◆ペアルック


「乱馬くんっていつも同じような服ばっかり着てるわよね。なんで?」
 級友があかねに話し掛けてきた。
「学校じゃあいつも赤いのか青いチャイナ服、夏場は白っぽい半袖のチャイナ風のシャツだし…。」
「まあ、時々女の子と入れ替わるから、それでも平気なように気を遣ってるのかしら?」
「ねえねえあかね、真相はどうなのよ…。」

「し、知らないわよっ!あたしはっ!」

 好奇の目でにじり寄る級友たちの視線をかわしながらあかねは答えた。
 ふと投じた窓の外。乱馬が男の子たちとサッカーボールを蹴っている。

 実のところ、乱馬にはいろいろ謎めいた部分がある。
 女と入れ替わってしまえる体質はともかく、なんでいつもチャイナ風なんだろう。天道家にやってきた当初からずっとそうだ。

 試験勉強の合間に、一緒に机にかじりついていた彼にちょっとだけ訊いてみた。

「ねえ、乱馬…。なんでいつもチャイナ風なの?」
「あん?」
「だって、チャイナ風な服が多いでしょ?あんた。普通のシャツやTシャツ着ないじゃない。」
「うーん…。」 
鉛筆の端っこを舐めながら言った。
「動きやすいからかなあ…。軽いし、機能的だし、ちょっとお洒落だし。」
 カンフースタイルの服は確かに動き易そう。でも、お洒落?
 あかねは乱馬の方をじっと見返して
「お洒落に気を遣ってるの?あんたが?」
 と言ってしまった。
「悪かったな…。」
 ぶすっとした表情を浮かべて、教科書をポンと投げ出した。
「ねえ。」
「あん?」
「やっぱり、呪泉郷へ行ってからなの?そんな格好するようになったの…。」
 好奇心というものは一度溢れ出すと止まることを知らない。あかねは日頃から持っていた疑問を乱馬に投げてみたくてうずうずしていた。
「まあな…。それまでは、道着くらいしか着る物なかったし。学校行くときに着てた詰襟とか…。」
「そういえば、おじさまはずっと道着だもんね。」
「ああ。親父といつまでもペアルックっていうのもあれだろ?中国へ行ったとき、とある武道大会の景品にチャイナ服をどっさり貰ってさ。んー、上手く言えねえけど、それからやみ付いたってところかな。」
「ふうん。」
 あかねは頬杖を突きながら乱馬を見詰めた。
「機能的でお洒落で、何よりさ、女に変身したってそう違和感ねえだろ?あ、俺、なんとなくGパンって苦手なんだよ。なんかこう、ごわごわしてるっていうか。上手く言えねえけどさ。」
「へえ、あんたもそれなりに気を遣ってるんだ。」
 あかねはくすっと笑った。

 そこへ入ってきたのはかすみ。
「お勉強はかどってる?」
 お茶菓子を持ってきてくれた。
「ありがとうお姉ちゃん。」
 あかねはお盆を受け取りながら礼を述べる。この姉はいつも爽やかだ。
「そうそう、乱馬君。なびきがね、注文してくれてた物が届いたって。」
「え?もう?」
 乱馬はかすみを見上げながら言った。
「持ってきてあげるわね。」
 にこやかに立ち去る笑顔。

「で、何よっ?注文って。」
 あかねは湯飲みを持ちながら乱馬を見詰めた。
「ん…。ま、いいじゃん。」
「あー。誤魔化そうとして。余計にききたくなるなあ…。」
 あかねは悪戯っぽく笑う。
「通販だよ。」
 乱馬が無愛想に言った。
「通販?何の?」
「チャイナ服。」
「へ?」
「だから、なびきに頼んで、個人輸入で安く仕入れてもらってんだよ。」

 へえ。知らなかったな。
 まあ、なびきお姉ちゃんなら、いろいろ流通の経路を持ってるから、さもありなんだけど…

 あかねは目を丸くして乱馬を見詰めた。

 コンコンとノックがして、かすみが部屋へ再び入ってきた。
「これね。」
 と言って包みを乱馬に渡した。
「見せて、見せて。」
 とはしゃぎながらあかねが包み紙を解いた。
「あ…。」
 開いてみると、中からたくさん同じような色のチャイナ服が出てくる。
 赤とか青の上着。それから夏向きの半袖も。
「ねえ、同じタイプのが多くない?」
 あかねが訊くと
「しゃあねえよ。何でもロットで買うから安く買えるんだとさ。」
「あ、そう。そういうことか。同じタイプのが多いのは。」
 あかねは昼間の会話を思い出しながら笑った。
「うるせえっ!」
 乱馬はがばっと姿勢を正して言った。
「あのよ、言っとくけど、イギリスの紳士なんかなあ、わざわざ同じ生地を探してきて、背広をあつらえるんだぜ。見た目には同じだけど、違う服。これがイギリス紳士のお洒落なんだそうだ。だから…。」
「だから、乱馬もお洒落なの?」
 あかねは楽しそうに笑った。このこじつけがなんとも微笑ましいと思ったから。

「あら?これだけサイズが違うわね。」
 一緒に会話を聞きながらかすみが包みを触っていた。
 見ると、確かに少しだけ小さい赤いチャイナ服。
「乱馬くんの身長じゃ小さいわね。」
「ん、そうね。女の子の時に着られるけど…。」
「男の戻ったら着られないから却下だよ。第一はじけちまったらみっともねえぞ…間違えて紛れ込んだかなあ?ん?」
 注文書明細と見比べて乱馬が言うと、そこに丸っぽい文字で書かれたメモが挟んであった。なびきの筆跡だ。
『いつもご利用ありがとう。一つだけ違うサイズの物があるけど、これは私からのサービス。あかねにあげてね。』
 ピースマークまで書き添えられている。
「あらあら、ペアルックね。ほらほら…。」
 そう言いながらかすみが紐解いて、あかねにさっと羽織らせる。
 丁度今着ている乱馬のと同じタイプの赤いチャイナ服。
 かすみはにこやかに微笑んでいた。
「ちゃんと前もとめてみなさいね。」
 とか言いながら、ちゃっちゃと紐をかけてゆく。抵抗できずに固まるあかね。
「似合ってるわよ。あかねちゃん。」
 そう言うと、さっさと部屋から退散していった。

 服と同じように、頬が真っ赤に染まった二人を残して。

 こういうのは、やっぱり照れ臭い。けれど、脱いでしまうのもなんだか勿体無い。
 ちょっと嬉しいお揃いのチャイナ服。
 絶対外では着られないけど…。

 その日二人は、それ以上勉強に身が入らなかった。
 明日から中間試験。



 完

いなばRANAさまへ貢いだイラスト(2001.5.19作画)

 
 乱馬のコスチュームに関する、一つの仮定から作った一本。
 チャイナ服…。時々あかねが乱馬のを羽織っていますが…そういうのって結構好きです。


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