◆冬の宙(そら)


 すっかり日暮れた帰り道…。

「ねえ…。」

 少女が躊躇いがちにこそっと話し掛けた。

「あん?」

 隣で面倒臭そうに答える一人の少年。

「乱馬さあ…。冬の寒さと夏の暑さとどっちがまだ耐えられる?」

「うーん…。どっちだろうな…。どっちも出来れば敬遠したいが…。でも…。冬の方が好きかもな…。」

「へえ…。どうして?寒いの苦手かと思ってたけど…。」

「アホ…。武道家に寒いなんて言葉要らねえぜ?」

「その割にはいつもコタツの中で嬉しそうに昼寝貪ってるのは誰よ…。」

「うるせ〜。でも…。冬の道場って俺は好きだぜ…。寒い中、裸足で道場の板の間に立つと、清とした気分になれる。凛として背筋を伸ばしたくなるからな…。そう思わなねえか?」

「確かにそうね…。冬はその寒さに凛として立ち向かいたくなるかも…。」

「夏は筋肉までふやけそうなくらい暑いからな…。」

 そう言葉を吐いた途端、吹き抜ける空っ風。
 
「ひゃーっ!寒いっ!!」
 
 お下げまで持っていかれる…そんな気がするくらいの強い北風に煽られた。

 ふと傍らのあかねが立ち止まる。

「どした?」

 覗きこむと

「ん…。」

 と一言。

「ほら…星が綺麗…。」

 目を輝かせて空を見上げる。

 確かに綺麗だ。風が強いせいもあるのだろうが、いつもより清新と星が輝いて見えた。
 
 これだけの数の星が瞬いているのは、都会の光害の中にあっては珍しいことかもしれなかった。

「ねえ…。あの星に行くまで、どれくらいかかるんだろ…。」

 あかねは瞬きもしないでじっと空を眺める。

「さあな…。俺たちが生きている間には無理だろうな…。」

「地球を天から見てみたいって思ったことない?青く輝く水の惑星。この目でしっかりと見てみたい…。」

 自分から見えない大地に思いを馳せる。好奇心に満ちた目。

 乱馬はそんなあかねをみてふっと溜息る。

「俺の大地は…。おまえだから…。」

 聴こえないくらいの小声で囁いた。

「えっ?」

 あかねは星から目を乱馬に転じる。

 彼のダークグレイの瞳の中に、宇宙が見えた。

「帰ろう…。」
 
 乱馬はそう言うと、無造作にあかねの手を取った。

「ん…。」

 躊躇いがちに差し出されたその手を取り、あかねは頷く。

「冷てえな…。おまえの指先。」

 あかねの手に触れて無機質に囁かれた言葉。

「乱馬の手、あったかい…。」

 返事の代わりに握り返された。

『俺があっためてやる…。』

 不器用な口からは何も漏れてこなかったが、手から言葉が聴こえた。ぬくもりがそう伝えてきた。

 ふと緩む口元。



 空で星たちが一斉にざわめき始めた。

 澄み渡る都会の星空が静かに降りてくる。

 二人の宙(そら)に道が開けた。








一之瀬的戯言
創作の経緯…記憶なし…
私の作品かどうかも不明…文体と内容から、私の作品だと思いますが…。
多分、TOP作品の没バージョンじゃあないかと…。

2001年12月作品…と思われる


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