「たく…もうちょっと丁寧にやってくれよ…痛いじゃねえか…。」
俺は傍にいるあかねに照れ隠しに言ってみる。
陽だまりの縁側で、疵の手当てに余念が無い。くすぐったいほど近くにいるあかねに少しドキドキしている自分が居る。
「ちょっと、動かないでよ…上手く貼れないじゃない…。」
耳元であかねが呟くように反撃に出る。
身体中疵だらけ、痣だらけ。あかねが不器用な手つきで塗ってくれる消毒液はひりひりと染み渡る。
「ててて…。もうちょっと優しくやてくれよぅ…。」
思わず口を吐く言葉。
「文句言わないの…。人に押し付けておいて…。」
「だってよ…背中に目はねえし、上手くやれないんだから…それに元はと言えば…。」
そう言いかけて黙った。
「元はと言えば何?桜の木の上で散々鳴いて、爪立てて蹴散らかして…。その挙句、人の膝の上でゴロゴロ喉鳴らしてたのはだあれ?」
あかねはそう言ってくすっと笑う。俺の失態を思い出したのだろう。
薮蛇だった。
そう、俺は、何かのはずみでまた猫化して庭先で暴れたらしい。この疵も痣もその時に作ったもの。
猫に対して異様なまでの恐怖心が募ったとき、俺は突然猫化して暴れ出すらしい。俺自身はその時の記憶が殆どないものだから、参ってしまう。
人の話すところによれば、毎度まいど暴れては、木をカツオ節のように爪で削るのだそうだ。
覚えていないほど、罰の悪いものはない。
今回も、散々暴れまくって、気が付けばあかねの膝の上…。
猫化して暴れている俺を上手くなだめられるのはあかねだけだ。昔は隣に住んでいた婆さんの膝が凶暴化した俺の安らぎの場所だったらしいが…。今はあかねの膝。
いい匂いがして、柔らかくて、暖かくて、落ち着いて…猫化しているときの記憶は殆ど無いものの、あかねの膝の温もりだけは身体が覚えてしまっているらしい…。
母さんの膝より暖かい、たった一つの俺の極上の場所。ずっと前から知っているような暖かな安らぎの場所。それがあかねの膝の上。
だから猫化した俺は迷うことなく其処へと突き進むのだろう。ちゃっかり乗っかって己の縄張りを強調する。そして幸せを貪るように身体を沈めてしまうらしい。
黙ってしまった俺を見て、あかねはふっと微笑んだ。嬉しそうに。
「いいよ…。いつも私の膝の上を選んでくれるんだもん…。乱馬、あたしのこと…だから…大目に見てあげるわよ。」
ちぇっ!すかしてやがる…。
惚れちまった人の弱みにつけ込みやがって…。おまえ以外の奴の膝なんて乗れっこねえじゃねえか…。バカ…。
猫化して人心地が戻ってからのあかねは優しい。勝気さも少しだけ和らいでいる。母性本能って奴が働くからかもしれない。
(おまえも、本当は俺に惚れてるんだろ?甘えられて嬉しいんだろ?)
心で問い返しながら、俺はあかねの膝の余韻を楽しむ。
「あーん、もう。なんでこうなっちゃうのよーっ!!」
耳元であかねが小さく叫んだ。ふっと見れば絆創膏が指先に絡まりついている。
「ドジ…。」
俺は上目遣いにあかねに小さく吐き出した。
青い空からは風に乗って、桜の花びらが舞い落ちる。
季節は春。ゆったりと時は流れてゆく。
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