◆線香花火

 赤い炎、青い炎…黄色い火花、白色の火花…乳褐色の煙、火薬の匂い。
 ぱちぱち音を立てながら、辺りの闇を華やかに照らし出す花火。
 近くの神社で縁日が立った。

 夕涼みがてら誘われるままにあかねと二人出掛けた。俺もあかねも珍しく浴衣を着流して風情を楽しむつもりだったのだけれども…
 俺たち二人の時間はすんなりといった試しがない。今日もそうだった…。
 
 あかねは縁日から帰る間中、ずっと黙りこくって歩いていた。

…さっきのコトずっと怒ってんだな…

 あかねが不機嫌な訳を俺はちゃんとわかっていた。一緒に歩いていた参道で、思わぬ邪魔が入ったのだ。

…俺だって好きで逃げた訳じゃない。あいつらの行動は俺にとっても迷惑以外の何物でもない。おまえを放り出して夜店の間を逃げ惑っ たのはまずかったとは思っている、だけどよ…

 ほうほうの体であいつらをまいてあかねのところに戻ったが、時既に遅く、あかねは「帰るわ。」と一言俺に言って、先にとっとと歩き始めた。

…何もそんなにむくれなくったっていいじゃねえか。そりゃあ、おまえを放り出した俺が悪いのかもしれえけど…。折角のかわいい浴衣 姿がだいなしになる。いいい加減機嫌直せよ…

 心はお喋りなのに口先からは言葉になって流れ出ない。
 
「ねえ、花火やろっか…。」
 天道家に帰り着いたとき、あかねは俺に言った。
「別にいいけど…。」
 急な申し入れに俺は戸惑いながら返事する。
「さっき、あんたがいない間に少し花火買ったのよ。」
 そう言ってあかねはビニール袋をかさこそ探る。小さな花火セットがあった。
 縁日に繰り出したまま、誰も帰り着いていない暗がりの庭先で、二人並んで火を点(つ)ける。
 火はすぐに燃えあがり、音を立てながら火花を散らす。
「きれい…。」
 子供のようにはしゃぎながらあかねは花火に嵩(こう)じている。彼女の顔には笑顔が戻り、傍で俺はほっとした気分になった。
「熱いっ!」
 火花が当たったのか、あかねは軽く悲鳴を上げた。
「大丈夫か?」
 思わず俺はあかねの手を取る。
あかねの指先が触れる。はっとして固まる俺。
「ドジッ!」
 照れ隠しにぽつっと吐く悪態。
「何よっ!」
 あかねが声を出す。
 ちょっと沈黙した後、
「さっきは、ゴメン…。」
 ドサクサに紛れて俺はあかねに謝ってた。俺なりに縁日のことを謝ったつもり。
「別に…怒ってないわよ。」
 あかねはいつものようにソッポを向く。
「そうかな…。」
「怒ってない…。」
 またムキになった。
「俺には怒ってるように見えるんだけど。」
 俺は意地悪く覗き込んだ。
「何よ…バカッ!」
「ほら、やっぱり怒ってる…。」
 そのまま睨み合って、二人同時に噴出した。
「いいよ、もう…ホントは少し怒ってたけど…許してあげる。」
 あかねは花火を持ちながらそう言った。
 その後は二人で並んで火を点けた。
 花火の炎を見ながら、離れていたお互いの気持ちが少しだけ近づいたような気がした。
 
 でも、楽しい時はいつかは終わりを告げるもの。
 花火も底をつき、あとは袋に詰まった「線香花火」だけ。
「私ね、線香花火が小さい頃から大好きだったの…。」
 線香花火の袋を破りながらあかねが言った。
 それから種火に近づけて、火を点(とも)す。
 
 線香花火は何故かうら悲しい…
 橙色に輝く小さな火の玉。そこから飛び散る静なる光りの輪。
「もう少しで終わっちゃうね…。」
 祭りの後の寂しさが俺たちを覆いはじめる。
「ねえ、空の上の織姫と彦星も夜明けにはこんな気持ちになるのかなあ…。」
 ふと見上げる浅い空。都会の空に星はない。
「さあな…でも、一年に一回の逢瀬(おうせ)じゃあなあ…。」
 俺も一緒に見上げながら溜息を吐く。
 同じ屋根の下で常に時間を共有できる俺たちは幸せなのかもしれない。例え喧嘩ばかりしてたって、お邪魔虫がたくさん入ったって、きっとそうだ。
「一年に一回しか出会えないなんて、気の毒よね…。」
 「七夕」が神話上の話しだってわかっていても、気にしているところがあかねらしい。
 あかねの手の中の線香花火が途中で大きな火の玉を地面に落として果てた。
 2本目の火を点しながらあかねが話しかけてきた。
「線香花火の願掛けって知ってる?」
「願掛け?」
「線香花火の火薬が最後まで落ちないで燃え尽きることができたら、その願い事が叶うって…。誰かが言ってた迷信よ。真意の程は定かじゃあないけどね。」
 2本目はさっきより長く点(とも)っていたが、それでもポトリと途中で果てた。
 あかねが小さく吐いた溜息が、なんだかとても切なくて
「おまえは何を願うんだ?」
 と問い返していた。
 あかねは暫らく黙っていたが、はにかんだように言った。
「ナイショ…」
 あかねから線香花火を貰い受け、俺も火を点(とも)してみた。
「乱馬にも願ってみたいことってあるの?」
 散りゆく火花を見詰めながら俺は小さく首を垂れる。
 息を飲みながら見詰めていると、火は消えないで最後の火薬まで燃えつきた。
「ほら、俺の願いは叶うかな…。」
 ちょっと得意そうにあかねに向かって言ってみた。
「乱馬、何、願ったの?」
 あかねは黒い瞳を瞬かせて訊いてきた。
 その瞳の奥を覗きながら俺は聞えないくらいの小声で囁いた。
「多分、おまえと同じこと…。」
 それからあかねの右肩にそっと手を置いた。
「ほら、おまえももう一回願ってみろよ…。」
「うん。」
 あかねははにかむように微笑みながら最後の線香花火に火を点した。
 
…愛し合う二人が天の上でも天の下でも今夜くらいゆっくり邪魔が入らずに一緒にいられるように…
 
 最後の一本がゆっくりと果てた時、二人でそっと吐いた溜息。
 暗闇が辺りに戻った時、あかねが耳元で囁いた。
「ねえ、乱馬。」
「ん?」
「もう少しだけこうしててくれる?」
 返事の代わりに俺はさっき置いた手をそのまま手繰り寄せた。
 
 天の二人が煌(きらめ)いたように思った。
 思わず見上げると、都会の真ん中では見えないはずの天の川の流れが見える。美しく白っぽく空を渡る在天の大河。
 一年に一回、逢瀬を許された恋人たちは天の川の真ん中で何を語り合うのだろうか…いや、言葉など要らないかもしれない。
 日が昇って、また引き離されても、天の二人はきっと来年を希(こいねが)うのだろう。
 来る年も来る年も…天の上で繰り返される永遠の逢瀬…
 
 掴んだ己の永遠をしっかりと手に抱きながら、静かに俺は目を閉じた。
 辺りには微かな火薬の匂い…
 今夜は七夕。
 







あとがき
「らんま一期一会」の7777HITSのリクエストイラストを描きながら思いついたプロットです。
浴衣から「七夕」を連想してしまった私…勢いで書いたので構成はメチャクチャです。
ラストシーンの意味わかります?わざとぼかしました…乱馬くんがどうしたのかは皆さんのご想像にお任せ致します(ちょっとこの処理はずるいですね。)

イメージイラスト及びこの作品は、キリ番を取ってくださったToukaさんがHPを立ち上げた時に、持っていっていただきました。
TOUKAさんのサイトは閉鎖されましたが…。

蛇足(だそく)
私が育った大阪府枚方(ひらかた)市は日本における七夕伝説発祥の地です。古代から渡来人が数多く住んでいたこの地には、日本に漢字を伝えたと言われている「和仁博士(わにはかせ)」の墓や百済寺という百済王氏(くだらこしきし)の創建した伽藍(がらん)の跡があったりします。
大陸から渡来した人達が「七夕伝説」をこの地に伝えたのでしょう。
付近には七夕に因(ちな)んだ地名もたくさん残っています。
星が丘、天の川、かささぎ橋、機織神社などが実際にあります。
「天の川」は生駒(いこま)山系より流れ出で、交野(かたの)市、枚方(ひらかた)市を経て淀(よど)川に注ぎます。