◆梅騒動記


 梅雨に入る頃、いつも庭先の梅の木には実がたわわに生りひしめく。
 あかねによれば、彼女が子供の頃にはもう、毎年、たくさんの実をつけていたそうだから、三十年くらいの木なのだろうか。道場の脇に天に向かって伸びるしっかりとした成木だ。
 春になると、真っ先に薄ピンクの花を付ける。
 万葉の時代には「花」とは「梅」を指したそうで、桜が「花」の代名詞になったのは平安期以降だと言われている。梅の花の香は春を運んでくる。
 咲き乱れた後、梅花は六月頃に実を結ぶ。梅雨に入る前、たわわに実った枝先を重そうに揺らす梅の木から、木を揺すって実を取る。ざる何杯かの生梅が取れるわけだ。これをまざまざ見過ごす術はない。と、毎年この時期になると、長姉のかすみさんが、収穫した梅でシロップだの梅酒だの梅干だのを漬け込んで、食卓を楽しませてくれたものだ。
 だが、生憎、かすみさんはお嫁に行ってしまった。それでも去年は、もぎ取った梅を漬けに、嫁ぎ先である東風先生のところから里帰りしてくれたのだが、今年はそういう訳にもいかないらしい。つい先頃、母親になったからだ。
 産後、まだそう日が経っていない。
 只でさえ、初めての子育てに遁走している頃合。
 で、今年はどうするのだろうかと、実をつけ始めた梅の木を眺めていたら
「あたしが漬けてみようかな…。」
 とあかねがぽつんと言った。
「おめえに漬けられるのかよ…。」
「さあね…。梅酒や梅シロップなら去年、かすみお姉ちゃんに教わったけど…。梅干漬けてみたいな…。」
 俺は黙った。 
 少しは進歩したものの、こいつの不器用さは、天下一。今だって食卓に時々、原型を留めない訳のわからない代物が乗ってくることがある。
 どうしたものかと思案していたら、オフクロが言った。
「いいんじゃないかしら。何事も挑戦ですもの…。私も手伝うわよ。」
 そうだ。オフクロが居ればなんとかなるんじゃねえかと思った。
「ま、ぼちぼちやりな…。」
 俺はぽそっとそれだけ言うと、庭先に下りた。

 見上げる枝先には青梅が、葉の間から沢山覗いている。これをこのまま捨て置くのは、確かに勿体無い。
 よっと駆け上がって、枝を揺らしてみた。
 ポトポトと何粒かの実が地面へと落下する。
「好いわよ…。乱馬。」
 下からあかねの声がする。
「よっし…。しっかり取れよ。」
 俺とあかねの梅干大作戦が始まった。



 落とした梅はまだ実の色が青かった。
「漬け梅はね、黄色く熟れた方が良いのよ。」
 とオフクロ。
「へえ…。青梅じゃダメなのか?」
 俺は採れたての梅を手先でぐるぐる回しながら言った。
「ええ、昔から梅酒やシロップは青いの、梅干は黄色いのと相場が決まってるの。青い梅だと、固いから、梅干にしても上手く漬からないのよ。梅干用のは暫く風通しのいいところに置いて、黄色く熟れさせてからにしましょうか。」
 こくんと頷くあかね。
 四、五日もすれば漬け梅用になるだろうと言うことだったので、道場脇の風が良く通る場所に、置いた。梅酒用と梅シロップ用は、先に仕込む。
 梅酒は氷砂糖とホワイトリカーで、梅シロップは氷砂糖で漬け込む。
「梅シロップはね、竹串で刺して穴を開けるよりも、こうやって、縞模様に皮を剥いてやった方が良くエキスが出てくるのよ。」
とオフクロ。流石に主婦の経験が長い分だけ物知りだ。
「へえ…。知らなかったな。」
 不器用そうなあかねは、ナイフを危なっかしい手つきで動かしながら、梅を縞模様に剥いてゆく。オフクロが五つほどやってのける間に彼女は一つできるかできないか。相当な不器用さだ。
 その脇で俺は、はらはらしながら見守る。
「手ぇ切るなよ…。血まみれのシロップなんか飲めたもんじゃねえからな。」
 そう嘯(うそぶ)くのも忘れない。
「失礼な奴ねっ!」
 ポカリとやってきそうな剣幕だが、手先に集中して、無心に青梅と格闘するあかね。
「本当に、口の悪い旦那さまね…。あかねちゃんのことが心配で溜まらないのね…。この、ぼんくらさんは。」
 オフクロが笑い出す。 
 別に俺が手を貸す訳ではないのだが、こういう女性の仕事を横から眺めるのも悪くはない。ガキになった心境で、オフクロと新妻が共同作業する様を眺めていた。
 オフクロの尽力で、なんとか剥きあがった青梅を、丁寧に瓶へと詰め込んでゆく。氷砂糖と梅と順番に重ねてゆくのだそうだ。
「二週間くらいでエキスがあがってくるからね…。これを焼酎やサワーで割ると、美味しいわよ。」
 とにこにこ顔のオフクロ。
 そうなんだ。季節の味。夏でばてそうな身体に梅の風味はとても効く。
「家には親父みたいな体たらくな飲兵衛が居るから、そんなシロップ、直ぐになくなるだろうけどな…。」
「あら、乱馬だって、相当飲むじゃないの…。」
「そうよね…。可愛い新妻のお酌でついつい飲みすぎるのは誰かしらね…。」
 薮蛇だ。
 実際、酒が身体に入ると、安心してつい、いつも以上にあかねに甘えてしまう。同じ屋根の下にずっと一緒に暮らしてきたが、結婚する前とした後と、何が変わったかと言われたら、こういった気分的な部分だろう。結婚して、互いの運命を共用化してからというもの、確実に絆は固くなった。そう思う。
 以前にも増して、「甘えた」になった自分がそこに居る。
 ふとした彼女の仕草に、柔らかな幸せを感じる。これが「新婚」の醍醐味なのかもしれない。



 シロップの楽しみは二週間後に取っておくとして…。
 梅酒は更に時間がかかる。漬け込むのは簡単で一瞬だが、こちらも熟成にはたっぷり一年。
 これまたオフクロの薀蓄(うんちく)に寄ると、グラニュー糖や砂糖を使うと酒が濁るそうで、氷砂糖が適しているとのこと。
「一年後はどうなってるかしらねえ…。」
 とオフクロが楽しそうに笑う。
「孫を抱いていたら言う事はないわ。乱馬、あかねちゃん、よろしくね。」
 そんなことを面と向かってはっきり言われても困ってしまう。
「子供は天からの授かりもんだから…。」
 とすっとぼける。
 早く子供が欲しいと思う反面、もう暫く、二人きりの時間を満喫したいという思いもある。
 あかねは恥かしいのか、真っ赤な顔をして俯いている。思っていることがすぐ顔に出る。可愛い奴だ。
「今日の作業はこれで終わり。」
 オフクロがにこやかに言った。




 さて、数日後の梅干。
 これは作業がややこしい。
 漬け込めは終わりという、シロップや梅酒とは少し様子が違う。
「梅干はね、作業そのものはそんなに難しくはないけれど、結構手間がかかるのよ。」
 さて、俺はというと、夕方まで道場の仕事もないから、また、二人の会話を隣りで聞きながら寝そべっていた。比較的、平日の昼間は暇な自由業の気軽さ。
 朝方から黄色くなった梅を水に漬けていた。
「こうやって、半日ほど、水に漬けてアクを抜くの。」
 水に含んだ梅の良い香りが、居間一面に漂ってくる。
「いい匂いだな…。梅ってのは…。」
 新聞をがさっと投げ出して二人を見上げる。
「でもね、梅の実は猛毒でもあるのよ。だから、全然虫も寄ってこない。鳥だって食べようともしない。」
 言われてみたらそうだ。桃やさくらんぼと花は似ているが、鳥や虫がこぞって寄ってくるそれらの実とは大違いで、確かに梅の実は虫食い痕も見ない。
「へえ…。こんなにいい匂いがするって言うのに、毒なのかよ。」
 俺はふっと言葉を継いだ。
 不思議な気がした。ここまでふんっと匂ってくる梅の香。これの何処が猛毒だと思えようか。
「でも、こうやって人の手を加えると、たちまち、身体に良い、健康食品に生まれ変わるんですもの。」
 とあかね。
「健康食品ねえ・・。」
 頬杖をついて目の前のご婦人方を見比べる。
「あら、梅干って疲労回復や殺菌作用があるのよ。知らなかった?」
「へえ…。初耳だ。」
「だからお結びやお弁当に入れるんじゃないのぉ。無知ね。」
 頭に来る言い方だ。
 確かに、冷蔵庫なんかなかった昔から、梅干は保存食として重宝されてきたようだ。江戸時代の梅干なんていうものをテレビで先頃見たような気がする。そんな時代から重用されてきたのだ。夏ばてには効果覿面だったのだろう。
「梅って奴は、あかねみたいだな。」
「どうしてよ?」
「だって、そのままじゃ毒気が強くって食えたもんじゃねえけど、手を加えてやれば、結構いける。」
「何よそれっ!!」
「だから、俺が居ないとダメってことだよ。」
 オフクロがほほほと傍で笑い出した。
「ちょっとお母さままで…。」
「いえいえ、そういう意味で笑ったんじゃないわ。あかねちゃん。」
 オフクロはまだ笑い転げている。
「乱馬も随分、ぬけぬけとのろけるようになったわねって…。ちょっと感心しちゃったのよ…。」

「あ…。」

 オフクロの言うとおり、結構物凄いことを口から滑らせている。
 二人して梅干色に顔が染まった。

「さてと…。作業しましょうか。」
 とオフクロ。
「竹串でへたを取って、ふきんで水気を拭き取ってちょうだいな。」
「あ、はい。」
 オフクロの言葉に嫌に従順になったあかねがもくもくと作業を開始した。
「水気はちゃんと取って置けないと…。そこからカビが生えてくるのよ。」
 また二人して手を動かし始める。あらかじめ量っておいた塩が傍にある。
 オフクロに寄れば、この塩もこだわりを持つと仕上がりが違うらしい。
「梅干には赤穂の塩ってね…。」
「赤穂?」
「ええ。赤穂浪士の赤穂藩で取れたお塩がいいって昔から言われてるわ。溶けが良くって、良く梅に馴染むんだそうよ。」
「討ち入りの塩って訳か…。」
「乱馬、赤穂って何処にあるか知ってるの?」
 ときた。
「さあ…。」
「情けないわね…。」
「おめえは知ってるのか?」
「当然っ!!」
 鼻息が荒い。
「じゃあ、何処だ?」
「兵庫県よ…。瀬戸内海。これくらい常識なんだから。」
「瀬戸内海ねえ…。別に討ち入りとは関係ねえか…。」
 そう言えば地理か何かで習ったような。瀬戸内海地方は昔から塩作りが盛んなところだったろいう。温暖で雨害が少ない穏やかな気候が塩作りに適していたのだろうか。
「討ち入りって…。梅干作りは格闘技じゃないんだから…。」
 とあかねは言ったが、どうしてどうして…。俺から見れば、あかねの梅漬けは異種格闘技の一種だ。
「ほら、そっとやれよ…。梅の実が破けてるぜ…。」
「うるさいわねっ!気が散るから少し黙っててよ。」
 梅は少しずつへたを取られて、水気を抜いて、ざるに上げられる。
 それをあらかじめ量っていた塩とまぶすのだ。
 勿論、最初に甕を消毒するのを忘れてはいけない。
「焼酎で拭くのを忘れずにね。あかねちゃん。」
「親父たちが見たら、勿体ねえとか言うだろうなあ…。」
 ふきんに焼酎を含ませて、たったと甕を拭いてゆく。
 底に少しだけ塩をまぶし、用意できた梅を重ねてゆく。そして、塩をまぶし、手で軽く掻き混ぜる。この作業を繰り返すのだ。
「上に行くほど、塩加減は多めにしてね…。カビが来るのは上からのことが多いから。」
 オフクロは指導を忘れない。
「馬鹿力で潰すなよ…。」
「うるさいっ!!」
 横からチャチャを入れることを忘れない俺。
 まぶし終えたら、今度は重しだ。天道家には古くから漬物石がある。
「漬物石の消毒もちゃんとしないとね…。カビは大敵ですからね。」
 なるほど…。カビと食品の関係は密接だからな、と俺は感心しながら聴いていた。
「最近はペットボトルを重石代わりに使用する人も居るんですって。水加減で調整ができるし、消毒も手軽にできるからって。」
「へえ、そうなんだ…。」
「うふふ、お花のお弟子さんが言ってたわ。物は使いようってね。」
 思わずメモ書きしたくなるようなオフクロの薀蓄。流石だ。主婦歴にも年季が入っている。
「後は、梅酢が上がってきたら、赤紫蘇を入れるのよ。」
 四五日で梅酢が上がるそうだ。これまでの間がカビとの勝負の分かれ目になるらしい。只でさえ、うっとおしい天候が続くこの時期。空中に居るカビの胞子が元気になるのも頷ける。
 何でも、梅干はそれを仕込む女性の体調を鏡のように映し出すらしい。
 これもオフクロがあかねに言っていたことだが、昔は血の障りがある女性には、梅を触らせるなとか言ったこともあったらしい。
「赤紫蘇を揉みこむときは、漬け手の体調によって、鮮やかな赤になるか少しくすんだ色になるか、分かれ目があるんだそうよ。私も良くはわからないけれど、確かに、年毎に、若干、色合いが違って見えるの。」
「へえ…。そういうものなんでしょうか…。」
「赤紫蘇を揉むときの体温によって色が変化するとか、その人の手の塩加減で決まるとか、いろいろ言われがあるらしいわ。まあ、昔は月の物がある女性は、梅に触るなとかいうこともあったみたいよ。梅には邪気を払う力が宿ると考えられていて、清浄なものというイメージが強かったんでしょうね。」

 梅は邪気を払う。
 聞いたことがあるようなないような…。
 虫も食わねえ、毒の実だからそう思われていたのかもしれない。


 さて、漬け込まれた梅はそのまま風通しの良い場所に鎮座して、次の工程を待つ。
 梅雨のじめとした空気は、だんだんと不快感を増してゆく。
 雨が降るのか降らないのか、よく分からない天候になるのだ。蒸し暑さも一押しで、晴れるならカラッとして欲しいと思うのは俺だけであろうか。
 女性たちの共同作業は、そんな雨天のじめとした空の下で行われる。
 オフクロが近所の八百屋から赤紫蘇の入った袋を買い込んできた。

「いったい、どのくらい入れたらいいんだよ?」
 どっさりと籠から吐き出される赤紫蘇を尻目に言葉を吐いてみた。
「だいたい、漬けた梅の五分の一くらいが目安なのよ。赤紫蘇をケチると、いい具合に発色しないの。」
 オフクロが紫蘇の葉を袋から取り出しながら言った。
「最近は、あらかじめ塩揉みした赤紫蘇の葉も売っているけれど、やっぱり、ここまで手作りにこだわったのだから、自分で揉まなきゃね。」
 と笑う。
「へえ、そんなもんまで工場かどっかで作ってるのが店先に並んでるのか。」
「生葉だって、昔は枝付き根付きと相場が決まっていたけれど、最近は、こうやって葉っぱだけに切られたのが袋売りになっているのが主流だわね。葉をむしり取る手間が省けて良いは良いけれど、風情いがだんだんなくなるわ。」
 古い人間のオフクロらしい弁だ。
「昔は軒先に新聞紙を広げて、一枚一枚、枝から葉っぱをむしり取ったものだけれどね。」
 確かに、現代人にとったら、こういう作業が面倒なのに違いないだろう。住宅事情だってそう良い訳ではない。天道家(うち)みたいに、広い軒先がある恵まれた家はそう多くはないはずだ。戸建てだって、システムキッチンだのが主流になっていて、こんな地道な作業をするのに適した台所の構造ではないだろう。
 それでも、機械的カッターでは、葉っぱだけを切る事は不可能らしく、所々、大きな茎や枝が残っている。オフクロとあかねは、肩を並べてこれらから葉を完全に切り離す作業に没頭し始めた。
 今日も今日とて、昼間は暇な俺。二人の作業を見比べる。
「きゃあっ!何?虫?」
 あかねが突然に悲鳴を上げた。
「あらあら、葉っぱに虫がくっついてたのね。紫蘇は虫が寄りやすいから…。葉っぱをむしるついでにチェックしてね。あかねちゃん。」
 ちょっと躊躇しているあかねと違って、オフクロはドンと構えている。一センチあるかないかの虫にあかねは翻弄されて、少し及び腰になっているところが微笑ましい。
 むしり取った葉は、丁寧に水で洗う。赤紫蘇の紫の液汁が出る。
「これを、一割の塩で良くアクを揉み出すのよ。」
 オフクロが量った塩を、ざるの上からさっと振りかける。
「これをさっと混ぜて、数分置いてしんなりしてから揉むの。」
 青菜に塩とは良く聴くが、それと同じことなのだろうか。
 時間を置くと、塩で葉っぱがしんなりする。これを一所懸命に手で揉みしだくのだ。
 こういう力作業はあかねの得意としているところ。流石に力だけはあるって奴だ。
 みるみる赤紫蘇は揉まれて、山だったのが量も減った。
「わあ、紫のあわあわが出る。」
「でしょう?これがね、梅酢に入れると凄いわよ。」
 何が凄いのかよくわからないが、俺は好奇心剥き出しの目で、二人の作業を覗き込んだ。
「固く絞ったらこっちの容器へ入れて頂戴ね。金属製のものだと変質する可能性があるから、プラスティック容器が最適だわね。」
 なるほど、梅酢は酸がきついて訳か。
「お玉も使わないでね。金属が変質しちゃうから。」
 大騒ぎだ。
「じゃあ、いい、ここから梅酢を少し流し入れるわよ。」
 オフクロは慣れた手つきで、固く絞った赤紫蘇の上に、梅酢を注ぎ入れた。

「わあっ!!」

 あかねの好奇の声があがる。
 俺もつられて後ろから覗き込む。
 手で揉むと、何と美しい赤色に染まるのだろう。見事だった。
「うふふ…。これが漬け梅のクライマックスよ。」
 オフクロが楽しそうに言った。
 さっき、塩でアク出しした時とは比べ物にならないくらいの鮮やかな紫蘇の紅色。
「これが、自然に出る色だから不思議よね…。着色料なんか全然使っていないのにね。」
 あかねの目が子供のように輝く。恐らく俺の目も同じように好奇心に満ちていただろう。
「これを梅の上に並べてまた重石をして梅雨が明けるまで置いておくのよ。今色を出した赤梅酢に、梅の実が少しずつ染まってゆくの。」
 とオフクロ。
「それからね、土用干しって言って、土用の頃に天日に三日間、ざるに上げて丁寧に干してあげるの。そうしたら柔らかい梅干になるわよ。」

 なるほど、漬けるのは簡単そうだが、手間がかかてるってわけだ。
 これは、感謝して味あわねえとバチが当るな。
「どう?乱馬…。あたしにだって漬けられたんだから。」
「へっ!オフクロの力添えがあったからだろ?それに…。まだ、出来上がってねえしな…。食えるのはずっと後のことだよな。」
「たく…。相変らず口が悪いんだから。さてと…。台所へ運ばなきゃ。」
 あかねが甕を持ち上げようとしたのを、俺が先に制した。
「おめえは…。ドン臭いからな。けっつまずいて転ばないとも限らねえし…。持ってやるよ。」
 さりげないフォローだ。
「優しいのね。」
「へん。俺はいつだって優しいよ。」
「嘘ばっかり…。悪態ばっかり垂れてるくせに…。」
「うるせえやいっ!」

 梅干の入った甕はずっしりと重い。それが二甕。
 あかねとオフクロの共同作業だ。
「で、いつになったら食えるんだ?」
「お母さまの話に寄れば、半年後くらいからですって…。」
「そっか…。」
「何?にこにこしちゃって…。」
「楽しみじゃねえか…。」
「そっか…。ちゃんと毒味してくれるんだ…。」
「まあな…。梅干は嫌いじゃねえし…。オフクロの指導がいいから、まともに漬けられたみたいだからな…。」
「あーっ!言ったわね。」

 梅干の酸っぱい香りと味。思い浮かべるとじわっと口先が湿ってくる。
 俺はあかねに指示されて、台所の片隅に、甕を下ろすと、そっと彼女の唇に触れた。
 ご苦労さまの返礼。
 ま、いいんじゃねえか…。新婚だし。

 あかねは梅干みたいに真っ赤な顔をして暫く呆然とする。奇襲だったので構える暇もなかったろう。隙だらけなんだから。

「さてと…。夕稽古の用意しねえとな…。そろそろ弟子たちが来るだろうし。」
 俺はくんと伸び上がって勝手口から外へ出た。
 空は雨上がりの夕焼け。漬け梅よりは薄い赤い色。








一之瀬的戯言
他意はなし…。暴走主婦ネタ。
毎年梅干だけは何があっても手作りしていました。
味噌も毎年30キロほど仕込んでいましたが、最近は多忙になり、すっかりパスしています。

馬鹿みたいに梅干を好んで食べる奴が一人いましたが、奴も、就職して家を出て行きました(京都なので、しょっちゅう帰ってきますが…)
彼は小学生の頃、クラス文集に梅干作りの作文を書いたことがあるくらい好きで、弁当代わりに持っていくおにぎりや食卓の箸休めに毎日のように要求されていたのが、今となっては懐かしい…。
疲れが溜まってると、朝食にでかでかと梅干を乗っけて悦に入ってます。
嫁を貰う時は、梅干だけは手作りしてくれと頼まなきゃならんかな(笑


毎年、梅が店頭に並ぶシーズンになると心そこにあらず。今年は何キロ漬けようかと思案していたのが懐かしいです。
最近は、梅シロップを漬けて、夏バテ対策に炭酸水で割って飲んでいます。
生梅の香り好きです。



おまけ〜梅レシピ
梅肉かわり春巻き
春巻きの皮  ささみ  青紫蘇大葉  梅干(種を取ってほぐす)
春巻きの皮を広げて、大葉、ささみ、梅干の順に重ねて包む。
それを油であげる。
手抜きですが美味しいです。梅干が苦手な方はとろけるチーズにしても宜しいかと…海苔を巻いてもおいしいですぜ。

ああ、やっぱ主婦だな・・私(笑


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