目の前に立ちはだかる「誘惑」。それを目の前にした彼は…。


第八話 甘い罠

一、


 ざあざあと雨の音が激しくなったように思った。

 追憶に浸っていた乱馬の目の前に現れた一人の女性。

「愛美さん?」
 乱馬は咄嗟に立ち上がった。
 
 そこに立っていたのは、トップアイドル、相原愛美。薄いピンクのレインコートにフレアスカート。男を誘うような艶やかな香りを身にまとう。

「どうして、ここへ…。」
 そこで彼の言葉は途切れた。

 このマンションは確かに黒田が自分へと手配してくれたものだ。とある試合の報酬として宛がわれたものだ。
『一流の格闘家がボロアパート住まいでは、マスコミだとて容赦はしないからな。君ならすぐにでも一軒家を持てるだろうが、それまで、自由に使ってくれたまえ。ここならうるさいマスコミだって簡単には入って来れまいから。』
 そう言って渡された鍵。
 調度品も一応揃っていたし、確かにマスコミはうざったかった。格闘に集中したいという気持ちもあったから、あえて、好意を受けたのである。

 もしかして、最初から黒田はこれを仕組んでいたのか?

 乱馬はきっと愛美を睨み据えた。

「ふふ、合鍵よ。ここは元々あたしの母、相原深雪のセカンドルームだったんですもの。」
 小悪魔は笑った。
 どうやら、彼女の母親にはめられたのかもしれない。

「悪いけど、帰ってくれねえか…。」
 乱馬は気のない言葉を吐き付けた。
 毛頭こんな小娘を相手にする気はない。
「嫌だって言ったら?」
 愛美はするりとコートを取り払った。
 下からは透けたブラウス。
「ま、愛美さんっ!」
 言葉を激しく叩きつけた彼の硬直した身体に巻きつく、女の細腕。

「ねえ、今夜はここに泊めて頂戴。」

 捨て身の誘惑だった。ほのかに揺れる、外の明かりはイルミネーションのように光り輝く。
 

 彼女は乱馬にしがみついて、ふうっと溜息を吐く。柔らかな女の匂いが乱馬の前に漂い始めた。

 乱馬は絡んできた彼女の腕をぎゅっとつかみ返した。

「いい加減にしてくれっ!」
 乱馬はそれだけをきつく言うと、愛美をベッドへと倒した。彼女の影が大きくカーテンに揺れた。シルエットが浮かび上がる。
 
 再び伸び上がってくるしなやかな腕。ぎゅっと乱馬の身体にしがみつき、彼を己の方へと引き寄せる。魔の手。
 乱馬はそれを払い除けた。
「俺は…。君を抱く気なんかねえっ!」
 乾いた唇でそう言い放った。

「どうして?…こんなにあなたを愛してるのに。」
 愛美は大きな目に涙を浮かべた。
「あなたになら全部あげてもいいって思ってるのに。今夜を二人の思い出の夜にしたくって…。」
 そう言いながら乱馬のおさげへと指先が絡んだ。

「勝手な御託を並べないでくれ。俺は…。今、目の前にある格闘大会のことしか頭にねえんだっ!」

 半分本当で半分まやかしの言葉であった。乱馬とて男だ。さすがに女性の涙には弱い部分がある。はっきりと「何とも思っていない。」と口にしても、おそらくこの手の女は強引に振舞うだろう。学生時代の数多の求愛者を見て、彼なりに学習はしていた。
 とにかく、下手な刺激をするより、できるだけやんわりと言い含めた方が得策なのだと思っていた。
 だが、それ自体が甘かったのかもしれない。 
 いや、正確にはこの段階で彼女の打って出た芝居にはまりこんでいたのだった。
 乱馬は愛美が素人の女ではなく、玄人だということを忘れていた。そう、どんな場面でも平然と演技できる「タレント」であることを。

「いやよっ!あたし朝まで帰らないんだからっ!」
 がばっと乱馬にしがみついた。無下に扱うのも躊躇われて、乱馬は困ったという表情を愛美に返す。
「乱馬、あたしを抱いてっ!」
 愛美はそう言い放つと手元の淡いライトのスイッチを切った。
 ふっと途切れる灯り。辺りは闇に包まれる。
 薄く引かれたカーテンの向こうには都心のライトが揺れる。
 
 愛美は捨て身で乱馬に擦り寄った。全身で纏わりついて彼を誘惑しようとしたのだ。
 だが、乱馬は始終冷静だった。そして冷たく言い放つ。

「誘ったって俺の気持ちはおまえの上にはねえっ!朝までいたきゃ、そこで居ろっ!」

 乱馬はすっと立ち上がった。暗闇に蠢く、黒い塊。

「何処へ行くの?」
 まなみは縋るように声を出した。
「別の部屋で寝る。この家は広いからな。夜中忍んで来ても無駄だぜ。隣の部屋はトレーニングルームだ。鍵を別に設えてもらったんでな。ここへ引っ越してから。トレーニングするために。」
「あたしはどうすればいいのよ。」
 小さく不安げな声。
「好きにすればいいさ。おまえの母ちゃんのセカンドルームなんだろ?」
 乱馬は冷たく言い置くと、乱暴にドアを開けて出て行ってしまった。
 彼女を抱く意志など持ち合わせていない。当然の行動だろう。



「手強いわね…。あたしの誘いを断るだなんて…。」
 愛美はふっと自嘲気味に微笑んだ。
「でも、あたし、そんなあなたがますます好きになったわ。」
 と。
「早乙女乱馬。一筋縄ではいかない男。だからこそ落とし甲斐があるってもんだわ。」
 余裕の表情で薄ら笑いさえ浮かべる。
「みてらっしゃい。絶対、ベッドシーンへ持ち込んであげる。その腕であたしを抱くように仕向けてあげるわ。ふふふ。」
 楽しそうに笑った。それから彼女はおもむろに、薄い賭け布団を取り、滑らかに身体を滑り込ませる。いつも乱馬が寝そべっているベッド。そこに横たわった。
「隣のトレーニングルームには窓はなかったわね。確か。外へ灯りは漏れない。」
 そう呟くと薄ら笑いを浮かべた。

 そのまま彼女は明け方近くまでそこに横たわり、まだ空が空けやらぬうちに、この部屋を辞した。これも予定の行動であった。
 勿論、乱馬には何一つ声も掛けずに。ただ、彼のベッドの脇に
「I LOVE YOU、RANMA. MANAPIE.」
 そう一言、丸い文字でメッセージを残して。
 明け方まで降っていた雨は上がり、エントランスを抜けてまだ目覚めきっていない表に出た。そして、思わせぶりに、乱馬の部屋を振り返った。それから深々と帽子とサングラスで顔を隠す。
 暫くすると、シンとした街に、一台の乗用車が止まる。白いスポーツタイプの外車だ。
 中からドアの開く音。彼女はゆっくりとその車に吸い込まれて行った。

「守備はどう?」
 車に乗り込むと、運転していた女性が尋ねてきた。マネージャーの水野だ。
「思ったより固いわ。」
「じゃあ、何にもなかったの?彼あなたを抱いたんじゃあ…。」
 エンジンを軽くふかしながら水野が訊いた。ちょっと意外な気がしたからだ。
「無かったわ何も。男と女の関係はね。取り付く島も無かったわ。」
 愛美は裁けた顔をして答えた。
「そう…。」
 水野は無味乾燥に答えた。乱馬が愛美に指一本触れていないのが不思議でならなかった。男という生き物は元来、生殖本能にあり溢れていると彼女は思っていた。据え膳食わぬは男の恥。目の前に相原愛美というレアな可愛い女性を前に、本当に手も出さなかったのか。
「でもね、かえってあたし、燃えちゃったわ。」
 がっかりするどころか愛美はにっこりと微笑んで見せた。
「え?」
 慣れた手でギアチェンジしながら水野が愛美を一瞥した。相手にされなくて落ち込んでしまったのかと思ったのだ。
「どんな手を使っても彼を手に入れるわ。」
 まだ幼い顔をした清純派トップアイドルの中に、水野は魔性を見たような気がした。この娘は狙った獲物を逃す気はさらさらないのだろう。
(さすがに相原深雪の血を引いているだけあるわね。)
 空恐ろしいものを感じた。
「で、春恵さん。何社くらいにリークしたの?」
 愛美はすらっと問いかけてきた。
「勿論一社ですわ。」
 春恵は言い切った。
「そう…。」
 車をすっと走らせる。
 前に止まっていた黒いワゴンそ見かけると、愛美はちらりと流し見た。
「あれね…。ほら、カメラがこっちを狙ってるわ。」
 と平然と言ってのける。それから愉快そうに笑った。
「明日が楽しみね。ふふ・・・。コメントとか考えておかなきゃね。精一杯演じてあげるわ。早乙女乱馬を手に入れるためにね。」
 愛美を乗せたスポーツカーはゆっくりとそこを離れて行った。

 ワゴンカーに乗っていた人影が、ゆっくりと揺れた。ガッツポーズを取ってみせる。
「やった、世紀の大スクープだ。」
 男たちが笑った。
 愛美に担ぎ出されたエキストラだということは彼らに理解できなかったに違いない。
 
 


二、

「な、何なんだっ!こ、これはっ!!」

 起き抜けに飛び込んできた良牙。朝食を摂っていたあかねははっとして振り返る。
 ここは、なにわ女子プロレススタジオの東京の宿泊所。一斉に、良牙の方へ向かう、他の選手たちの視線。

「おっと…。」
 良牙は取り乱した自分を恥じ入るように、そっと矛先を収めた。

「どうしたの?良牙君。」
 あかねはこそっと耳打ちした。
 わなわなと震える良牙が持っていたスポーツ誌をあかねに差し出した。
 不思議に思ったあかねは、良牙からそれを取り上げ、紙面を覗き込んだ。
『まなぴー、朝帰り!お泊り先は早乙女乱馬宅!深夜の密会?』
 紙面に堂々と文字が躍っている。
 思わず、声を出しそうになるのを、必死でこらえた。他の目があったからだ。己が早乙女乱馬の関係者と見られることだけは避けなければならない。
 食堂に集まっていた女子レスラーたちは、和気藹々と、テレビの前に集まっている。
「たく、芸能人って奴はやることが大胆だな。」
「この早乙女って格闘家、いい男だからな。まなぴーじゃなくても欲しいと思うけどな。」
「可愛い顔して、やることはやりましたって、ほら、顔に書いてあるぜ。」

 早速、朝の芸能番組へと釘付けになっている。

 あかねが目にした記事には、早乙女乱馬のマンションに入っていったまなぴーの様子がありありと書かれている。だいたいは憶測であったが、やれ、部屋に入って数分で灯りが消えただの、夜明け前に部屋をこっそりと出ただの、後朝の別れの折にふと寂しそうに立ち止まって彼の部屋を見上げただの、証拠の写真とやらで固めてあった。

『結婚へ向かって秒読みか?大会後に婚約発表か?』
 そんな文字が小躍りしていた。
「たく、乱馬め、何を考えてやがるっ!」

「あら、案外黒田サイドの嫌がらせかもしれないわよ。」
 ひょっこりと顔を出したなびきが言った。
「お姉ちゃん…。」
「しっ!今のあんたとあたしは赤の他人。忘れないでっ!」
 釘を差しつつ、なびきは答えた。
「応接室へ行きましょうか。打ち合わせよ。最後のね。」
 どうやらなびきは、あかねに対するメンタルでここへ朝一番駆け込んで来たようだ。いくら世間との繋がりを絶っているとは言っても、要らぬ情報はちょこまかと耳に聞こえてくるものだった。それを懸念しての迅速な姉としての対応だったのであろう。
 今ここであかねが動揺しては、勝つ試合も勝てなくなってしまう。

「手っ取り早く言うわ。今回のこの記事もあのテレビワイド番組のことも、黒田側のかく乱作戦の一つだと思うの。」

 なびきは開口早々切り出した。
「何でだ?」
 良牙が食って掛からんばかりの勢いでなびきを見返した。
「まさか、奴らあかねさんの存在に気がついたってことは…。」
「それはないわね。」
 なびきは言い切った。
「それじゃあ、何故…。」
「全てはあの小娘のため。」
「小娘?あの相原愛美ってアイドルタレントのことか?」
「そうよ、黒田にとって愛美はドル箱。その上に欲しいのは早乙女乱馬というカリスマ的魅力を秘めた格闘タレント。」
「格闘技はタレント業じゃねえぞっ!」
 気に食わないと言う顔を差し向けた良牙を、なびきは上手に牽制する。
「そう言ったって、今や格闘技は押しも押されぬエンターテイメントには違いないもの。おそらく、この大会後、ますますもって乱馬君の人気は高まり不動のものになるわ。…あ、白木蓮の負けが決まったと言ってるわけじゃないからね。」
 なびきはちらりとあかねを見た。
「素人目に見ても、乱馬君のあの野性味溢れる肉体と英気は素晴らしいと思うわ。この大会、全部、お茶の間のゴールデンタイムに放映が仕向けられてる。…。それをあの黒田が見逃す手はない。それに、愛美の母親も乱馬君にベタ惚れしてしまったようだし。娘の末永い幸せと己が親子の話題性を保つためにも、どうしても手に入れてしまいたいもの。そう思っているんでしょう。乱馬君と愛美を結ばせて美味しい汁を吸いたい黒田と、結婚相手として狙いを定めたまなぴーと。利害が一致するんですもの。」
「だったら、何なんだ?」
 あかねの代弁を全て良牙がしているような形になっている。
 完全に一歩引いてしまっているあかねに対して、良牙のほうが熱い。堅実な彼の性格からは、乱馬のいい加減性が許せないのだろう。
「だから、恐らく、乱馬君ははめられたのね。」
「はめられただとおっ?朝帰りを見せ付けておいてか?」
 思わず怒鳴った良牙をなびきがしっと人差し指を立てて諌めた。
「たく、良牙君もあかりちゃんと結婚したくせに蒼いんだから。」
 と笑った。それから続ける。
「そうよ…。彼ははめられたのよ。それが証拠に今まで出ている情報は、全て愛美サイドの物ばかりじゃない。」
「朝帰りの独占インタビューなんかもあるじゃねーかっ!この女のっ!」
「だから、乱馬君は彼女たちのシナリオに踊らされちゃってるのよ。乱馬君ならそうなりかねないわ。考えても見て御覧なさいな。高校時代だって、気持ち一辺倒、あかねに向いていたはずなのに、あの子ったら、シャンプーちゃんや右京、小太刀の強引なやり口に、なかなか「NO」を言えなかったじゃないの…煮え切らないで。」
 良牙は黙った。そうだ。その不埒な不甲斐なさに、あかねを思っていた頃、自分も乱馬の奴の煮え切らない態度に振り回されたことを思い出したのだ。
「その性格が何ら変わってねえってことか…。確かに乱馬はこの愛美とのスキャンダルに関しては全てノーコメントを貫いてやがるしな。この件に関してもそうみたいだ。」

 テレビの中では、女性リポーターという者が、乱馬の画像を背景に何やら尤もらしくがなっていた。
『この件に関しまして、早乙女さんからはいつものように何一つコメントをいただけませんでした。』
 と。

「或いは、馬鹿らしくて反応していないことも考えれられるけど…。」
 なびきはじっと黙ったままの妹を見返した。
「でも、かえってそれが相原親子やマスコミを助長させている。…そんなところか。」
 良牙がやっと落ち着いて言った。
「白木蓮…。」
 なびきはすっと鋭い視線をあかねに投げた。
「わかってると思うけど、今更ジタバタしたって始まらないわよ。そう、もう、サイは投げられてしまった。」
「あたしは、動揺せず、己だけを信じて突き進めばいい。…それが言いたいんでしょ?」
 お姉ちゃんという言葉はそのまま胸の中へ飲み込んだ。誰が訊いているかわからないからだ。
「それだけ、わかっていたらいいわ。…乱馬君と対峙できるのは決勝戦。勿論、互いが勝ち上がっていればの話だけれど。少なくともあんたがそこまで勝ち残らなければ、乱馬君とは拳(こぶし)すら合わせられないっていうこと。それを肝に銘じなさい。ここまで来て降りるなんて言わないわよね?」
 なびきは念を押した。
「降りるわけないわ。あたしは「白木蓮」として戦い抜く。どんな困難が待ち受けていようとも。たとえ乱馬があのアイドルを選んだとしても。」
「それを訊いて安心したわ。全力で戦い抜きなさい。あなたとあたしは、同じ天道家の、格闘一族の血を満身に受けているんですもの。同じ血が脈々とね。」
 なびきの目が激しく輝いた。格闘技こそやってはいないが、なびきもまた、格闘一族の血を受けた者である。

「あたしに、迷いはないわ。彼がどうだろうと、世間がどう騒ごうと…目の前の格闘だけを考える。今のあたしは「白木蓮」。誰にも負けない。誇り高き格闘家。」

 静かにあかねは言い放った。

「行きなさい、白木蓮。全力で高みに上るのよ。」
 なびきは妹に静かなエールを送った。
(そう、あなたの中に眠っている格闘家の魂を揺さぶるの。そうすれば、自ずと道は開けるわ。受身ではない、あなたの本当の強さに、乱馬君も惹かれるはずよ。同じ想いを持っているのなら。)


 結局なびきは、乱馬に手渡されたチケットをあかねに渡すことはなかった。
 今やこの妹は、許婚と同じ土俵で格闘を戦い抜こうとしている。たとえ、決勝戦に至れなくても、恐らくこの子は観客席には臨むまい。

「佐助さん、ちょっといいかしら。」
 あかねを見送った後で、なびきは佐助を呼んだ。
 さっと佐助はいずこからともなく、なびきの前に現れた。忍者だけのことはある。身を隠すのは慣れていた。

「あちらばかりにシナリオを書かせるのは癪だからね…。」
 そう呟くと、携帯を取った。そして、良く知る番号へと指を押して行く。

「あ、かすみお姉ちゃん。あたし、なびきだけど…。東風先生呼んでもらえる?え?ちょっとね。協力してもらいたいことがあって…。」
 こうやって己のシナリオの筋書きを書き添えてゆく。

「なびきどの。今のご依頼の電話は…。」
 電話のやり取りを傍で耳をそばだてていた佐助が怪訝になびきを見上げた。
「聞いていたとおりの内容よ。」
 なびきは携帯を仕舞込みながら、さらっと流して退ける。
「でも、そうすんなりと事が運ぶとは…。」
「だから、あんたの力が必要になってくるんじゃないの。」
「み、みどもの力でござるかあ?」
「何、素っ頓狂な声を出してるのよ。あんたの本来の職業はなあに?佐助さん。」
「お庭番、もとい忍びでござるが…。あ、そうか。」
 佐助はポンっと手を叩いた。
「そう言うこと。この承諾書にサインを貰ってくるのよ。多分、彼も嫌だとは言わないでしょう。わかった?」
「わかったでござるっ!」
「エンターテイメントのシナリオライターは仕上げまで手を抜かないの。抜いたらその時点で、そのシナリオは没よ。」
「では、行って来るでござるっ!」
「しっかりね。」


「九能ちゃんが居ない分、ちょっと不安だと思っていたけど、佐助さんを置いていってくれて大助かりだわ。ま、今回のこの騒ぎに九能ちゃんが居たら、それこそ、大変なことになっていたかもしれないけど…。
 パリの空は遠いものね。ふふ、帰ってきたら怒るだろうなあ…どうしてこんな楽しいイベントで俺だけ蚊帳の外だったんだーってね。うふふ。」
 なびきは九能の写真を見ながら楽しそうに笑った。






第九話 直向 へ続く




 個人的に思うんですが、この作品の主人公は、実はなびき姉さんじゃないのかって…。やっぱ、この方は敵には回したくない。本当に。


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