■神有月■
第三話  少名彦



一、

あかねの悲鳴が闇に響き渡った後だった。
「良かった。これで少しは大国主様の気も晴れましょう。じゃ、また。」
 小人がそう言って俺の前からするりと抜け出た。
「待ていっ!!」
 俺はそいつの襟元をぐいっとつかんだ。
「何しはりますんや!」
 ジタバタとそいつは足を動かしたが、俺はむんずとつかんで決して離しはしなかった。こいつがあかねの命運を握っている。そんな気がしたからだ。このまま捨て置くわけにはいかない。許婚の沽券に関わる。

「このまま逃げられると思うなよ、この小人野郎。」
 俺はそいつの胸倉をつかむと、じっと睨み据えた。




 夜が明けて間もなく、天道家の人々がぞろぞろと神社へと集ってきた。
 俺は小人をむんずとひっつかまえて、注連縄で縛り上げていた。
「で、そこに変な小人が居るってーの?」
「我々にはただの紐にしか見えないんだが…。」
 早雲おじさんが目を瞬かせる。
「ワシには見えるぞ。天道君。」
 親父はそう言いながら眼鏡をつかんだ。
「私にも見えるね。」
 シャンプーがひょいっと顔を出した。
「シャンプー何でこんなところに…。」
「あら、長くなりそうだから出前頼んだのよ。ね、かすみお姉ちゃん。」
「毎度ーッ!お好み焼き早朝配達やでーっ!」
「げ、右京まで…。」

「で、誰と誰には見えて誰には見えねえんだ、このオッサン。」
 俺は縄をぎゅっと持って周りを伺った。
「見えてるのは乱馬君と早乙女のおじ様と、シャンプーだけみたいね。」
 なびきが冷静に分析している。
「これはあれね、多分、真人間(まにんげん)には見えないんでしょうね。」
「何だその真人間っつーのはっ!俺たちが化け物か何かかみてえな。」
「あらだってそうじゃない。あんたたちの共通点って言ったら…。」
「呪泉郷の被害者か…。」
 何格好つけてんだよ、親父。
「そういうこと。呪泉郷の水に浸ったあんたたちなら見えて然りなのかも。ま、あたしや他の真人間には見えないってからくり。多分ね。」


『たく、いい加減にしてくれまへんか…。』
 そいつは俺を見上げてぶつくさ言った。
 俺と親父、シャンプー以外には声も聞こえないらしい。
「まあ、俺が通訳してやるよ…。こいつ、どうやら、神界から来た神様なんだそうだ。」

「ええええーっ!!」

 お約束のように一同のけぞる。しかも全員ポース付き。年季が入ってるぜ。たく。Y本新喜劇かよ!

「神様をそんな縄で縛り上げて…。天罰喰らうぞ。乱馬君。」
 そう言い放ったおじさんに言い返す俺。
「なら、解き放つと、あかねの居場所わからなくなっちまうがそれでいいのか?」
「う…。それは…。」

「構わないねっ!あかね戻ってこない。これめでたい。乱馬私と結婚してもっとめでたいっ!」
 シャンプーの目がきらっと光る。縄を解き放たんばかりの勢いだ。

「だが、どうやらそう単純な物事運びにはならねーらしいんだよな…。シャンプー。」
 俺はすかさず牽制の言葉を投げつける。
「それ、どういうことあるか?」
「この小人神の言うことによるとな。」
『わしゃ。少名彦(スクナヒコ)という名前があると言うとろるやろーがっ!この罰当りっ!』
 どっかと小人が縛られたまま俺の頭を蹴った。
「何しやがるっ!痛てえじゃねーか!」
 フンっとそいつはソッポを向いた。
 俺はじろっと一瞥したが、まあいいと言葉を続けた。
「う…この少名彦によるとだな…。おめえらこの神社の縁結びの願い事が掲げられたお札や絵馬、尽く破壊しちまっただろ?その分のバチ受けるらしいぜ。」
「バチやって?どないなバチや?」
 うっちゃんが喰らい付いてきた。

『ま、その身供物がここへ戻って来ない限り、あんさんらの結婚は有り得へんちゅうことだすわ。』
 少名彦は鼻先で言い放つ。おれはそのままを伝達する。
「何やって?」
「結婚できないってどういうことねっ!」
 案の定、シャンプーも右京も身を乗り出した。

「つまりだな、てめえら、この神社が請け負った分の願い事を反古にしちまった罪で、あかねがここへ戻って来ない限り、おめえたちも結婚もできねえってことだ。」
 にんまりと俺は笑う。

「冗談ではありませんわっ!そんなとばっちりを受けるなんてっ!許しませんことよっ!」
 いつの間にやって来たのか小太刀が仁王立ちしてやがった。黒薔薇をバックにだ。
「わたくし、きちんとこの前、ここの絵馬に乱馬様とわたくしの名前を書いて奉納しましたのよっ!」

 あんだあ?いつの間に…。
 ぞわぞわっと悪寒がしたのを我慢して俺は言った。

「だから、あかねを取り戻しに行かなきゃならねーってこと、おめえらもよっくわかったろ?だから、下手に手出しはできねえ。」

 三人娘はじっと考え込んだ。

「わかった。そんなことやったら、うちらかて協力するわ。」
「そうね…。私たちにも責任の一端、あることね。」
「乱馬様と結婚できないとしたら忌々(ゆゆ)しきことですわ。」

 俺にしたらてめえらと結婚しなきゃならないことのほうが忌々しき問題になるんだが。それに、「責任」って言葉の意味、てめえらわかってんのかと問い質したいような気もする。

『ほな、あんさんら、ワシと一緒に来ませんか?』
 俺の縄の先で少名彦が目を輝かせた。
「あん?」
『せやから、身供物は多い方が神さんも喜ばはります。それも、こんなええ女子ばかりやったら、男神様たちがそりゃあ…。』

 俺はかいつまんで少名彦の話を通訳した。シャンプーと親父しか、少名彦は見えねーし、言葉も聞こえないらしいから。

「それいい考えね。」
「そやな…。美人侍って、酌の一つでもすれば、うちらの結婚の願い事もかなえてくれるかもしれんで。」
「善は急げですわ。」

 でえっ!全員、何、その気になってやがる…。

「宜しい、一緒に行きまひょ。いやあ、こりゃあ面白い「新嘗祭(にいなめさい)」になりそうやで。」
 少名彦はそう言うと、はらっと俺の呪縛から抜け出した。

 と、今まで見えていなかったその場の人間たちにも彼がふっと見えたらしい。どよどよっと声が響き渡る。
「あらあら、まあ、可愛い。」
「ほお。本当に動いてる。この小人。」
「世の中。不思議なことが多いもんやなあ…。」
「いくらで売り飛ばせるかしら…。」
 おまえら、いい加減にしねえと、バチ当たるぜ。いや、一回当てて貰え、思い切っきり。


「さ、行きまひょか。お嬢さんたち。」
 と嬉しそうに見上げてくる。
「待て…。俺も行くっ!」
 俺は奴を引っ張って言い放つ。

「あん?」
 少名彦は不思議そうな顔をして俺をふり返った。
「あんなあ、アホ言ったらあきませんで、兄ちゃん。」
 誰が兄ちゃんだ!
「ここの神社にある抜け道は「婦女子または獣」しか通り抜けられまへん。あんさん、どっから見ても男だっしゃろ?」
「獣ならオスでも通り抜けられるのか?」
 俺はじっとそいつを見た。
「そりゃあ獣は供物になりまっしゃろ。だから通り抜けられます。」
 えっへんとふんぞり返る。
「なら、親父も行けるな。」
 俺は親父を流し見た。

「こりゃ、乱馬、貴様まさか。」

「おめえもたまには天道家の役に立てっ!」
 俺は傍にあった古井戸の釣瓶から水をくみ上げると、ばっしゃと親父に浴びせかけた。
『この親不孝物っ!』
「うっせえっ!てめえも一緒に来いったら来いっ!」
 俺は親父を縛り上げると、自分も水を浴びた。

「乱馬君っ!」
 早雲おじさんが俺を見た。
「あかねのことは任せろよ。おじさん。絶対俺が連れて帰ってくるからよ。」
 俺は少し縮んだ身長でふり返る。

「兄ちゃん…あんた…。オカマだしたんかっ!」

「違わいっ!」

 バコッ!

 思わず少名彦を殴っていた。
「たく、手荒な人だすな。どっからみてもカマにしか見えませんがな…。にしても、ええ乳しとりますなあ…。」
「こらっ!まじまじと見るなっ!この小人親父っ!」

「ええだっしゃろ。おもろい。この美少女三人とパンダとオカマの兄ちゃんと連れて行ったげましょ…。ははは、これは面白い祭典になりそうや。神様たちはさぞかし喜ばれましょう。ほな、行きまっか。」

 とっても安直に事が運び出す。かなり軽薄なノリで物語が進んでいるのではないかと。
 どこまでこの少名彦を信用していいのかもわからなかったが…。前に進むしかないだろう。神界にはあかねがいるのだ。


「乱馬君、早乙女君、あかねをよろしく救い出してくれたまえ、頼んだよ。」
 よよよと早雲おじさんが泣きながらこちらを見送る。
「お土産よろしくねーっ!」
 気楽ななびきがそんなことを言う。こいつ、危険だと踏みやがったな。だから一緒に来ないか…。普通なら、ご馳走、宝、ざっくりありそうな場所なら真っ先に群がるくせに。本能的に危険を察知してるのか?
 …まあ、いい。

「ほな…。あの穴へ。」
 俺たちは徒党を組んで、連隊になって、少名彦に続いて注連縄を潜り抜けた。

「さあ、旋風、ワシらを神界へと導いておくれっ!」
 打ち出の小槌を高く掲げた少名彦。そこから繰り出された風に、ふわっと巻き上げられて、俺たちは他界へと吸い込まれていった。



二、

 少名彦に伴われて俺たちは空を飛んだ。正確には自分で飛行したんじゃなくて、ふわふわの雲の塊に乗っかって、すいすいと雲海を突き進んできた。

 俺たちが辿り着いたところ、それは「神界」だった。
「出雲の国に着きましたでえ。」

 そこは本当に雲上の国。
 地面のかわりに白い綿雲が足元に広がる。それもドライアイスを敷き詰めたように、白い煙がほわほわと立ち昇っている。
 恐々足を下ろすと、何てことはない。ちゃんと立てる。

「へえ、なかなかおもろそうなところやんか、おっちゃんっ!」
 右京がバシッと少名彦の背中を叩いた。
「気に入りはりましたか?丁度ええ。」
 降り立って見ると、目の前に大きな神殿が立っているのが見えた。 
 白木の大きな丸太で組まれた「いかにも」というような神式の神殿だった。
「へえ…。絵本か何かから抜け出てきたような日本の古式の神殿だな、こりゃあ。」
 目の前にそびえる神殿を作る白木の丸太は、現世世界では絶対に出来そうにないだろうと思うようなどでかい古木だった。樹齢が何百年もありそうなだ。コンクリートの塊でこれを作るのもなかなか大変だろう。
 それがドデンと雲上にそびえているのだ。

「さあ、行きまひょか。」
 ひょいっと少名彦は前に先立つと、木の階段へと足をかけた。

「え?」
 ウインと音がして神殿向かって上りだす。
「へえ、エスカレーターか…。」
 電動式ではないのは明らかだ。何か違う動力で動いている。そんな感じだった。
「何せここは神界だっからなあ…。」
 少名彦は得意満面だ。
 ごごごと吸い上げられるように俺たちは神殿に向かって登りつめる。
 数十メートルはあるだろうか。ガゴンといって木のエスカレーターは止まった。そこには文字通り古代の神殿が鎮座している。さながら、高層神殿だ。

「ここが宴会場の入り口でおます。」
 少名彦がその前にすっくと立った。
「へえ…。さすがに神様の居城だけあって、凄いわ、これ。」
 うっちゃんも目をぱちくりさせている。
「ふん、このようなもの、わが九能家の財力を持ってしたらもっと立派なものが…。」
「できねえよっ!」
 俺は横からちゃちゃを出す。
「んまあ、おさげの女。小生意気にっ!」
 
「ここでは年に一度、大宴会が繰り広げられて、文字通り、国中の「国つ神」が集るんやで。」
 えへんと少名彦がふんぞり返る。
「国つ神?」
 俺は聞きなれぬ言葉にきびすを返した。
「「国つ神」と言ったら「天つ神」と対を成す言葉やで、乱ちゃん。」
 ウっちゃんが耳元で囁いた。
「そや、姉ちゃんの言わはるとおりや。元々、高の原から降臨なすった「天つ神」さまに領土を譲って、わてら「国つ神」はそれぞれの国に下りました。そして、年に一度だけこうやって、この神界出雲へ集うことを許されてますんや。年に一度の国つ神たちの全員集合が「新嘗祭(にいなめさい)」や。」
「何だかよくわからねえけど…。」
 俺は小首を傾げる。
「「国つ神」のことは古典の時間に先生言うとったやろ。寝てたんか?乱ちゃん…。」
「う…ん。」
「ちゃんと授業くらいきいとかなあかんで。」
 うへ、こんなところで説教するなよ。
「「天つ神」言うんはいわゆる「天孫」で、伊耶那岐や伊耶那美、アマテラスなんかのことをさすんやって。それに対して「国つ神」は言わば地の神。そやなあ、出雲で言うたら「大国主の命」とか他の土地それぞれにいた精霊の神っつうところかな。」
「全然覚えがねえな。」
 小首を傾げる俺に、少名彦が追い討ちをかけた。
「オカマの兄ちゃんは頭が悪いみたいやな。」
「あんだとお?」
「まあまあ、こらええな、乱ちゃん。これからうちら喧嘩しに行くんとちゃうやろ。」
 うっちゃんが笑った。
「で、私ら、これからどうしたらいいね。」
 シャンプーがちらっと少名彦を見返した。
「何の…。姉さんたちは、綺麗にそれらしく着飾って、宴会に出てもろたらよろしいねん。さ、こっちやで。」

 少名彦は門の前に立つと、さっと打ち出の小槌を持ち上げた。

 と、はらりと俺たちの装束が古代風に変わった。
 天女さまのような裾の長い着物、さらさらとした絹衣に身を包む。
「わあ、なかなかお洒落やないか。」
「綺麗あるね。」
「まあ、髪飾りまで。なかなか趣向に凝っていますわね。」
 シャンプーも右京も小太刀も、ちょっと変わったいでたちになったことにすっかり浮き足立っている。突然、コスプレが始まったみたいだ。
 俺のは赤い絹衣。本当は趣味じゃねえが、そんなことも言ってられねえだろう。女しかここへ入ることができないのだったら。
 親父だけはそのままパンダだ。

「さて、用意は整いました。行きまっせ。」
 少名彦は門の前に進んでいった。

『おぬしらはどこから来た。』

 ふわっと声が門の上からうなる。
 はっとして見上げると、八つ又の竜の首がこちらを見据えていた。
「わては、少名彦の命。大国主の尊さまの命により、身供物を連れて参った。」
 暫く竜はその十六個の光る瞳で俺たちを舐めるように見据えた後言った。
『よいだろう…。少名彦とその身供物の乙女四人、獣一匹、まかり通れ。』
 ごごごと門戸が開くようにすいっと目の前の視界が開けた。

 ごくんと俺は生唾を飲み込んだ。

「はよ来なはれや。」
 先に入った一行を追って、俺も中へと進んでいった。



つづく




☆☆☆☆☆
新嘗祭(にいなめさい)
 元々、宮中で行われた天皇の祭事をさします。
 その年の豊作と次年の豊作を祝って天皇が天神地祇に対して行った食祭のことです。
 古くは11月の卯の日に、現在は11月23日をその日と定めています。
 現在の勤労感謝の日は本来はそこから派生した祭日だということは案外知られていないかも。いわば、キリスト教(プロテスタント)の感謝祭の日本バージョン…みたいな…。
 また、天皇が即位した年の新嘗祭を「大嘗祭(だいじょうさい)または(おおなめさい)」と呼びます。
 なお、作中は旧暦と新暦ごっちゃまぜての創作で、日数がいいのでその日を神々の祭典の新嘗祭と勝手に定めました。お得意のいい加減な設定でありますので、独自解釈と思って読み進めてください(汗。
 

国つ神
 記紀の神々は「天つ神」と「国つ神」におおまかに二別されます。
 天つ神は天孫にあたる高の原の神。国つ神は彼らに併合された土地の神々。大雑把に考えるとそうなります。
 国つ神の代表に「出雲神」があります。古代出雲には大和朝廷を凌駕するような国が栄えていたというのは周知のことです。
 出雲を治める神は「大国主の命」。この神には多種多様な名前がついています。大穴牟遅(おおあなむじ)、大己貴(おおなむじ)、大名持(おおなもち)、葦原の色許男(あしはらのしこお)、八千矛(やちほこ)の神、宇都志国玉(うつしくにたま)の神…。いやあ、本当にいろんな神名で呼ばれています。それだけに上代文学を研究する人間には興味深い神であることは言うまでもなく。古代浪漫へと妄想は進みます(こらこら)。
 ちなみに少名彦は小さい神様という意味。大国主の命と少名彦(スクナヒコナとも言います)は対で現われる神です。二人で国作りをしたという神話が記されています。
 で、今回はこの二柱の神格を好き勝手に使わせていただきました。罰当りと言わんでくださいませ。あくまで創作上です。(逃亡)。

 あと、記紀神話の神様を数える単位は「柱」であります。



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