◆熟したトマト


 ある晴れた土曜の夏の昼下がり。
 乱馬はいつものように子供たちに稽古をつけていた。

「ほらっ!もっと突っ込んで来いっ!!」
 激しく檄を飛ばす父親に、息を上げながら小さな身体を動かし続ける双子たち。一人は龍馬、もう一人は未来。只今五歳。やんちゃ真っ盛り。どちらも後ろにおさげを揺らし、顔を真っ赤にしながら元気に父にぶつかってゆく。
「たーっ!!」
「とーっ!!」
 小さな身体にありったけの闘気を秘めて父親にぶつかった。だが、交互に彼らは父親の軽い一撃で沈んだ。
「ダメだ…父ちゃん強すぎるよ…。」
 床に大の字に転がって龍馬が下唇を噛んだ。
「俺はおめえたちにだって手は抜かねえからな…。」
 乱馬がにっと笑って龍馬の手を掴んで引き起こした。
「どうした未来?黙り込んで。どっか傷めたか?」
 未来はじっと膝ッ小僧を見つめて座り込んでいた。
「どうら…。ん、たいしたことねえな。ちょっと床で擦っちまったか。痛いか?」
 普通の女の子ならこのあたりで涙がボロボロと零れて大泣きするのであろうが、流石にあかねの血を引いているだけあって、彼女も我慢強い。いや、勝気と言ったほうがいいかもしれない。
「大丈夫…。」
 ぐっと涙を堪えて父に吐き出した。決して人に弱みを見せたがらない、幼いながらも未来は母親と同じ性質を身につけていた。乱馬はまたそんな子供たちのことが愛しくてたまらない。

 外では蝉たちがしゃあしゃあ、みんみんとうなり声を張り上げる。
 やっと梅雨が明けたばかりなのに、太陽は真上からどんどん照らし込んでくる。
 二人が通う幼稚園は長い休みに入った。
 だから、朝のうちは稽古に励む兄妹たち。武道家の家に生まれたのだから、それは半ば運命づけられたものだろう。二人とも、スポーツとしてではなく、父と母と同じように格闘武道家への目覚めを迎えつつあった。
 普段は道場主として忙しい毎日を送る最強の師匠、父の乱馬に、じきじきに組み手をして貰うのは一週間に何日かあればいいほうだ。彼らの稽古相手は主に爺さんたちの役目だった。
 玄馬と早雲。この二人の祖父たちは、目を細めながらも、稽古の相手は充分にこなしてくれる。母親のあかねも時々それに加わる。龍馬も未来も身体を鍛えることと基礎体力を身につけることを、気負いのない毎日の生活リズム中で自然と身につけはじめていた。
 そんな彼らにとっても、父親の乱馬は特別な存在であった。
 普段、何某、道場から出ていることが多い父親。別段、留守がちなわけではなかった。ただ、彼らが幼稚園から帰って来て夕ご飯を迎えるまでのその時間帯にいないことが多かった。出稽古していたり、道場に真摯にこもっていたり。ともすれば夕稽古が在る日は、食卓すら共につくことすらできない日もあった。
 実際、それほど天道道場は興隆し始めていた。門下生も結構出入りする。通いの弟子ばかりで今のところ内弟子は居なかった。乱馬は一般世間にまで名前が通る名実共に一流の格闘武道家になっていた。常に入門希望者や腕試しの連中が道場の門を叩いてゆくのだ。
 サラリーマンのお父さんたちとはちょっと違って、それでもまだ子供たちと共に過ごす時間は多いだろうが、「稽古」という形で彼らと接するのは最近、めっきり少なくなりつつある。それだけに、子供たちも父親と道場に立てるとなると、俄然張り切るのだ。少しでも父に近づきたい。幼子の格闘家魂は格闘武道家・早乙女乱馬に畏敬の念を抱いていた。
 幼くても真剣に打ち込んでくる彼らを、鍛える側も手を抜くわけには行かない。乱馬は力をセーブしながらも、彼らに自分の持てるものを少しでも身体で伝えようと、稽古に臨む時は真摯になっていた。

「さあ、ぼちぼち昼飯かな…。母さん今日は何作ってくれるかな…?」
 稽古が終わると温和な父親の顔に戻って、乱馬は二人に話し掛ける。
「ねえ…。昼からも稽古してくれる?」
 龍馬が大きな目を光らせて父親を覗いた。
「ああ…。飯食って少ししたらまた相手してやろうか?」

 龍馬は元々は稽古が嫌いだったのだが、このところ、真剣に臨む事が多くなり始めた。去年の夏以来、変わったと母親のあかねは可笑しそうに乱馬に言う。そう、良牙の娘、若葉に出会ってから、変わった。
 あれ以来、ひと月かふた月に一回ほど、良牙が天道家を尋ねて来るようになった。正確に言えば、相変わらずの方向音痴ぶりを発揮し、何故か良牙の足がこちらに向くようになったのである。
 プロポーズの後、Pちゃんと共に良牙が消えて、六年ほど音沙汰もなかったのにである。昨夏、山中で再会してからというもの、思い出したように定期的に現れるのである。まるで里心がついたかのようだ。
 良牙が迷い込むと、その後決まって、あかりが若葉を連れて迎えに来る。
 若葉が来ると、俄然、龍馬は目の色が変わる。但し、どう見ても奥手の乱馬とあかねの血を引いている。それだけではなく、天邪鬼という性質もしっかり受け継いで居る。若葉は未来とすっかり同姓同士仲良くなってしまっており、その中へなかなか入ってゆけない。龍馬はことあるごとに「可愛くねえ。」を連発して若葉を煽り、自分の方へ気を引こうとする。
『まるで昔の乱馬を見ているみたい…。』
 あかねは楽しそうに乱馬に耳打ちする。
 だが、反面、若葉と出会ってから、龍馬は真面目に修行をするようになった。あれほど嫌がっていたのにである。
『男って厳禁ね…。』
 あかねはまた楽しそうに言うのだが、さもありなんと父親の乱馬は息子に愛情の眼を向ける。
『好きな子の前では極上の男で居たいんだよ…。』と。
 自分もまた、あかねの前ではそうであったように、幼いとはいえ、息子も同じ思いなのだろう。それが「恋」に成長するかどうかはこれから先に委ねるとして、何はともあれ、龍馬は男としての自覚が出始めたのでる。それは良しとしようではないか。乱馬はあかねに言ってのける。


 昼ご飯は素麺だった。冷えた氷水の中に浮く。それから野菜のサラダ。トマトやキュウリ、レタスといった定番が皿に乗っている。
「あーあ。またキュウリにトマトか…。」
 野菜が苦手な龍馬が言った。このところ並ぶ旬野菜に辟易している様子が言葉の端から読めた。
「あん?龍馬は野菜が嫌いなのか?」
 こくんと頷く。青々とした臭みが嫌なのか、龍馬はトマトが中でも大の苦手だった。
「少しでも食べないと、大きくならないわよ…。」
 あかねが脅しをかける。
「わかってらあ…。でも、やなものはやだな…。」
 幼い顔が溜息をついた。幼いながら乱馬と喋り方がそっくりなのだ。
「しょうがないわね…。一切れだけでもいいから…。」
 母親の言い分を聞き流しながら、乱馬は腕組みをして考え込んでいた。
「なあ、あかね。このトマトどこんだ?」
「何処のって、近所のスーパーのだけど…。」
「スーパーのか…。よっし…。龍馬、未来ちょっとついて来い!」
 乱馬が立ち上がった。
「ちょっと、昼ご飯どうするのよ?」
「後でいいよ…。」
 乱馬は何か思いついたらしく、二人を引っ張って炎天下を歩き出した。

 
 乱馬は麦わら帽子を子供たちに被せるとそのまま雪駄でずんずん歩いていった。真夏の太陽は上から容赦なく照らしつける。
 東風先生の接骨院を過ぎて、川を渡ったところに小さな畑があるのを乱馬は思い出していた。そこを作っている婆さんとはちょっとした顔馴染だった。そこへ向って歩き出した。
 畑に着くと、あるある。トマトやキュウリ、なすびにピーマンといった旬野菜が、たわわに実をつけている。
 乱馬は畑の横に立つ、古ぼけた平屋建ての民家に声を掛けた。
「タミ婆さん、居るかい?」
 玄関は網戸が立てかけられ、涼しい風が家へ通るようになっていた。
「あいよ…。どなた?」
 奥からしわがれた声が聞こえてきて、老婆が一人現れた。
「おや、天道道場の若旦那じゃないかい。こんな日中に、珍しいね…。」
「ああ、婆さん、元気そうだな…。」
「おかげさまでね…。」
 そんな挨拶代わりの世間話を一通りして、乱馬は老婆に切り出した。
「なあ、婆さん。この前言ってたけど…。こいつらにそこの畑の収穫物を分けてやってくれねえか?」
「ああ、隣の畑のかい?いいよ。年寄り夫婦だけじゃあ、実がなったって腐らせちまうこともあるからねえ…。あいよ。今日はまだ取り入れてないよ。それじゃあ一緒に取りにいくかね…。」
 曲がった腰を伸ばして婆さんが奥へ一度消えた。そして、籠とカマをかかえて戻ってきた。頭には半分の麦藁と半分の布でできた、農家の女性がよくかぶる麦藁帽子。手には軍手。野良作業のファッションだ。
「すぐそばの畑なのに準備周到だなあ…。タミさんは…。」
 乱馬が笑うと
「日焼けしたかないからねっ!色白美人が台無しだろ?」
 婆さんはけらけらと楽しそうに笑った。
「で、そっちのちっこい子は?」
「話した事あるだろ?俺の息子と娘だよ。ほら挨拶。」
 父親に急きたてられて二人はちょこんと頭を下げた。
「かわいいねえ…。おやおや、噂どおりの双子ちゃんかい。ホントによく似てるねえ…。」
 婆さんは皺だらけの顔をほころばせて笑った。

 畑に入ると子供たちは目を輝かせた。
 こんな都会の真ん中に畑などもう珍しい。住宅地に囲まれた小さな土の空間。それが昔からここに住んでいた婆さんの畑だった。

「どの野菜から採ろうかね…。」
 婆さんは畝を歩きながら子供たちを見た。
「俺…野菜嫌い…。」
 龍馬はぽっそり言った。
「そうかい…。嫌いかい。」
 乱馬はこらっというふうに龍馬を見た。
「いいよ、いいよ。それはね、あんたたちが本当の野菜の味を知らないから嫌いなだけだよ。スーパーに売ってる野菜たちしか知らないだろう?こうやって大地から生えている太陽の恵みをいっぱい受けた健康な野菜たちを知らないから嫌いなだけだよ…。」
 タミ婆さんは皺がわからなくなるほどくちゃくちゃに顔をほころばせて笑った。
「ほら、あのキュウリ取ってごらん。」
 婆さんはしな垂れるようになるキュウリを指差した。
「おっと、キュウリにはとげがあるからね。慣れないと刺さってしまうよ。ほら軍手を使って父さんとやってごらん。」
 龍馬は軍手を受け取るとおぼつかなげにはめてみた。
「こうやってきゅっと手でひねってやるといいよ。」
 婆さんは笑って手本を見せる。
「こうやって…。」
 父に介添えしてもらいながら、龍馬はキュウリを実ごとひねった。パキッと乾いた音がして葉っぱが揺れた。
「とれたっ!!」
 龍馬が嬉しそうに声をあげた。手にはもいだばかりのキュウリが青く光っている。
「未来もっ!!」
 傍らで不思議そうに見つめていた未来が声をあげた。好奇心が抑えられなくなったのだろう。
「いいよ。ほら、あんたはこっちをもいでごらん…。」
 婆さんは白い歯を見せて未来を見返した。

「ねえ婆ちゃん、キュウリって二つお花があるんだね。ほら、こっちは何か長いものがくっついてるのに、こちのは何にもない白い花。」
 未来がポツンと言った。
「ああ、雄花と雌花のことかい?いいところに気がついたねえ…。」
 婆さんはにっこりと笑った。
「おばなとめばな?」
「そうだよ。キュウリにはお父さんとお母さんの花があるんだよ。」
「お父さんとお母さんのお花?」
「ご覧、こっちの花には未来ちゃんが言うとおり、長いのがついてるだろ?何に見える?」
「小さなキュウリだっ!!」
 横から龍馬が言った。
「そうそのとおり。こっちはお母さんのお花。くっついてるこれはキュウリの赤ちゃん。お父さんの花の粉がお母さんのお花にくっついてあかちゃんが大きくなるんだよ。」
「ふうん…。」
 四つの幼い目が輝いた。好奇心でわくわくしている目だ。
「お父さんにはあかちゃんがくっつてないっ!」
 未来が叫ぶと
「あたりまえだよ…。父ちゃんは男だもんなっ!だから赤ん坊が生めないやいっ!!」
 と龍馬。
 傍で乱馬は苦笑した。そう言えば自分は半分女を引きずっていたことがあったっけ…。畑の風の下でふと思い出したのだ。
 呪泉の泉に落ちて呪いを受けていたことが頭を過ぎった。勿論、子供たちはそんな事実を知らない。
 そんな複雑な表情を父親がしたことなど一向にお構いない子供たち。歓声が次々に上がる。


 ひとしきり収穫した。
 真っ赤になったトマトと真緑のキュウリとピーマンとそして黒く輝くなすび。籠がいっぱいになった。
 タミ婆さんは木陰に子供たちを誘った。子供とは無邪気なもので、警戒心が解けてしまうと、すっかり懐いてしまう。収穫が終わる頃にはすっかり馴染んでしまい「タミ婆ちゃん」と呼んでいた。
「さあ、この木陰で今採ったのを食べてご覧…。」
 流石になすびは生では食べられないし、ピーマンもできれば生は遠慮したい。
「ねえ。何もつけないの?」
 未来が怪訝に問い返す。いつもならドレッシングやマヨネーズをかけてから食べる。
「つけないよ…。生でパクっとやってごらん。」
 婆さんは笑う。
「洗わないの?」
 龍馬も心配げに覗く。
「土がついてたらこうやって洋服でゴシゴシしごいておけばいいよ。無農薬だからね…。ここの野菜たちは。婆ちゃん特性の有機肥料を使っているしね…。」
「むのーやく?」
「ゆーきひりょー?」
 きょとんと繰替えす子供らに
「難しい事はわからなくていいよ。洗わなくても平気ということだよ。」
 と婆さんは誇らしげに答えた。
 切らない野菜、洗わない野菜、何もつけない野菜に明らかに動揺する兄妹たち。
「こうやって頭から丸かじりしてみな…。」
 乱馬は笑って真っ先にトマトをかじった。店に並ぶものよりいくぶん小振りだったが、真っ赤に熟れている。
 口の中を爽やかな味が広がった。
「うめえ…。」
 心から声が出た。
 その様子を見て先にがぶりとかじりついたのは未来だった。
「おいしーっ!!」
 未来は感嘆の声をあげた。
 つられて龍馬もパクッとやった。
「ほんとだーっ!うめえーっ!!」

 あとは二人とも顔が汚れる事などおかまいなしにがぶがぶやった。
 瑞々しい採りたての野菜の香り。太陽の恵みをいっぱい受けて育った地野菜の深いコク。何より、自分で収穫したという満足感。
 お腹が減っていたことも手伝って、無我夢中で貪った。
 乱馬はそんな幼い兄妹を、満足げに眺めていた。
「婆さん、ありがとうよ…。多分、これでこいつの野菜嫌いもましになるだろうさ…。」
 乱馬は龍馬の方を見やって言った。
「いやいや…。こんなことでお役に立てるならいつでも連れておいで。私も久々に孫に会った気分じゃよ。それにしても、可愛い子供たちだねえ…。」
「そりゃあ、父親は俺だかんな…。可愛いさ…。」
「さあ。それはどうかね…。父さんより母さん似かもしれないね…。あかねちゃんは可愛かったからねぇ…。太陽が良く似合う、明るくて快活な少女だった…。あんたは三国一の果報者だよ。あんな心根の優しい子と結婚できたんだから…。そしてあんな可愛らしい子供たちが生まれて…。」
 婆さんはふっと笑った。
 乱馬似顔が少しだけトマトのように赤らんでいたのは、太陽が照り付けているだけのせいではないだろう。

 
「それで?こんなにたくさん野菜頂いてきちゃったの?」
 あかねが縁側に寝そべって涼を取る乱馬に声を掛けた。
「ああ…。もう、二人のがっつく顔、おめえにも見せてやりたかったぜ…。」
 乱馬はくすくす笑う。
「食い意地が張ってるのはあんたに似たのね…きっと…。」
 あきれたと云わんばかりにあかねが傍らに腰を下ろした。
「でも、子供にとっては、野菜の作り一つにしたって、やっぱ、実地で見るのが一番だぜ…。二人とも夢中で収穫してたもんなあ…。来年は中庭にでも作ってみっか?小さな家庭菜園。」
「ん…。でも、素人じゃあ、なかなか美味しくできないわよ。だって肥料一つ、知らないし…。」
「いいんじゃねえの?素人栽培でも。味より育ててみることも大切だろ…。あれだけトマト嫌がってた龍馬の奴、うめえうめえって食ってたんだぜ…。」
「そうねえ…。来年はやってみてもいいわね…。それで野菜嫌いじゃなくなるなら大歓迎よ。」
「本当の野菜の味なんて、俺たちも忘れてるかも知れねえよな…。調味料とかいろいろあるし、こねこね加工し過ぎて。人工の味に馴染んでるのかもな…。野菜だって一頃の青臭さや不ぞろいがなくなって素っ気無くなってるって言うじゃねえか…。未来には味音痴になって欲しくねえし…。」
「何よ…。それ。あたしに喧嘩売ってるの?」
「あ、いや…。別にそういうわけでも…。」
 乱馬は途端に口ごもる。一頃よりましにはなっていたが、やはり、時々思い出したように不可解な物を作るあかねであった。大抵それは、新しいレパートリーの時に発揮される。あかねが昼間料理番組見ながらメモしている日には、天道家全員で逃避体勢に入ることもあるくらいだ。
「まあいわ…。今夜は頂いたお野菜、私も丸かじりさせてもらう。」
「そのために冷やしてるんだろ?」
 縁側に置かれた半切りの中に水を張って、氷を入れてトマトやキュウリが浮かんでいる。冷蔵庫に入れるのが勿体無いくらいの野菜たち。傍らで氷がカランと鳴って崩れた。
 うだるような暑さの日中だが、そこだけはトマトの赤が栄えて涼をかき立てる。

「ねえ、炎天下に居たから、ちょっと疲れちゃたのね。二人とも、爆睡しちゃってるわ…。」
 あかねが畳の方へと目を転じた。枕が二つ。龍馬と未来が頭(こうべ)を並べてすやすやお昼寝。傍で蚊取り豚がもくもくと煙を吐き出す。
「どんな夢みてんだろうな…。」
「さあね…。」

 風に揺られて風鈴がチリンと鳴った。

 ふと通り過ぎた静けさに、乱馬がくいっとあかねの腕を引っ張った。
「ちょっと、乱馬っ!」
 夫の胸に引きずり込まれてあかねがあたふた声を上げる。
「太陽に照り付けられて俺も眠いや…。ちょっと付き合え…。」
 そう言ってあかねを隣へ寝転ばす。
「一人で眠ればいいでしょ?」
 あかねは合点がいかないらしく、乱馬を見ながら言い放った。
「おめえ…。トマトみたいな赤い顔してるぜ…。」
 乱馬があかねを顧みてくすっと笑った。ほんのりと赤らむあかねが可愛く映った。
「馬鹿っ!!」
 そう叫んだあかねを愛しげに見つめる。
「添い寝してくれるだけでいいから…。」
 そう言い終わると乱馬は軽く欠伸をした。そしてゆっくり息を吐き出す。
「暑苦しくないの?ぴったりくっついてて…?」
 あかねがまだ焦りながら声をかけると
「いい…。夏は暑いもんだから…。それにあかねの温もりは心地いい…。」
 乱馬はそう言うと、あかねをぎゅっと抱き寄せた。唇を合わせると軽く微笑んで目を閉じる。

 やがて訪れる静寂。

「乱馬?」
 あかねがふっと見上げると、彼は軽い寝息を立てていた。これ以上ありませんというような幸せそうな笑みを浮かべて。
「ホントに、勝手なんだから…。」
 そう言うと、そっと乱馬の口に唇を寄せた。
 今日のキスは熟したトマトの甘い味がする…。
「私もたまには少しお昼寝しようかな…。」
 ゆったりと夏の午後が過ぎてゆく。簾越しに見上げる空には薄っすらと飛行機雲。窓の向こう側の蝉時雨が遠くなる。生温かい風が時々思い出したように吹き抜ける
 あかねはひとつ欠伸をすると、そっと目を閉じた。乱馬の温もりを道連れに…。








実体験短編(笑
夏の我が家のおかずの代表は…トマトの丸かじり。
氷水をはったステンレスボウルに入れてさらに冷蔵庫へ冷やして食べる完熟トマト。最高ですっ!
好きなトマトブランドは、ならコープ産直品の治道(はるみち)トマト!ならコープの店と共同購入で扱っています。
たま〜に、イオン大和郡山店にも置いていることが…。
奈良方面の方は是非おためしあれ…大和郡山産の桃太郎という品種の木なりの小振り完熟トマトですが…美味しいですっ!!
(回し者かいっ!)
仕事場でも出回りだしたので…季節を感じます。
この小説は配信していた「CLOSE」のおまけ作品でした。

完熟トマトとは樹で熟してから収穫するトマトのことです。
普通は品質管理のため、赤味が差し始めた頃に収穫するんだそうですが…完熟は熟しきって収穫するので糖質も高くなり美味しいのだそうです。



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