第七部 追憶編
第三十四話 太刀


一、

 朝倉宮からそう遠くない距離に、黒麻呂は居を構えていた。宮の内に寝泊りすることもあったが、葛城皇子からの召し上げがないときは、私宅にて過ごしていた。

「すまぬなあ…。黒麻呂。」
 彼の傍らに、見慣れぬ男が佇んでいる。黒麻呂の配下の者たちは、その場から遠ざけられ、人払いされていた。
「いえいえ、私のような者でも、あなた方の手助けになりますれば…。」
 黒麻呂はいやな顔を見せないで、沐絲を招き入れた。

 見たところ、黒麻呂よりも、若造は、下っ端に見える。年令、服装、威厳など、当代きっての五行博士の黒麻呂より、チンケに見えた沐絲だったが、いざ、対面している様子をしっかり眺めれば、黒麻呂がかなり、沐絲に気を遣っているのが手に取るようにわかるのであった。
 こんなところを従者に見せられない。そう思っての人払いか、それとも、怪しげな道士が屋敷内に立ち寄るのを見られるのは不味いのか。両方の意味合いからも、人を遠ざけた様子だった。
 本当は、道士に寄り合ってもらうことは、断りたいくらい迷惑な事態だった。もし、白日の下にさらされれば、命に関わるだろう。だが、黒麻呂に、彼らの申し出を断る術はなかった。断れば、今度は道士に命を狙われる。いずれにしても、八方塞であった。
 ならば、成り行きに任せるしかあるまい。
 黒麻呂は諦めにも似た心境で、その場に対峙していた。

「にしても、おばば様は遅いだ。」
 沐絲は半ば、そわそわと、可崘が来るのを待ち受けていた。

「ふふふ、相変わらず、せっかちな奴じゃ。」
 そう言いながら、可崘が姿を見せたのは、その時であった。
 ふっと、いきなり気配を現す。さすがに、道士仲間の間でも、一目置かれる重鎮であった。

「おばば様。久しぶりじゃ。」
 沐絲がふっと笑顔を手向けた。
「ああ、久しぶりじゃなあ…。よもや、おぬしが生きているとは思わなんだわ。」
 どうやったのか、珊璞と後宮の奥に居た時と、姿形が変わっていた。少し若き薬師の波豆のみめ形ではなく、元のおばばの姿に戻っていた。
「ふん、あれごときで死にはしないだ。オラはほれ、この通り、元気じゃ。」
 と沐絲は腕をまくってみせた。
「ほんに…。麻底良布山で乱馬と遣りおうて以来、行方知らずになっておったゆえ、今度こそは野たれ死んだと思うておったわ。
 が、悪運の強い奴じゃのう…。
 珊璞もおぬしくらい、運が強ければ、死なぬでも良かったじゃろうに。」
 と、さざとらしく大きく溜息を吐き出した。
「何だ?今、何と言っただか?」
 おばばの口元が、聞き捨てならない言葉を吐き出したのを受けて、沐絲の表情が厳しくなった。
「珊璞は死んだ。」
 おばばは叩きつけるように、吐き出した。

「なっ!何じゃと?珊璞が死んだだとーっ?」
 沐絲が悲鳴にも近い声を張り上げた。
「何故じゃ?何故、珊璞は死んだだか?」
 ぐわっと、沐絲はおばばの襟元を強く引っ張って、問い質しにかかった。

 一瞬、彼らの傍に居た、黒麻呂の顔つきが変わった。当たり前である。おばばからそのような言葉が吐き出されえるとは夢にも思わなかったからだ。彼は珊璞が生きていることを良く知っていた。それも、姿形を変えて宮殿に侵入した事実も周知していたのだ。
 おばばは狼狽し始めた沐絲の頭越し、「余計なことは言うなよ!」と言わんばかりの鋭い視線を黒麻呂に手向けた。
 コクリと黒麻呂の頭が、微かに揺れた。おばばの言いたかった事が伝わったようだ。
 おばばはそんな黒麻呂の様子に一息ついて、我を失って、のた打ち回っている沐絲をなだめるように言った。
「ワシとて、今でも信じられぬくらいじゃわい。邇磨で乱馬と遣りあった傷の治りが悪いと思うておったところ、体が硬直し、けいれんを起こして、あっという間に命を落としてしもうたわ。」
 と声を落とした。
「もしかして、破傷風だか?」
 沐絲が声を震わせた。破傷風。当時は突然死の病として、恐れられていた。傷を受けて死ぬ中で、日本中の土壌の中に生息する破傷風菌によって引き起こされる発作で死に至るケースも、珍しくはなかった。
「ああ、多分な…。あの娘も今まで様々な傷を受けてきたが…。どの傷が直接祟ったかはわからぬが、いきなり死神に取り付かれたように、ふっつりと命の綱が切れてしもうたのじゃ。」
 可崘は淡々と沐絲に作った話を聞かせる。
「嘘じゃ!珊璞に限ってそんなことは!おばば様、いやに冷静すぎるだ!絶対に、オラを騙すために嘘をついているだ。」
 沐絲の声が涙声に変わっていた。嗚咽すら漏れ始める。

「沐絲殿…。お察ししますぞ。ですが、おばば様のおっしゃっていることは、真実でございまする。」
 黒麻呂が口を開いた。どうやら、可崘に肩入れして、とっとと厄介者を追っ払おうという魂胆らしい。彼もまた、策士である。沐絲と可崘、どちらを味方につけて置いた方が己の身のために良いか、即断できた。

「黒麻呂までそのような、戯言を言うだか?」
 沐絲はキッと彼を見据えた。

「これ、沐絲。おまえが辛いのは重々承知じゃ。ワシとて、珊璞の死後は暫く何事も手につかなんだわ。じゃが、受け入れろ。
 人間はいずれは死ぬものじゃ。永遠に永らえる命はない。」
 今まで数々の仲間を見送ってきた経緯のある、おばばは、沐絲を諭し始めた。目に薄っすらと偽りの涙すら浮かべてだ。
「でも、おばば様。それではあまりに、珊璞が不憫じゃ!」
「馬鹿者!おまえとて、唐国道士の一員。これから己が何を成すべきか、わかっておろう?」
「珊璞の仇をとるだか?」
「まあ、端的に言えばそうなるな…。百済と倭国の結びつきを弱め、我らが国の憂いを拭い去ること。それが、最大の使命じゃということを忘れてはならぬ。」
 可崘はきりっとした顔を沐絲へと手向けた。
「それから…。これをおぬしに渡しておこう。」
 そう言いながら、懐から布にくるまれた物を差し出した。
「これは…?」
 沐絲は手を震わせながら、それを受け取る。そして、乱暴に布を開いた。
「これは…。珊璞の…。」
 そう言いながら涙ぐむ。
「そうじゃ。珊璞の形見じゃ。我が一族に伝わる、宝の腕輪。」
 太い声で可崘が言った。
「これを、オラに?」
 沐絲が涙目で可崘を見返す。
「ああ…。本来なら一族の娘に伝えていく家宝じゃが、生憎、珊璞以外に我が家には強き娘は育っておらぬ。じゃから、今はおまえに預けておこう。」
 と可崘は論じた。
「オラが持っていても良いだか?」
 沐絲の瞳がおばばを見つめた。
「ああ。おまえが持て。そして、本国へ帰国したら、好きな一族の娘を嫁となし、その腕輪を後世へ伝えてくれれば良い。
 珊璞が死した今、沐絲。おまえがこの倭国へ留まる理由は失せたも同然。その腕輪を持って、唐の国へ帰れ。」
 と、可崘は諭し始めた。

 だが、沐絲は首を縦に振らなかった。

「いや…オラは…。オラは珊璞以外に嫁にするつもりはないだ。」
 沐絲はぎゅっと腕輪を握り締めた。
「ほほほ、おまえは若いのう…。まだまだ、先が長いではないか。そんな弱気でどうするのだ?草葉の陰から珊璞が喜ぶとでも思っているのか?」
 訝しげに、可崘が問い質す。
「オラは、国許を出るとき、珊璞を嫁に連れ帰ると心に誓って来ただ。だから、このまま、おめおめと帰ることはできないだ。
 それに…。珊璞の敵を必ず取るだ。」
 静かに沐絲は宣言した。
「珊璞の仇じゃと?」
 可崘は困惑気味に沐絲を見上げた。
「ああ、そうじゃ。珊璞の憎き仇は、乱馬じゃ。あの男の息の根を、必ずこの手で…止めてやらねば、気が済まぬだ。」
「とはいうても…沐絲よ。」
 可崘は焦り始めた。
 沐絲を体よく本国へ送り返すのが目的だった大芝居が、別の方向へと転がり始めたからだ。
「いや、止めてくださるな。おばば様。この腕輪を貰うて、ますます、己のなすべきことを決意しただ。」
 沐絲は愛おしそうに、腕輪を胸の前で握り締めた。
「何年かかろと、必ず、乱馬はオラがこの手で殺してみせるだ。」
「これ、沐絲。おまえの使命が国家的なものから、私的なものへと変化しておらぬかよ?」
 可崘が苦笑いしながら、沐絲を諌めた。
「いや、矛盾はしてないだ!おばば様はこれを持って本国へ帰れとさっきオラに命じただ。長老の命は絶対。オラはもう、おばば様の指令からは外されたことになるだ。
 そう、これからは、オラはオラの意志で動かせてもらうだ。この倭国に一矢を報いて乱馬の頚城(くびき)を落とし、それからのことは、それから考えるだ。」
 と、勝手な言をとうとうと論じた。
 
(これでは、逆効果ではないか!)
 心音で、可崘は熱くなる沐絲を見ながら、苦虫を噛み潰していたが、それを表に出すわけにもいかなかった。己の口で珊璞を殺してしまったからには、もう、その「嘘」からは手を引けなくなった。
 ここで下手に沐絲を止めると、珊璞が生きていることがばれてしまう。そうなればなったで、もっと「ややこしい事態」を招きかねまい。

「良かろう。好きにするが良い。」
 そう言うのが、精一杯だった。
 それに、乱馬が沐絲に遣られるはずはない。そう判断したのだ。

「おばばさま、ありがとうございますだ。」
 沐絲は、決意しながら、むせび泣いていた。愛する者を失った悲しみに打ちのめされつつも、その事実を受け入れなければならない辛さが、彼をよりいっそう、悲壮な決意へ燃え上がらせていたのかもしれない。
「で?これからどうするのじゃ?アテでもあるのか?」
 可崘は尋ねた。
「ああ、あるだ。」
 沐絲は珍しく断言した。
「ほう?して、どうするつもりじゃ?」
「おばば様が前にこの国でまかれた種を、オラが育て上げるだ。オラが今、何処に身を寄せているかわかるだか?」
 妖しげに沐絲の瞳が輝いた。
「さあ…。わからぬな。」
 可崘は首をひねった。どこかへ身を寄せて、傷を治したことは想像できるが、彼にそんな伝手があるのか、疑問だったからだ。少なくとも、黒麻呂やその周辺には現れていない。
「ふっふっふ、わからぬじゃろうなあ…。」
「何処に身を寄せておるのじゃ?」
 少し不機嫌になって、可崘gな沐絲に尋ねた。
「おばば様、前にオラに、胡蝶と妙薬をとある男に託したと言っていたことがあったろう?」
「胡蝶と麻薬じゃと?」
「ああ、そうじゃ。託された男は、それを使って巫となって一世を風靡した蟲神信仰を起こしたと豪語しておったがのう…。」
「蟲神…まさか、おぬし…。大生部多に会うたのか?あの男、まだ生きておったのか?」
 可崘の口から、知った名前が零れ落ちる。
「やっぱり、あの蝶と妙薬を与えたもうたのは、おばば様じゃったか。ふふふ、そうじゃ。大生部多…今は夜見と名乗っておるがな…その爺様とひょんなことから行きあってなあ…。今、まさにその片棒を担いでおるのよ。」
「片棒を担ぐとな?…まさか…。おまえ、再び、蝶神を作ろうとしておるのか?」
「作ろうとしている…ではないわ。もう、粗方出来上がっているだ。もうじき、この筑紫島全体、いや、倭国全体を蝶神様信仰で埋め尽くし、大王の政を根底から覆してやるだ。」
 不敵な笑みを沐絲は浮かべた。
 可崘でさえ、思わず、ぞくっとしたほどの妖しい笑みだった。珊璞を失ったという衝撃が、この男をもっと凄惨な方へと変えていくのではないかと、危惧を感じたほどだ。

「止めても無駄じゃぞ。おばば様。もう、動き始めているだ。オラは、蝶神様を使って、必ず、この倭国を乱してやるだ。そして、乱馬の首も…。」
 チョンと手元で切る真似を見せながら、沐絲は立ち上がった。

「さらばじゃ。おばば様。もう、会うこともないかもしれないだ。オラは、オラの方法で、乱馬を滅ぼすだ。」
 そう言い残して、タンッと庭先へと駆け下り、走り去って行った。

「勢い余って、藪から蛇を突き出してしもうたかな…。」
 その後姿を見送りながら、ふううっと長い溜息を、可崘は吐き出した。

「可崘様、良いので?」
 ずっと、傍で押し黙っていた黒麻呂が、重い口を開いた。
「仕方あるまいよ。坂道を転げ始めた石ころを、止める手立ては、生憎持ち合わせぬ。それに、沐絲が動けば、思った以上に面白い展開になるやもしれぬしな…。蟲神様と大生部多、そして沐絲か。
 ふふふ、まだまだこの国で、楽しめそうじゃ。」
 可崘はにっと笑った。
「黒麻呂…。おぬしにも、今しばらく、我らに付きおうてもらうがな…。」
 可崘はギロリと黒麻呂を振り返った。
「は、はい…。こうなりましたれば、この黒麻呂…おばば様の言には悉く従わせてもらいまする。」
 諦め顔で黒麻呂が平伏した。下手に抗おうものなら、命はあるまい。そう思ったのだ。
「おまえも、ひところに比べ、随分、聞き分けが良くなったのう…。倭国へ帰化して以降は、我らと関係するのは疎ましいと嫌っているのかと思うておったが…。」
 婆さんは薄ら笑いを浮かべて、黒麻呂を見た。
「め、め、滅相もございません。我らを目にかけて下さる、おばば様に対して、疎ましいなどということなどは…。これっぽっちも思っておりませぬ。」
 黒麻呂は平伏しながら、内心とは正反対なことを口走る。
「ふん、まあよいわ。これからも、世話になるでな。」
 可崘はそう言い置くと、傍に置かれていた、水の器を手に取って、頭から浴びせかけた。みるみる、婆さんの姿が「波豆」の姿へと変化し始める。その様子に、恐れをなしながら、黒麻呂はただ、平伏したままだ。

 湿気た風が館内を吹き抜けて行った。



二、

 さて、こちらは、可崘が立ち去った、後宮の一室。
 一人、時間を持て余しながら、窓の外を眺める娘の姿があった。艶やかな衣装と、美しき化粧と。
 何、するではなく、ただ、ぼんやりとそこから見える内裏を見据えていた。

 あの場所に、恋焦がれる男性が渡っている。
 そう思うと、ドキドキと時めく。こんな恋する気分を、ゆっくりと味わえるのは久しぶりのことだった。
 拒絶されれば拒絶されるほど、燃え上がってくるのが恋心。

(乱馬、あそこにいるあるね…。長らく会わないうち、どのくらい逞しくなったあるか。)

 想像に身を任せる。

(ああ、早く、その逞しき腕で、私を抱きに来てて欲しいね…。)

 こうでも思わなければ、窮屈な低刺激の生活に潤いが出ない。
 ましてや、己は今、「茜郎女」の姿を借りている。しかも、巧みではない倭国の言葉。それゆえに、精神を病んで言葉を失った娘、というシチュエーションまで演じなければならないのだ。
 ふうう、と長い溜息が漏れた。

 と、背後の入り口の御簾越しに、人の気配を感じた。
 
(誰?)
 固く声を出すことは禁じられている身の上。黙って、後ろを振向いた。

 と、そこには一人の男性の影があった。
 きっちりと着込んだ朝服。そして、冠。腰元には太い剣が差し込まれている。一人でやって来たようで、他に人の気配は感じられない。が、かなりの高貴な男性であることは、御簾越しに見て明らかであった。
 甘い香の匂いが、男の傍から漂ってきた。香器でも、持っているのだろうか。

「そなたが茜郎女か。」
 男は遠慮なく、部屋へと足を踏み入れた。更に、匂いが鼻についた。それほどまでに、強力な匂いだった。
 声を荒げるわけにも行かず、珊璞はキッときつい瞳で男を見返していた。
 御簾を手で引き上げて、強引に部屋へ入って来た男の姿を見て、珊璞はぎょっとした。
 この顔、確かに見覚えがある。
 口元に整えられたヒゲ、そして、こざっぱりとした衣は清潔で美しい。しかも、頭もきっちりと整えて結い上げられている。

(葛城皇子!)
 
 そうだ。そこに立っていたのは、倭媛王の夫、日嗣の御子、葛城皇子、その人だったのである。
 
 一体、彼が何の用でここへ現れたのか。
 身を固くして身構えると、ふっと不適な笑みが零れ落ちた。
 手には香を炊き込める金属製の器を持っていた。当時としては見事な細工を施された、最高級品の部類に入るだろうか。それをトンと思わせぶりに、窓辺へ置いた。
 微かに渡ってくる風が、窓辺から香の煙を部屋中へと充満させる。

「ふふふ、噂に違わぬ、美しき娘よ。茜郎女。」
 その言葉に、ぐっと拳を握り締める。言葉が出ない真似を強いられている身の上、声を荒げることも躊躇われた。
「そうか…。声を失ったというのは、本当のことじゃったか。」
 葛城皇子は、じっと珊璞を見据えた。
 それは、獣が獲物を物色しているような瞳だった。死線を幾度も乗り越えてきた唐国の道士の娘、珊璞でも、思わず身震いしたくなるような冷たく鋭い眼光だった。
「本当に、美しき娘じゃ。このまま、早乙女造へ下賜するのは勿体ないくらいじゃ。」
 すっと、寄って来て、珊璞のすぐ傍にあった座椅子に腰掛けた。

(何ね…。この皇子(ひと)。)
 その迫力に、思わず、ゴクンと唾を飲み込む。
 今まで見たことのない類の男だった。並々ならぬ、英気をその男から感じとって、珊璞はそのまま固まってしまった。
 いや、違った。葛城皇子の存在に、固まってしまったのではない。

(この香は…。まさか…。)
 道士としての実力がある珊璞だ。この香りの根源を、素早く見抜いたのだ。
(しまったある…。私とあろう者が…。)
 そう思った時は、既に遅かった。
 香は部屋中へ充満し、同時に、体中が痺れ始めていた。
 神経系統を麻痺させる毒の香り。妖の香だった。
 すっかり油断していた。道士として緊張して行動している彼女なら、こんなに簡単に皇子の侵入を許さなかったろうし、無用心に香を吸い上げることもしなかったはずだ。だが、後宮という場所とくつろいだ雰囲気に、つい、警戒心が緩んでいた。

 このような物騒なお香を炊き込めた理由(わけ)。一つしかあるまい。
 しばらく、じっと見据えていた葛城皇子は、急に珊璞の白き手を取った。
 と、甘ったるい、お香の匂いが、まったりと意識を混濁させていく。くいっと手を引っ張られただけで、ふわっと体中の力が抜け、葛城皇子の方へと、寄りかかる。
 柔らかな長い御櫛が、葛城皇子の顔先へと、滑らかに滑った。
 
「ふふふ、ますます、他の男に、くれてやるのは惜しくなったわ…。」

 そう吐き出したかと思うと、動かなくなった珊璞をふわりと抱き上げた。
 男という名の獣になった葛城皇子の顔が、じっと彼女を見下ろす。
 そして、ゆっくりと壊れ物を扱うように、珊璞の身体を傍の寝台へと寝かせた。

「決めたぞ。そなたは、私が貰う…。」

 抵抗したくとも、香の効き目で、身体は麻痺している。気ばかりは焦るが、全く手足が言うことをきかない。
 意識ははっきりしているから、動きを鈍らせるだけの類の香なのだろう。同じ香を嗅いでいるのに、皇子が平気なのは、きっと、この香に耐性のある薬物を使用しているからに違いない。
 葛城皇子は、舐めるように珊璞の体を上から愉しんでいる。何より、このような妖の傀儡の類の薬物を、初めての女に平気で使うところが、空恐ろしかった。
 権力の中枢に居座る男だ。望めばどんな物も手に入るのだろう。

「嫌あるねっ!」
 思わず声がこぼれた。

「おっと、声が出よったか。」
 その返しに、ハッとして再び口をつぐむ。一応、言葉を失った振りをせねばならぬ。思わず、忘れかけていた。
 黙って顔を背けた珊璞意地悪げに見下ろしながら、身を乗せて来た。このまま、事に及ぶつもりなのだろう。
 どうするべきか、迷うところだった。
 勿論、珊璞の目的は「乱馬と契る」こと。こんなところで葛城皇子と身体を重ねるつもりはない。となると、遺された意識と力で、葛城皇子を突き飛ばして逃げることもできるだろうが、相手は「日嗣の皇子」だ。下手に手を出すと、この場は逃れられても、己の首が危ないだろう。権勢をほしいままにできる男ほど、厄介な相手はない。
 我慢すれば、抱かれるだろうし、突き飛ばせば懲罰を受ける。まさに、前門の虎、後門の狼。

「そう、怖がらずとも良いぞ。我が嬪になれば、生まれた子は日嗣の御子になるやもしれぬ。」
 戯けたことを、耳元で囁き始める。
(日嗣の御子?)
 何を言い出すかと、視線で思わず問い質していた。
「ふふふ、疑問に思うかよ?我が適妻、倭姫王は生憎、産まず女(め)でな…。
 おまえが皇子を生めば、皇太母となることもできるやもしれぬのだぞ。己の子が大和国の大王になる。悪い話ではなかろう?」
 ぐっと身を乗り出して、珊璞の身体を貪ろうと手が伸びた瞬間だった。

「誰が産まず女かえ?」

 透き通った甲高い声が、すぐ後ろで響き渡った。

 ぎょっとしたのは、珊璞だけではない。今まさに身体に手を伸ばそうとしていた、葛城皇子も驚愕の瞳を声の主に手向けていた。

 そこに居たのは「倭姫王」その人だったのだ。

「倭姫王…。」
 間男ぶりを見られた亭主は、驚愕のあまり、飛び起きた。

「葛城皇子様ともあろう御方が、我が客人に手を出すとは!」
 恐ろしきかな、浮気現場を押さえた適妻の勢い。

「そなた…。何故ここへ?」
 葛城皇子は焦って問いかけた。

「ふん!皇子様の事など、全てお見通しでございまする!何年、一緒に添うていると思われてか!
 きっと、我が内裏へと気を取られている隙に、茜郎女を手懐けようとなさると思うておりましたわ!生娘好きの皇子様がこのように美しき娘、見逃すわけはあるまいとなっ!」

 浮気現場を押さえた妻ほど、手をつけられないものはない。
 こうなると、亭主はお手上げだ。それでなくても、葛城皇子は適妻の倭姫王に頭が上がらないらしい。案外、恐妻家だったのかもしれない。
 夫婦間のドンパチが始まったのを、珊璞は胸を撫で下ろして見ていた。
 古代に於いても、夫婦間の争いは、たいして変わらぬのかもしれなかった。浮気現場を押さえた妻は、夫をなじる。夫は夫で後ろめたさが手伝って、反撃もままならない。
「私が産まず女なばかりに!この最低男ーっ!」
 とは叫ばないものの、皇子といえども、一介の男である。本妻の前では頭が上がらないのだった。

 珊璞は目の前の光景に、ホッと胸を撫で下ろした。
 倭姫王の登場で、何とか「操」は守られたからだ。それに、下手に抵抗して誅される危険性もなくなった。どうやら、倭姫王は葛城皇子の行動パターンが予測できたようなので、一部始終を離れたところから眺めていたに違いない。でなければ、こんなにタイミング良く、なだれ込んで来ることなど、不可能だろう。
 ということは、己が罰を喰らうことはあるまい。
 それが証拠に、葛城皇子を前に倭姫王は、言い放った。
「この娘、もしかすると、葛城皇子様の巫女となるやもしれぬ素質を持っているのですぞよ!あの額田王に匹敵するような巫女に育つかもしれぬ逸材!これから先は決して、安易に近寄りなさいますな!」
 と宣言までしてくれたのだ。
(そんな勿体無い!)と言いたげな夫を更に追い討ちをかけた恐妻。
「わかった、これからは安易に近づかぬようにしようぞ…。じゃが、早乙女造はどうする?この娘、奴と約束を交わした適妻ではなかったのか?」
 と、ぶすっとした顔で問い質す。
「そのことに関しては、追々考えまする。幸い、この娘、記憶を無くしている様子。また、処女であることも確認済み。ということは、まだ、早乙女造と契ってはおらぬということです。」
「じゃが、早乙女造がそれで引き下がるかどうか…。」
「引き下がらねば、その時は、私にも考えがありますゆえ。ご安心なさいませ。」
 と遣り合う。この倭姫王、かなり勝気な性格をしているようだ。

(乱馬と娶わせられねば、ここに来た意味がなくなるあるぞ。おばば様。)
 珊璞は耳を済ませ、二人の話を一言一句聞き逃さぬように聞き入る。

(案ずるな、珊璞。)
 彼女のすぐ後ろで、可崘の気配が立った。
「おばば様…。」
「しっ!声を立てるな。あの勝気な葛城皇子の適妻、倭姫王の企てが、更に我らを有利に導いてくれるやもしれぬ…。ふふふ。男というものは、目的の物が遠くなればなるほど、燃えるという性質を持っておる。
 それが、大地の民、農民ではなく、狩人の血をより多く引いた武人であればあるほどな…。」

 可崘はにっと笑った。


三、

 さて、葛城皇子と倭姫王が、茜郎女の処遇を巡って、いろいろ話し込んでいた頃、乱馬は緊張した面持ちで、内裏の中に座していた。

 共に居るのは、内臣、中臣鎌足。そして、額田王とその侍従。
 御簾が目の前に下ろされていて、その向こう側に一段高まった板がすえつけてあった。大王が据わる玉座だ。まだ、そこにお出ましではないようで、人の気配はない。

 下々の者に、気安く姿を現さないのが、大王である。神秘性を持たせることで、その威厳を保つのが真の目的だったのだろう。勿論、倭国の祭祀の中心にも位置する大王。
 一般人にとっては、神と同じくらい、畏敬の対象であった。 どんなに箔がつこうとも、ここは大王の御前。大王以上の身分の人間は倭国には存在しない。

 大王が居ます部屋は、思ったよりも質素な造りだった。
 工事に時間がなかったことや、大和から遠く離れた遠国で思うように調度品が集まっていない現実があるのだろうが、見慣れた大海人皇子の居室より、下手をすると質素かもしれなかった。
 辺りには香がほのかに焚かれ、昼間というのに灯りが灯されている。いや、そのぐらい部屋の中は薄暗かった。窓が小さいせいもあったが、あえて、直接太陽光が注がないように、工夫されているようだった。
 白日の下に晒されるより、昼間でも少し暗い方が神秘性は高まる。
 全て計算の上で造られた部屋のように思えた。
 自然の風に勝る涼風はないだろうが、生憎、ぴったりと風が止まっていた。思ったよりも、空気が篭るのか、暑い。

 
 乱馬は神妙な面持ちで、じっと座したまま、御簾の向こう側に人が来るのを待つ。
 乱馬だけではなく、中臣鎌足も一緒に並んで座っていた。

 腰元には太刀をそのまま着用してある。
 誰も何も言わなかったので、そのまま、帯刀したまま部屋へ通された。大王の御前では、通常、太刀は預けられるものだと思っていたにも関わらずだ。

「乱馬殿は、たいそう立派な太刀をお持ちですな。」
 腰元の帯刀が気になったのか、鎌足が声をかけてきた。
 まだ、お目通りまでは時間がかかりそうだ。そう思ったのだろう。
 他に侍従も居ず、ただ、二人、ぽつねんとその場に控える。
 一緒に案内してここまで導いてくれた額田王は、女帝の傍に侍ったのか、奥へ入ってしまったきり、出てくることはない。
 控えている女官や警護の武人たちか、人の気配はあるにはあるが、誰もその場に顔を見せなかった。

「見たところ、実戦用というよりは、祭祀用に見えまするな。どこで手に入れられましたかのう?」
 さすがに、大化の改新を指導した手腕を持つある鎌足。内臣(うちつおみ)として、朝廷の臣下の重鎮に位置を持つだけはある。早速、乱馬の太刀に興味を持った様子だった。
 そう言われて乱馬は戸惑った。
 腰元に今在る太刀は、父親から最後に託された太刀だ。本当の両親の手がかりになるかもしれぬ、大振りの太刀。
 どう答えれば良いのか、正直迷った。

「この太刀ですか?我が親父殿から拝したものです。」
 乱馬は動じた素振りを押し殺して、答えた。
「ほう、親父殿ですかな。ということは…形見の品か何かで?」
 その言葉に鎌足が喰らい付いてきた。
「え、ええ。父が亡くなる前に、与えてくださった形見の品です。」
 躊躇はしたものの、はっきりと受け答えた。父、雲斎が今際に差し出した形見…ということは本当の話だったからだ。
「乱馬殿のお父上というのは?」
「常陸の国の小さな邑里の長でした。」
「ほう…。乱馬殿の生国は常陸の国ですか。」
 その言葉に、鎌足はますます興味を持ったようだ。
「ちと、太刀を拝借してよろしいですかな?」
 と畳み掛けてきた。
「え、ええ。よろしければどうぞ。」
 乱馬は腰に結わえていた柄を外すと、そのまま、鎌足へと太刀を託した。

 ずしりと重い太刀。これを武器として振り回すには、確かに、きついものがある。太刀は軽くまた、切れ味が良いものに限るのは、古代でも同じだったからだ。重い太刀では、思うように敵の頚城は切れない。
 すぐさま、祭祀用の物だと、わかる大振りさだった。

「こえは、大和か難波で打たれた太刀でございますな。東国の太刀筋ではありますまい。」
 と鎌足は言った。どうやら、鎌足には、武器の目利きがあるようだ。
「父も、そんなことを言っていました。このような立派な太刀を造る術が、常陸の国には無いようなことを、邑の長老も言っていましたよ。」
 乱馬も同調した。
「父上はどのような御方でしたか?大和朝廷に従属して、誰か懇意にしていた国司や武士がおありじゃったのかのう?」
 太刀の出所を探るように、鎌足は乱馬に畳み掛けてくる。

 その問いかけに、乱馬はゆっくりと答えた。

「政のことは、疎い者ですから、私にはこの太刀がどのような筋の物か、さっぱりわかりませぬ。大和から派遣された国司と父が仲良かったという話もあったように思いますが、この太刀がいつ誰から邑に持たらされたのかは、残念ながら、父からは何も聞かされませんでした。
 父親はただ、これを形見として大和へ赴く私にと、託して息を引き取りました。知っているのはそれだけでございます。」
 少しだけ事実を歪曲して答えた。
 それは、父が死す前に大和行きが決まっていたかのように話したことだ。実際は、父が亡くなった後、父の後を受けて邑長になった良牙の父、雲牙促されて里を後にしたのだが、いちいち説明するのも面倒だったからだ。
 まさか、ここで、この太刀は本当の両親から育ての父に託された…などということは口外できまい。相手は大和朝廷きっての切れ者と一目置かれる「内臣」である。下手な答弁はできないと、乱馬なりに咄嗟に吐いた詭弁であった。

「この太刀は村里の祭器でも無かったのですかのう?そのくらいの立派な刀でありましたら、祭祀に使われた物と推測できまするが。」
 鎌足は食い下がるように尋ねた。
 どうも、尋問されているような、そんな嫌な気分にさせられた。
「いいえ、この太刀を祭祀で使っていたところは見たことがありませぬ。そのような大それた太刀ではないと思うておりますが…。」
 と、驚いて見せた。
「ほう…祭祀にされていた訳でもございませぬか…。」
 鎌足は刀が納められた鞘を、様々な角度から眺めて答えた。

「邑に来た大和の武人が遺していったものなのかもしれませぬが、残念ながら言われに関しては、何も父から聴けませんでした。ただ、黄泉路に就かれる前に、これを託されました。」
 何も嘘偽りは言っていない。本当に、この太刀の素性は謎に包まれている。
「邑の長老もその太刀の云われについては、ご存知ではなかったと?」
「え、ええ。誰一人、存在すら知らなかったかもしれませぬ。」
「母者はどのように?邑長の適妻様であれば、その素性を知っておられたのでは?」
「生憎、母は父よりもっと以前に黄泉路に就かれましたゆえ、私がこの剣を親父殿に託された時には既に、もう…。」
「そうですか…。母御もお亡くなりになられていたのですか…。」
 そう言いながら、鎌足は太刀を乱馬の手元へ返した。

「拝見させていただいたところ…。名の或る刀なのか、それとも、精巧な贋物なのか…区別はつきませぬが…。大和の近辺で造られた代物であることだけは確かでございまするな。」
 と、口にした。
「大和…の刀でございますか?」
 ドクンと乱馬の心音が唸った。やはり、死に際に父が言っていたとおり、この刀は大和の太刀だったのか…と思った。
「その昔、大和の忍阪谷(おしさかだに)と呼ばれた辺りに、刀を造っていた集落が広がっていたと、伝承されておりまする。そこで造られた古の宝剣そのものなのか、それを写した物なのかはわかりませぬが…。」
 中臣鎌足は、相当な刀の目利きでもあったようだ。
 元々、鎌足の属する中臣氏は司祭を生業とする氏族でもあったようなので、この御仁に古い宝器に関しての知識があったのかもしれない。

「これ、ここに幾つか穴が開いておるでしょう?」
 そう言いながら、柄に開いた穴を指差す。
「ここには本来なら、玉や石を磨いてはめ込んだ装飾がなされていたのでしょうなあ…。じゃが、全て見事になくなっているし、開いた穴も無造作に打ちつけられてボロボロになっておりまする。」
 と鎌足は言った。
「刀の柄に玉や石をはめ込んでいたのでございまするか?」
 驚いて乱馬が問い質した。
「ええ、明らかに、この刀は玉や石で豪華に飾られていたのでありましょうなあ…。しかし、誰か無粋な者が玉や石を欲しがって、抜き去ったものと思われまするなあ…。
 今でもよくあるのですよ。古の陵墓を暴いて、出てくる刀や冠などの埋葬品から、こうやって玉や石、金を抜き取って行くことが…。」
「どうしてそのような回りくどいことを…刀越し持って行けば良いものを…。」
「それは、玉や石として抜き去ったほうが、足が付かなかったからでしょうなあ…。名の或る者が持つ宝剣には、素性のような物が刻み込まれておりました。ほれ、ここを見てみなされ。」
 そう言いながら、鎌足は鞘に収められていた刀身の袂を指差した。古びて錆びかけた柄辺りに、人為的につけられた引っかき傷が残っているのが目に入った。
「ここに、恐らく、この宝剣の銘が入っていたのでしょうなあ…。」
 と鎌足は教えてくれた。
「恐らく、銘を知られたくない盗賊が、削り取った…そんなところなのでしょう。」
 刀を盗み出した輩がこの太刀の素性を隠すために、埋め込まれていた装飾品を抜き去り、銘を消したと、鎌足は推測してみせた。
「例えばここ…。この大きさから見て、勾玉のような形の石を、ここへ埋め込んでおったのでしょうなあ…。一緒に勾玉など、持たされてはおりませぬか?」
 鎌足は乱馬を見上げた。
「勾玉なら一つ、ここへ持しておりますが…。」
 そう言いながら胸に手を当てた。
「ほう、どれ見せてくだされ。」
 興味を持ったのか鎌足が身を迫り出してきた。
 首に紐でかけられた碧の勾玉を出しながら、乱馬は言った。
「この勾玉は故郷を出る折に、適妻として誓った娘から拝した物ゆえ。この剣とは無関係でございましょう。大きさも、ほれ、全然違います。」

 古代において、勾玉を実際に剣に埋め込んだという記録があるか否か、判明していない。
 が、ここにある宝剣には、確かに勾玉が埋められていたような、痕跡があった。勾玉の奇しき形に金属穴がぼっこりと開いていたのである。

「ふむ。乱馬殿には妹背がおられるというのは、本当のことでしたか。わっはっは。」
 違う方へと話題を変えるために、勾玉を見せたことが功を奏したのか、以後、鎌足の関心は、太刀からは外れていった。
「ええ…。」
 と照れながら頭を掻いた。
「なるほど、じゃから、大和の女子には目もくれず…でございましたか。宜しければ、私の娘を一人、と思うておりましたが…。」
「いえいえ、滅相もございません。今は国が非常事態でありますし…。定めた適妻との婚儀すら、見通しが立っておりませぬゆえ…。それに、内臣様から姫を賜るなどと、そんな大それた…。身分不相応でございますよ。」
 と慌てて断る。
「ほっほっほ。そのような純な心が、乱馬殿らしい。」
 鎌足が笑った。

 だが、乱馬の胸には、この剣の素性がますます、あやしきものとして、心に刻み込まれた。
(やっぱり、俺は大和に関わりがある氏族の出自なのかもしれねえ…。それも、思っていた以上に、大王家に近い血を受けた…。)
 乱馬は返してもらった太刀を、腰元へと戻すと、ふっと、御簾の方へと目をやった。今しがた、人の気配が立ったからだ。
 いよいよ大王のお出ましなのだろう。

 鎌足との雑談も止み、襟元を正して、背筋を伸ばした。
 
 
 
つづく





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