クリッターカントリー編 その2


四、

「いいじゃんかよ・・・。そんなにツンケンドンしなくっても。」
「可愛い顔がダイなしだぜ・・・。」
「一緒に俺たちと楽しもうよ・・・。」
 あかねは男たち3人に取り囲まれていた。
 始めは無視を決め込んでいたあかねだが、あまりにシツコク絡まれてしまい、どうしたものかと途方に暮れていたのだ。
 排除するのは,、いともた易かったのだろうが、大衆の面前で、技を掛ける訳にはいかなかった。
「あの・・・だから、友達を待っているんですってば・・・。」
 困惑に顔を引き攣らせながら、あかねは必死で断わりの文句を探し出そうと思考を巡らせていた。


 乱馬はらんまで、右京の謀略に意図も簡単に踊らされ、スプラッシュマウンテンを降り立ったところだった。
 水飛沫を浴びた彼は、女に変身してしまっていた。
「ちぇっ!ったく、面倒臭え体質だぜ・・・」
 自ずと一人独り言が洩れてくる。
「じゃあ、男に戻ったらええやん。」
 右京は相変わらず、引っ付いてくる。
「・・・水筒はあかねの奴が持って行っちまったからなあ・・・。」
 ヘソを曲げてしまった許婚の名前を口にしながららんまはブツクサほぞを食む。
「大丈夫や、ウチに任しとき!」
 そう言って、右京は予め用意してきていたポットを取り出して、らんまの頭から湯を滴らせた。
「どうや?湯加減もちょうどええやろ?」
 右京はやたらにこにこしていた。はじめからあかねと乱馬を引き離すつもりだった彼女も、計算高く、 お湯くらいポットに詰めていても不思議ではないだろう。
 お湯は熱くもなく冷たくもなく(もっとも、冷たかったら女のままだろうが)、熱めの温泉の温度くらいだろう。やたら熱かったあかねの水筒の湯とは違った。
「・・・・・・。」
 乱馬は男の肉体に戻ったが、何故か釈然としない気分になる。
「ほら、男に戻ったらウチと楽しもうや・・・!」
 右京は天にも登るような軽やかな足取りで乱馬を誘う。
「あかねはどうするの?」
 ゆかが声を掛けたが、
「あかねはあんたらに任せるわ。ウチは乱ちゃんと行くから・・・。」
 などと、右京は勝手に先に歩き出そうとする。
「ちょっと、乱馬くん、それはないでしょ?」
 さゆりが横から口を挟む。
 乱馬とて、右京と二人で遊ぶ気持ちにはなれなかったが、あかねとイイ勝負の意地っ張りの性分を持っている。ここであかねの名前を出すことすらはばかられてしまうくらいの性分だ。さゆりに咎(とが)められても返答できなかった。
「ええねん、ええねん。あかねかて乱ちゃんと行きたくないからスプラッシュに乗らへんかったんやろうし・・・なあ、乱ちゃん。」
 右京とて自分のペースの中に捉えた乱馬を離すまいと必死だった。せっかく、乱馬を捕まえたのだ。 あかねから引き離す絶好のチャンスの到来を彼女がみすみす手放す訳がない。
「小夏やつばさくんはどうするのよ・・・。」
 さゆりが口を尖らせる。彼女としてはあかねの恋を応援してやりたいと思っていた。ゆかと示し合わせて、パークの魔法で不器用な二人を素直にさせてやろうと実は内々に姦計を巡らしていたのだった・・・モチロン、あかねには内緒で。
 彼女達はずっとそれぞれお互いの気持ちの中に深い愛情を持ちながら、最後の一歩を踏み出せないでいるこのカップルにきっかけを与えてやろうというお節介な老婆心を持ち続けていた。
 ここで、右京に乱馬を取られたら、折角の計画が無に帰してしまう。
「右京さま・・・私達を置いて行かないで・・・。」
 小夏もつばさも男という事を忘れてしまいそうな閏目で右京を見詰めていた。
「ここは一つ、みんな一緒にパークを楽しむということで・・・。」
 乱馬は燃えあがる女や男どものただならぬ気配を感じたのか(ここら辺は感が鋭い)そんな曖昧な言葉を吐き出した。
「乱馬くんもそう言ってるんだから・・・。」
 中途乱入者たちはゆかとさゆりにとっても、迷惑至極だったのだが、あかねを一人にするわけにもいかず、折衷案(?)を取ることに同意した。右京も乱馬がそう言っている手前、ここはしぶしぶ従うことにしたのだが、内心では
・・・絶対、機会を窺って、乱ちゃんと二人きりで楽しんだる・・・
 と、乙女心を凛々と燃やし続けていた。


五、

 一方、あかねはますますシツコク絡んでくる男達を持て余し続けていた。
「ほら・・・待っていても来ないじゃんか・・・トモダチもきっと誰かと上手いことやってるんじゃあないの?」
「そうだよ・・・お茶とかおごってあげるから、俺たちと一緒に楽しもうよ・・・。」
はっきり言って、声を掛けてきた男達はあかねの嗜好としている感じではなかった。
 ちゃらちゃらしていると表現すべきか、今風に髪を茶髪に染めていたり、派手なシャツを着ていたり、 黒光りする肌を露出させていたり・・・。
 凡そ普段、空気のようにつかず離れず傍にいる「どんかん男」とは似ても似つかない風体をしていた。
 もちろん、あかねは彼らと付き合う気などなかったし、できれば、すぐにでもこの場を去りたいと思っていたのだが、一応、フォトショップの前で待っていると乱馬たちに断わった手前、動くことも叶わず困惑しきっていたのである。
「ご、ごめんなさい、待合わせの場所に急がなくちゃならないから・・・。」
 しつこさに耐えかねて、あかねは遂にその場を退散することを決意した。彼らをまいてからもう一度、ここへ戻って来ればいい・・・彼女なりに考えて導き出した苦肉の策だった。
 そう言って、男達を振り切るようにあかねはクリッターカントリーからアメリカ河沿いに蒸気船の船着場の方へ向かって歩き始めた。
 しかし、男達も心得たもので、せっかく網にかかりそうな可愛らしい女の子を手放す法はない。この手の輩はあかねの想像以上に手強かったのである。
あかねから少し下がった後方から、にやつきながら、彼らはあかねの後を付けて来るのだ。
・・・もう、しつこいったらありゃしない・・・
 あかねの困惑は限界に達しようとしていた。


 乱馬たちはあかねの危機など知る由もなく、スプラッシュマウンテンのゲートから外へと出た。
途中、写真を展示しているエリアがあり、ゆかやひろしたちが歓声を上げながら、なんだかんだと言っているのを耳にした乱馬だったが、彼はそんなものには目もくれず、乗らないと言ってヘソを曲げてしまった「許婚」を探した。
 右京も女の子。乱馬と一緒に写りこんだ写真に夢中になっていた。
 乱馬は一行からは先んずる形になって、出口から外へ出ていた。
 出口にはフォトショップ。出来立てのスプラッシュマウンテンの写真が買えるブースだ。
 辺りをきょろきょろと一瞥したが、あかねの姿は何処にも見当たらなかった。
・・・ここで待ってるって言ってたじゃあねえかっ!あのバカ一人で何処へ行っちまったんだよ・・・
 そんな言葉を胸に吐きつつも、乱馬はあかねの姿を求めて辺りを観回し続けた。
・・・こんなことなら無理にでも腕を捕まえて、一緒に乗せておくべきだったかな・・・
 あかねの姿が見えないだけで、乱馬は内心気が気ではなかった。
「なあ、乱ちゃん。」
 肩を右京に叩かれてハッとなった。
「ウチ、さっきの写真買(こ)うて来るさかい、ここにおってや。」
 右京は滝壷にはまる瞬間のスプラッシュの写真が気に入ったようだった。
 ひろしや大介たちも、それぞれの彼女に促がされて、写真を買いに、フォトショップのブースに並んでいた。
「ねえ、乱馬くん。あかねが見当たらないわね・・・。」
 列を離れてゆかが声を掛けてきた。
「ああ・・・フォトショップっていうのはここのことだよな・・・。」
 念のため確認しておきたかった。
 ゆかが首を縦に振った。もう一度見回してみたがあかねの影はない。
「もう。ちゃんと捕まえておかないからよ・・・あかねって携帯も持ってないんでしょ?」
 携帯電話を持っていたら、それで呼び出すことはできるのだろうが、あいにくあかねも乱馬もそのような文明の利器は持ち合わせていなかった。現在に生きる高校生としては珍しいことではあったが、持つ必要性もなく、小遣いも限られていたので、二人とも携帯電話とは今のところ無縁だった。

・・・やっぱり、俺の責任か・・・
 乱馬はゆかの刺すような瞳から無言のまま目を反らした。

・・・このままはぐれちまったら・・・あのバカは・・・

 口悪く心の中で罵ってみたものの、動揺は隠せない。
 汗が額を流れてゆくのを感じながら、乱馬はあかねの姿を追って視線を泳がせた。
 そして、ふと顔を向けた辺りに、乱馬はあかねの影を捉えた。
 目に映ったあかねは、男達に囲まれている・・・
・・・何やってんだ?あいつ・・・
 理不尽に思いながらも、乱馬はあかねの方ヘ向かって走り始めた。



つづく



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