「やきもち」
あたしっていつからこんなにやきもちを妬くようになったんだろう?
乱馬が来てから?
そう、多分、彼を愛し始めてから…。
帰り道。
右京が乱馬にモーションをかけてきた。帰りがけにお好み焼きの新メニューを作ったから食べに来て欲しいって。右京は竹を割ったような性格の女の子だから、その誘い方もある意味、強引かもしれない。
帰りがけに「腹減った。」だの「めんどくさい。」だの散々あたしにわめいていたのが右京にも聞こえたのね。
「丁度ええわ。そんならうちとこ寄って行きっ!」
って。
…あたしとの先約があるでしょう?
無言で睨み返しても、彼はピンと来ないらしい。鈍いんだから。お好み焼きに未練があるのかな?それとも右京とは幼馴染だから?
校門を出たところで右往左往やっていると、今度はシャンプーがやって来た。
時々彼女は下校時間に合わせて、高校の周辺に現れる。そして執拗に乱馬を追い掛け回す。
「乱馬っ!曾婆ちゃん、新しいメニュー開発したね。試食に来るよろし。おごりね。」
自転車で通りかかる。
また、ややっこしいのが来たなと溜息を着くと、今度は九能小太刀。
「乱馬さま…。クッキーなど作ってみましたので、ご一緒に召し上がりに参りましょう。」
ですって。
黒薔薇吹雪と甲高い笑い声とともに現れて、賑やかったらありゃしない。流石に乱馬も小太刀だけは絶対苦手らしく、いい顔は見せたことが無い。
右京、シャンプー、小太刀と三人娘が揃ってしまった。
こうなるとダメ。あたしとの約束なんか、何処かへ吹き飛んでしまう。
いつものことなんだけど、乱馬は相変わらずはっきりしない。嫌とか先約があるからという意思表示すらしないでただ、たじたじと逃げ回るだけ。勿論、乱馬が断ったところで、引き下がるような三人ではないのだけれど、せめて一言くらい言ってやったらいいのに…。
あたしは諦めて、溜息を吐く。
どうしていつもこうなるの?と心で嘆きながら、上気してゆく。
「いいわ、あたし一人で行くから。せいぜい、あんたは三人の相手でもしてきなさいよっ!」
自分でも可愛げがないと思う。小憎たらしいことをズバズバと言っていると思う。
心とは裏腹に、一度噴出した言葉は止まらない。
「待てよっ!あかねっ!!」
って叫びつつも、三人に揉みくちゃにされている乱馬を残して、あたしは一人で歩き出す。
「何よっ!乱馬のバカっ!」
心でそう叫びながら。
父の日が近いから、二人でそれぞれのお父さんたちに何かしようって決めたのに…。
「あんなスチャラカ親父に何やったって…。」
ってぶつぶつ言ってた。
「あんたができないならあたしだけでもするけど…。」
って。
別に他意はなかたのだけれど、父の日ちゃんとしなさいよっておばさまに言われてたじゃない。お小遣いまで貰ったんだからしないわけにもいかないじゃない?だから気を利かせてあげたのに…。お節介だったのかもね…。
そんなことをぼんやり考えながら商店街へ…。
一人で辿る道は虚ろだった。ショウウインドーを覗きながら歩く。父の日っていつも悩んでしまう。母の日ならなんとなくあげたいものがわかるんだけれども。普通の会社勤めのお父さんなら、簡単に見つけられるのに。ネクタイも時計も定期入れもビジネス鞄も縁の無いあたしの父。武道家だから。
花や食べ物をあげるわけにもいかないし…。
梅雨空は気紛れ。ずっと曇ったままの天気が続く。すっきりとした青空なんて暫く見ていない。どんよりとしていて重苦しい。湿気を含んだ空気が心の隙間にまで入り込んでくるような気がする。
うっかりしていて傘を学校に置いてきた。
こういうときに限って雨がぱらつき始める。
ふと鼻につく湿った雨の匂い。
ほら来た…。
ぽつぽつ降り出した雨が本降りになるまで左程時間がかからなかった。
あたしは恨めしそうに商店街のアーケードから空を見詰めた。
バシャバシャと音を立てながら、流れる雨水を蹴散らかしてゆく車たち。傘を持たずに駆け出す人、余裕で傘を広げる人。街行く人たちが慌しく動き始める。
どうしようか暫く思案した。傘を買ってもいいけれど、少しでも倹約したいなんてなびきおねえちゃんみたいなことを思った。
ここから家までは十五分くらいかかる。途中雨宿りできるところもない。
走っていくしかないのかな…。そう思って雨を見詰めた時、傍らで声がした。
「あかねっ!」
振り返ると乱馬がいた。
「え?」
って疑問を投げかけると、憮然とした声が響く。
「人の事情も考えねえで、先に行きやがって…。」
「シャンプーや右京たちと楽しんで来るんじゃなかったの?」
ちょっと皮肉ってやった。
「たく…。可愛くねえな…おめえは…。振り切って来てやったんじゃねえか…。」
恩を着せるような言い方をする。
「別に…来てもらわなくってもよかったのに…。あんただってあたしと居るより、美味しいもの食べたかったんじゃないの?」
強がりだか屁理屈だかわからない返答。明らかに言葉のやり場に困っている。
「あかねのヤキモチ妬き…。」
ぽつんと聞こえた彼の声。
「何よっ!」
核心を突かれてあたしはまた感情が逆流しはじめる音を体内で聴いた。言葉の拳をあげようとして、息が止まった。
乱馬がくいっと肩を掴んだから。
「買い物…。また、今度にしよう…。俺腹減って何も考えられねえや…。まだ日があるし。」
そう言って微笑むと、半ば強引に自分の領土の中へとあたしを入れる。逆らうこともできずに、あたしは彼の傘の下。
頭上では雨が傘に跳ね返る音が聞こえる。
傘の中、二人、いつもより身体を密着させて歩き出す。自分の心臓の音が彼に伝わるのではないかと思うくらい近い。
雨に打たれると変身を余儀なくされる乱馬。それを嫌っているのだろうか。肩が微かに触れている。触れる度にドキドキする。
胸のドキドキと雨のパラパラと…。
傘の中であたしは少しずつ素直になっていく。
「怒りっぽいのもいいけど…少しは素直になれよ…。ヤキモチ…妬き過ぎると可愛くねえぞ…。」
意地悪そうに乱馬があたしに言った。
反論しようと彼を見上げてはっとした。彼の目は、真っ直ぐにあたしを見下ろす瞳は意地悪な言葉とは裏腹に穏やかで優しかった。
そんな瞳で見詰められたら、売ろうとした喧嘩も萎えてしまうじゃない。
穏やかな心が流れてくる。傘の中は別世界を作り出す。
雨音は心を落ち着かせる作用があるのだろうか?
「ヤキモチ妬かれなくなったらお終いだよ…。」
気がついたらあたしも彼に穏やかな微笑みを向けていた。
「ちぇっ!屁理屈ばっかりこねやがって…。」
乱馬も笑った。
「傘のお礼に、帰ったら数学のノート写させろよな…。」
「ダメよ…。」
「なんでだよ…ケチ。」
「写させてあげないけど、教えてあげる。」
「面倒くせえな…。」
「いいじゃない…。」
後は流れ出すいつもの他愛ない会話。
雨の音の下で、微笑みあえる幸せ。
柔らかい雨。優しい雨。
いつか乱馬は差しかけていた傘の持つ手を変えて、肩を抱いてくれた。置いた手は迷いに迷った後があって、固まっていたみたいだけれど。そんな彼の心遣いが嬉しかった。
途中で雨が激しくなっても、どうか乱馬が女に変身しませんように…。もう少しだけこのまま歩きたいから…。
小さなあたしの祈りが心に響いた。
優しい雨音の下。傘の中は二人だけの小さな世界。
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