クリッターカントリー編  その3

六、

 しついこい男たちのナンパに、あかねはホトホト困り果てて、どうしたものかと考え倦んでいた。パークへ遊びに来る者の中には、この連中みたいな困ったちゃんも居るのが実情かもしれない。彼らはパークに限らず何処でもお構いなしに手当たり次第に女の子に声をかけているのだろう。場をわきまえない連中は五万といる。
 たまたま、あかねがそんなワケのわからぬ連中に捕まってしまったのも、彼女がどの角度から見ても可愛い清廉な女子高生だからかもしれない。傍目にはお人好し、断わり下手な娘に見えるのだろう。
 軟弱なナンパ男たち、何人相手にしても腕力では負けないという自負はあったが、さすがに手出しまではしたくはなかった。言葉では撃退できそうにないとなると、あかねに残されたのは、強行突破。
 あかねは逃げ出すタイミングを計っていた。
 男の中の一人の携帯が鳴った。
 …今ねっ!
 あかねは透かさず、人込みに向かって走り出そうと身構えた。が、人垣に阻まれて、思うように彼らの前から退散できなかった。
「逃げるなんて、連れないなあ…。」
 真っ黒に日焼けした茶髪男があかねの腕を強く掴んだ。
「離してよっ!」
 あかねはその腕を振り払おうと抗ったが、男はにやにや笑いながらあかねに差し迫る。
「いいじゃん…。俺たちと楽しもうよ…。」
 彼があかねを引っ張ろうとした瞬間、男の肩を引いた太くて逞しい腕。

「俺の彼女に何か用か?」

 凄みのある声を発しながら乱馬が後ろから顔を出した。
 突然の伏兵の出現に、男たちは一斉に目を見張る。
 乱馬は無言のままで男たちを見詰めた。その眦は鋭く、武道家特有のぎらぎらした闘志を漲らせた光を放っていた。均整の取れた腕の筋肉は硬いほどに盛りあがり、一目で只者ではないということがわかる。
 そんな乱馬を敵に回すのは危険だと判断したのだろう。
「いや…彼女が、お連れを探していたみたいなんで、声をかけただけです…。」
 男たちは残念そうな表情を浮かべて、以外にもあっさりと身を引いた。
「なら良いんだ…行くぜっ!あかねっ!」
 乱馬は一瞥すると、あかねに先だって歩き始めた。
「え…、う、うん。」
 あかねは慌てて、乱馬の後にくっついて行った。

 …あたしのこと俺の彼女って言った。乱馬。…
 さっきの言葉があかねの心にこだまする。
 乱馬の背中を見詰めながらあかねはほっと息を吐く。乱馬のことだ、ただの勢いでそう言葉を発したに過ぎないのだろう。
 男たちからある程度離れたところで、乱馬はふっとあかねを振り返った。
「たく…。あそこで待ってるったいったじゃねえか…。ウロウロしてるから変なナンパ野郎に捕まるんだよ。」
 明かに不機嫌な声を上げる。文句の一つでもつけないと、埒があかないのだろうか。
 あかねはあかねで、乱馬の云い様にカチンときた。
「何よ…。あたしのせいだって言いたいの?」
 金切り声になりながら言葉が逆流し始める。
「ああ・・そうだよ。園内只でさえだだっ広いんだからな。おめえ一人のわがままで皆が迷惑するだろ?」
 …そんなことはわかっている。でも、わがままを言わせる原因を作ったのは乱馬じゃない…あかねはぐっと拳を握り締めた。
「たくおめえは、わがままなんだから。少しは探す俺の身にもなれよ…。ナンパ野郎に囲まれてアタフタしやがって…。」
 乱馬は構わず言葉を畳み掛けてくる。
「恩着せがましいわねっ!何よ、、乱馬だってあたしより右京とここへ来た方が楽しかったんじゃないの?」
 困ったことにこの不器用極まりないカップルは、意固地になると、互いに思っていることと口に出すことが空回りし始める。素直に成りきれない分、手当たり次第に相手を罵り始めるのだ。世間ではこれを「痴話喧嘩」と言うらしい。が、まさにそれが始まってしまった。
「バカ野郎っ!問題をすりかえるなっ!」
「すりかえてなんかいるもんですか。そう思ったから云っただけでしょっ!」
「俺は、右京とじゃなくて、おめえと来たんだぜっ!」
「誘ってしまって迷惑だったんじゃないの?」
「バカッ!」
「何よっ!。」
 だんだんエキサイトしてきて、周りを気にせず、罵りあい睨み合っていると、大きな影が近寄って来て二人の横で止まった。
 
 え…?

 顔を上げるとミッキーマウスとミニーマウスが傍に立っていた。。
 カウボーイハットを被り、赤いバンダナを巻いたカントリーミッキーとミニー。口喧嘩を派手にやらかしている二人につかつかと近寄って来たのだ。
 二人の横に立ち止まると、ミッキーは身振り手振りで二人の間に割って入ってきた。
 ミッキーは人差指を目の前に差し出すと、ちっちっちというように前で左右に動かす。
 どうやら、喧嘩はいけないよ…と言っているらしい。
 ミニーも後ろで首を振りながらミッキーの意見に同調している。
 やがてミッキーは手を伸ばし乱馬とあかねの手を握った。そして、正面ヘ持ってくると、そっと握らせた。
 手と手が触れた瞬間、二人ははっとしたように互いを見た。
 乱馬の大きな手とあかねの柔らかな手。
 ミニーがすかさず後ろから回り込んできて、合わさったその手をしっかりと離れないように結ばせた。
 二人の時が止まった。
 傍らで嬉しそうに固まった二人を眺めてから、ミッキーはあかねの頬に、ミニーは乱馬の頬に軽く鼻を突き出してキスすると、「もう喧嘩するんじゃないよ…。お二人さん…」と言いたげに肩をポンと叩いた。
 そして、ミッキーはミニーの手を取り、繋ぎ合わせると颯爽とそこから立ち去って行った。

 残された二人は手を合わせたまま、見詰め合い、顔を紅潮させそのまま立ち尽くす。

 もう、二人には抗う乱暴な言葉は無く、ただ、ミッキーとミニーが結んだ手を取り合って恥ずかしそうに俯く。
「ごめん…。」
「ごめんなさい…。」
 小さな謝罪の言葉が、素直に互いの口から吐いて流れる。二人は同時にそう言った後、恥ずかしげに笑った。

「さ…行こう。大介たちが心配して待ってるぜっ!」
「そうね…。折角来たんだもの、楽しまなくっちゃね。」

 乱馬とあかねはそう言って微笑み合うと、スプラッシュマウンテンの方へ向かって歩き始めた。
ミッキーの魔法にかかったのだろうか。その手はしっかりと結ばれたままだった。
 ミッキーとミニ―が仲直りしなさいと結んでくれた手。離すのが躊躇われたから。いや、そのまま繋いでいたかったから。

 二人のディズニーデートはまだ始まったばかり。
 きっと、今日一日で幸せな思い出をいっぱい作るだろう。園内に居る天道家の面々やお邪魔虫たちが割り込んでも、二人の絆は離れることなく。
 少しだけ素直になった二人は夢と魔法の世界ヘと歩み出した。

 天からは降り注ぐ、初夏の太陽。



 完




マジカルドリーム
これにて創作は終了とさせていただきます。
エリアとしても、まだトゥモローランドとファンタジーランドが残ってるんですが…。
魔法の夢の続きは、あなたの脳裏にどうぞ…。


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