つくづく俺は粗忽者だと思う。
昼間、俺の不注意な一言から傷つけてしまった大事な許婚。
家に帰ってから一言も口を利いていない。
勿論、彼女はヘソを曲げているだろう。勝気な奴だから…。でも、それだけではなく、雨に打たれたせいで熱が出て夕ご飯も食べずに寝てしまったという。
表面は平静を装っているものの、本当は心配で溜まらない。
彼女の部屋へとこっそり潜入する。
好奇心の塊の家族たちに見つかったらさぞかし顰蹙を買うだろう。
だから窓から来た。
そんな俺を中途半端な半分の月は清かに上から照らして笑う。優しい光が少しだけ勇気をくれる。
そっと窓へ手を伸ばす。
無用心にも鍵はかかっていない。
彼女を起こさないように俺は細心の注意を払って気配を消す。
ゆっくりと上体から彼女の部屋へ入った。
豆電球がほんのりと頼りなく辺りを照らし出す。
頭から被った蒲団。
俺は月明かりを背に受けて、あかねの顔を覗き込んだ。
「う…ん…・。」
気配を感じたのか彼女は被っていた蒲団から顔を出して寝返る。俺はドキッとしたが、彼女は幸い目を覚まさなかった。余程薬が効いているのだろうか。それっきりで、また寝息をたて始める。
ほっと息を洩らしながら、傍らに佇んだ。
それから俺は本来の侵入の目的を果たしにかかった。
そう、あかねが落とした人形を返しに来たのだ。それと俺の詫びの気持ちを持ってきた。
手の中に握り締めた人形と化石。
俺はそっと彼女の枕元にそれらを並べて置いた。
その時、カーテンがゆらゆらと風に揺られて月明かりが部屋へ差し込んだ。
蒼白い光に照らし出されたあかねの顔を見てズキンと俺の心臓が鳴った。あかねの頬のに涙の伝ったあとを見つけたからだ。
泣き寝入りしたのだろうか…。
そう思ったら罪の呵責で心が一杯になった。
俺はこいつの涙には弱い。泣かしてしまったと思うだけで心がズキズキと痛んだ。
「ごめんな…あかね…。」
正面切っては絶対に言えそうにない言葉を俺は自然に呟いていた。
涙の跡をそっと右手で辿ってみる。
俺が泣かせたあかねへの切なさと愛しさが一度に心から溢れ出してきた。
止めることの出来ない想い。
俺が見たいのは涙で濡れた顔ではない。笑顔が光る眩しい顔だ。明日は笑顔を見せて欲しいと思った。切に願った。
だから…。
俺は彼女の頬にそっと唇で触れた。涙の跡にキスをした…。そうせずにはいられなかった。
哀しみも怒りも…あかねの全部が愛しいから。
月明かりの中で彼女が一瞬だけ微笑んだような気がした。
人形と化石が微かに赤らんだ俺を黙って見上げていた。
|