◇宿木
第一話 ヤドリギのある家

一、

 晴れ渡った晩秋の空。雲一つない、穏やかな休日の昼下がり。
 陽だまりはポカポカと暖かい。
 十一月の末にもなると、枯葉が多く舞い散って、天道家の庭も、色とりどりの葉っぱで埋め尽くされる。
 早雲と玄馬が竹ぼうきや熊手を片手に、熱心に落葉をかき集めていた。新聞紙を広げ、その上にいくつかのサツマイモが乗っているところを見ると、枯葉で焼き芋でもしようという算段なのだろう。
 葉っぱの塊の横で、大慌てでかすみが洗濯物を取りこみ始めていた。
 道場の脇の陽だまりでは、乱馬が指を一本立てて、腕立て伏せを熱心に続けている。ランニングシャツと黒ズボンといういでたち。そろそろ、袖なしでは冷えるだろうに、そんなことにはおかまいなしだ。
 どこかへ出かけるでもなく、家人それぞれが、ゆったりとした休日を楽しんでいる天道家。
 あかねもまた、その一人であった。
 茶の間の炬燵に足を突っ込んで、テレビに見入っていた。
 映し出されているのは「全大学ニューバトルトーナメント」。とどのつまり、大学生たちによる「無差別格闘技」の大会だ。場末のローカルテレビ、決勝戦だけが生中継されていた。

「あんたも、物好きねえ…。そんな色気の欠片もない、番組にチャンネルを合わせちゃってさー。」
 ファッション雑誌を片手に抱えたなびきが声をかけてきた。彼女もまた、出かける予定がなく、一日、家でだらだら過ごしていた。
「いいじゃない。来年の今頃は、あたしも、この中に居るかもしれないんだから。」
 みかんの皮をむきながら、あかねが言葉を落とす。
「…そーか、あんたも乱馬君も、ちゃっちゃと、スポーツ推薦で進学を決めちゃったもんね。」
 なびきが、少し小馬鹿にした口調で、あかねへと言葉を手向けた。
「あたしはお姉ちゃんほど頭が良くないから、推薦が来た大学に進学を決めただけよ!体育会系特待生制度も適用される、家計に少しは配慮した大学を選んだしね。」
 みかんの白い筋を丁寧にとりながら、口を尖らせたあかね。
 なびきは頭脳明晰で、真正面突破で公立大学の経済学部へ入学していた。そんな姉からみれば、スポーツ推薦で決めた妹が、うらやましく思えたのかもしれない。
 昨今、大学の売名に、一役買いそうなスポーツ有望株の生徒には、一部学費の免除や奨学金制度などがあり、あかねも乱馬もこの制度をうまい具合に利用できる大学へと進学を決めていた。
「あんたの相方も、同じ大学へ行くことをやっと、決めたようだし…。」
 持っていたポテトチップスの袋を手でバリッと破きながら、なびきがあかねへと畳みかけた。
「別に申し合わせ手決めた訳じゃないからね。たまたま、一緒の大学になっただけなんだから。」
 ブスッと答えたあかね。
「乱馬君はあんたを追っかけて決めたようなもんじゃない。」
「そんな訳ないわよ。最初、大学なんて行かないって言ってたんだから、乱馬は。」
「それはあれね。進学しないと、周りの女の子たちがまとわりついてきてうっとうしいと思ったんじゃないの?体育会サークル付きの大学に進んだら、暫くは寮生活強要になるから、マシだって踏んだんだと思うわよ。あんたが女子大に行かない限り、同じ大学へ進学するつもりだったんじゃないの?ま、たとえ、女子大も、体質を利用して、ちゃっかり進学しちゃったりするかもしれないけれどね…。」
「失礼なこと言わないでよ、おねーちゃん!」
 つい、声が荒くなる。

 乱馬とあかね。このカップルは、現在、高校三年生。
 つい、先ごろ、推薦制度を利用して、二人とも同じ大学への進学を決めていた。
 あかねも乱馬も、夏に行われた「全日本ニューバトル高校生大会」で、ぶっちぎって優勝を収めた。
 二人が席を置く、無差別格闘流が出場できるアマチュア大会だ。二人とも、その実力は他の群を抜いていた。その健闘が目に留まり、いくつかの大学から、進学の誘いがあったのだった。
 あかねはすんなりと、進学先を決めたのだが、乱馬の方は、相当に迷った様子だった。
 夏頃までは、進学せず、そのままプロ格闘家への道を行こうと思っていたようだが、まだ、人気も知名度も低いニューバトルという分野。しかも、結婚可能な十八歳になった途端、あかねのライバルたちが、執拗に追いかけ始めたものだから、その猛追を交わすのに、「進学しないと酷い目にあう」…と思い至ったらしい。
 単身修行を諦めて、親たちの意見を聞き入れた形で、あかねと同じ大学を選んで進学を決めていたのだった。

「まさか、乱馬が同じ大学の推薦を取るとは思わなかったわ、あたし。」
 あかねの率直な感想である。
「ま、プロの格闘家を目指すなら、それ相応の設備が揃った大学へ進学するのが近道だからね。
 それに、乱馬君も、あんたを大学の檻の中に、一人、放り込むのもどうかと思ったんでしょーし…。」
 ポテトチップをパリパリと頬張りながら、なびきが言った。
「大学の檻って何よ?」
「体育会系の活動を強いられる進学なんて、檻に入るのと同じじゃないの。結構上下関係とか力関係、うるさい筈よ。」
「今の時代にそんなこと…。」
「甘い甘い!統率が取れないと、強くなんてならないから、ある程度、上下関係があって然りの世界でしょー。九能ちゃんだって苦労してるみたいだから…。」
「あの、マイペースの塊の九能先輩が?大学の剣道サークルで苦労しているの?」
「ええ、あの、難攻不落のマイペース男ですら、少しは悩んだみたいだから…。」
 苦労する九能など、思い浮かばない。思わず苦笑いがこぼれ落ちるあかねであった。
「何でそこまでお姉ちゃんが九能先輩のこと、把握しているの?進学した大学は、違うのに…。」
「顧客管理してるのよ。」
「顧客管理?何の…?」
「内緒。」
 クスッとなびきから笑みがこぼれ落ちた。この、守銭奴の姉のことだ。恐らく、女乱馬やあかねの生写真を、こそっと横流ししているに違いない。

 と、テレビの歓声がひと際大きく唸った。
『これは凄い技が出ました!榎木和尊(えのきわたる)!ぶっちぎりの男子個人部優勝です!』
 アナウンサーの吠え声と、観客の大歓声と。

「あー!もー!お姉ちゃんのせいで、一番おいしいところ、見逃しちゃったじゃないの!」
 あかねが悔し気に吐き出した。
「人のせいにしないでよね。」
「榎木選手の決め技見たかったのに…。」
「テレビ放送よ。スロー再生してくれるでしょうが。ほら。」
 なびきは画面を指さす。
「あ…それもそーか。」
 あかねは、テレビ画面へと、再び、食い入る。
 画面は、榎木選手が決めた技を、再生して映し出す。
 と、相手が、瞬きするくらいの一瞬、身体を硬直させたようにも見えた。
「あれ?」
 あかねは迷わず、声をあげた。
「何?」
「今、一瞬、相手の選手の身体の動きが止まったような…。」
 と、小首を傾げる。
「そお?私にはわかんなかったけど。」
 なびきと違い、あかねの動体視力はすこぶる良い。動いているパンチも速度によっては止まって見え、さっと避けることができる。恐らく、乱馬はあかね以上に動体視力は上であろう。
「ほんの一瞬だったからね…。技を繰り出すのに、迷ったのかな…。」
「さーね…相手に聞いてみなきゃ、わかんないんじゃないの?」
「それはそーだけど…。」
「で?何であんたは熱心に榎木選手の試合を見ているのかしらね?」
「別に、彼の試合を選んで見ている訳じゃないわよ。ただ、最近、頭角を現して来た選手だから、ちょっと興味が湧いただけよ。進学する大学のライバルにもなるだろーから、試合があればできるだけ見ておきなさいって、面接を受けたときに言われたんだ。」
「ほんと、あんたって生真面目ね…。ちゃんと、言われたこと、実践しているんだ…。乱馬君は、全然見てないのにさー。」
「あいつは別よ。多分、勝負は水物だから、観戦よりも修行だって言いきるだろーし。」
「それだけ、己に自信があるってことかしらねえ…。」
「良くも悪くもね。研究や分析なんて、絶対しないで、第六感だけで突っかかっていくタイプだわよ、あいつは。」
「そっか…。代わりにあんたが研究して、乱馬に必要な情報を教えてあげようって魂胆なのね?」
 ギクッとあかねの肩が動いた。当たらずしも、遠からじなのだろう。
 もっとも、乱馬自身が、あかねのアドバイスを素直に聞くとも思えなかったが、少しは力になれると踏んでいたのだ。
「そうそう、この、榎木って人、ちょくちょく女性誌で取り上げられてるわよ。」
 なびきが、ぽそっと吐き出した。
「え?そーなの?」
「ええ…。スポーツ界の爽やかメガネ男子の代表として、話題に上ってるけど、知らない?」
「さわやかメガネ男子?メガネなんてかけてないじゃない。」
 あかねは何度も再生される、榎木選手を指さしながら問いかけた。
「そりゃあ、武舞台の上じゃ、たいてい外してるでしょーが。外れたら、危険だろーし。普段は、メガネをかけてるみたいよ。ほら。」
 そう言って、持って居た雑誌を徐に開いて、わざわざ見せてくれた。
「へえ…。ほんとだ、メガネかけてる…。」
 初めてメガネ姿を見たあかねは、感嘆の声をあげた。
「あ…それから、この雑誌、乱馬君の写真もあったわよ。ほら。」
 そう言いながら、もう一ページ開いた。
 そこに映し出されたのは、乱馬の雄姿。
「これって、夏の大会の時の…。」
 あかねは目を見開いて、食い入るように見つめた。その熱いまなざしを、冷ややかに見るなびきの視線に気付いて我に返る。
「結構、色男って思ったんじゃないの?」
 ニッと口元が渡っていた。
「…んな、訳、ないわ!」
 すっと雑誌から視線を外した。
「この雑誌が発売になってから、乱馬君ったら、たまにバトル女子に絡まれてるらしいわよ。」
 なびきは、再び、気になる情報をあかねへと流した。
「バトル女子って?」
「バトル系男子に熱を上げる年頃の娘のことよ。ほら。」
 そう言って、写真を一枚、懐から引っ張り出して見せる。それは、どこかの街角で、女性にからまれている写真だった。それぞれ、色紙やノートを取り出して、乱馬にサインをねだっている様子がしっかりと撮られていた。
 いつの間に、こんな写真を撮ったのだろう。
「ほんと、バカみたい…。こんな奴のどこがいいのかしら。」
あかねは、すっと、写真から視線を逸らせた。明らかに、動揺…いや、機嫌を損ねたように小難しい顔になっていた。それを横目で見ながら、ふふんとなびきが笑いながら言った。
「それは、あんたが一番よく知ってることじゃないのかしらねえ?」
 その問いかけには返答しなかったあかね。
「ま、おかげで、私も、乱馬君の生写真で、儲けさせてもらえるから、ありがたいんだけど。」
 今度は、聞き捨てならない言葉をなびきが投げて来た。
「ちょっと…まさか…お姉ちゃん…。もっと、撮ってるの?」
 じろっと見たあかねに、なびきは懐から何枚かの写真を取り出して、こたつの上に並べ始めた。
「ええ、もちろん。こんな金づる、私が見逃す訳ないじゃん!これ。」
 こたつの上に広げられたのは、乱馬のスナップ写真だった。それも、道着やランニング一枚といった、汗臭いスナップ。しかも、至近距離から撮った写真ばかりだ。
「五枚、千円にしとくわ。爆安価格よ!」
「誰が買うもんですか!」
 あかねは、即答を返した。
「そお?なかなか良く撮れているでしょ?許婚としては、持っておいても損じゃないと思うけど。」
「だから、要りません!」
 やはり、この姉は業突く張りだと、苦笑いがこみあげてくる。
「ちょっとくらい、被写体の乱馬に、モデル料をあげているの?」
 苦笑いついでに、問い質す。
「まさか!」
「っていうことは…隠し撮りなの?」
「まあねー。」
「いいの?そんなことして。」
「だって、売れるんですもの!稼がなきゃ、損よ!」
 にまにまと笑いが止まらないなびきだった。
「あたしの写真も隠し撮って、売っぱらってるんじゃないでしょーね?お姉ちゃん。」
「うふふ…。それは内緒よ。」
 その答えに、(きっと、あたしの写真も隠し撮りして、売りさばかれているんだわ!)と、強く思ってしまったあかねであった。


二、

「焼き芋をしているから、二人とも、庭に出てらっしゃいな。」
 かすみが縁側から声をかけてきた。
 そう言えば、たき火の煙とともに、香ばしい匂いがそこはかとなく漂い始めていた。
 秋の醍醐味は食にある。
「わー、焼き芋なんて久しぶりよね。」
 あかねはこたつを出て立ち上がった。
「焼きたてを食べないのも、勿体ないわね。」
 なびきも、すっと立ち上がる。そして、こたつとテレビのスイッチを切った。この辺りはさすがに、しっかりしている。節電…いや節約のつもりだろう。

 秋の夕日はつるべ落とし。三時を回ると、夕闇が近くなる。太陽は西の端に傾いて、そろそろ夕焼けの様相が感じられてくる。この前まで強かった日差しは、美濃の見事に薄まってしまったような感じだった。
 つっかけで庭へ出ると、きれいに落葉が集められ、煙を噴き上げていた。
「もうそろそろ、焼き上がるよ。」
 早雲がにこにこと話しかけてきた。
 玄馬も枝を落葉に差し入れて、空気を入れている。
 乱馬も身体を動かすのを辞めて、タオルを肩にかけて、たき火で暖を取っていた。ひと汗かいたあとで、袖なしランニングシャツでは、少し肌寒いのだろう。上着を取りに行かず、不精してそのまま、たき火に身をさらしている。

「焼き芋は焼きたてがおいしいからね。」
「焼き芋焼き芋、嬉しいね、天道君!」
「買って来たのは私だけれどね。早乙女君。」
「細かい事はいいじゃないか!わっはっは!」
 小枝で燃え盛る葉っぱを突きながら、ご機嫌な父親たち。

(本当に仲が良いわね…。お父さんたちは…。)
 あかねは、たき火を囲む、父たちのにこやかな顔を、眺めていた。
 この二人のたっての希望で、天道家の許婚にされてしまった乱馬。三姉妹のうち、年が同じのあかねに許婚としての矢が当たってしまったのだった。
 決められた時は猛烈に拒絶した。あかねだけではなく、乱馬も相当、拒絶していた。
 時を重ねるうち、あからさまに拒否しなくなって久しい。
 いや、むしろ、許婚として傍に寄り添っていて当たり前の存在になりつつあった。
 最早、離れる方が、無理難題に近いだろう。

 さっき、なびきが見せてくれた、乱馬の写真と、目の前の乱馬が重なり合う。
 確かに、均衡のとれた美しい身体は、前にも増して、美しく瞳に映った。二の腕も、胸板も、鎖骨も、背中も、英気が溢れだしている。買っておけばよかったなどと、思得てしまった自分に、ハッとして立ち止まる。
 ふと、そんな乱馬と視線がかちあった。
「何だ?何か、変な物でも、俺の身体にくっついてるのかよ?」
 怪訝な瞳であかねに問いかけてきた、乱馬。
「別に…何もくっついていないわよ…。ただ、珍しく、熱心に修行してるなあって…。」
「おめーが、しなさすぎるんだよ…。たく。ちゃんと真面目に身体を動かしておかないと、ぶくぶく太ってくるぜ!おめー、絶対、推薦が決まってから、目方が増えてるだろ?」
 と言い放たれた。
「失礼ねえ!増えてないわよ!」
「いや、この頃、風呂上がりに体重計乗ってねーじゃん!体重計が怖いんだろー?」
「何、人のこと観察してるのよ!バカッ!」
 つい、手が出るところは、以前と変わりないあかねだった。
「へーんだ!おめーのへっぽこ拳なんか当たらねえよー!」
「言ったわねー!許さないんだから!」
 そう言って振り上げたあかねの拳が止まった。
「あ…。」
 振り上げたこぶしの先をじっとみて、立ち止まる。
「あん?どーした?」
 急にトーンダウンしたあかねをいぶかりながら、乱馬が声をかけると、
「あれ…。」
 と言って、道場脇にある、屋根より高い木を指さした。

 枯葉をチラチラと散らせて、殆ど枝葉だけに成り下がったエノキの樹だった。

「あの木がどーかしたのか?」
「ほら、見て…。ちょうど真ん中辺り…。鳥の巣かしら?」
「あー、ほんとだ、丸い巣みたいのがあるぜ。」

 一抱えもあろうかという、丸い塊がエノキの枝に、ちょこんとのっかっているのが見えた。

「あれは、鳥の巣じゃなくて、ヤドリギだよ。」
 早雲が、焼き芋を枝に突き刺しながら、言った。
「ヤドリギ?」
 あかねがきびすを返すと、
「木に寄生する木のことだよ。葉が落ちてしまって、目立ってきたねえ。」
 と、早雲は答えた。
「じゃあ、ほっといたら、木が枯れちまうんじゃねーのか?俺が登って、すぐ、落としてやろうか?」
 乱馬が早雲へと問いかけると、「あれぐらいの大きさなら問題は無いよ。」と、素気無く言われた。
「でも、寄生しているってことは、宿主の木が弱るんじゃねーのか?おじさん。」
 納得がいかないという顔を乱馬が手向けると、
「まあ、幾重にも根が張られてしまえば、そういうこともあるんだろうけどもね。それより、ヤドリギはどちらかというと、縁起物なんだよ。だから、暫く置いておこうかと思うんだ。」
 早雲は、焼き芋を、乱馬に差し出しながら言った。
「縁起物?」
「ああ、繁栄とか長寿の兆しとして、ヤドリギをカンザシにして頭につけようか…という歌が、万葉集にもあるんだよ。すぐには思いだせないけれど、大伴家持辺りが詠んだ歌だっけかな。」
「へええ…。初耳よ、そんなこと。」
 あかねが目をしばたたかせながら言った。
「天道君は、時々、知識人だからねえ…。嫌味なくらいに…。」
 と、玄馬が割り込んだ。
「あははは…。早乙女君の頭にはかんざしは無意味だからねえ…。」
「長髪の親父にもかんざしはどうかと思うがねえ…。わっはっは。」

「ヤドリギが縁起物だということはわかったけど…ほんとにあのままで良いのかよ。」
「大丈夫だよ。あのくらいの大きさのヤドリギが一つだけだからね。中には一つの木の中に何個もヤドリギをくっつけているのもあるくらいだから。宿主の木に元気がなくなって来たら、駆除を考えてもいいけれどもね。しばらくはあのままにしておくよ。」
「山に修行に入っても、結構、高木に巣食っておろうが。知らんのか?乱馬は。」
 玄馬が乱馬へと問いかけた。
「いや、別に、気にしたこともねーなぁ。」
「注意力散漫というか、どこの山に入っても、ヤドリギを宿した木は多いぞ。」
「そーだっけ…。」
 首をかしげている乱馬に、早雲が言った。
「ヤドリギを縁起物として、重宝したのは、葉を落とした広葉樹の中に根を張って、冬でも葉を空へ掲げる常緑樹だからだと思うよ。」
「常緑樹なら、何で、縁起物なの?お父さん。」
「神棚に供える榊もそうだが、一年中緑の葉を絶やさない常緑樹は、神の依代(よりしろ)として、昔から重宝されているだろう?その延長線上に、ヤドリギもあると思うよ。それに、ヤドリギを重宝しているのは、何も日本だけではないんだよ。ヤドリギをクリスマスの飾りに使うこともあるそうだよ。」
「へええ…。そーなんだ。」
「それから、ヤドリギの下では、男性から女性へ求愛してもいいっていう風習も持つ地域もあるらしいんだ。だから、ヤドリギの花言葉は「私にキスして」…ということになるらしいよ。」
 と嬉し気に早雲が言った。
「女性がその男性のことを愛していたら、その求愛は断れないとか、その一年間は幸せになるとか…色々あるそーじゃぞ。なあ、天道君。」
 カラカラと笑いなががら、玄馬も一緒に突っ込んできた。
「何で、親父がそんな話を知ってるんだよ。」
 ブスッとなって乱馬が問い返す。と、
「何を言う!ワシも昔、ヤドリギの下で求愛したことがあるんじゃぞ!」
 と、とんでもない答えが返って来た。
「何だとぉ?求愛だあ?」
「それが母さんだ。」
「…何、似合わねーこと言ってんだ?親父!」

 玄馬の言葉に、つい、怒号をあげてしまった乱馬だ。当然である。この、天道家の居候に成り下がった生活力ゼロの親父が、乱馬の母、のどかにヤドリギの下で愛を告白する光景など、想像するのもおぞましかったからだ。

「何なら、母さんに後で聞くがいいわ!わしも、天道君同様、公園のヤドリギの下で、プロポーズしたんじゃから。」

「ぷ…ぷろぽーずだあ?」
 再び、目を丸くする、乱馬。後に続けようとした言葉は飲み込んだ。
「ははは、そうか、早乙女君、ワシが母さんに仕掛けた求愛を、のどかさんにも真似したのかい。」
 早雲が微笑みながら、問いかけた。
「ああ、君からの受け売りだったがね…。天道君があかね君たちの母親にしたと話していたのを、ワシもちと試してみたんじゃよ。わっはっは!」
「して、結果は?」
「貴様が生まれたことが、全てを物語っているじゃろーが!」
「わっはっは!ヤドリギさまさまだね、早乙女君!」

「ふ…二人して、何気色の悪い、昔の話してんだよ…。想像するだけでおぞましいぞ。」
 思わず、言い放つ乱馬。
「こりゃ、親に向かってそれはないじゃろーが。あの求愛が無ければ、貴様も生まれて来なかったかもしれんのだぞ!」
 早乙女父子の間に、不穏な空気が流れ始めた。それを、横目に、
「それより、お父さん、よく、そんな風習、良く知ってたわね。」
 ぼそぼそっとあかねが問い質す。
「ワシの場合は、母さんから教えて貰って、促されたようなもんなんだけれどね。あはは。」
 少し照れながら、早雲が答えた。
「お母さんに教えて貰って、実践したってこと?」
 今度は、なびきが、興味津々に問いかけた。
「ああ。母さんは読書家だったからねえ…。なんでも、元はクリスマス限定である地域でなされていた求愛方法だったらしいんだが…。それを教えて貰って、じゃあって、その…勢いで、母さんに求愛したんだよ。…ははは、古い話だけれどね。」

「まあ、素敵ね…。」
「お父さん、やるわね。」
「ちょっとロマンチックね。」
 三人三様に、娘たちは、父の言葉に素直に反応した。
「で?どんなセリフでお母さんにプロポーズしたの?」
 なびきが、さらに深く突っ込んできた。
「あはは、!プロポーズは二人だけの心にしまっておきたい思い出だからね…。ここから先は秘密だよ。」
「じゃあ、早乙女のおじさまは?」
 返す口で玄馬へと問いかけたなびき。それを、慌てて制止にかかった乱馬。

「いー、きかんでいー!これ以上、気色悪い想像させるなっつーのっ!」

 何故だか、乱馬が止めにかかった。ここらで歯止めを打たなければ、玄馬はどんな戯言を言いだすかもわからない。息子として、焦ったようだ。

「いいじゃない。聞いてみたって。減るもんじゃ無し。」
 なびきが笑いながら問いかける。
「お…俺はききたかねー!」
「何ひとり、パニくってんのよ、あんた。」
 クスッとなびきが笑った。
「うるせーよ!あの、剥げ親父がおふくろに歯の浮く求愛しただなんて、想像しただけで、鳥肌が立つぜ!ったく!」
「色々手順を踏んで、今のあんたが居るんでしょーが。子供として、聞いてみたくないの?」
「いらねー!ききたかねーよ!」
 追いすがって聞こうとするなびきに、乱馬は、ぶんぶんぶんと耳をふさぐ動作をしてみた。

「せっかくだから、どーかね?ヤドリギは切らずにあのままにしておくから、乱馬君もあかねに、あのヤドリギの下で愛を告白してあげてくれないかな?」
 早雲が焼き芋を片手に、乱馬へとたたみかけてきた。
「それ、ロマンチックでいいわね。是非そうなさいな。」
 早雲の言を受けて、かすみがにこにこと、乱馬へと声をかけた。

「だから、求愛っつーのは、言われてするもんじゃねーだろが!まして周りに促されてするものでねー!ヤドリギの下での求愛なんて、俺は絶対に、ぜーったいに、しねーからな!」
 そう言って、焼き芋を握りしめたまま、縁側からたったと母屋へと入ってしまった、乱馬。

「あーあ、逃げた。都合が悪くなると、すぐ逃げる癖は、治んないみたいねー。あんただって、ヤドリギの下での告白ってロマンチックだって思うでしょ?あかね。」
「え?…あ、まーね。でも、あくまで客観的な話としてね。でも、だからと言って、ヤドリギの下で求愛してもらいたいとも、思わないわ。」
「あら、乱馬君から求愛されたくないの?」
「乱馬が、見え透いたシチュエーションで求愛を、する訳ないでしょ?」
「じゃあ、どんな求愛が好みなの?あんた。」
 そう問われて、思わず考え込む。
 あの照れ屋の乱馬は、果たしてどんな求愛をするというのだろう。パッとは思い浮かばなかった。
「何、マジになって考えてんのよ、あんた。」
 なびきに囁かれて、我に返った。
「あ…。いえ、別に…。」
「やっぱ、期待はしてるんでしょ?まあ、あのとうへんぼくは、あんたに求愛するまで、どれだけの日数を要するかは、全く未知数だけどね…。」
 結局、体よく、姉にからかわれているということに気付いて、ふうっと短いため息を吐き出したあかねであった。



「ヤドリギの下の求愛かあ…。お父さんも、早乙女のおじさまも、結構、ほほえましい恋愛をしていたのね。」
 乱馬が逃げた庭先で、ふっと言葉をはきだしたあかね。
 すぐ上の姉、なびきが言うように、あの恥ずかしがり屋の乱馬は、どう転んでも、整えられた状況であかねに求愛などはしないだろう。
 もっとも、あの狼狽ぶりからは、好きだという言葉も、易々とはもらえないのではないかと、思ってしまった。

 好きだ…という、たった一言すら。未だ、まともにもらえていない。ましてや、キス一つすら。
 相変わらずの優柔不断ぶりは、なりを潜める気配はなかった。

(ま、当分、求愛なんて、夢の夢ね…。)
 たき火の煙がヤドリギの方へと流れて行くのを見上げながら、あかねは、ほくっと焼き芋をかじった。


 つづく


一之瀬的戯言
 全七話予定です。


(c)Copyright 2000-2016 Ichinose Keiko All rights reserved.
全ての画像、文献の無断転出転載は禁止いたします。