◆GO HOME 〜 一緒に…

 流幻沢からの帰り道…。
 俺は、ただ黙ったままずっと駅まであかねと手を繋いでいた。本当は、あかねに何か気の利いた優しい言葉を掛けてやりたいのに、すべて台詞は空回り。意志とは反対に、口も身体も動かない…。情けない俺。
 東京までの切符を買ってがらんとしたの列車に乗り込む。
 当にお互いの手を離してしまったが、隣に腰掛けるあかねの気配に俺はそれだけで満足している。失い掛けた俺の許婚…。大切な存在。
 列車に揺られながら俺は、様々なことに想いを巡らす。

 今回の事件では、俺は、あかねに「ふられた」と思って焦った。あかねが俺を好いていてくれると信じていたのに…。それが見事に揺らいだのだ。
 俺も、随分優柔不断なところがあるから、きっとおまえを傷付けてきたんだろうな。おまえはシャンプーや右京が絡むと、目を剥いて俺に突っかかってくる。その気持ちが少しだけわかったような気がする。俺も、真之介、いや、彼を労わろうとするおまえに対して、嫉妬していたから。
 真之介…。
 あいつの出現は俺にとって衝撃以外の何物でもなかった。
 あかねに思いきり頬を引っ叩かれたとき、ダメだと思った。喧嘩にもならない気まずさが支配した時、俺は自分の敗北を認めざるを得なかった。
 そう、それまでは、俺には絶対の自信があった。あかねは心の奥でちゃんと俺の方を見ていてくれると信じていた。だから尚更ショックだった。

 「あかねの幸せを影から見守るなんて俺にはできねえ…」
 「そんなもの絶対に見たくはねえ…」

 自分の中に確実に根を下ろしてしまったあかねへの恋情をはっきりと自覚させられた。あかねを失うことは、俺にとって自分の肉体を引き裂かれるよりも辛いことだということに。
 今までずっと傍にいたから気がつかなかっただけだろう。失うときにわかる本当の気持ち…。
 必死でオロチと闘ったとき、自分の命なんてちっとも惜しくないと思った。
 
 「あかねを守れるのは俺だけだ…。」

 それが、おまえの許婚としての俺の最期の拠り所だったのかもしれない。
 必死だった。オロチの口に飲み込まれてもいいと思った。おまえをそれで守れるのなら。俺の安っぽい命なんていくらでも差し出す腹は決まっていた。
 なのに、俺は反対におまえに助けられた。

 あかねは疲れたのだろう。いつのまにかこくりこくりと舟を漕ぎ始める。列車が揺れるとあかねも揺れる。
 あかねの柔らかい髪が俺の頬に触れる。
 俺の身体はまたぎしっと音を鳴らして固まる。
 彼女が目覚めないのを確認すると、ほっと息を吐き出した。

 「一緒に帰ろう…。」
 二人でまっさかさまに落下しながら、おまえは俺にそう呟いただろ?
 澄んだ瞳に涙を溜めて…。
 嬉しかった。おまえの気持ちが少しも俺から反れていないことを確認したんだ。真っ直ぐに見詰めるおまえの目は綺麗で曇り一つなかった。

 あかねは健やかな寝息をたて始めた。
 列車の揺れとともに、俺の左肩にあかねは頭を重ねる。
 左半分から伝わるおまえの暖かさ。幸せそうな穏やかな寝顔。
 切なくなるほど愛しくて可愛くて…。
 このまま何処かへ連れ去ってしまいたいという衝動が込み上げてくる。
 

 今日おまえに言えなかった言葉…いつかきっとおまえに囁くよ。きっと。
 俺のありったけの思いが詰まった素敵な愛の言葉を見つけられたら。
 それまで少し待ってろ。
 
 列車は東京へと線路を伝ってゆく。
 一緒に帰れて嬉しいよ…。
 言葉の代わりに俺は、左肩を回してそっと自分の方へあかねを抱き寄せた。そして自分の頬をあかねの柔らかな頭に乗せると、そっと静かに目を閉じた。



 おまえは俺の可愛い許婚さ…。
 誰にも渡さねえ…。絶対にっ!








未公開初期作品から
まだWebへデビューする前にキーボードの練習のために、せっせとカタコト書いていた単品。(1998年春作文)
当時の私はキーボード一つ、まともに打てなかったのに…。かなキー打ちしかできなかったのを、ローマ字打ちに直したのも、ネットを始めた頃。
キーボードのローマ字打ちが早くなったのは、乱あ小説のおかげ…です。
何事も成せばなる…いや、口が裂けても、パソコン操作に詳しく、キーボード操作も同世代主婦より、群抜けて早いのは、同人サイトと二次創作小説のおかげなんて、言えない言えない(笑

原作26巻の流幻沢編の後を妄想しながら描いたもの。
私の乱あ創作の原点に近い…かも。


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