◆桜の木の下で…


 「いつまで拗ねてるんだよ…。」

 俺はふてくされて視線を合わせようともしないあかねに向かって囁いた。
 昔からそうだ。こいつは一度気分を害してしまうと、梃子でも口を利こうとしない。不機嫌をあらわに一人で憤慨している。流石に腕力任せに俺に突っかかってくることはなくなってはいたが、相変わらず気が強いところは変化がない。
 俺は困ったというような表情を手向ける。
「あのな…。ヤキモチ妬くなんてお門違いだって言ってるだろ?何プンプンしてるんだよ。」
 あかねの瞳を覗き見ながら俺は囁く。
 黙ったまま、洗濯を取り込んでゆくあかね。
 はあーっと長い溜息が口を吐いて流れる。
 あんまりこちらから気を遣うのもバカらしくなってきて、俺も昔のようなへそ曲がりが頭をのぞく。
「いいよ…おまえがそんななら・・俺だって…。」
 呟いてみた。
 ふん…と鼻息が聞こえた。
 あかねは手を止めることなく、洗濯物を籠に取り込んでゆく。
 木立の上で小鳥が囀った。春麗らかな太陽が照る昼下がり。
「あ…。」
 小さな声がして、あかねがぐらついた。
「あぶねえっ!」
 次の瞬間手が出た。俺はあかねを後ろから支える。
「たく・・気をつけろよ。おまえ一人の身体じゃあないんだから…。」
 俺は支えた手に力を入れて耳元で囁く。
「言われなくてもわかってるわよ…。」
 まだ鼻息が荒い。あかねは俺から逃れようと手を振りかけた。
「ダメ…。離してなんかやんねえ…。」
 俺は優位に立ちたくて、そのまま後ろから手を廻す。こうなったらこっちのもの。何が何でも言うことをきかせてやる。
 ひょいっとあかねを掬い上げると、そのまま桜の木の下へ歩みだした。あかねは身体を硬直させてなすがまま。普通の身体なら、蹴りや拳の一つでも食らわせられるんだろうが、今はダメ。でっきっこない。それは彼女も良くわかっている筈。だから無闇矢鱈(むやみやたら)な抵抗はしてこない。
 そう、彼女の身体には俺が宿した新しい命が育まれているから。
 満足げに彼女の顔を覗き込んで、俺はそのまま桜の木の下へとあかねを下ろした。
 満開の桜は花びらをたわわに枝先に煌めかせながら穂のかに風と戯れる。
「わかってるんだよ・・ヤキモチだって。」
 悪戯げに笑って、そのまま肩に手を廻したまま、逃さないようにあかねの傍へと座り込む。
「何よ、ヤキモチなんて妬いてないっ!」
「じゃ、なんで不機嫌なんだ?さっき、俺が若い女の子の弟子たちとじゃれあってたのが気に食わねえんだろ?」
 あかねは俺から目を反らした。
「ビンゴかっ…たく、いらねえヤキモチは妬くなって言ってるだろうが…。」
「だって、乱馬鼻の下伸ばしてたじゃない。」
「そう見えたか。俺もおじさんになってきたかなあ…。」
 わざとそう言い放って俺はあかねの表情の変化を楽しむ。あかねは俺を睨み返してきた。
「ばーか。そんな訳ねえだろ…俺にはおまえしか見えないんだから…。」
 ころころと弾けるように笑って、俺はあかねをぎゅっと抱き締める。ヤキモチも我儘も全て俺の物だと云わんばかりに。
 みるみる桜色に染まってゆくあかねの顔。そのままふわりと口づける。
 
 俺たちの上には見事な満開の桜が、微笑みながら枝を揺らめかせる。
 さわさわと風が渡ってゆく。止まった二人の時を掠めながら。



 完




一之瀬的戯言
身重のあかねちゃん。桜の風景と重ねてみたくて、書いた短編。
お粗末さま。


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