クリッターカントリー編 その1
一、
「乱馬くん、女の子になっちゃたんだ。」
ビックサンダー=マウンテンから出てくると感嘆したようにゆかが言った。
「途中、水が噴き出してくるところがあっただろ?あそこで変身したんだよ。」
面白くなさそうにらんまが言う。毎度ながら、やっぱり情けないと思うのであった。
「おまえも、大変だなあ・・・。」
変にひろしや大介も同情する。
「男に戻っても、変身しちゃう可能性のあるアトラクションに先に乗っちゃったら?乱馬くん。」
とさゆりが言う。
「水がじゃあじゃあのアトラクションなんてあるのかよ?」
らんまが問い掛けると
「ほら、スプラッシュ=マウンテンとかビーバーブラザーズのカヌー探検とか・・・。」
とスプラッシュ=マウンテンを指差してゆかが言った。
彼女の指先には落下して行くスプラッシュ=マウンテンのウォーター・シュートが見えた。
らんまは一瞬その落下の激しさに目を見張る。さっきのビックサンダー=マウンテンの体たらくぶりを思い出したのだった。
・・・うへっ。出来れば勘弁被りたいぜ。・・・
らんまはそっと溜息を吐く。
「それじゃあ、まずはカヌーから行こうよ。」
さゆりに導かれるままに、一行はクリッターカントリーの方へ向かって歩き始めた。
クリッターカントリー。
ここは、ディズニー映画の「南部の唄」をモチーフにした小動物の郷である。「アメリカ南部の農家の庭先に住む小動物たち」といったところを映し出している夢の楽園だ。
至るところにクリッター達の足跡が点々とついている。
その、一つ一つを辿って行くと、彼らの巣(家)を見つけることが出きるのだ。カエルやリス、野ウサギなど・・・。
岩肌のような作りの通路を抜けて、少し奥まったところにあるカヌー探検の乗り場へと向かう。
ビーバーブラザーズのカヌー探検は、クリッターカントリーがオープンする前はトム=ソーヤ島にあった。
カヌーは人力で漕ぐアトラクションだ。全部が全部、ゲストが漕ぐ訳ではないが、結構力が要るアトラクションだと言って良い。
「うへ〜。こりゃあ、ホントにビショ濡れになりそうだなあ・・・。」
らんまはしきりに苦笑している。
男のまま乗ったところで、多分、すぐに変身してしまうだろう。周りに変態扱いされるのが関の山だ。 女のまま乗った方が得策だろう。
乗り際にカヌーの櫓を手渡された。
キャストのお兄さんに軽く説明を受けて、カヌーはアメリカ河へと滑り始めた。
はじめの内はキャストのお兄さん達が漕いでくれているので楽であった。
「へえ、あっちに島があるんだなあ・・・。」
らんまはトム=ソーヤ島を指して言った。
らんまは顔に風を受けながら水辺の風景を楽しむ。
向こう側には大きな蒸気船が悠々と浮かんでいる。マーク=トウェイン号だ。
マーク=トウェインの作品「トム=ソーヤ」の冒険」と「ハックルベリー=フィンの冒険」を元に作られたのがアメリカ河に浮かぶ小島「トム=ソーヤ島」だ。
このアメリカ河にはTDLのオープン前に、トムたちの冒険物語の舞台となったミズーリ州ハンニバルを流れる「ミシシッピ川」の水が一瓶加えられている。
「さて、皆さん、頑張って下さいね。」
お兄さん達の掛け声宜しく、いよいよカヌーを漕ぎ始める。
「いいよなあ・・・乱馬もあかねもこういう力作業には慣れてるもんなあ・・・。」
すぐに息が上がる同級生達とは違って、日頃から身体を鍛えぬいている二人にはどうってことはなかった。
不慣れと言えば、櫓の扱い方くらいで、勘どころの良い二人にはすぐにコツが掴める。
「さすがねえ・・・。」
ゆかもさゆりも二人の櫓さばきに目を見張る。
「息もピッタリだね・・・仲良しさん♪」
事情を知らないキャストのお兄さんも無駄のない二人の動きに感心していた。
「ここで、充分、キャストが勤まりそうだね。そうなると僕たちは失業するなあ・・・。」
実際、らんまとあかねの櫓は端から見ていても気持ちがいいくらい滑らかに動いていた。二人は黙って櫓を動かし続ける。
息が合うと言われてちょっと照れていたのかもしれない。
と、らんまが櫓を止めた。
「どうしたの?」
あかねが問うと
「あれ。」
水面を指してらんまが言う。
アヒルが一羽水に浮かんでいた。
「あのアヒルがどうかしたの?」
「よく見ろっ!」
「ん?」
あかねが覗くとアヒルの面相に見覚えが合った。
「ムース・・・。」
「そうみてえだなあ・・・。第一、眼鏡をかけているアヒルなんていねえぞ。普通。」
「ということは・・・。」
「ああ、多分、シャンプーたちも来てるぜ。」
シャンプーという名前がらんまの口からもれて、あかねは少しムッとした表情になった。
「言っとくけどよ、俺は誰にも何にも言っちゃあいねえからな!」
不機嫌そうな表情をしたあかねを尻目にらんまが言った。
「ふうん。でも、かわいい嫁候補が来てて、嬉しいんじゃあないの?」
「おまえなあ・・・。」
・・・うれしい訳ねえだろうがっ!俺はおまえと・・・。
クラスメイトたちの手前、いや、あかねの手前、本音を軽々口に出来るほど緩慢ではなかったからだ。
あかねはシャンプーという名前を耳にして、やきもちを焼いているのだろう。
どうやら、このTDLの休日は一筋縄では行きそうにない。数え切れないくらいのお邪魔虫がパーク中に網を張って待ちうけているのではないかという危惧がらんまの脳裏にこだまする。
・・・願わくば、俺はこのまま、こいつと平穏に楽しみたいんだけどな・・・
らんまの声にならない想いが水面の波状となって広がってゆくようだった。
急に無口になるのも、このカップルの素直ではない所以の成せる技かもしれない。
二、
らんまの危惧したお邪魔虫は予想外の人物たちが一番のりだった。
「乱ちゃん、見つけたで・・・」
クリッター=カントリーの端っこで、久遠寺右京が密かにほくそえんでいたのだ。
カヌーを降りた一同は、丁度お腹が空いて来たので、昼食を取るに至ったのだ。
「ホントはね、ラッキーナゲット・カフェでショーを見ながらって思ってたんだけど・・・。」
ゆかが申し訳なさそうに言った。
「やっぱり、ショーが差し変わったところで、混雑しちゃってるのよねえ・・・あそこ。だからさあ、予定変 更して、マダム=サラのキッチンへ行きましょう。」
ゆかの提案で、ぞろぞろとマダム=サラのキッチンへと入って行く。
さすがに昼時になると、空いているとはいえ、食堂は混雑し始めていた。
マダム=サラのキッチンはグラタンやシュチューといったメニューがオススメの洞穴のようなレストランだ。店内は広い方で、屋根があるにも関わらず、ドリンクが紙コップ値段なのが嬉しい。(※注参照)
ただ、入口が少々入り組んでいるので、良牙あたりだとこの中で迷子になってしまうかもしれないなあ・・・などとらんまは考えてしまった。
1階で注文した物をトレーに乗せてもらうと、一向は奥の座席に陣取った。丁度、スプラッシュ=マウンテンのゴンドラが見える所だった。
ゴンドラは丸太の形をしていて、二人一組8人で乗るようになっている。キッチンの窓辺から見えるのは、急降下を終えたばかりのゴンドラなのだろう。皆一様に急降下を楽しんだ後で、和やかとも恐怖とも言えぬ複雑な表情で中に鎮座しているのがよく見える。
「やっぱり、次はこれに乗らなきゃあね♪」
ゆかもさゆりもきゃぴきゃぴ言いながら食を進める。
「へっ、どこが面白れえんだか・・・。」
らんまは相変わらず、悪たれる。
「ら〜んちゃん♪」
食事が大方終わった頃、ひょっこりと背後から声を掛けられた。
右京である。
「右京・・・あんたも来てたの?」
あかねは多少複雑な表情になった。危惧していたお邪魔ムシが本格的に到来したのであった。
「偶然やなあ・・・こんな、広いパークで会えるなんて・・・やっぱ、ウチと乱ちゃんは赤い糸で繋がってるんやなあ・・・。」
右京は所構わず、らんまに抱きつく。
「どうでもいいけど、女同士でくっつかないでよっ!」
あかねはボルテージが上がり始めた。
「小夏!」右京が声を掛けると、男くの一、小夏が現れた。
「なんでしょう?右京さま。」
「お湯っ!!」
右京の命令に、小夏はらんまの頭の上から湯を浴びせ掛けた。
「あっちーじゃあねえか。」
湯煙の中から、乱馬が現れる。
「これで、いいやろ・・・。なあ、乱ちゃん。折角会ったんやから、一緒にあれのらへん?」
右京は猫なで声を出しつつ乱馬ににじる寄る。
「・・・・・・。」
あかねの手前、乱馬がバツ悪そうに返事をしないでいると、
「乱ちゃん、ひょっとして、こういうの怖いん?」
などと右京がけしかける。
「別に怖かねえよ。」
「じゃあ、決まりやね。ウチと乗ろう♪」
右京は一人納得している。
「右京さまぁ・・・私は?」
背後の木がいきなり喋り始めた。
「うへっ!紅つばさ・・・。」
乱馬はたじろく。
「そうやなあ・・・あかねちゃんと乗ったらええやん、な?」
あかねはお邪魔ムシの登場に、無論、ムスッとしていた。
「あたし、いいわ。乗らないで待ってる。」
と言ってしまった。
しめたと言わんばかりに右京は
「じゃあ、つばさは小夏と乗ったらええやん。あかねちゃんは乗りとうないようやし・・・。な、乱ちゃん。」
右京の内心はこうだった。
・・・あれに乗った後、乱ちゃんと迷子になったふりしてあかねと引き離したるねん。それから先は乱ちゃんと二人っきりでデートやっ!!・・・
乱馬はあかねの態度が気になりながらも、結局右京の言いなりになってしまった。優柔不断というよりはあかねに対する一種のテレのなせる技であった。大衆の面前では、あかねと一緒に・・・という一言がどうしても言い出せないのだ。
「いいの?あかね。」
ゆかとさゆりがあかねに声を掛ける。
「いいのよ、別に・・・あたし、乱馬なんてどうでも・・・。」
ゆかとさゆりは困ったと言わんばかりに顔を見合わせた。
「とにかく、私、出口のフォトショップで待ってるから、みんな楽しんできてちょうだい。」
あかねは作り笑顔で答えた。
「ちょっと乱馬くん、なんとか言ったらどう?」
ゆかが乱馬をとりなしに掛かると、
「何も旋毛をまげることはねえだろ・・・一緒に来たらどうだ?」
乱馬もそう言ったのだが、一度言い出したら聞かないのがあかねの勝気さである。頑として首を縦に振らなかった。
「あたしはいいから・・・。ほら、混んで来ちゃうわよ。お土産でも漁っているから。」
と聞き入れようとしない。
「あかねちゃんはあかねちゃんで好きにわしたりいや。いこいこ。」
右京はにんまり笑いながら乱馬の腕を手繰り寄せて、さっさと連れ出して行った。
結局、あかねはひとりポツネンと取り残されてしまうことになった。
三、
「なによ・・・乱馬のバカ・・・」
一人になった後、あかねはぼんやりとスプラッシュ=マウンテンのふもとで一人の時間を持て余していた。途中、急流滑りの薔薇の水場のところで、落ちてくる丸太のゴンドラを見ながら、やっぱり一緒に行くべきだったかと大人気ない自分の行動を後悔してみたりする。
乱馬は乱馬で、あかねを一人にした己の優柔不断を悔いていた・・・。
「あいつ、大丈夫かなあ・・・。」
右京に腕を掴まれていても、結局のところ何一つ楽しくない。
今からでも引き返して行って、強引にでも連れてくるべきだと思い至った物の、右京はそんな乱馬を察しているのか、一向に隙を見せずに腕を掴んでいるのだった。
そうこうしている内に、スプラッシュ=マウンテンの入口へと差し掛かってしまった。乱馬は後ろ髪を 引かれる思いで、スプラッシュ=マウンテンへと歩き始めた。
あかねはひとり鬱然とした時を過ごしていた。周りでは楽しげにカップル達が通り過ぎる。
所詮二人で楽しむのは果かない夢だったのだろうか・・・。
友人以上で恋人未満・・・そんな関係を払拭しない限り、本当の意味での愛情は掴み取れないのではないか・・・
そんな漠然とした不安にかられるのは慣れっこになっている筈なのに。
もっと可愛い女の子になることが出来たら、とうの昔に想いは通じていたかもしれないのに。
・・・私は彼に何を望んでいるんだろう・・・
丸太のベンチに一人ぼんやりと座りながら、あかねは考え込んだ。
一方、乱馬は右京に付きまとわれたまま、ゲートを抜け、無事に洞穴の底に辿り着く。
言われるがまま、引っ張られるままに丸太の形をしたゴンドラに乗り込まされる。ボートが進み始めると、あかねのことを思い悩む余裕は無くなった・・・情けないことだと思うが、このスプラッシュ=マウンテン、なかなかの食わせ物で、初めて体験する者にとっては、結構、スリルとサスペンスに満ちたアトラクションだと言っていいだろう。
思わせぶりに何回か、急流とはいかないまでも、丸太は坂を滑り降りる。その度に水飛沫は上がり、結局乱馬ははまた、女へと変身を遂げた。
外から急流を滑り落ちる丸太のボートを見ているものだから、余計にドキドキするのだ。今度はどうか・・・それともまだか・・・。
このドキドキ感はスプラッシュ=マウンテンの真骨頂かもしれない。途中、ミツバチの巣が天井から下がっている、何度目かの急流が結構怖い。
「ひゃおーっ!」
悲鳴とも掛け声ともつかぬ奇声を発しながら、丸太はどんどん進んで行く。
シュッ、シュッ!
水柱がきれいにリレーされて行く。カエル達が丸太を見送り最後の山へと上り始めるのだ。禿鷹が思わせぶりに坂の頂点へと誘う。
カタカタカタカタ・・・
坂の向こうには、急流が待ちうけているに違いない・・・。
緊張感がボート内に漂いはじめる。女に変身したらんまもごくりと生唾を飲み込む。
ボートはてっぺんで一旦休止する・・・そして・・・
わっと言わんばかりに、下の茨の中へと一気に急降下する。茨は悠々と高い所にあるのだが、頭を打つのではないかという恐怖感も同時に奮い立たせる。
ばっしゃーん
水飛沫が上がる。前身に浴びながら、やっと恐怖から解放された後の清々しさは快感へと変わるのだ。
しかし、横にいるのがあかねではないという事実に気付いたらんまは矢張り何か物足りなさを感じるのだった。
しがみ付いてくる腕が右京では無くあかねのものだったら、どんなに気持ちがいいだろう・・・。
その頃あかねは危機に見回れていた。
そう、ナンパの網に引っかかっていたのだった.
「いいじゃんかよ・・・。そんなにツンケンドンしなくっても。」
「可愛い顔がダイなしだぜ・・・。」
「一緒に俺たちと楽しもうよ・・・。」
あかねは男たち3人に取り囲まれていた。
・・・どうしよう・・・
あかねは男たちの執拗なアタックに困惑しきっていたのだった。
つづく
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