖気が充満している。それを利用して、氷の拳を出すのは容易かった。そんなに全身の力を込めずとも、軽く握るだけで、猿田彦一人をぶっ放すだけの気は撃てた。
 俺の昇天破をまともに浴びた猿田彦は、後ろ向きにどおっと吹っ飛ばされていく。そして、湯煙と共に、床へと沈んだきりのびてしまった。

「けっ!ざまあみろっ!!」
 拳を治めた俺に、ウっちゃんがきゃあきゃあとしがみついてくる。
「かっこええっ!乱ちゃん、最高やっ!!」
 そりゃあ当然だろう。俺は強い。
 ちょっと偉そうにふんぞり返ってみる。
「ほお…。猿田彦を一撃だっか…。」
 ひょいっと少名彦が背後から語りかけてくる。
「そうだ…。てめえ、さっき言ってたよな。シャンプーや小太刀も、俺やウっちゃんと同じ状況へと身をさらされてるって…。」
 ぎろっとそっちを見やった。
「乱ちゃん、他の女はどうでもええやん。許婚のうちは、こうやって助かったんやから…。」
 ウっちゃんがにゅっと俺の前に立つ。
「そういうわけにもいかねえだろ…。」
 俺はウっちゃんを軽くいなした。
「でも、シャンプーも小太刀もおとなしゅう、やられる玉とも思えんで。」
 ウっちゃんが少しふくれっ面をした。
 確かにな。シャンプーも小太刀もそれなりに強い。小太刀なんか、下手したら男神の方を手玉に取りそうな感じもする。あん?いや、待てよ…。強いっつーことはウっちゃんもそうじゃねえか…。
「ウっちゃんはどうだったんだよ…。さっきの猿田彦って男はそう強い相手とは思えなかったぜ。あのくらいならおめえだって、素手でもやりあえたんじゃねえのか?」
 ウっちゃんはじっと俺を見返す。
「そやかて、乙女の貞操の危機は、昔から王子様が助けてくれるもんやろ?だから、ギリギリまで待っとったんやから…。もう、乙女心わからんかなあ…。」
 わからんわいっ!そんなもん…。そう思ったが、ここはぐっと押さえ込んだ。
「モテる男は羨ましいだんな…。」
 少名彦がじっと俺を見る。
「ま、いずれにしても、ここは神界だし…。一応、他の奴等が相手にしているのは神様だろう?とにかく、探しに行こうぜっ!」
 俺はまだ何か言い足りない素振りのウっちゃんを振り切ると、少名彦に言った。
「おい、他の奴らの居そうなところ、心当たりはねえか?」

「競り落とした男神さんはわかってますから…。ついてきなはれ。」
 すいっと少名彦は身を翻すと、俺の前に立って道案内し始めた。



 ウっちゃんの居た場所からそう離れていないところ。

「ほーっほっほっほっほ…。」

 聞き覚えのある高笑いが聞こえた。

「一人はこの先に居るようでっせ…。」
 少名彦に言われるまでもない…。あの声は小太刀だ。それも元気そうに笑っている。
 俺とウっちゃんは顔を見合わせると、暗闇にぽっかり浮かんだ障子窓から、こっそりと中を覗いた。

「げ…。」

 黒薔薇の花びらが舞い落ちて、その下に、一人の男が上を向いてぱくぱくとやっているのが見えた。顔はかなりいい男だ。

「わたくしに迫ろうだなんて、百年早いですわよ。」
 そう言いながらレオタード姿でリボンと共にひらひらと舞を踊っている。

「ほらみいや、心配するだけ無駄やって…。」
 確かに、ウっちゃんの言うとおりだ。何だか突然脱力した。

 と、その俺の耳元に、つんざかんばかりの悲鳴が、別の方向から聞こえた。

「いやあああああーっ!!」
 紛れもない、シャンプーの声。

「おいっ!」
 俺はウっちゃんと顔を見合わせる。シャンプーといえば、結構腕が立つ武道少女の筈だ。そう簡単にやられるはずはねえ。だが、この声は…。尋常じゃねえってことだけは確かだ。

「行くぜっ!!」
 俺は声の上がった方向へと走り始めた。


二、

 シャンプーの声が響いた辺りには、ポツンと社があった。貧相な社だ。今にも崩れかかりそうな感じで建っている。

「何か、荒んだところだな…。」
「そらしゃあないですわ。ここの主は「貧乏神」でおまっから。」
「貧乏神だあ?そんな奴、記紀神にいたっけか?第一、貧乏神って神様に列されてるのかよ…。」
「いや、何もここに集ってはるんは、記紀に記された神様だけやおまへん。「貧乏神」も立派な神様ですがな。」
「そ、そうかな…。」
 俺は一瞬考え込みそうになったが、そんな暇はねえ。貧乏神だろうと何だろうと、とっととシャンプーを助けて、あかねを探さなきゃならねえ。
 あの尋常ならぬ悲鳴。シャンプーも危機に瀕しているに違いねえ。
「シャンプー!」
 ガラガラッと勢い込んで引き戸を開く。
 と、中は煙と思しき白いかすみに包まれていた。いや、煙じゃねえ。これは埃だ。部屋の中に積もった埃が俺が開いた勢いに景気づいて、一斉に舞い上がったのだ。

 ケホッ、コホッ!思わず咳き込んだ。物凄い埃だった。
 舞い上がる埃の向こう側に、シャンプーが血相を変えて、いきり立っているのが見えた。

「何するね!このっ、このっ!このっ!変態男!」
 シャンプーは怒りに震えている。彼女の二の足の下に、そいつはうつ伏せになって、シャンプーの足蹴にされるままになっていた。

「お、おい、何やってんだ?」
 思わず声をかけてしまった。
「乱馬っ!大歓喜!助けに来てくれたあるかーっ!」
 シャンプーがひしっと首に巻き付いてきた。もうもうとまだ、埃が舞い上がる。
「こら、シャンプー!どさくさに紛れて、うちの乱ちゃんに何さらすんじゃ!」
 右京が背後から怒鳴った。
「怖かったある…。このヘンな男が、私に襲い掛かってきたある。」
 シャンプーは媚びた声を張り上げながら、相変わらず、俺にくっつく。
「襲いかかっとったんは、シャンプー、あんたの方とちゃうんか?この兄ちゃん、泡吹いて倒れとるやん。」
 しゃがみこんで、ウっちゃんが男の身体をめくり上げる。

「嗚呼!快感っ!」
 シャンプーに足蹴にされていた神様がひょっこりと起き上がって、そう呟いた。あまりに、急に起き上がったので、右京がぎょっとしたほどだ。

「どわった!な、何や?急に起き上がって、この男は…。」
 のけぞった右京が男を見やる。
「ああ、あなた。そのか細く美しい腕と足で、もっと私をいたぶってくださいまし。」
 男はシャンプー目掛けて、ふわっと覆い被さる。
「きゃあああっ!」
 シャンプーは再び、拳骨を振り上げて、男の顔面に一発、カウンターを食らわす。
「嗚呼!快感!」
 男は鼻血を噴出しながら、天を仰ぎ倒れこむ。

「な、何だ?こいつ…。」
 さすがの俺も、たじっと後ずさる。
「さっきから、この調子ある。何度倒されてもすぐに起き上がってくるね。」
 シャンプーはげっそりとした表情で言った。
「貧乏神はんは、いじめられ神だすからなあ…。いじめられることに快感を覚えてますんや。」
 少名彦がそんなことをぼそぼそっと言った。
「うげ、マゾかよ…。こいつ。」
 思わず唸っちまった。
 シャンプーにいたぶられて、のけぞる顔つき。どこかで見たことがあるぞ。
 俺はじっと覗き込んだ。
(五寸釘に似てるな…。こいつ…。)
 思わず、そんなことを思っちまった。虚ろげな目はクマができくぼんでいる上、赤く充血している。この手の顔をした奴は、何を考えているか、理解しがたいところがある。
 とにかく、こういう奴を相手する場合、できるだけ関わらねえほうが良い。「三十六計逃げるに如(し)かず。」だ。
 
 案の定、すぐに起き上がってきた。その辺は、さすがに、貧乏神だ。只者じゃねえ。
 打たれ強いというか、遣られ慣れているというか。勇猛果敢(?)に起き上がり、再び、襲いかかろうと身構える。

「シャンプー、ウっちゃん、いいから逃げるぜ!」
 俺は彼女たちにそう一声かけると、少名彦を懐へ突っ込んだ。そして、そのまま、貧乏神を薙ぎ倒し、突進した。 
 先頭に立って逃げ始めた俺。
「あ、待つね!乱馬っ!」
「乱ちゃん、待ちやっ!」
 すぐ後から、先に逃げ出した俺を追いかけてくる。あいつらの足も相当速いはず。

「ああん、置いていかないで。待ってくれえよう…。」
 奴は起き上がった。だが、待てと言われて待つほど、こちとら、暇はない。
 追いすがろうとしたようだが、足は思ったとおり、鈍行だった。五寸釘みてえな手合いは、しつこさにかけては天下一品だが、瞬発力はない。殴られて喜んでいるような神様だから、耐久力はあるだろうが、逆に運動能力は並みの神様以下だろう。振り切って逃げるのが一番良い。

「あんさん、なかなか、鋭いでんがな…。貧乏神の弱点、ようわかってはる。ここは、何よりも逃げの一手に出る。策士でんな。」
 ふところで少名彦が感心したように言った。だが、こいつに褒められても、全然嬉しくねえ。
「で?肝心なあかねはどこに居るんでいっ!」
 だんだん腹が立ってきた俺は、少名彦に向かって問い質す。
 いくら他の少女たちを助けても、あかねを助けない事には、問題解決したことにはならねえ。第一、俺は、あかねを探しに来たんだっつーの!
「大国主様のところですがな。」
 ポツンと、少名彦は言った。
「だったら、さっさとそこへ案内しろよ!」
 俺は懐に向かって吐きつけた。
「そう簡単にはいきまへん…。段階踏まんと、あんさんもこのお嬢さんたちも無事ではすみまへんで。」
 と少名彦は、脅し気味言って来た。
「でも、このままだと埒が明かねーだろうが!」
 ちょっと不機嫌に俺は言い放つ。今まで俺や三人娘たちに起こったのと同じことが、あかねの身の上に及んでいるような気がして、焦りに似た気持ちが支配し始めていたのだ。
「まあ、そう焦りなはんな。急いてはことを仕損じる、ちゅう言いますやすやろ?まあ、任せておきなはれ。ちゃんと作戦は考えておます。」
 少名彦は俺を見上げるとにっと笑った。
「じゃあ、その作戦っつうのを、とっとと実行してくれねえか?」
 俺はじと目で少名彦を見た。

「じゃあ、あの先の桃の木の横を、右側に通り抜けなはれ。」
 少名彦は懐から俺に指示した。
 俺たちが逃げ惑う闇の向こう側に、その木はあった。忽然と闇の中から現れた。そんな風に見えた。
 周りに光源などないのに、そびえ立つ枝葉は浮き上がって見える。丁度、夜桜が月夜の闇に浮かぶ、そんな感じだ。

「よっしゃ、右だな。」
 俺は確かめながら吐き出すと、言われたとおり、右へと曲がった。

 と、足元が急にすっぱ抜けた。
 ぽっかりと開いた落とし穴に、落ちたような感覚だった。

「わああああっ!」
 思わず、唸っちまった。
「きゃああああっ!」
「何や?ここはーっ!」
「あれええええっ!」
 俺の背後から、三人娘の悲鳴も聞こえてくる。彼女たちも、俺と同じように穴に吸い込まれるように落ちたようだ。

 奈落に落ちながら、俺は受身の態勢に入る。有る程度の武道家なら、衝撃に耐えるくらいの受身は体が覚えこんでいて、咄嗟でも対応できる。
「くっ!」
 身体を屈めて、次に受ける衝撃を最大限減らそうと、歯を食いしばった。

 だが、予想に反して、落下の衝撃は全くなかった。
 ポワンとトランポリンかふかふかマットの上に投げ出されたような、そんな感覚だった。
 すぐさま、上から三人娘が俺の上に覆いかぶさるように。落ちてきた。着地の衝撃はなかったが、そいつらの体重が俺に覆い被さる。
「ぐえっ!」
 三人分の重さが俺の身体に圧し掛かるのだ。そっちの衝撃をまともに食らってしまった。

「ここは…。」
「何あるか?」
「これは…。」
 三人娘がそれぞれ、俺の背中の上で感嘆の声を挙げる。
「おい!俺の背中からとっとと降りやがれ!重たいじゃねーか!」
 思わず苦言を呈する。

 目の前には別の世界が広がっていた。
 柔らかな野の真ん中に放り出されたような感じだ。視界の先に仄かに灯りが見える。人の気配もいくつかあった。

「っと、こうしちゃ居られまへん。あんさん、女に化けなはれ!」
 そう言った少名彦は、俺の頭に水を浴びせかけてきやがった。それも、凍りつくような冷水だ。
「どわった!つ、冷てえっ!な、何しやがるーっ!」
 思わず叫んだほど、冷たい水だった。
「ここは殿方禁制だす。男の格好でいてもーたら、ワシが困るんだすわ。」
 と悪びれる風もなく、少名彦は言った。
「殿方禁制?」
 きょとんとする俺に向かって、少名彦は言った。
「ここは女神様方の領域だす。男神様方もおいそれとは入れませんのや。」
「女神様方の領域だあ?」
「そうだす。神無月の新嘗祭のために設えられた神界の中でも、女神様方がおはします特別区だんがな。」
 また、少名彦(こいつ)は、良くわからないことを、言い始めた。
「つまり、女神様のいはる場所ってことやないんか?ほら、さっきまでの世界は、うちらの他におなごはおらんかったやん。」
 ウっちゃんが身を乗り出してきた。
 そう言えば、確かに、俺たちのほかに、女は居なかった。助平な男神様たちはいっぱい居たが、女っ気はゼロだった。
 冷静に考えて、ああいう酒宴に女の神様が一柱も居ないことは不自然だ。
「もしかして、その新嘗祭は、男神と女神は別々に集ってるのか?」
「そういうことだす。男神と女神はそれぞれ役割が違いますからな。新嘗祭の宵は別々に居ることに決まっているんだす。
 そして、ここは新嘗祭の間、女神様たちがいらっしゃる場所なんだすわ。だから、男子禁制。」
 少名彦が言った。

「でも…。だったら、おめえもヤバイんでねえの?おめえも男じゃねえか。」
 俺は少名彦に向かって問い質した。少名彦も男神だからだ。

「ああ、ワシのことなら心配には及びまへん。今年、ワシは当番神に当たってまんねん。」
「当番神?」
「へえ、当番神だす。新嘗祭の準備から実行までを司る責任者っつーところだすかな。当番神だからワシはこちらにも往来御免なんだす、つまり女神様の領域にも何のお咎めもなく入れますのんや。」
 とにっと笑った。
「なるほどねえ…。男子禁制区だから、俺を女に変身させたのか…。」
 ふうっと溜息を漏らす。さっきから、小太刀だけが、
「乱馬様を何処へやりましたの?おさげの女っ!」
 とやかましい。こいつは、まだ、俺の正体がわかってねえんだ。兄貴の九能先輩といい、親父のバカ校長といい、鈍すぎる。
「ええから、あんたは黙っとき!話の邪魔や!」
 ウっちゃんが、バシッと小太刀に言った。キイーッと小太刀が歯軋りするのを見ながら、俺は、少名彦に尋ねた。
「で?男性禁制の女神様の領域に、何で俺たちを連れて来たんだ?」
 と、肝心要のことを聞き出しにかかる。
「まあ、ついてきなはれ。悪いようにはしまへん。」
 水を得た魚のように、少名彦は先導に立って歩き出す。
「お、おいっ!何処へ行くんだよ!」
 慌てて、彼の後を追った。
「良いから、良いから、早くついて来なはれ!時間がおません。」
 ぴょんぴょんと跳ねるように歩き出した少名彦を、俺たち四人は追いかけはじめた。

「あそこだす…。」
 少名彦は、先にある小さな社を指差した。
 神社の末社のような小さな社だ。ほんのりと赤い灯りが灯されている。人の気配があるところを見ると、誰か居るようだ。
「さあ、早く。」
 俺たちは少名彦に促されて、その建物へと入って行った。



つづく


☆☆☆☆☆
 実はこの作品、この章の途中で長らくほったらかしておりました。
 文体が急に変わってくるので、どこが境目かわかる人にはわかるかもしれません。
 このままだとR進行になるかなあ、と悩みつつ展開を練り直すために筆を置いていたら、二年近くが過ぎ去って…というお粗末さ。
 猿田彦も記紀神話の国つ神です。手塚治虫さんの「火の鳥・黎明編」にも同名のキャラクターが出てきますのでそちらが浮かぶ方もいらっしゃるかも。でも、私は「らんま1/2の映画・桃幻郷」にて右京に絡んでいた猿男の顔を思い浮かべながら書いておりました。

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