ウエスタンランド編  その1

一、

 チキルームの脇を抜けて行くと、そこはアドベンチャーランドからウエスタンランドへとエリアが変わる。アーリーアメリカの中西部のような装いを示した街並みが立ち並ぶのだ。
 地面の色も緑から茶へと変化している。このことに気付く人は少ないかもしれない。また、本家アメリカのカリフォルニア州のディズニーランドでは「ウエスタンランド」とではなく「フロンティアランド」と呼び称されている。
 フロンティアスピリッツ・・・アーリーアメリカンの魂がこめられた言葉である。

 流れてくるBGMもカントリーウエスタンっぽくなり、バンジョーの音色が軽快に聞こえてくる。
「なんか、西部劇の映画にでも出てきそうな風景ね。」
 あかねは周りを見渡しながら話し掛ける。
「んー。じゅあ今度はカントリーベア=シアター」にでも行こうか。
 ゆかの案内で、西部劇さながらの木でできた館の中へと一同は入って行った。
 チケットを見せて中へ入ろうとすると、カワイイ熊の彫刻が目に入った。
「ねえねえ、あれって、見ざる言わざる聴かざるじゃあない?」
 あかねが指差すとそこには見ざる熊、言わない熊、聴かない熊の柱彫刻があった。ディズニーらしい洒落のつもりなのだろうか。
中は、待ちの人がぼつぼつと壁や内装を見て佇んでいる。

「ここってね、同じ劇場が二つあるんだよ。知ってた?」」
とゆかが言う。
「へえー、何回も来ているけど、それは初耳だわ。」
とさゆり。
「なんで、同じものが二つもあるの?」
あかねが訊くと、
「混んでいる時は二つとも開けているのよ。ほら、こっちとあっち。」
良く見ると同じような入口が手前と奥、二箇所にある。
カントリー風のコスチュームのキャストのお姉さんに案内されて一同は劇場へと入って行った。

「へえ、広いんだあ〜。ホントに同じ物が二つも作ってあるの?」
とあかね、中は天井が思ったよりも高く、広く感じたのだった。
「後ろに座りましょう・・・前より座り心地がいいと思うから。」
中はベンチ風の椅子が順に並んでいる。
西部の町の劇場のような感じのホールだった。
あかねの横には当然ながら乱馬が鎮座する。
彼なりに意識しているのか、至って無口であった。
熊の人形がたくさん登場し、カントリーウエスタンを歌いながらショーは進行して行くのだ。

「あの、熊たちの中に、親父はいねえだろうな・・・。」
 乱馬はそっとあかねに耳打ちした。
さっき、アドベンチャーランドのジャングルクルーズにでっかいパンダが木にしがみついていたことを思い出したのだった。
 「まさか・・・。」
 あかねも半信半疑で辺りを見まわしたがそんな影はなかった。

 実は・・・玄馬は隣のシアターに潜んでいたのだ・・・
 残念ながら、彼はカントリーベア=シアターが二つあることを知らなかったし、今日はすいていたので、まだ劇場は一つしか稼動していなかったのだ。
「早乙女くん・・・我々これじゃあ、ただのバカじゃないの?」
 早雲は人形に混じって開演を待つ玄馬に言ってのけた。
『しらないよ〜ん』
 玄馬はパンダの体を揺らしながらそれに答える・・・

 余談だが、このシアターは通常バージョン、サマーバケーションバージョン、クリスマスバージョンと3つのバリエーションがあり、それぞれの季節に合わせて上映されている。
 また、歌を担当する声優さんのなかに「宝田明」がいる。

テネシー生まれの怪男児
その名はデイビークロケット
わーずか三つで熊退治
その名を西部にとどろかす
DAVY、DAVY CROKET
ぼくのあこがれ♪

 TDLではゆっくり座って鑑賞できるアトラクションは案外少ないので、カントリーベア=シアター辺りは、休憩にはもってこいの場所かもしれない。
 多分に洩れず、あかねの横の乱馬は、こくりこくりと気持ち良さそうに船を漕ぎ始めていた。
 始めは腕を組んだ前に頭(こうべ)を垂れていたのだが・・・あろうことか、右隣のあかねの方へと任せてくる。
 あかねは途中で、乱馬の頭の重みに気が付いて揺り起こそうかと迷ったが、そのままにしておくことにした。
 それはそれで、彼女には幸せなことだった。
 乱馬の存在をすぐに感じられる・・・恋する乙女にとって、それがどんなに満ち足りた時間だったことか・・・。

 ショーは20分あまりで終わると、館内がパッと明るくなった。

「あーあ。乱馬の奴・・・なんだかんだって言ってても、あかねのことが好きなんだよなあ・・・。」
 明るくなっても、まだあかねから離れない乱馬を垣間見て、ひろしが溜息を付く。
「ちょっと、らんまあっ。起きなさいってば・・・。」
 あかねは真っ赤に顔を染めながら、肩を揺すって乱馬を起こした。
「んあ?」
「何寝ぼけてんの!」
「あ、う、うん。」
 目をしわしわさせながら、乱馬は辺りを見回す。そして、腕を伸ばして大あくびをこいた。
「もう、デリカシーないんだから。行くわよ。」
 照れ隠しに叱責しながら、あかねは先導して歩き始めた。

「ねえ、乱馬くんって案外、あかねの尻に引かれちゃうかもよ・・・。」
「そうかもね♪」
 ゆかとさゆりはひそひそやっていたのを二人は知らずに歩き出す。


二、

 カントリーベア―=シアターから出ると、少し太陽が眩しく思えてきた。
 時刻は11時過ぎ。
 至って順調にアトラクションにも乗ることが出来ている。
 混雑時はこうすいすいも行かないだろう。今日はついている・・・とゆかがにこにこしていた。
「ねえ。混んでないからビックサンダー=マウンテン、乗っちゃおうよっ!!」
 ゆかは一同を誘う。
「でも、20分待ちって出てるぜ。」
 と乱馬。
「ホントに初心者なんだから・・・このアトラクションで20待ちってすいてるのよ。いつも50分は下らないんだから。待ち時間。」
 ゆかが言うと
「そうよ、昼間のこの時間で20分なら乗りで決まりね♪どう?」
 とさゆり。
「普段はこの辺りまで紐で列が出来てるもんなあ・・・。おうしっ乗ろうぜっ!」
 ひろしも大介も乗り気充分だった。
 ただ一人、あんまり浮かない顔をしていたのは乱馬だったかもしれない。
 さっき、ウエスタンリバー鉄道の車窓から見ていた暴走機関車を思い出したからだ。
 遊園地自体に慣れていない乱馬にはどうもジェットコースターじみたアトラクションは苦手だといっても良かったかもしれない。
 そんな乱馬に気付いたのかひろしがからかった。
「なあ、乱馬、おまえひょっとしてこういうの苦手か?」
「いや・・・別にそう言う訳じゃあ・・・。」
「いいじゃん、あかねに守ってもらえばさあ・・・」
「あほっ!馬鹿言ってんじゃあねえ・・・行くぜ。」
 そやってムキになるところはいかにも乱馬らしい。

 大きな車輪があるたもとで、キャストのお姉さんが子供の身長をチェックしていた。一応、車輪が測定器になっているらしい。
「あんな小さい子も乗りたがるんだから、怖がったら情けねえよな・・・。」
「しつけえぞ、おまえは。」
 ひろしと乱馬はそんなやり取りをまだ繰り広げていた。

 木製の通路を登って行くと、炭坑のような茶けた建物の中に誘われる。
 ビックサンダー=マウンテンはその昔、ゴールドラッシュが去った西部の掘り尽くされた金鉱山の廃坑を下組として作られたアトラクションだ。スス茶けた木の床や柱は、金属的なジェットコースターとは一風違った趣がある。
「ここのアトラクションの面白さはね、ただスピードの恐怖だけじゃあないのよ。周りの岩山にいろんな生き物や化石なんかが配備されていてさあ、それを乗るたびに見つけて行くっていう楽しさもあるのよ。」
 とゆかが教えてくれた。
「廃坑の中を無人の機関車が暴走するっていう設定もあるけどねっ。」
 とさゆり。
「いろんなストーリー的展開があるのね・・・知らなかったなあ。」
 とあかね。
 ディズニーランドの魅力は、しっかりとした各アトラクションの骨組にあるのかもしれない。ちゃんとコンセプトが敷かれていて、それに併せてアトラクションが展開されているのだ。
 このビックサンダー=マウンテンも然りで、乗り場に至るまでの長い道程にさえ、いろいろと気の利いた小物が配備されていて、嫌が応でも雰囲気を掻き立ててくれる。
 ビックサンダー=マウンテンの乗り場は入り組んだ木の建物の奥深くにあった。
 階段を降りると、そこは・・・と言う感じに。

 二人一組にそれぞれ乗り込んで行く。
 モチロン、乱馬はあかねとペアを組む。自然の流れと言っても良かった。何一つ疑問を感じるでもなく、乱馬はあかねの隣に鎮座する。
 ただ、彼の心は穏やかであろう筈は無く、子供のように心臓がドキドキしているのが自分でも良くわかった。
 それは、あかねに対するドキドキではなく、チョットした恐怖感のそれであった。
「ねえ、やっぱり怖いの?」
 急に神妙な顔つきになった乱馬をあかねが見逃さずに話し掛ける。ちょっと目元はクスッと笑っていた。
「バカ。そんな訳ねえだろ。」
 気取(けど)って見せるが、内心、穏やかではない乱馬だった。
 逃げ出したい心境を押さえながら、観念したように席に付いたのだった。
「おめえは平気なのか?こういうの・・・。」
 ぼそっとあかねに話し掛けてきた。
「うん、どちらかと言えばこういうアトラクションは好きな方かもね。」
 実に嬉しげに答えてくる。
 安全バーが下ろされて、いよいよ・・・。
「手、握っててあげよっか?」
 からからっとあかねが話し掛けてきた。
「バカっ!からかうなっ!!」

ガタンっ!!

 機関車はターミナルを離れてカタコト音を立てながら走り始めた。
 次にどういう展開が待ちうけているのか・・・乱馬は目の前のバーに思わず力が入っていた。
 軽くランニングをしたあと、機関車は斜めになり、上の方へと引き上げられて行く。
 カタコトカタコト・・・。
 それらしい音が聞こえてくると、いきなり、霧のような水気が乱馬を襲った。

「ちめてえ〜っ!」

 微かな霧のような水が火山の噴火口のようなところから吹きあがっていて、みるみる乱馬は女へと変身を遂げた。
 機関車はピーク地点を過ぎ、下り坂にさしかかったところで一瞬静止した。そして、次の瞬間、弾けるように一気に急斜面を駆け下りるように走り始めた。

うわーーっ!!

 悲鳴をあげる間も無く、らんまの体は大きく前後左右上下に揺さぶりをかけられる。
 暴走が始まったのだ。

きゃーっ!!

 人々の悲鳴がそこここから耳に入る。
 隣のあかねも、声を上げつつ、楽しそうに揺られていた。らんまはもう、周りを気遣う余裕はなかった。
 機関車は山を滑るだけではなく、炭坑の中へといきなり入るのだ。天井が間近に迫ってくるような恐怖感もまた激する。
 らんまは無我夢中でしがみついているのが精一杯だった。
 だから、終わりが来た時は、もう、へろへろだったと言っても良かった。
 降り去ったあとも、情けないながら、無口でふらついていたかもしれない。

「あら、乱馬くん、変身しちゃったんだ。」
 ゆかが目を丸くして告げても何も答えなかったくらいだったから。
「相当、参ったような顔してるなあ・・・おまえでも苦手はあるんだ。」
 とひろし。
「もう、乱馬ったら、情けないんだから・・・」
 あかねが苦笑すると、
「うるせえー、俺はこういうの慣れてねえんだからしょうがねえだろ。」
 やっと悪態が吐いて出た。

「すいてるから、もう一回乗る?」
 さゆりが言うと
「やだ。勘弁してくれ・・・。」
 思わず本音がらんまの口から洩れたものだから、一同、顔を見合わせて笑い転げた。



つづく



(c)Copyright 2000-2005 Ichinose Keiko All rights reserved.
全ての画像、文献の無断転出転載は禁止いたします。