◆ワイドショー



 晩秋ののどかな昼下がり。
 家長の早雲と長女かすみ、次女なびき、三女あかね、そして居候の早乙女玄馬、のどか夫婦にその息子乱馬。そして、これまた居候の早雲の師匠、八宝斎。総計8名が雁首を揃える休日の茶の間。珍しく、誰も外出しないで全員揃っていた。 
 早々と中央に据えられたコタツを囲んで、各人それぞれ、思い思いの作業に耽る。
 早雲と玄馬は日溜りの縁側に陣取って詰め将棋を差していた。のどかは針箱を広げて繕い物相そし、かすみは編み針をしきりに動かしていた。八宝斎は鼻の下を伸ばしてH本を読み耽り、その横でなびきとあかねがファッション雑誌を無心に覗き込み、乱馬はぼんやりとコタツでくつろいでいた。
 茶の間にはテレビが置かれ、虚ろげに画面が揺れていた。
 休日とは言えども、ウィークデー。映る番組は何の変哲もない主婦向けの情報番組。平たく言えば「ワイドショー」だ。
 あかねやなびきは普段は学校の午後の授業を受けているその時間帯。滅多に見る機会もない「ワイドショー」を真剣に見る訳ではなかったが、時々、流れてくる画面を盗み見る。
「へえー、あの二人、別れたんじゃなかったのか…。」
 なびきが急に読んでいた雑誌を投げ出して、食い入るようにテレビに向かって声を上げた。
 テレビ画面の中には、某アイドルタレントの恋愛スキャンダルが面白おかしく放映されていた。こういう番組は別に見たいとは思わないが、テレビがついていれば、ついつい見入ってしまうものだ。なびきの一声に、一同は思わず画面に吸い寄せられていく。
「噂は前からあったけど、結婚するんだ…。」
 あかねもなびきに同調して画面を覗き込んだ。
「ふーん、子供ができちゃったって…。テレビ番組で歌ったりドラマに出てるときはそんなこと微塵も感じさせないのに…やることはちゃんとやってたんだね…この二人。」
 そう言いながら、なびきはコタツの上に置かれたおせんべいをパリッと割った。
 テレビでは、人気アイドルグループのSNAPのギムタクと工藤しずるの結婚スクープについて、大騒ぎでコメンテイターやレポーターががなっているところだった。
 徐になびきがリモコンを取って、チャンネルを変えてみたが、どこのチャンネルも似たような内容の番組ばかりの羅列であった。
「どこもかしこも、この話題ばっかりね…。この二人って人気のあるタレントだったのね。」
 のどかがゆっくりとした口調で言った。
「ホント、ホント…。どこのチャンネルも出演者が違うくらいで、内容的には進歩ないわねえ…。同じような番組ばっかりじゃん。」
 なびきはリモコンを置きながら答えたが、テレビを消そうとはしなかった。
「でもさ、この二人って確か、しずるさんの方が年上だったわよね。」
 あかねがしげしげと画面を眺めながら言った。
「姉さん女房もなかなか良いかもしれないよ。なあ、早乙女くん。」
 早雲が将棋の手を止めて言った。
「そうだね…。年上も甘えさせてくれそうでいいかもしれないなあ…。なあ、乱馬、この際、かすみさんなんて許婚にどうだ?天道くんの娘なら誰でも結婚相手になる訳だし…。」 
 玄馬がいきなり乱馬に振ってきた。
「あのなあ…。」
 乱馬が怒ったように口を尖らせると、
「私は年下は嫌よ。結婚するなら断然、年上の方がいいですわ。」
 かすみが口を挟んできた。おっとりとしているようで、かすみはかすみで男性の好みがうるさいようだった。彼女の範疇には年下の男性はどうやら全く含まれない様子であった。
「あたしは、どっちでもいいわよ。財力や生活力がしっかりしているのなら…。あ、乱馬くんは守備範囲外ね。生活力はありそうだけど、お金とは縁がないって感じだから。」
 なびきはすらりと言って退けた。
「おめえ、どんな目で俺を見てるんだよ…。」
 乱馬は面白くなさそうに言葉を返した。
「わしゃ、やっぱり年下の若いおねいちゃんがいいな…。」
 八宝斎が割り込む。
「てめえの場合、年上を探す方が無理があるんじゃねえか?」
 乱馬が肘をつきながら答えた。
「そうね…。おじいちゃんより年上の女の人となると、しわくちゃババァに違いないわね…。」
 なびきが言うと続け様に
「ジジィより年上となると、最早「ばけもん」だな…。」
 乱馬が笑った。
「乱馬くんには、やっぱりあかねが一番似あってるわ…。」
 なびきが次のせんべいに手を伸ばしながら言った。
 あかねも乱馬もその問い掛けにはわざと無視を決め込んで何の反応も示さなかった。あかねはすぐさま気のない素振りでテレビ画面を指差した。
「ねえ…見て見て!しずるさんとタクヤくんの子供の顔のシュミレーションだって…。」
「いやーっ!なんか変っ!可笑しいわこれ…。」
 なびきが身を乗り出してきた。
「くっだらねえことやるんだな…最近のワイドショーは…。」
 乱馬も絶句しがなら反応した。画面には、男の子と女の子の写真が並んでいる。美男美女の取り合わせの子供であるから、そこそこ可愛らしくなるのは目に見えていたが、そこは「機械的なシュミレーション」。限界がある。
「趣味悪いわね…。」
 かすみも、呆れた様子で画面を一瞥した。
「へえ…。妊娠四ヶ月かあ…。じゃあ、沖縄ベイビーってところか…。」
 なびきがレポーターの開設に反応して話しかけた。
「結婚してないのに何か不謹慎だわ…。」
 潔癖主義のかすみがそんな言葉を呟いた。
「そうかなあ…別にいろいろあっていいんじゃない?恋愛は自由だし。こういう業界の人って、子供でもできないとなかなか結婚にもふみきれないでしょ?できちゃった結婚が多いわけよ…。」
 現実主義のなびきらしい見解であった。
「でも、やっぱり、親御さんの手前、結婚前に子供作っちゃうのはどうかしらね…。」
 かすみが顔をしかめる。
「お姉ちゃん、考えが古いんだあ…。」
 なびきがちらっとあかねを向いた。
「ねえ、あかねはどう思う?できちゃった結婚。」
 急に振られてあかねは狼狽した。
「え…?できちゃった結婚?」
 一瞬躊躇うと
「父さんは別にいいよ…。今からだって構わないよ…。乱馬くんとあかねの子供なら…。」
 早雲が口を挟んだ。
「まあ…お父さんったら。まだ、二人とも高校に通っている身の上なんだから、いくら将来結婚するにしても、早過ぎますよ。」
 かすみが口を挟む。
「そうね…私は、孫を早く抱いて見たい気がするわ。乱馬とはずっと離れ離れで過ごしてきましたから、孫くらいはゆっくりと抱きたいですもの…。」
「男の子と女の子、どっちの孫を抱いてみたいの?おばさま?」
 なびきが訊くと
「そうね…。男の子でも女の子でも、乱馬とあかねちゃんの子供ならきっとどっちでも可愛いでしょうね。」
「爺さん達に似なければね…。」
 なびきが付け加えて笑った。
「それはどういう意味かね?なびきくん。」
 玄馬が反論を試みると
「だって、隔世遺伝しやすいって言うじゃない。親より、爺さん婆さんに似る子とが多いって。そうなると、おじさまやお父さんに似た子供が生まれるってことでしょう?」
と、なびきが笑い転げながら答えた。
「そうじゃのう、早雲似、玄馬似の女の子なんて想像したくないよのう…。悲惨じゃ…。」
 八宝斎が首を縦に振りながら答えた。
「大丈夫よ…。きっと乱馬くんとあかねちゃんのいいところを受け継ぐ子供が生まれるわよ…。」
 かすみがにこやかに言った。
 乱馬もあかねもだんだん脱線してゆく家族達の放言に、返す言葉もなく黙りこむ。
 散々、好き勝手を言った揚句、
「父さんは、とにかく、おまえたちのことは「できちゃった結婚」、多いに結構。好きなようにしなさい!」
「そうね…早く孫を抱きたいですものね…あなた。」
 のどかが続けると
「乱馬、あかねくん、みんなの期待を裏切るでないぞっ!」
 玄馬が後を受けて言った。

「俺たち二人は、ちゃんと結婚するまで子供なんか作らないぜっ!」
「私たち二人は、ちゃんと結婚するまで子供なんか作らないわっ!」

 二人の声がいいタイミングで重なった。
 二人して、同じ言い様で、同じ言葉を叫んでいたのだ、無意識に。
 そう、それは明かに二人の本音的失言であった。

 暫し、一同の上に静かな沈黙が流れた。

 乱馬もあかねもはっとしたようにお互いの顔を真っ赤にして見詰め合いながらその場に固まった。

「ということだそうだ、早乙女くん。」
「ということかね、天道くん。」
 二人の父親はにっこり微笑むと
「どうかね?たまには手合わせしようよ、早乙女くん。」
「そうだね。道場で一汗かくか…、天道くん。」
 そう言って早雲と玄馬は立ち上がる。
「ぼちぼち晩ご飯の準備にかかりましょうか?かすみちゃん。」
「そうですわね…今晩は何にしましょうか?おばさま…。」
 のどかとかすみが立ち上がる。
「ワシも、ギャルのパンティーコレクションしてくるかな?」
 八宝斎が本を畳んで立ち上がる。

 そうやって、みんなぞろぞろと部屋を出て行った。

「ホントに仲がいいわね、あんたたち。早々と結婚することは意志疎通しているって訳か…。あーあ、ご馳走さま…。」
 最後になびきがそう呟くように言って、部屋を後にした。

 みんな出払った茶の間には、固まったままの乱馬とあかねが取り残されて座っていた。
 二人とも、ピクリとも動かずに、畳にへばりついてしまっていた。
 そして、そこにテレビ画面から、ヒット中のSNAPのラブソングが、柔らかに流れ始めた。
 二人の心を見透かしたように…。



 完




自滅気味の小説短編
仕事場で、某タレントの結婚が話題になったので…思いつくままに文章にしてみたものです。
実は、私は、芸能ネタには全く疎い、興味ない、良くわからん、おばさんです。ワイドショーもごくたまにしか見ておりません…。
仕事場で話題になるまで、このお二人の交際すら知らなかったくらいでして…。(おばさんはこういうネタが好きなようです。)
最近の流行り歌も仕事場のラジオで時々耳にするくらいで、ホントに興味もなければ疎過ぎるくらいの人なんです…。
(まあ、好きな音源が「クラッシック音楽」と「高石ともやさんの音源」というぶっ飛び方してますからしょうがないんですがね。)
それでも、「はあ、そうなんだ…ほおーっ。」と反応してしまいました…。で、それをネタにらんま的文章を思いついてしまった訳です。
時事ネタ折り込みの一作ということでお送り致しました。
尚、実在の団体、個人にはなんら関りがありません…ですから、名前を変えています。


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