◆夜半の雨
ふと夜半に目覚めた。
耳元で雨音が響く。
…降り出しやがったか…
俺は回らない頭で呟く。
隣を眺むればあかねがいる。すこやかな寝息をたてている。
彼女の向こう側に目を転じれば、真新しいベビー蒲団が二つ。その上に並ぶ可愛らしい顔。似ているが良く見ると違う二つの顔。
俺は半身を起こし、彼らをも眺める。あどけない嬰児(みどりご)たちの寝顔。俺とあかねの宝物だ。
あかねが生んだ双子たち。
一人は男児。「龍馬(りゅうま)」。俺の命名。空駆ける竜のように逞しく優しい男になって欲しい。掌を上に向け、大の字になって寝転ぶその姿。大物になって欲しい、そう思う。
もう一人は女児。「未来(みく)」。あかねの命名。果てない未来を握っているのか、彼女は手をぎゅっと握り締めている。
俺たちの周りはこいつらが生まれて、連日大騒ぎだ。
「乱馬に似ている。」「あかねに似ている。」「いや、女だった頃のらんまにそっくり。」だとか、好き放題に言う。
かと思うと、「かすみさん似だ」とか「なびき似だとか…。」「オフクロ似だ。」と言う奴もいるな。
九能は僕にそっくりだとか言いやがったが、アホかっ!んな訳ねーだろ…。
親父たちなんか「ワシらにしている」って豪語するが、それだけはない。絶対にっ!!
でも、可愛い…。
赤子は不思議な生きものだな…。
あれほど子供は苦手だったのに、今は違う。寝顔はとろけるように可愛い。
あかねと違った可愛さがある。こいつらが俺の血を受けているのかと思うだけで背中がむずむずしてくるのは何故だろう…。きっと、俺の大好きな女性が生んだ生命だから余計に愛しいのだろう。
俺はそっと言葉を継ぐ。
「おまえたちは幸せだ…。」と。
「皆に暖かく迎えられて、そして育まれて。…しっかり飲んで、しっかり食べて、大きくなれよ。俺や母さんを乗り越えて、しっかりと伸びていけよ…。」
頷くように、二人とも微笑みやがった。どんな夢を見ているのだろう?
あかねは相当疲れているのだろう。俺の起き出した気配すら感じ取れないようだ。
さっきまで起きていたようだった。
夜中の授乳が終わってほっとしたところなのだろう。人並み以上に不器用な彼女だ。毎日、精魂まで疲れ果てながら子育てを始めた。産後ひと月あまり。ぼちぼち疲れが溜まってきている頃だ。
「大変そうだな…。新米母さん…。」
そう、彼らが生まれてこの方、夜だってまともに眠れていねえ筈だ。あと数時間もしたらまたお腹がすいただの、お尻が気持ち悪いだの言って、母さんを起こすに決まっている。それでも、文句一ついわねえであかねは世話を焼くんだ。とても真似できねえと思う。
だから、僅かな時間でも、こうやってゆっくり夢を見させてやらなくちゃな…。尤も、夢なんか見る余裕もねえかもしれねえけど…。
「乱馬…。」
あかねが寝言で俺の名前を呼んだ。
俺は溜まらず、彼女の横にその身を据えた。
「馬鹿…。」
口がそうかたどる。
なんちゅう奴だ…。こんなときにまで「馬鹿」はねえだろう…。俺は思わず苦笑しちまった…。
身体にそっとタオルケットをかけてやりながら、俺は呟いた。
「馬鹿で悪かったな…。」
こんな悪態を垂れるのも、出会った頃から変わっていない。変わったことは、二人の絆が固くなったこと。そして、二人の分身たちが居ること。
無意識に俺の方へと身を寄せてきたあかねをそっと抱いた。彼女の眠りを壊さないように…。
あかねは俺の腕の中で柔らかく微笑んですこやかに眠る。
…ここはおまえの場所だからな…。
いつだってちゃんと俺が傍に居ることは忘れないで欲しい。
…守ってやる…。これからもずっと…。
そう心で呟いてあかねにそっと誓いを口づける。
夜半に降りだした雨は、しっとりと俺たちを包む。夜明けまでにはまだ遠い。
その雨音を子守唄がわりに、また俺は眠りに落ちてゆく。
完
一之瀬的戯言
暴走小ネタ…結婚後バージョン。
あんたは何が描きたかったの?…ま、いいじゃん、たまには…こういう展開も。
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