君の笑顔に完敗


 「はいっ、乱馬くん。少し前の写真だけど…。」
 そう前置きして、なびきが一枚の写真を差し出した。
 「なんだよ…。あかねじゃあねえか。」
 俺は手にした写真を一瞥するとなびきに言葉を返していた。
 「いいじゃない。バレンタインだしあんたにチョコの代わりにあげようと思ったんじゃない。」
 なびきはすまし顔で言ってのける。
「何でバレンタインにあかねの写真なんだ?」
 俺は反発しながらなびきにそう切り替えした。
 実は写真を見て、すぐさま俺の心臓はドキンと唸った。
 半袖だから大方去年の夏に撮影したものだろう。
 そこに写し出されたあかねは輝いている。清々しい笑顔。
「人の好意は素直に受け取るものよ…。」

「なんで、あかねの写真がてめえの好意に繋がるんだよ…。」
 ぼそぼそ言ってみるものの、なんだか様にならない。
 なびきはそんな俺の微妙な心の変化に気がついたのだろう。
 ニヤニヤしながら語りかけてくる。
「そんなに嫌なら、別の人にあげちゃおうかな…。
 あかねの写真は高値で売れるんだから。」

 …なんて奴だ…。妹の写真で商売するなんて…。
 
「わかったよ…後で俺があかねに渡しておいてやるよ…。」
 俺はあかねの写真を持ったまま、渋々という感じを演じて、受け取った。
「じゃ、確かに渡したからね…。
 そうそう、あかねにも同じ写真を渡してあるから、
 それは乱馬くんが持っててもいいんじゃないかなあ…
 ふふふっ。後はご自由に…。
 それと…ホワイトデー忘れないでね。」
 そう言い飛ばしながらなびきは廊下へと消えた。
 
「たく、ちゃっかりしてやがる…。」
 口元でもそもそ言いながら俺は写真をしげしげ眺めてみた。

 …なんでこいつ、こんなに可愛いんだろう…

 勝気で、怒りっぽくて、やきもち妬きで泣き虫な俺の許婚。
 だけど俺は…こいつの笑顔に首っ丈。
 悔しいけどぞっこんに惚れている。
 おまえの笑顔は外の誰にも冒させたくない。
 俺のためだけに輝かせ続けて欲しい。
 それが俺のささやかな願い。

「ちぇっ!せかっくだし、おまえの笑顔は、俺が大事に貰っといてやるよ…。」
 そう言って写真にくちづけると、大切に懐へ仕舞い込んだ。






TOPイメージ短編〜その2
「君の笑顔に完敗」」…ラムクラさんに彩色して頂いたイラストを見たとき
突発的に思い浮かんだ短編
文章/一之瀬けいこ作<
イラスト /ペン画(下絵) 一之瀬けいこ
     彩色(仕上げ) ラムクラさん

2001年2月


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