◇秋桜   五


十一、

「乱馬っ!ねえ乱馬ったら…!」
 誰かに揺り動かされて乱馬は目を開いた。
 そこは天道家の縁側だった。
「ん?」
 乱馬が目を開けたのを確認すると
「もう、こんなところで昼寝しちゃってさ。いつロードワークから帰って来たのよ。」
 声の主はあかねだった。
「よーっ、あかねか。」
「何が、よーっ、よっ。」
「ぷんぷんしてると可愛くねえぞ…」
 起き抜けに乱馬はあかねの鼻っ柱を突付いた。
「もう…怒るわよ…。」

…やっぱ、あれは夢だったのかな…

 乱馬はイヤにはっきりと覚えているさっきまでの光景を思い出しながら、ふっと溜息を吐いた。小さなあかねの可愛さとそれを見守る母親の優しさと。
「何よ、思わせぶりねえ…。」
 あかねは乱馬の吐いた溜息を面白がって言った。
「それより、どうしたの?その秋桜(こすもす)の花。」
 乱馬は左手にしっかりと握られている何輪かの秋桜の花に気が付いた。
「あ…これ…。」
 あかねの指差すところにはピンク色の花を垂れる秋桜の花束。別れ際に小さなあかねが差し出した小さな花束だった。
「それに、その右手の傷…切り傷っぽいわね。どうしたの?」
 乱馬の右腕には真っ直ぐに切れた傷が残っていた。強盗と取っ組み合いになったときに付けられた切り傷の痕。
 
…やっぱり、夢じゃあなかったってことか…

 そう思うと、何故かひとりでに笑みが込み上げてきた。大きくなったらお嫁さんにして欲しいと恥ずかしげに言っていた小さなあかね。ふと、それを思い出した。
「気色悪いわねえ…いきなり何笑ってるのよ。」
 あかねは乱馬の表情の変化に不審を抱きながら覗きこむ。
「別になんでもねえよ…それよか、なあ、二人でどっか行かねえか?」
 乱馬はあかねに話し掛けた。
「何よ、急に。」
「晴れた休日に家に閉じこもっているの勿体ねえじゃねえか。」
 あかねは躊躇して返事もそこそこに乱馬の方へ顔を向ける。
「だから…。もう、鈍い奴だなあ…デートしてやるって言ってんだよ…。」
「どういう風の吹き回しよ…デートだなんて…。」
 反論してみるものの、あかねは嬉しそうに微笑んだ。
「何となく…」
「何となく何よ。」
「だあーっ。行く気ねえのかよ…」
「そんな訳ないでしょっ。支度してくるから待っててよっ!」
 照れ隠しにそう吐き捨てると、あかねはさっと奥へ消えていった。

 暫らくして、あかねは薄桃色のワンピースをまとって居間へ戻ってきた。
「へえ、なかなか可愛いじゃん。馬子にも衣装ってか…」
 乱馬はそう言って笑った。
「もう、それ、誉めてんの?けなしてんの?」
 あかねはむくれる。
 
「行く前にちょっと…。」

 乱馬はそう言って、縁側から家に上がった。
「なあに?」
「ちょっと…な。」
 そう言って乱馬は早雲の部屋の隣の仏間へ行った。
 そして、小さなあかねに貰った花をそっと仏壇に手向けた。遺影の中ではあかねの母が笑っている。
「どうしたの?乱馬…。」
 乱馬の行動が不思議に見えたあかねが後ろから話し掛ける。
「ん…。」
 乱馬は返事もそこそこに、傍にあったカップに秋桜を入れると遺影に向かって軽く手を合わせた。
「もう、何よ、さっきから変なことばっかり…。」
 あかねは納得が行かない顔を乱馬に向ける。
「ほれ、おまえも母さんに手を合わせとけって。」
 乱馬はあかねに手を回すと、仏壇の前に座らせた。
「変な乱馬…。」
 そう呟くと、あかねもそっと母に手を合わせる。
…これからずっとおまえの傍にいるからな。おまえの母さんとの約束だから…
 乱馬は声にしないで後ろからそっと心で呟いた。

「さてと、何処へ行こうか?」
 天道家の門を出ると乱馬はあかねに話し掛ける。
「ん…そうね…プラネタリウムに行こうよ…」
「プラネタリウムかあ…。」
「前から一度行ってみたかったんだ…乱馬と…ね。」
「星なら毎晩庭先からでも眺められるのにか?」
「だって、都会じゃあなかなか沢山の星は見られないもの。だめ?」
 あかねは下から覗きこむように乱馬に話し掛けた。
「…まっ、いいか。」
 乱馬はあかねに微笑み掛けると、さっと肩に手を置いた。
「乱馬?」
 予想していなかった乱馬の行動にあかねはビックリして顔を見上げると
「たまには、いいだろ?一応、デートなんだから…。」
 乱馬の顔が赤らんで宙を見る。
「ん…」 
 あかねは嬉しそうに微笑むと、乱馬の方へ身を寄せた。
「今日一日はちょっとだけ恋人同志…だぜ。」
「今日一日だけ?」
「バカ…。」
「バカで悪かったわね…。」
 
 道路端に植えられた秋桜の花がゆらゆらと風に揺られながら、楽しそうに笑いながら歩くカップルを微笑ましげに見詰めていた。
 その上はどこまでも突き抜ける澄んだ秋の青い空。








一之瀬的戯言
1998年夏に思いつき、文章に書き起こしていた作品です。
本当は某所への投稿作にしようと思い立って書き始めたのですが、ご覧のとおり、かなり長い作品になってしまい、当時長編小説は殆ど扱っていなかったWEB投稿には不向きと諦めた作品です。1999年当時のらんまWebでは、長編の投稿小説を扱ったサイトが全くなく、短編募集ばかりでした。そんなことがあって、長くお蔵入りしていたのを書き直して連載したものです。
乱馬と幼いあかね、そしてその母を描いてみたくて思考錯誤していたものなのです。
題名の「秋桜」はコスモスのこと。イメージとしては山口百恵さんが歌っていた名曲「秋桜」(さだまさしさんの作品)とかぶるかもしれませんね。
「秋桜」の花言葉は「乙女の純情」「乙女の真心」「調和」などがあります。「コスモス」には「宇宙」と言う意味の言葉も掛けられているそうです。だから、最後のデート場所に「プラネタリウム」など選んでみました♪

私が今まで叩きだしたらんま的小説文の中でも、好きな部類に入る作品です。
掲載当時からも評判が良く、今では私の乱あ創作原点的な作品になっています。
暖かい乱馬くんの想いが過ぎるような微笑ましい作品を描くのは難しいですね。私が一番目指したい「乱×あ小説」は、こんな世界です。

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